【要請レポート】

「子どもの権利条約」市町村合併是非を問う
― 子ども投票を実施したまち「ないえ」 ―

北海道本部/自治労奈井江町職員労働組合・北教組空知北支部 中島 彰弘

はじめに…

 核家族化の進行、少子高齢化の到来、情報化、国際化の急激な進展は、価値観の多様化や人間関係の希薄さを生み、子どもの成長に多くの影響を与え、日常生活にも歪みとして暗い影を投げかけている。
 子どもの非行等「ナイフ等を使った殺傷事件」「いじめ問題」「薬物の乱用」等、今までごくまれな事件としていたものが、今は一般的、慢性化的な社会問題としているのが現状です。
 しかし、いつの時代でも子どもの健全な成長は我々大人のすべての願いでもあり、次代を担う子どもたちは、刻々と変動する社会の中で自らの責任で人生を切り拓く力を備え、たくましく生きることが期待されており、今後の子育ては従来にもまして社会全体で取り組む必要があります。
 「子どもの誰もが一人の人間としてその権利が認められ、幸福に暮らせる町づくり」を目指し制定されたのが、奈井江町の「子どもの権利条例」です。

1. 子どもはまちづくりのパートナー

 「奈井江町子どもの権利に関する条例」は、「子どもの権利条約」でうたわれている「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」を中心に掲げられています。
 これらの権利を子どもも大人も共通理解することによって、子どもが一人の人間として生き、大人とともに社会を構成するパートナーとして認められ、権利が保障される中で街づくりなどに積極的な参加を願うものとして、2002年4月1日より施行されました。
 条例施行に伴い奈井江町では、町広報への掲載パンフレットの配布など、子どもたちをはじめ町民への広報活動を積極的に進めました。
 また、条例を町や町民に広く理解してもらい、すべての子どもの権利を保障し、幸福に暮らせる町づくりを進めるために総合的な推進体制整備の一つとして、PTA連合会、キッズネットないえ、民生児童委員、各学校教職員で構成される「子どもの権利推進委員会」を設置しました。
 また、子どもたちの側には、その社会参加を確保するため、子どもたちの手によって自主的・自発的に運営する「子ども会議」を設置・開催し、子どもの創意としてまとめられた意見を尊重し、実現させることとしました。
 この「子ども会議」は小・中・高の児童会・生徒会などの代表と町内の子どもから公募したメンバーから構成されています。
 この会議は条例の点検、評価、改正、提案にとどまらず、町及び町民の支援を受けながら各種行事を計画したり、実施することができます。
 初年度は奈井江町産業まつり「子ども広場」への参画、市町村合併にかかわる「町民懇話会」への参加など街づくりの課題と一体的に取り組まれています。

2. 「子どもの権利に関する条例」の制定まで

 奈井江町では、「子どもの権利に関する条例」を制定するにあたり「奈井江町子どもの権利検討連絡会議」を設置し多くの町民の声を生かして、条例を作成することとしました。
 検討連絡協議会は町民の中から委嘱・公募されました。そのメンバーは必ずしも「子どもの権利」の条例化について十分理解しているわけではなく、戸惑いも多くありました。
 中でも「なぜ、今、奈井江町でこのようなことに取り組む必要があるのか」「このような取り組みにどのような意味があるのか」など協議会の委員は口々に疑問を投げかけ、その船出は前途多難なものでした。
 このような状況の中で、委員自身が学習を数多く行い、一歩一歩策定作業がすすめられました。
 協議会での策定の中で特に留意したのは、条例の中で「権利の主体者」として謳われる子どもたち自身の声を十分反映させる作業を積み上げることでした。
 2001年9月から実施された町長との対話集会など、策定作業の節目節目に子どもたちの意見を聞く機会を設置し、できるだけ子どもたちの意見・願いを生かした形での条例づくりを進めました。
 その結果、子どもたちと直に接し、対話することによって、従来から条例の必要性に疑問を感じていたり、子どもに権利を与えるということに戸惑いを隠せなかった委員たちからも、子どもと対話することの大切さ、ある意味での面白さなど実感するとともに、子どもたちが大人たちや町に対する思いや願いを条例に活かしたい、その責任を果たそうと積極的な取り組みがなされました。
 子どもとの対話を何より大切にした条例策定作業を通して、「子どもを権利主体」として「とらえること」、条例そのものの意義を理解し実感していったこの取り組みは大変意義深いものとなりました。
 このような協議会での町への答申作業後、2002年3月議会において「奈井江町子どもの権利に関する条例」が全会一致で成立しました。

3. まちづくりのパートナーとして

 2003年度、「町長と語る会」のテーマは昨年度に引き続き、市町村合併問題であり、その中で町長は市町村合併の是非を問う投票を小学校5年生以上の全ての町民により実施することを明らかにしました。
 町長は町民への説明や「町長と語る会」の中で「市町村合併問題については子どもたちにとって重い内容ではあるが、子どもには、その年齢にふさわしい参加がある。子どもは自分の生活実態から考えられる。街づくりは人づくりにつながる。子どもの意見は参考意見として取り扱う」「自分たちの未来に直接かかわってくる町づくりについて子どもたちの意見を聴くことは意義がある」と子ども投票の意義について訴えました。
 10月26日の住民投票より一足早く10月22日、合併の是非を問う「子ども投票」が実施されました。「子ども投票」の投票率は87.2%、子どもたちはそれぞれの思いで将来の奈井江に対しての1票を投じました。
 投票にあたって、ある家庭では「合併で、町がかかえる借金を返せるのかどうかが疑問だと思う。でも、まわりの友達はあまり関心はないみたい」「合併すると奈井江が広くなって、学校も大きくなって、新しい友達ができるかもしれない。でもお菓子屋さんとかがつぶれたらいやだな」と話題に話がつきなかったとか。
 この投票の以前にも子どもたちは「子ども会議」や「町長と語る会」、学校の「総合学習」の時間で合併が話し合われる理由や合併したら町がどうなるか、などを学んできました。
 今回の投票迄のプロセスで子どもたち一人ひとり、友達どうしや家庭での対話、学校での学習などを通して、「合併」という問題に対して様々な意見・疑問・関心を持ったことでしょう。
 合併そのものについて理解が深められた前提で投票が行われることは当然であり、「判断能力」も備わっていることがもちろん重要なことではあります。
 しかし、子どもたちの生い立ちや理解度・生活経験の度合い、思いや願いが違っても、その1票は個々に差があるのではなく、どの子も同じような1票の重みがあり、一人ひとりの意思が1票によって反映される、そのことがどの子にも保障されているという実感を子どもたち自ら抱くことが、この町の条例の背景にある「本質」そのものではないかと考えるのです。

4. 課題は山積、再び「小さな一歩」から

 今回の市町村合併の住民投票は全国でも珍しいことであり、まして小学校5年生からの「子ども投票」は全国でも初めての取り組みであることから、マスコミの注目を集め、連日新聞やテレビで取り扱われました。
 このことによって、学校現場では大きな影響を受けました。それは、「子どもの権利に関する条例」の具体的政策として市町村合併に関する「子ども投票」そのものが突出してマスコミに取り上げられたことによって、子どもの街づくりへの参画や権利主体を実現することへの理念なり、意識化が薄められたことでした。
 また、「子ども投票」についての行政と教職員・学校・地域、そして子どもたちとの事前のコミュニケーションが十分ではなく、それを支える具体的な手立てと役割が明らかになっていなかったことが課題として残りました。
 これらの反省に立って、今後「奈井江町子どもの権利に関する条例」を町民・子どもたちに条文としてではなく、いかに生活の一部として根づかせるのか、行政・地域・家庭・学校そして子どもたちの双方向のシステムと関係性づくりを通して見つめなおす必要があります。
 子どもの権利に関する条例が施行され、まだ日が浅いことから十分その理念が生かしきれていないことも事実であり、課題も多くあることから、議論を深めれば深めるほど課題も重く、私たちにのしかかります。
 しかし、その中で子どもたちの現実の生活や地域や家庭における関係性など具体的な事柄と直接向き合う中で条例を生かし根づかせる作業と取り組みが求められています。
 子どもの目線に立ち、どの子にも権利が保障されているという実感を私たち大人、家庭・地域・学校・行政も一つになって一人ひとりの子に抱かせること、この小さな一歩から、もう一度この条例の原点に立ち戻って取り組まなければいけないと思います。

奈井江町合併問題に関する住民投票の結果

○投票結果
区   分
投票資格者数
投票者数
投票率
一般投票
2,856
2,016
70.59
3,253
2,444
75.13
6,109
4,460
73.01
子ども投票
265
236
89.06
251
214
85.26
516
450
87.21

○開票結果
区   分
有効投票
無効投票
合併する
合併しない
一般投票
票数
1,168
3,258
4,426
34
4,460
割合
26.39
73.61
100.00
   
子ども投票
票数
71
378
449
1
450
割合
15.81
84.19
100.00