【論文】

第34回兵庫自治研集会
第1分科会 「新しい公共」と自治体職員の働き方

 「新しい公共」の担い手としてのNPOにとっても行政にとっても、今後お互いの「協働」は避けて通れない。奈良県における新しい協働の試みを紹介するとともに、協働が成功する条件を提示する。
 NPOと行政が施策の企画立案段階から協働し、目標を共有し、お互いが事業の達成感を感じられ、受益者である市民にも喜びにつながる、信頼関係の上に築かれる協働が根づくことが期待される。



「新しい公共」の担い手としてのNPOと
行政との協働のために

奈良県本部/奈良県地方自治研究センター・理事 村上 良雄

1. 問題の所在

 2009年10月、鳩山首相(当時)が国会での所信表明演説で初めて「新しい公共」という言葉を使った。以後「新しい公共」推進会議などの議を経て、2010年11月に成立した補正予算に87億5千万円が「新しい公共」支援のために盛り込まれた。この予算が各都道府県へ基金として配分され、2011年度と2012年度にわたって「新しい公共」支援事業に支出されている。国・地方を問わず、行政の財政破綻状況の中でカバー仕切れなくなった公共サービスをNPO等が担っていることを受けた措置だ。
 だが、「新しい公共」という名で語られるまでもなく、行政では手が届かないあるいは置き去りにされてきた分野の活動がNPOによって続けられてきたというこれまでの経緯がある。今やこれらNPOの活動抜きに公共サービス全体を語ることができない時代になっている。この論文では、そのようなNPOが日本社会で発展していくためにはどのような基盤整備が必要なのか、またNPOと行政との「協働」をどう進めていけばいいのかを考える。

2. NPOと行政双方の不幸

 公共サービスの一翼を担うNPOにとっても、必要な公共サービスのすべてを担うことが財政的に困難となっている行政にとっても、お互いの「協働」は避けて通れない状況になっている。しかし、双方の歯車がうまく噛み合わないのが現状だ。

(1) NPOサイドの不幸
 地域のニーズを丹念に拾い上げ、それに対応したサービスを提供しているNPOにとって、活動継続のための資金を得ることは容易ではない。たとえば、高齢の人や障害のある人たちを始めとする社会的弱者向けに、行政がメニュー化したものだけでは足りないきめ細かなサービスを提供するNPOにとっては、受益者に必要なコスト全てを負担してもらうことが困難な場合が多い。そのようなNPOにとって公的資金を投入せずに経済的な自立を促すことは活動を停止せよというに等しい。そのようなNPOが行政の提案公募に応じて、行政が考えるメニューに沿う提案で事業委託を受けるなどして活動継続資金を得るようなケースが生じる。使途限定の費目などにしばられ、細部にわたる行政のチェックを受けて、行政の下請け化が進行することになる。組織のミッション達成と組織維持の板ばさみに悩むNPOは多い。

(2) 行政サイドの不幸
 行政はNPOを対等な協働のパートナーとして認めていないことが多い。直営でやるより安上がりだとして設置目的すら無視して施設をNPOに指定管理させることなどが広がっている。失敗してもらっては困るといちいち運営に口をはさむ、事業途中での変更を認めないなど硬直した対応に終始することになっている。NPOが持つ優れた能力を十分発揮してもらうのではなく、逆に自由な発想や手厚いサービスを阻害してしまうことになりかねない。そもそも行政はNPOに委託してやってもらうことによって、そのサービスの受益者の深い喜びにつながっていることに思いを致すことが大事だといえる。

3. 「新しい公共」支援事業

 奈良県では、1億3千9百万円の配分を受け、「新しい公共」支援事業が行われている。私が関わるNPO法人奈良NPOセンターでは、県の提案公募に応募して以下の5事業を受託している。
① NPO法人設立支援事業
② 法人経営・融資アドバイザー派遣事業
③ NPO等人材育成塾事業
④ 中間支援組織新設・強化事業
⑤ 新しい公共の場づくりのためのモデル事業

 この「新しい公共」支援事業も、行政からの他の委託事業同様使い勝手の悪いものになっている。その理由の主なものを上げると以下のとおりである。

(1) 自由な発想の提案ができない。
 公募の際にはあらかじめ想定される支援事業がメニュー化され、事業にかかる費用についても費目が限定されている。

(2) 受益者に対するしばりがあり、本当に必要としている人が利用しにくい。
 NPOの基盤強化という事で、対象がNPO等の非営利団体のみであるのと、事務所の所在地や会計報告書をきっちりと公開できないと支援を受けられない。任意団体等で自宅を事務所にしていたり、全て持ち出しで活動しており会計公開まで手が回らないグループ等は支援が受けられない状態である。もちろん、これから団体を立ち上げて活動をしようとする人も個人という事で対象外になり、経営相談が受けられない。

(3) 委託料の費目によっては認められない経費がある。
 担当者によって取り扱いに差がある場合があったり、受託事業と他の事業との経費の按分が厳しく、結果的に受託者の負担が大きくなることがある。

(4) 似た内容の事業が委託に出されている。
 競合する内容で事業を行うので、受益者の奪い合いになる。

(5) 事業がスムーズに進められない。
 事業遂行上、要所要所で県の承認が必要になり、事業がスムーズに進められない。

4. 新しい協働の試み-その1

「奈良介護の日実行委員会」
 世界一の長寿国日本では長期化する介護を支える仕組みをどう作っていくかが大きな課題となっている。かつては家族だけで支えていた介護が、都市化や核家族化、少子高齢化などで介護の社会化が求められるようになってきた。介護保険制度を始めとする介護サービスを提供する仕組みはできたが、制度としてのサービスだけではすべての介護のニーズに対応するには無理がある。
 仕事としてケアに携わる人も家族のケアを担う人も、バーンアウトしないようにケアする人をケアする必要がある。またそれぞれの地方の文化に合った支えあいの地域社会をつくっていかなければならない。
 2008年7月に厚生労働省が11月11日を「介護の日」とすることを決めたのを機に、私たちはケアに関わるさまざまな団体に呼びかけて、県民にケアについての関心を持ってもらい介護を仕事にする人たちや介護家族を応援するための記念イベントを開催することにした。社会福祉士や介護福祉士、理学療法士、言語聴覚療法士、作業療法士などの専門職の団体、認知症の人と家族の会、高齢者の福祉施設や保健施設の団体、障害のある人たちを支える団体、NPOなどが実行委員会を組織した。
 新しい発想や工夫で地域との多様なつながりや社会資源を作り出しながら介護を必要とする人を支えている個人や団体を顕彰する「奈良介護大賞」の表彰や記念講演を行った。翌2009年からは奈良県と奈良県社会福祉協議会も加わり、広く県民に介護のあり方を考えてもらう催しとして定着し、今年で5回目を迎える。私はその実行委員長を引き受けている。奈良県も実行委員の一員として、催し内容や広報のあり方などを一から議論する場に加わっている。他の団体も行政に対して要求するのではなく、議論を積み重ね、決定したことには一致して協力して当たるという、奈良における新しい「協働」のあり方の一つとして注目している。

5. 新しい協働の試み-その2

「飛鳥川を軸とした川辺のまちづくり懇談会」
 奈良県が進める「奈良の未来を創る5つの構想案」の一つ「「健やかに生きる」安心して健やかに暮らせる健康長寿県 奈良」を実現するための具体策の一つとして設けられたのが「飛鳥川を軸とした川辺のまちづくり懇談会」である。飛鳥川が流れる田原本町の県営福祉パーク近隣のエリアをモデル地区として、健康・福祉施設が集積している特性を活かしながら、安心して健やかに暮らせる川づくり、まちづくりがめざされている。
 2010年に設置された懇談会は、周辺自治会長、周辺施設管理者、田原本町職員、奈良県関係部局職員で構成されていて、事務局は奈良県河川課が担っている。私はその懇談会のコーディネーターを引き受けている。私は議論を始める前に委員全員にお願いをした。まず、それぞれの立場・肩書きで出席されていると思うが、この場に集う仲間として「さん」付けで呼び合う。この懇談会は、田原本町の職員の方は町の考えを県に聞いてもらう良い機会、地元の方にとっては近くの施設のこともわかるし各団体の考えもわかる良い機会、各施設の方にとっては地元の方々や行政と一堂に会する機会はあまりないと思うので、施設のことを知ってもらう良いチャンスとして、県の他部署の方も飛鳥川という川をテーマに地元や施設の方と議論できる良い機会と考えて参加してほしい、というのも、えてしてこの種の会議は愚痴のこぼしあい、県に対する要求だけに終わる会議になりがちだ。せっかく集まっているのだから、お互いの立場を尊重し、地域の活力が活かせるまちづくりにつながる、それをNPOも地域の地縁組織も行政も一体となって進める、しかも関わった人たちすべてが喜びを感じ合えればと願ったからだ。
 幸い今年が古事記編纂から1300年の年に当たり、エリアに太安万侶ゆかりの多神社があり、さまざまな記念イベントに懇談会も協力するということで徐々に成果を上げつつある。これもNPOや地縁組織と行政の新しい協働の試みの一つとして注目している。

6. これからの協働
 「新しい公共」の担い手としてのNPOと行政との協働に必要な条件については、さまざまに論じられているが、私が重要と考え協働の成功につながる条件を4つ挙げる。

(1) 情報公開と企画立案段階からの協働
 協働事業が成功するかどうかのカギは、企画立案段階から協働できているかどうかだ。ともすると行政が少ない情報に基づいて机上で立てたプランをNPOに委託するというようなことが起きる。一度決められた事業企画はなかなか内容の変更もできない。
 “現場の知”を積み上げているNPOとの協働のためには、問題の所在をお互いが確認し合い、“現場の知”を生かす企画を立てることが重要だ。そのためには、行政側も持っている情報を最初から開示して、問題解決のための議論を重ねる必要がある。こうしたプロセスを経ていれば、事業の実施段階がスムーズに進むことにつながる。

(2) 目標の共有
 そして次に大事なのは、協働する事業の先にある目標をNPOも行政も絶えず共有していることだ。待ったなしで解決を迫られている社会問題に対して、市民の側に寄り添って必要とされる公共サービスを協働してすばやく提供する。その協働事業がうまくいけば、その先にはどういう社会が見えているのか、協働を通してどういう社会を実現しようとするのかという目標を共有しているということが大事だ。

(3) 信頼関係の構築
 企画立案段階からの協働が定着すると、NPOも行政もお互いを信頼して意見をたたかわせることができるようになる。良い関係づくりは良い事業の事例が増えることにつながる。それがNPOと行政双方に、やってよかったという達成感をもたらすことになる。信頼に基づくより良い協働は、大きな喜びを双方にもたらす。

(4) 中間支援組織の役割が重要
 個々のNPOと行政との協働がうまくいくためには、中間支援組織の役割も重要になる。あらゆる分野で協働が進むためには、NPOの側も行政の側も協働のあり方を理解し、一つひとつの事業に良い協働事業の事例のノウハウが生かされていく必要がある。
 NPOのスタッフ、行政のスタッフ双方に協働を進める意義を理解してもらう研修を担当したり、協働環境の整備につながる政策提言をし続けることなどが中間支援組織に求められる。行政のNPO担当部局にも、中間支援組織のこうした役割を認識し、連携して協働が進む環境づくりに取り組むことが求められている。

 こうした条件が満たされ、「新しい公共」の担い手としてのNPOと行政の信頼関係に基づく協働が広く深く進むことを期待している。