【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第1分科会 「新しい公共」と自治体職員の働き方

福島県における県民の健康を守る取り組み
東電第一原発事故による放射能汚染の下で

福島県本部/自治労福島県職員連合労働組合・特別執行委員・組織内県議 紺野 長人

1. これまでの主な経過と現状

(1) 事故の背景と放射性物質の拡散
① 事故の背景
  良識ある多くの専門家や団体は、国および東京電力に対し福島第一原子力発電所が地震・津波への対策が不十分であることを指摘してきました。しかし、国民の安全よりも経済性を優先する電力資本と、そこから生み出される莫大な利益に群がる者たちの「都合の良い見解」によって対応は何もなされず、2011年3月11日の東日本大震災の地震・津波によって、原子炉内部の損傷を含む重大な事故が引き起こされました。
② 放射性物質の拡散と避難の在り方
  一般的には、事故直後から放射性物質の拡散が始まったと認識されていますが、県内陸部にまで汚染が拡がり始めたのはグラフ①のとおり震災の数日後からです。
  自治体が「安全神話」に惑わされず、事故を想定した避難マニュアル等を策定していれば、地域住民の被ばく量を大幅に抑える時間は十分にあったといえます。そして、避難の途中や避難先で761人もの貴い生命が奪われることもありませんでした。
  また、国は予測システム(SPEEDI)によりこのことを事前に把握していたにもかかわらず、情報は公開されず多くの県民が防げたはずの被ばくをすることになりました。

(2) 放射性物質の汚染状況について
① 環境の汚染状況
  事故後からの汚染状況は、グラフ①が示すように半減期の短い放射性ヨウ素が核崩壊によって消失し、現在は主に放射性セシウムによる汚染が続いています。放射線量は地域により異なり、避難・帰宅困難区域以外では、会津地方や県南部など放射性物質の飛散が比較的少なかった地域を除き、0.3μSv~3.0μSv/時程度で推移しています。
② 食品等の汚染状況
  牛肉や海産物、山菜においては、スポット的に基準値(100Bq/kg)を上回る食品が検出されていますが、農産物は日本の農地が全体としてカリウム過剰なことなどから植物への放射性セシウムの移行率が低く、ほとんどが検出限界値(概ね15Bq/kg)以下となっています。

 ※ Sv(シーベルト)……放射線が身体の細胞に及ぼす影響の強さを数値化(1時間当たりで表示) 
 ※ Bq(ベクレル)………1秒間に放出される放射線量(食品等は1㎏当たりで表示)


2. 求められる施策と課題
 
▼日曜深夜にもかかわらず、膨大に増えた業務対応に残業はまだまだ続く
福島県庁舎/2012年4月22日・深夜12時30分

(1) 被ばくを少なくする取り組み
① 自治体の人員不足と復興
  原発事故からの避難者の生活再建とともに、被ばくによる健康不安が強まる中で、除染のスピードアップや食品の安全確保が求められています。しかし、「地方行革」の下で削減され続けてきたことによる自治体の人員不足が大きな障害となって県民の期待に応えられる状況にはありません。
  財政的にも、2010年ベースで2011年度補正後は約2.45倍に、2012年度当初では約1.75倍に膨れ上がっています。人件費は横ばいで、原発事故により発生した膨大な業務をこれまでと変わらない人員体制で対応していることが見て取れます。
② 信頼を失った国と自治体
  (外部被ばく削減の取り組み)
  SPEEDIに象徴される隠ぺい体質や避難を判断する基準値を突然20mSv/年に引き上げたことなどによって、国や自治体が県民からの信頼を失ったことが復興への障害となっています。
  国が「中間貯蔵施設」の安全管理を説いても、県民は「また嘘を言っている」と、地元受け入れを拒否しています。「仮置き場」も同様に住民の反対で設置場所が決まらず、除染の進行にブレーキをかけ復興を遅らせる要因となっています。
③ 消費者の安心と農家のやりがい
  (内部被ばく削減の取り組み)
  自治体職員の頑張りと全国の自治体からの職員応援によって、農産物の安全確保のための検査体制はほぼ確立しました。しかし、県が安全を宣言した2011年福島県産米から基準値(当時・500Bq/k)を上回る放射性セシウムが検出されたことなどから、福島県の農産物が信頼を取り戻すには至っていません。
  国は、いわゆる「風評被害」も含めて損害賠償するよう東京電力に求めていますが、支払いは異常に遅れています。
  農家は、収入不足による営農の危機と、丹精込めた農産物を安心して食べてもらえない二重の苦悩により「やりがい」を失いかけています。

- 提 言 -
 安全が確認された果物など、福島の優れた農産物を自治労が組織の力を活かして全国の仲間に斡旋する取り組みを検討していただきたいと思います。
 マスコミを巻き込んだ公務員バッシングと自治体職員の賃金・労働条件の引き下げ攻撃が一体的に進められている現状を踏まえ、自治体職員が住民とともにあることをアピールするような運動が今、求められています。


(2) 被ばくから県民の健康を守る取り組み
    (放射線医学健康管理センターの取り組み)
① 事業の多くを県立医大に
  県は、県民健康管理基金(2011年度補正・2,806億円)などを拠出し、長期にわたり県民の健康を管理していくこととしました。その事業の多くは、すでに独立行政法人となっている福島県立医大に「丸投げ」された形となっています。県立医大においては、財政的裏付けはされたものの、事業を進めるための人員配置も専門的知識も乏しい中からのスタートとなりました。
  2011年9月にようやく「放射線医学健康管理センター」が立ち上がり、短期雇用職員を中心に100人程度の体制となりました。また、長崎大や広島大で長年「被ばく医療」に関わってきた医師の応援を得ていますがスタッフ不足は深刻であり、県民の健康不安に寄り添った事業の推進とはなり得ていません。
② 県民健康管理調査・問診票(行動記録)
  2011年3月11日からの3ヵ月間に、各個人が受けた累積の外部被ばく線量を把握するため、全県民を対象に「県民健康調査・問診票」の取り組みが行われています。
  個人レベルでの長期にわたる健康審査や健康管理の基礎データにするためとしていますが、「研究のために県民をモルモットにしてる……」とか、「どこで何をしていたかなど覚えていない……」などと取り組みに批判的な見方も多く、回収率は22%程度にとどまっています。
③ 甲状腺超音波(エコー)検査
  被ばくと健康被害の関係は、様々な情報や専門家の意見が錯綜していますが、チェルノブイリ原発事故後の健康被害として、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の「甲状腺がん」が確認されています。
  子どもたちの健康を見守るとともに、保護者の不安を解消するために2011年10月より甲状腺の超音波検査が開始されました。
  実際に、被ばくにより「甲状腺がん」を発症するのは、早くても被ばくから4年程度を経過してからとされていますが、保護者の要望が強く事業を開始せざるを得なかった側面もあります。
  今回の検査で安心せず、「継続して検査を受けること」が重要ですが、保護者への説明は十分になされていません。また、通常でも見られる小さなしこり(結節性病変)や嚢胞についても、そのまま保護者に文書で報告したため、かえって不安をまねいています。
  丁寧な説明の下で、この取り組みを真に県民の安全と安心に結びつけるためには、スタッフの拡充が欠かせない課題となっています。
 ■ 甲状腺超音波検査/計画および結果の概要
  ○ 対 象 者……2011年3月11日に0歳から18歳だった全県民(県外避難者を含め36万人)
  ○ 全体実施……2014年3月までに一巡目の検査を終え、以後は20歳までに2年ごと、それ以降は5年ごとに検査を行い生涯にわたり健康を見守る
  ○ 実施結果……38,114人中、186人に直径5.1mm以上のしこりを確認(二次検査で全て良性と診断)
④ 立ち行かないこころの健康支援
  放射線への不安やいつ終わるか分からない避難生活、めどが立たない将来への生活設計が、精神的な健康破壊や生活習慣の乱れとなって表面化してきています。センターは、「こころの健康支援チーム」を立ち上げ対応してきていますが、体制の弱さから取り組みは郵送による調査票や電話相談に限定されています。
  現実的な問題として、県内では2012年3月までに判明しているだけでも13人(※)の方が原発事故に関連して自殺に追いやられており、早急の体制強化が求められています。
  一方で東京電力は、個人や事業主への賠償金の支払いを意図的ともとれるほど遅らせています。こうした東京電力の無責任・不誠実な体質が、避難者から生活再建への希望を奪い、自殺者の拡大をまねいています。
※ 双葉町村会と南相馬市が原発事故による関連死と認定した自殺者数


(3) 地域医療の再生
 もともと相双地方は、医師不足による医療崩壊が深刻な地域であり、救急搬送における「たらい回し」が問題となっていました。福島県はこうした現状に逆行し、県立大野病院と双葉厚生病院の統合へと動き出し、当該単組である福島県職連合や地域住民組織の反対運動を押し切って強行することを決定しました。
 統合後は、厚生連が双葉郡の医療に責任を持つことを約束しましたが、原発事故後は双葉郡からの病院事業の撤退を示唆しています。
東電第一原発事故による病院勤務医師の減少
医療圏 2011年3月1日 2011年12月1日 増 減 人口1万人あたり
(2010年4月)
県 北
665人
679人
+14人
24.7人
県 中
607人
578人
-29人
18.4人
県 南
110人
113人
+3人
13.3人
会 津
238人
239人
+1人
16.9人
南会津
12人
14人
+2人
10.7人
いわき
261人
258人
-3人
16.0人
相 双
120人
61人
-59人
12.0人
県合計
2,013人
1,942人
-71人
18.3人
※全国41位
全国平均21.9人

 県が、双葉郡の地域医療の将来像を示さなければ、除染などの放射能対策を進めても住民は安心して帰還することはできません。「一日も早く、故郷での暮らしを取り戻したい……」という避難住民の切実な希望をつなぎとめるためにも、県による相双地方の医療再生が強く求められています。


3. さいごに

 これまで福島県職連合は、組合員の健康を守るための「人員増のたたかい」や、住民と一体となった「県立病院を守るたたかい」を進めてきました。
 いま、東電第一原発の事故を受けて、県民が安全・安心の暮らしを取り戻すための「復興への課題」と、これまで取り組んできた職場改善や直営堅持といった「日常運動の課題」は同一線上にあります。
 私たちは、大震災と原発事故による厳しい社会環境と情勢の中にあっても、遠慮したり、萎縮したりすることなく、これまでどおりの日常運動を精一杯取り組んでいきます。