【要請レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-①分科会 子育て支援と児童虐待

「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を
めぐる状況と行政サービスに与えた影響



熊本県本部/衛生医療評議会・事務局長 伊津野 浩

1. はじめに

 2006年12月15日熊本市の慈恵病院が設置申請していた「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」について、熊本市の幸山政史市長は2007年4月5日、設置を許可することを発表し、設置に伴う病院施設の変更許可証を交付しました。ゆりかごは、親が養育できない新生児を緊急避難的に受け入れる仕組みで、ドイツなどで既に取り組み例がありますが、国内では初の試みとなりました。
 この問題に関しては、当時、安倍首相が「大変抵抗を感じる」として懸念を表明するなどして全国的に注目され、論議を呼ぶこととなり、現在も賛否を含めた多くの意見が、熊本市や慈恵病院に寄せられています。この間のゆりかごの申請から許可までの状況、その後の運営状況、行政サービスへの影響について報告します。

2. ゆりかごの概要

(1) 「こうのとりのゆりかご」とは
 こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)は、子どもを自分では育てられない場合に匿名で赤ちゃんを預けられるところです。慈恵病院のホームページでは次のとおり説明しています。
 「こうのとりのゆりかご」って何?
 私たちは"こうのとりのゆりかご"への赤ちゃんの受け入れはあくまでも「緊急避難」的な措置であり、事前相談こそが母と子、双方を救う道であると考えています。しかし妊娠に悩む女性がどうしても自分では育てられない場合に匿名で赤ちゃんを預けられるところです。実際に妊娠にかっとうする女性のお話を聞いてきて"相談で救える命がある"ということを実感しました。

(2) ゆりかごのしくみ
① 慈恵病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」は、同病院一階の東側に設けられており、外壁に高さ50センチ、幅58センチの窓があり、引き戸を開けて建物内部にある専用の保育器に赤ちゃんを預け入れる。
② 赤ちゃんが預けられると、窓口の扉は自動ロックされ外からは開かなくなり、産婦人科のナースステーションと新生児室に設けられたブザーが鳴ります。
③ 保育器は赤外線の保温機能を備え、保育器の中には、病院スタッフへの相談を呼び掛ける「インターホン」が設置され、横に「思い直されたらこのボタンを押して下さい。当院の医師または看護師がご相談をお受けします。」と掲示されています。
④ 「お母さんへの手紙」が入れてあり、お手紙では、預けた後でもお母さんのお名前などをお知らせいただけるように病院の相談窓口の連絡先が明記されています。

3. ゆりかご設置までの経緯

 2006年11月8日慈恵病院が、「こうのとりのゆりかご」設置計画を公表しました。同病院は、12月15日ゆりかご設置に伴う、病院施設の変更許可申請書を熊本市に提出し受理されました。
 市は、現行法令において想定していないため、庁内に連絡会議を設け、ゆりかごが関係法律に違反しないかについて検討を進めました。慈恵病院の申請は、赤ちゃんポスト設置に伴う病院施設の変更について、医療法に基づく許可を求めるものでしたが、市は、前例や判例もない中、様々な現行法令に違反しないかを判断するために、国、県と協議して結論を導き出すことにしました。具体的には、子どもの権利条約と十二の法令に関する25項目について慎重に検討を行い、このうち特に判断に苦慮した「親が新生児をポストに預けることが児童虐待に当たらないか」など、①児童虐待防止法の児童虐待、②母子保健法の妊娠の届け出義務、③民法の親族の扶養義務、④刑法の保護責任者遺棄罪、⑤児童の権利に関する条約など、整理した5項目の課題について、市長が厚生労働省に出向いて見解を求めることにしました。ゆりかごは、現行法で想定されておらず、全国的にも影響が大きいことから、市単独での判断は避けたいとの思いもあり国に対して書面による回答を強く求めました。
 相談を受けた厚生労働省は、「安全性が確保されれば明らかに違法とは言えない」と口頭で回答し、途中、安倍首相や一部の閣僚からの横やりは入りましたが、厚生労働省は、3月20日「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」について、「設置自体は法的に問題ない」と最終的な回答を口頭で行いましたが、熊本市が求めていた文書による回答は行いませんでした。
 市はこれらを踏まえ、法的な課題はクリアされたと判断し、赤ちゃんの安全確保やその後の処遇など、ゆりかごの運用面の課題について同病院や県と協議を継続し、2007年4月5日、慈恵病院が設置申請していた「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」について、設置に伴う病院施設の変更許可証を交付しました。

4. ゆりかごの運用状況

(1) 「ゆりかご」の運用状況について
 2007年5月の運用開始から今年3月末までに「ゆりかご」には17人が預けられ、うち9人は県外でした。預けられた背景など、さらに多くの情報を公開すべきであるという意見も多く出されたため、現在、市要保護児童対策地域協議会の中に設置された専門部会において検討が開始されました。

「ゆりかご」に預けられた17人の内訳(熊本市公表)
性別 男13人、女4人
年齢 新生児14人、乳児2人、幼児1人
体重(新生児のみ) 1,500以上2,500未満2人、2,500以上12人
健康状態 良好15人、要医療2人
虐待の有無 身体的な虐待の痕跡が確認できたケースなし
病院からの手紙が持ち去られていた 13人
着衣以外におかれていたものがあった 13人
父母などからの手紙があった 6人
父母などからの事後接触があった 5人(当日1人、2日~1週間未満3人、1週間以上1人)
父母などの居住地 県内0人、九州(熊本以外)3人、中国2人、中部2人、関東2人、不明8人)
親が引き取る 1人

5. 行政のサービスに与えた影響

(1) 児童相談所の設置の必要性がさらに高まった。
 熊本市長は、今回の問題とは関係なく児童相談所の設置を検討していましたが、ゆりかご問題が出て、その必要性はさらに高まり、児童相談所の在り方はこれから協議を進めるが、その中で(望まない妊娠をした女性へのサポートなどを)検討項目に入れていかねばならない」と決意を表明しました。

(2) 24時間相談体制の実施を開始
 熊本市は、「市の相談体制を強化することで、ゆりかごが使われることがないよう努力したい」と強調し、2007年4月より福祉総合相談室を現行9人から11人体制にし、「24時間体制」で妊娠などの悩みを聞く専用電話を設置し、電話相談を始めることにしました。夜間については、当面の対応として、保健福祉センターの保健師が対応することになり、24時間相談体制が開始されました。体制としては、保健福祉センター保健師2人が、夜10時までは、保健所内において時間外勤務として対応し、その後は、帰宅して2人で時間を分担(5時間ずつ)して対応です。6月からは、夜間の相談業務については業務委託されています。

(3) 熊本県における対応
 県は、潮谷義子知事が、ゆりかごについては、「本来失われるはずの命が救われるとすれば何者にも代え難いことであり、その点では否定されるものではない」と容認する姿勢を示した上で、「設置者をはじめ市や県など関係機関で万全の体制を取ることが必要」と、設置後の課題を指摘しました。国に対しても、全国に動きが広がる可能性があるとして「熊本の事例が認められたとしても、どういう課題があるのか、検証してほしい」と注文しました。
 また、県は従来から、女性相談センターや児童相談所で来所や電話での相談を匿名でも受け付けていましたが、「10代の妊娠中絶が年間655件(2005年度)に上る県内の現状に比べ相談件数が大変少ない実態であったため、「妊娠した女性が、児童相談所などに相談できる仕組みが知られていないと認識し、3月末より、妊娠や出産、養育の悩みに応じるため、中央児童相談所に専用ダイヤルを新設して匿名による相談を受け付けるとともに、相談を呼び掛けるポスター(2千枚)、名刺大のカード(20万枚)を若い女性が集まるショッピングセンターやコンビニ、薬局や医療機関などで配布することにしました。

(4) 厚生労働省の動き
 厚生労働省は、4月5日、熊本市が慈恵病院(同市)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」の設置を許可したことを受け、「一般化すべきではない」として、都道府県などへ、出産や育児に悩む人のため相談体制の整備などを求める緊急の文書を通知しました。通知は「子どもを置き去りにする行為は、本来あってはならない」と主張しており、児童相談所や市町村保健センターの存在を周知徹底、地域の中・高校生が乳幼児と触れ合うなど若い世代に命の大切さを伝える取り組みを推進するよう求めています。
 通知に先立ち、同省の辻哲夫事務次官は定例会見で、「(子捨てが)あってはならないという認識は一切変わっていない。(ゆりかごは)一般化すべきではない」と主張。慈恵病院以外に設置の動きがあった場合には、安全面などを精査した上で個々のケースとして法的に判断する考えを示し、熊本市の決断について「医療法上の運用権者としてギリギリの判断だった」と指摘、その上で「病院では安全措置がきちんとなされており、法的に認めない合理的な理由はない」と、従来の方針をあらためて述べました。

6. まとめ

 「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」 は、現行法が想定していない事項を民間病院が取り組んだことから始まりましたが、結果として行政のそれまでの相談体制については不十分であると評価され、体制強化が行われることとなりました。日ごろから行政サービスの内容やあり方について十分な検討・検証を行うことが必要であると痛感することができました。
 この1年間の、ゆりかご(赤ちゃんポスト)に預けられた子どもは17人でした。この人数が多いか少ないかについては、遺棄に関する基礎となるデータが明らかにされていない状況では一概には言えない状況です。また、情報公開の内容についても妥当かどうか判断するのは難しい状況ですが、ゆりかごが抱える問題点や課題について、さらに住民や社会を巻き込んで考えるためには、個人プライバシーに配慮した上で、預けられた背景などについての公開が望まれます。
 ゆりかごの運用開始から1年がたち、ゆりかごの存在意義が世間にもようやく冷静に受け止められつつある状況となってきました。この間の妊娠や出産に関する約1,500件の相談は、出産や子育てに対して悩んでいる社会の状況を反映した現実です。この現実を受け止めて、行政として、今後どのように子育て支援から福祉、教育までを含めて根本から点検し見直す必要があるかを認識させられました。