【自主レポート】

多文化共生社会の実現に向けた課題と対応
『外国籍の子どもたちへの教育環境の整備』

群馬県本部/群馬県職労 新井 祥純

1. 急増した外国籍住民

 今、「異なった言語や習慣をもつ外国籍の人々と暮らす」という、日本人が今までほとんど経験したことのない社会が群馬県の東毛地域に生まれている。1989年の入出国管理法の改正以降、製造業が集積する伊勢崎市、太田市、邑楽郡大泉町には、日系のブラジル人やぺルー人を中心とした就労を目的とする多くの外国人が居住するようになった(図1図2)。特に、大泉町は、住民の15.3%(7人に1人)が外国人であり、日本一外国人住民の比率が高い外国人集住都市となっている(図3)。また、人口13万人の伊勢崎市には9,000人を超える外国籍住民が住んでいるが、行政町単位で見た場合人口の15~30%が外国人であるという極めて集住度の高い地区もある(図4)。
 外国人集住地域では、外国人による犯罪の増加、交通事故処理の未解決をはじめとする地域住民とのトラブル、公立小中学校の「教室の国際化」など、日本人が今まで経験したことのない多くの問題が顕在化しつつある。「内なる国際化」が進むこれらの地域において、日本人住民と外国人住民との地域共生を図り、安全で快適な地域社会を築くためには、地域共生のためのルールやシステムを確立する必要がある。
 群馬県の外国籍住民を除いた日本人の人口は1999年にピークを迎え、既に人口減少社会に入っている(図5)。筆者が推計した群馬県の将来人口は、2050年に137万人となり(図6)、2040年には3人に1人が65歳以上の高齢者となると予測される(図7)。生産年齢人口が減少している中、経済を維持するための労働力確保が今後の課題となり、外国人労働者の受け入れ問題が再び議論されることとなる。
 群馬県の東毛地域では、既に多くの外国籍の人々とその子どもたちが地域住民として生活しており、「多文化・多言語社会」が形成されている。この地域では、「内なる国際化」と「教室の国際化」が進み、地域社会や学校現場で多くの問題が発生しており、早急に問題解決のための方策が求められている。今、外国籍の人たちは、日本経済に組み込まれるとともに、地域社会の住民となっている。失業率が5%を越えているからといって、彼らを祖国へ追い返すことはできない。それゆえ、早急に「多文化共生社会」を実現するための方策を講じなければならない。
 この地域における若年外国人による犯罪の増加や地域住民とのトラブルは、外国籍の子どもたちが、日本語能力の不足から学校での授業についていけず、不登校・不就学となってしまい、地域で行き場のない状況となっていることがその原因の一つである。外国人労働者の受け入れを行うためには、その子どもたちへの教育をいかに行っていくかが重要な課題であり、彼らが日本において日本人と同様にキャリア開発を行い自己実現を果し、将来、日本社会や世界で活躍できることを目指す多様な教育環境の整備が早急に必要となっている。
 本論では、「多文化・多言語社会」が形成された背景と、「教室の国際化」に対処するための「外国籍の子どもたちに対する教育環境の整備」という課題を中心に考察を進めた。そして、実際に太田市、大泉町へ調査に行き、行政、教育委員会、公立小学校の校長、日本語教室の担当教師、ブラジル人学校経営者等に直接話を聴いた内容を題材とし課題解決のための方策について提案を試みた。

2. 進む「内なる国際化」

 日本中が好景気に沸いた1980年代後半から90年代の始め、富士重工、東京三洋を要する群馬県の太田市、邑楽郡大泉町の下請け製造工場では、生産が需要に追いつかないほどの好景気を迎えていた。下請け中小企業の工場現場では、人手不足が慢性化し、労働力確保がきわめて難しい状況にあり、同時に、パキスタン、イラン、バングラデッシュ等の南アジアの不法就労者が増え、治安の悪化や医療費の未払いなど社会問題が発生し始めた。群馬県では、1993年に全国に先駆けて「外国人未払い医療費の補填制度」を導入したが、外国人の医療保険制度の加入率は低く、未払い者の増加により基金は底をつき、この制度は2003年度限りで廃止された。
 1989年に出入国管理法が改正された結果、翌90年には「東毛地区雇用安定協議会」が設立され、本格的な外国人労働者の受け入れが始まった。「東毛地区雇用安定協議会」には、太田市や大泉町等の中小企業を中心に、埼玉、栃木、東京をも含む40社ほどの経営者が参加し、ブラジルの現地で日系人労働者のリクルートを直接行った。協議会という国内でも類のない官民あげての受け入れ態勢の整備により、大泉町はブラジル人にとって、日本一居心地の良い町となり、「OIZUMI」「SANYO」は、ブラジルでも知名度の高い町と企業となった。
 平成バブルと言われた好景気も1991年には株価が下落し始め、翌92年には地価も下落しバブル崩壊が始まった。しかし、大泉町の日系ブラジル人はその後も増え続け、96年には外国人比率が10%を越えた。大泉町の外国籍住民は、2003年12月現在、6,298人で比率にして15.3%、日本一外国人居住者比率の高い自治体となっている(図8)。
 また、群馬県における来日外国人犯罪検挙人員は年々増え続け、1994年度の217人から2003年度は444人に増加しており、この10年間における全国の来日外国人犯罪検挙人員の増加率(1.47倍)以上にその数が増加している(図9図10)。この間、検挙人は2倍以上となっているが、犯罪検挙率は50%から23%に低下しているため、犯罪発生数は4倍以上となっているとも考えられる。

3. 外国人集住都市会議のアピール

 群馬県東毛地域に多くの日系外国人が生活するようになって15年が経過した。しかし、外国人が労働力としての地域経済に組み込まれる中で、福祉、医療、学校教育などの生活に関する受け入れ体制は依然整っていない状況にある。
 2001年10月19日、浜松市において、南米日系人を中心とするニューカマーが多数居住している全国の13都市が一堂に会し、日本人住民と外国人住民との地域共生を強く願うとともに、地域で顕在化しつつある様々な課題の解決に積極的に取り組むことを目的として、「外国人集住都市会議」を設立した。そして、外国人に係わる教育・社会保障、外国人登録等諸手続について、国・県・関係機関等へ提言を行った(浜松宣言)。この13都市の中には、群馬県の太田市と大泉町が名を連ねている。
 同様に、国・県の行政において、問題解決のための施策が展開していないことは、「浜松宣言及び提言」の後に開催された「外国人集住都市東京会議(2002年11月7日)」のアピールをからも明らかである。現に起こっている問題を解決することが行政の役割であるが、それをしない不作為は行政の責任であり、行政の不作為責任といえる。

4. 教室の国際化

 「教室の国際化」が進んでいる教育分野の課題として、外国籍の子どもたちが自分のキャリア開発を図り、将来、日本の社会や経済活動に貢献できるような多様な教育環境を整備することが急務となっている。急激に進展した「内なる国際化」は、同時に公立小中学校における「教室の国際化」をもたらした。群馬県大泉町の公立小中学校の外国人児童・生徒数は、1992年の119人(外国人比率2.6%)から98年には324人(同7.9%)に急激に増加した(図11図12)。中でも、同年、特に外国人居住者の多い通学区域を抱える西小学校では、約17%(6人に1人)が外国籍の児童となった(図13)。
 日本語のわからない外国籍の児童を抱えている公立小学校の教員の中には、「とてもまともな指導ができない。」という証言もあり、外国人集住による急速な「教室の国際化」が、現場の教師たちにとって大きな負担となっていることが伺われる。そして、日本語が習得できず授業についていけない外国籍の子どもたちの不登校や不就学を生み、若年外国人の地域暴力団との接触や犯罪の増加など、いくつかの社会問題を引き起こす要因となっている。今や、「教室の国際化」は、地域行政と心ある人の好意だけでは、解決が極めて困難な重い問題となっている。しかし、「浜松宣言」に見られるように、国、県、関係機関における問題解決のための施策は実施されているとはいえない。
 外国籍の子どもたちに対する教育課題を解決するための対応は、本来、文部科学省や都道府県教育委員会により行われる問題である。しかし、この問題解決のための研究や施策が十分に行われているとはいえず、現実的には、市町村教育委員会、現場の教師、ボランティアまかせの対処療法で賄われているにすぎない。

5. 外国籍の子どもたちに対する教育環境の整備

 現在、大泉町の外国人児童生徒の4分の3はブラジル人である(図14)。大泉町では町内の小中学校にポルトガル語のできる指導助手を配置し、ブラジル籍の子どもたちの日本語習得のための補習を行っている。彼らの大半は、日本語の習得よりもポルトガル語による教科の補習授業を希望しているという。にもかかわらず、彼らはブラジルへ戻るよりも日本での進学や就業を希望しており、現実問題として日本語の習得なしには進学や就業は難しい。
 課題解決の効率化戦略として、80/20の法則というものがあるが、以下では、日本語の習得不足という言葉の障壁こそが、様々な問題を生み出す最も相関の高い要因としてとらえ、その障壁を取り除くための施策について、学校教育現場や教育行政に視点をしぼり提案を試みた。言葉の問題に限らず、「多文化共生社会」の実現には教育政策が最も有効であると考えられる。これは、明治以降の日本の歴史をみても明らかである。
(提案1)外国籍の子どもたちに対する日本語教育環境を整備する。
 多文化共生社会を構築して行くためには、県内に在学する外国籍の児童生徒に対する適切な日本語教育が必要不可欠である。このため、公教育に携わるすべての人々が日本語教育の大切さを充分認識し理解した上で、これを推進してゆくための政策的、実践的な課題について関係各層への研修を実施する必要がある。
(提案2)ポルトガル語やスペイン語能力を備えた教員を養成する。
 日本語能力が充分でない外国籍の児童生徒にとって、教科学習内容の理解を深める上で、母語を使用した補足説明が非常に効果的であることから、ポルトガル語やスペイン語などの能力を備えた教員の配置が求められる。この教員は、当面日本語学級の充実に寄与するとともに、将来的には、日本人児童生徒に対する国際理解教育の一翼を担う人材となる。このため、人材確保の観点からこうした教員を養成し、採用していくシステムを構築しなければならない。
(提案3)日本語教育担当教員の適正な配置とネットワーク化を行う。
 個々の問題を多様な事例と高い見識により解決するため、日本語学級及び普通学級における日本語教育を専門的に行う担当教員の適正な配置を行う。また、各担当教諭が意見交換や事例研究を行うネットワークの整備等、組織的な対応及び支援体制を強化する。そして、この教員は、日本人児童生徒への国際理解教育の一翼も併せて担っていく。
(提案4)日本語教育用教材及び教授法を開発・導入する。
 小学校高学年の外国籍の児童で、中学校に進学できる日本語能力と学力を修得していない児童や、高等学校進学を希望する生徒については、中学校の授業や高校入試に対応できる日本語能力と学力を修得することが必要である。そのため、これらの児童生徒を対象とした特別対応プログラムを開発し、導入する必要がある。
(提案5)日本語習得及び教科学習のための支援システムを構築する。
 外国籍の児童生徒が母語と日本語の両方を習得し、両言語を共存させることを可能とした教育環境を用意することも必要である。外国籍の児童生徒が母語を十分に習得し発展させつつ、さらに日本語も習得できるようにするため、母語を中心に授業を行うバイリンガル教育システムを構築する。
(提案6)日本人の子どもたちへの国際理解教育を推進する。
 多言語多文化の状況の中で、日本人の児童生徒が自国の言語や文化を意識し、外国籍の児童生徒が自信や自尊心を深めることが求められている。そこで、人間を尊重することの重要性や一人ひとりの人権を平等に扱うことの大切さを学習するため、外国語教育や国際理解教育、異文化理解教育の充実を図る。これには、外国語能力を備えた教員と日本語教育担当教員が参画する。
(提案7)外国籍の児童生徒の教育に関する法制度を整備する。
 子供の人権を尊重する立場に立って、学齢期にあるすべての外国籍の児童生徒が、学校教育を確実にしかも継続的に受けることができるように法制度の検討を行う。
(提案8)ポルトガル語やスペイン語と日本語を教育言語とするバイリンガル学校を設置する。
 外国籍の児童生徒の中には、教室の授業についてゆけず、行き場がなくなり非行化する者も増えつつあることから、不登校や不就学が生じないよう根本的かつ効率的な施策を展開する必要がある。その対策の一つとして、ポルトガル語やスペイン語と日本語を教育言語とするバイリンガル学校を設置する。この学校は、外国籍の子どもが日本人との共生を目指し、日本の風土、文化生活になじんで、将来日本社会で活躍し貢献できる人材を育成することを目的とする。

6. 施策の優先順位と期待される効果

 以上述べた施策について、どの施策を優先的に実施していくかを事前評価したものが(図15)である。これは、すでに出現してしまっている群馬県東毛地域における外国人の子どもたちへの教育問題について、最近の厳しい予算状況も念頭におきながら、すぐにどう対応するかという観点から評価を行ったものである。その結果、(提案1)(提案6)のような既存の人的資源を活用した施策を進めながら、徐々に、予算や時間が必要な環境整備や人材育成を進めていくような方策が最適と考えられた。
 これらの施策が実施された場合、期待される効果は以下のとおりである。
(効果1:外国人児童生徒への効果)
  *不登校・不就学児童生徒が減少する。
  *日本語習得と教科理解が促進する。
  *進学や就業などの将来の自己実現と日本社会への貢献が期待できる。
(効果2:日本人児童生徒への効果)
  *国際理解の推進と国際感覚の醸成が図られる。
(効果3:学校への効果)
  *教員の負担軽減と学級運営の円滑化が図られる。
(効果4:地域社会への効果)
  *外国人による犯罪や地域住民とのトラブルが減少する。

7. 多文化共生社会の実現

 本論では、生活者としての居住外国人対策について、公立小学校の「教室の国際化」から生じる諸問題について議論を進めてきた。前例なき地域課題を解決するためには、政策を立案し実施する行政主体の自己改革が不可欠である。そのためには、専門的な知識と見識を持ち、高い志をもって長期的視野から課題に取り組むことのできる政策分析スタッフの養成と登庸が不可欠である。特に、政策に係わるものは、国の文化や歴史に通じた幅広い教養を備えていなければならず、歴史を遡って知見を広げるような高い識見が求められる。
 バブル発生以降の労働力不足に対応するための「外国人労働者受け入れ政策」は、目先の場当たり的な薄っぺらな発想による対処方策であり、国の将来を見通した国家戦略に基づくものといえるものではなかった。その場当たり的な対処が、これまで述べてきたような数多くの地域問題や日本人の失業率の増加を生み出すこととなった。これまでの「外国人労働者受け入れ政策」は、経済力を維持するため手段として、外国人を労働者として活用しようというものであり、外国人を地域で生活する人としての視点をまったく考慮していないものであった。外国人は、単なる労働者ではなく夢や欲のある人間である。今後、さらなる「外国人受け入れ政策」を進めるのであれば、「内なる国際化」に対応できる成熟した日本社会をつくり上げなくてはならない。現在の日系ブラジル人をみても日本で育った子どもたちは、帰国をするよりも日本での就学や就業を望んでおり、今後、彼らの定住化は進んで行くと考えられる。
 外国人集住地域においては、「多文化・多言語社会」が既に形成されている。外国人受け入れの先進地である群馬県東毛地域では様々な問題に直面し、基礎的自治体である市や町の行政やNPOなど地域住民組織のレベルでは様々な対策が行われてきた。しかし、国家レベルでの本格的な対応はなされていない。知恵は中央ではなく地域にある。この地域で起こった経験や生み出されたノウハウは、これからも全国に発信し、「多文化共生社会」への実現に向けた努力を積み重ねていく必要がある。

(添付グラフ)
 図1 急増した外国人登録者数/群馬県(人)
 図2 国籍別外国人登録者数/群馬県(人)
 図3 急増した外国人登録者数/大泉町(人)
 図4 外国人住民比率/伊勢崎市(%)
 図5 日本人・外国人別人口/群馬県(千人)
 図6 減少する将来人口/群馬県(千人)
 図7 人口160万人時点の年齢別構成比/群馬県(%)
 図8 市町別外国人登録者数/群馬県(人)
 図9 来日外国人犯罪検挙人員/群馬県(人)
 図10 来日外国人犯罪検挙件数/大泉警察署官内(件)
 図11 外国人児童・生徒数/大泉町(人)
 図12 外国人児童・生徒数比率/大泉町(%)
 図13 小学校別外国人児童生徒比率/大泉町(%)
 図14 外国人児童生徒に占めるブラジル人比率/大泉町(%)2003年2月1日現在
 図15 提案事項の事前評価


(出展)
①群馬県の人口と外国人登録者数  :「群馬県国際課資料」
②伊勢崎市の行政町別人口     :「伊勢崎市住民基本台帳公表資料」
③群馬県の将来人口
 ・人口問題研究所が推計した群馬県の「生存率」「移動率」及び政策研究大学院大学の藤正巌教授が推計した群馬県の「合計特殊出生率」の推計データを活用して、コーホート要因法を用いて筆者(新井)が推計したもの。
④外国人犯罪検挙者数、犯罪検挙率 :「群馬県警察本部資料」
⑤大泉町の小中学校、児童生徒数  :「大泉町教育委員会資料」

※参考文献
①『日本の将来推計人口(平成14年1月推計)』 人口問題研究所編集、(財)厚生統計協会
②『都道府県別将来推計人口(平成14年3月推計)』 人口問題研究所編集、(財)厚生統計協会
③「多国籍社会の針路・第4部」日本経済新聞連載記事、2002年
④「多国籍社会の針路・第6部」日本経済新聞連載記事、2003年
⑤『自治体の新政策形成戦略』清水江一著、ぎょうせい、2000年