【要請レポート】
安心院型グリーンツーリズムの実践
~地域資源を活かす官民連携のまちづくり~
大分県本部/安心院町職員労働組合 河野 洋一
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グリーンツーリズムが日本に施策として導入されて10年以上が経過した。ここでは、どこの真似でも誰の真似でもない、安心院独自のグリーンツーリズムの推進に自ら関わり、理論や概念のみで語るのではなく、実際に研究、実践してきたことの一部を紹介したい。
1. 安心の里づくりをめざして
安心院と書いて「あじむ」と読ませる。全国で唯一自治体名に心の付く町「安心院」は人口約8,500人。大分県の中央部から北西部にかけて位置し、作家
司馬遼太郎が日本一と称した安心院盆地を中心に、三つの河川の流域に広がった総面積147.17km2の中山間農業地域で、米・ブドウ・畜産・花・イチゴなどを中心とする農業が基幹産業の町。特にブドウは西日本有数の生産地であり、爽やかなのど越しの「安心院ワイン」の産地としても知られている。
本町では農業、農村という「農」と「心」を大切にした観光と交流を推進することにより交流人口の拡大をめざし、住む人も、訪れる人もやすらぎ、そして輝く文字通り「安心の里づくり」を進めている。こうした中、厳しい農業情勢への対応策として、「農業・農村を守る」ことを基本に始めた施策として安心院型のグリーンツーリズムが存在する。
2. 安心院町方式と呼ばれるグリーンツーリズム
平成4年、農家中心の8名で「アグリツーリズム研究会」を組織し、観光農園や産直などの研究を重ねていった。
しかしながら、ツーリズムは農業や農家だけの問題ではなく、職業や年齢、性別を超えた連携が必要であるという考え方に立ち、平成8年3月「安心院町グリーンツーリズム研究会」と名称変更し、30名程で新たなスタートを切った。結成後、8年を経過した現在、会員数420名を超える大きな組織となっている。行政においても平成8年度、農水省の指定を受け「モデル整備構想策定事業」に着手し、安心院町におけるグリーンツーリズム推進構想の大枠を策定した。同時に議会においても「グリーンツーリズム特別委員会」を設置し、議員自らがグリーンツーリズムを調査研究し、今後の展開方法などを探っていった。このように民間からスタートした活動に、行政と議会が一定の理解を示し、支援していくという考え方から、平成9年3月、全国に先駆けて「グリーンツーリズム取り組み宣言」を議決。町の重要な施策として位置づけ、地域が一体となって長期的に取り組むことを宣言した。同年10月には行政を事務局とした「安心院町グリーンツーリズム推進協議会」も設立。町民意識の高揚と普及、研究会への支援、各種関連施策の調整活動等を行うことを決定した。
さらには、平成13年4月、行政の機構に全国初のグリーンツーリズム推進係を設置したことにより、都市農村交流を強力に推進していく体制が確立され、町内外から大きな反響を呼ぶことになった。官民協働による推進体制と会員制農村民泊の取り組み、また、資源活用・景観保全型のイベントの数々は「安心院方式」、そして、住民主体型のまちづくりとして高い評価を得ている。
3. 安心院の追求するグリーンツーリズムとは
グリーンツーリズムとは「緑豊かな農山漁村地域において、その自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型余暇活動」と農水省は定義している。簡単に言えば、「農山漁村で休暇を楽しむ新しい旅のスタイル」とでも言えようか。今、都市農村交流の必要性から日本中の農山漁村で地域活性化策として盛んに取り組まれている。観光の浮揚策としてではなく農業・農村を守ることを基本に始めた安心院町では、4つの理念によってグリーンツーリズムを推進している。
(1) グリーンツーリズムはまちづくりの手段だ
農業、観光を含めた産業、環境、福祉、文化、教育等との連携が可能である。
交流人口が増加すれば、地域の産業に好影響を及ぼす。自分たちの暮らしている地域をきれいにしよう、農村景観を守ろうという意識になり行動になる。直売や農泊を行うことで日々の生活が精神的、経済的収入を呼び生き甲斐が生まれる。当然、農村ならではの伝統文化や食文化を守らなければならない。学校教育の中で総合学習や体験学習の必要性から農村の出番が増加している。このように考えていくとグリーンツーリズムはいろんな施策との連携によって、より効果的に推進できることがわかってくる。しかも、農村にこそあるもの。すなわち、自然、農地、民家、農村の暮らし、そこに住む人々の力などを活用すればいいのである。町を総合的に見つめ、農村全体の活性化をめざすための手段であり、正に「グリーンツーリズムはまちづくり」という観点から事業展開していくことが重要なのである。
(2) 都市と農村との対等な交流をめざす
対等という言葉は使いたくはないが、過去に行われてきた都市農村交流が都市側に気遣いしすぎていたため、「交流疲れ」なんて言葉まで生まれたことを考えれば、対等なつき合いをしなければ継続できないということに気づく。対等な交流とは、都市と農村互いの暮らしの中で無くしているもの、無くなりつつあるものを、農村を舞台に交流することによって補い合い、そして学び合う関係づくりだと考えている。たとえば、美しい環境、安全・安心な食、人間としての優しさを含めたコミュニティー。これは大都市であればあるほど欠けている。農業の衰退による農村経済、人口の流出、農地の荒廃化、農業や農村に対する誇り。これは過疎地といわれる大多数の農村にとって欠けてきているものである。
「何を見るか」から「どう過ごすか」に移行しつつあるという観光において、都市住民が環境や食にこだわりを持ち、また、農村に暮らす人々の温かさ、優しさに触れるために田舎に旅をする。当たり前の農村の暮らしに都市住民が感動する光景を目にすることによって、初めて田舎もまんざらではないことに気づかされる。しかも、ありがたいことにお金までいただける。ここには、都市と農村、どちらが上も下もないのである。双方にメリットをもたらす関係が対等なつきあいを築き上げていくのである。
(3) 農村女性の出番をつくろう
過去における封建的な農村生活においては、出しゃばらないことが女性の美徳の如く思われてきた。しかし、農村に暮らしてきた女性は、農村に暮らす男性や都市の女性にはない技や知恵を身につけている。この力を効果的に発揮できる手段として、グリーンツーリズムは格好の施策といえる。都市農村交流の主役はもてなしにしても、食にしても農村女性なのである。
(4) 農村に生まれた子どもたちに誇りを持たせたい
グリーンツーリズムの普及により町が豊かに息づけば、次代を担う子どもたちにも明るい夢と誇りを与えることも可能だ。グリーンツーリズムは「農村の誇りづくり」ともいえる。今までの農村は、「田舎には何もない。農業はきつい割に儲からない」といったマイナス思考を大人たちが繰り返すことによって、知らず知らずのうちに子どもたちを農村から外に出す教育をやってきたのではなかろうか。都市住民を農村に受け入れることによって初めて、農村の住民も「農村には都会にないものがいっぱいある。農業こそ命を支える大事な職業なんだ」と気づかされるのである。交流によって、見えなかったものがやっと見えるようになる。我々大人が農業・農村に誇りをもち、子どもたちに伝えていく教育が今こそ大切であると感じる。都会で暮らそうとも、「私には安心院というすばらしい故郷がある」と胸を張っていえるような子どもたちを育てていくこともグリーンツーリズムの大きな使命である。
4. 大分方式となった会員制農村民泊
行政が積極的にサポートしていく官民協働による推進体制の確立がなされたことが、安心院町におけるグリーンツーリズムの取り組みを飛躍的に前進させる結果につながった。
次に、最も注目を集めている「会員制農村民泊」の取り組みについて紹介する。
(1) 安心院独自の会員制農泊
ごく普通の民家の空いた部屋に宿泊し、農村の生活そのものを体験していただくシステムであるが、農家が宿泊場所や食事を提供する場合、旅館業法や食品衛生法が適用され、その認可には多額の資金投資と厳しい審査が必要とされていた。安心院町では不特定多数を対象とはせず、会員制にして特定の人を宿泊させるという方法で、謝礼として農村文化体験料を受け取る方式にしていた。これによって、農家等は新たな改築等を必要とせず、「農泊」を行うことができ、経済的に無理をしていないことが「惜しみのないもてなし」を支え、それが感動を呼び体験宿泊者を増加させる好循環をつくってきた。
(2) 大分県が農泊の緩和措置
しかしながら、会員制だと旅館業法等の規制をクリアできるという法的根拠が明確ではなく規制緩和が大きな課題であり、町としても強く要求していった。これを受け、大分県は町内で実践している農村民泊を具に調査し、平成14年3月28日、県内各保健所あての生活環境部長通知によって、画期的な全国初のグリーンツーリズムに関する運用の緩和を行った。(図1)
この通知は安心院町の実施してきた「農村民泊」事業の実績を評価して行われたものである。これによって多額の資金投資が不要となった。「安心院方式」が「大分方式」と言われるようになり、他県からの構造改革特区におけるグリーンツーリズムや農泊の特区提案に対しても影響を及ぼした。さらに、平成15年4月1日には国が民泊の規制緩和を盛り込んだ旅館業法施行規則の改正を行うまでに至り、官民協働による地道な活動の前進が、日本のグリーンツーリズムにも大きな影響をあたえる第一歩となった。
他県の状況を見たときに、大分方式が広がっているかというとそうでもないようだ。いくら旅館業法の緩和がなされても、建築基準法や消防法、食品衛生法などの解釈が各都道府県で異なるからだ。大分県で可能になったことが、他県で通用しないなんてことはないはずだ。声を大にして緩和要求していただきたい。
(3) 安心院方式の特徴
安心院方式の「農村民泊」は、観光の浮揚策として民宿業者が農業体験と結びつけて行うものでもなく、ハード事業で箱モノを造って宿泊や体験を行うというものでもない。あるがままの農家等の生活や家を活かし、無理をせず楽しみながら行うことを基本に、訪れていただく方々に本物の農村の暮らしに入り込んでもらうというもの。何もないところからスタートし、まちづくりとしてみんなで取り組んでいる点が他地域との違いであり、最大の特徴でもある。
5. グリーンツーリズムの教育的活用
近年、増加傾向にあり非常に好評を博しているものに、都会の子どもたちの体験学習の受け入れがある。安心院町の体験学習の特徴は、時間を区切りプログラムに沿って全員に同じ体験をさせるという方法ではなく、少人数毎に子どもたちを農村民泊として受け入れ、家族の一員として同じ時間を過ごし、一緒に農業・農村体験、地域食材を活用した料理づくりなどを行うものである。農村の家族と一緒に過ごしながら、家庭の温かさや人の優しさに触れるため、わずか1泊2日でも、別れ際には声を上げて泣き出す子どももいるほどだ。農村の生活体験とふれあいを重視した新しい形の体験学習として子どもたち、そして受け入れる農村側、双方に大きな感動を与えてくれている。
また、地域に住む子どもたちにも、学校との連携により総合的な学習の時間等を活用し、グリーンツーリズムを取り入れている。農村にこそある資源を活かしたグリーンツーリズムの展開が、今、子どもたちに情操教育の手段として、また、農業・農村や安全な国産農産物への理解を深める食農教育の手段としても力を発揮しているのである。
6. 組合員にとってのグリーンツーリズム
安心院町におけるグリーンツーリズムの推進に、組合員の力は大きく影響している。官民連携の推進体制が評価され、「グリーンツーリズム推進宣言町」であることからすれば当然のことともいえる。体験学習の受け入れにおいても、組合員自らが積極的に受け入れを行うことにより、受け入れ家庭の拡大にも寄与している。また、交流イベントへの参加協力や、町がグリーンツーリズムの一貫として実施している「日本一きれいなまちづくり運動」の展開においても大きな力となり、組合ボランティア活動の一環としても、年に4回、町の美化活動に尽力している。交流が盛んになることで、まちづくり意識や環境美化意識が組合員の心の中にも芽生えてきているのである。
7. グリーンツーリズムの意義と効果
(1) 都市と農村の心を動かす感動産業
この活動により、地域住民もグリーンツーリズムは無い物ねだりではなく、「農村にあるものを活かす」ことにこそ価値があることに気づきはじめ、交流により地域への誇りや自分自身の輝きといった気持ちを取り戻してくれている。「田舎には何もない」という従来からのマイナス思考が「都会にないものがいっぱいある」というプラス思考に変わっていく。特に、この活動に関わる女性たちは生き生きしている。「農家に嫁に来て本当に良かった」と素直に思えるようになったという。人と人とのふれあいやつながりが重視されるため、感動を呼ぶ新しい旅のスタイルとして多くの安心院ファンを生んでいる。
(2) ハード事業不要の地域資源活用型事業
農村を舞台に、あるがままの農村の生活を都市住民に味わってもらうという、地域住民が主役のツーリズムを実践しているため、莫大な資金を投下して施設を造ったり開発を行う必要もなく、安心院だからこそある地域資源を最大限に守り活かすという農村に相応しいまちづくりにつながっている。従来のようなハード事業は不要なのである。
(3) グリーンツーリズムのもたらす絶対的波及効果
農業や観光のみならず、産業、文化、福祉、教育、環境等を一体的に取り込み、農村だからこそ推進可能なまちづくりの手段として展開している。いろんな施策との連携によるグリーンツーリズムの取り組みが、町のPRも含め町全体に大きな人的かつ経済的波及効果を与えてくれている。「物より心」そして「スロー」がキーワードといわれて久しい現在においてグリーンツーリズムこそ、そのすべてを包括でき、小さくても農村の輝きを失わないまちづくり施策として存在することが可能なのである。
8. グリーンツーリズム今後の展望と課題
人口の増えない多くの農山村においては、交流人口の拡大が大きな課題でもある。効率性を重視した市町村合併が推進されていく中で、大きな自治体となっても、農山村だからこそ持っている地域の力を発揮していく場づくりとしてグリーンツーリズムは不可欠なものだと考えている。
今後は、国が掲げている「都市と農村との共生と対流」を促進していくためにも、長期休暇法の導入と都市住民への国レベルでの情報発信が農山村への支援策として必要だと考える。安心院型グリーンツーリズムが農泊に関する法律を改正するきっかけとなったように、これからも、長期休暇法の導入やグリーンツーリズムの都市住民への普及を強く訴えていきたい。
グリーンツーリズムの普及により町が豊かに息づけば、農山村に生まれた次代を担う子どもたちにも夢と誇りを与えることができる。この目標に向かい、合併しても「安心院」に愛着と誇りを持てるように地域の生き残りをかけて推進してまいりたい。行政と住民とが一体となった熱き挑戦は、これからも続いていく。
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これまでの取扱 →
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新 た な 取 扱
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旅館業法 |
①ホテル
主として洋室で客室は10室以上、1客室床面積9m2以上
②旅館
主として和室で客室は5室以上、1客室床面積7m2以上
③簡易宿所(バンガロー等に限定)
客室の延床面積は、33m2以上
※S33.8の厚生省通知により、通年的に宿泊客を受け入れる場合はホテル、旅館の施設基準を満たすことが必要
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グリーン・ツーリズムは実態を踏まえ、簡易宿所の営業許可対象 |
食品衛生法 |
宿泊客に飲食物を提供する場合は、
①客専用の調理場などの施設基準(条例)のクリアが必要
②飲食店(旅館)営業の許可が必要
ただし、自炊型などで宿泊客自ら調理し飲食する場合は、営業許可不要
※S33.8の厚生省通知により客専用の調理場を設けることとされている
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グリーン・ツーリズムで、宿泊客が農家と一緒に調理、飲食する体験型であれば客専用の調理場及び営業許可は不要 |
日本農業新聞切り抜き(平成14年4月22日)
大分合同新聞切り抜き(平成15年4月9日)
安心院グリーンツーリズムマップ
安心院グリーンツーリズム農村体験学習
前半
後半
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