【論文】

第34回兵庫自治研集会
第2分科会 地方財政を考える

 三位一体改革に伴い国庫補助金から地方へ税源移譲が行われました。しかしその結果、個人住民税の徴収未済額が増加しています。また、課税自主権の拡大に伴い香川県でも新税の導入が検討されましたが、導入には至っていません。名古屋市長選での減税の動きや政権交代前後からの国政の不安定な状況により、第一次分権改革で先送りされている自治体の税財政の方向性は不透明感を増しています。



香川県における税財政の状況


香川県本部/香川県職員連合労働組合 森川  浩

1. 税源移譲

(1) 三位一体改革
① 地方財政への影響と税源移譲
  「骨太の方針2002」において「三位一体」という言葉が初めて使用されて以来、「地方にできることは地方に」という理念の下、「国から地方への補助金・負担金を廃止・縮減」、「地方への税財源の移譲」及び「地方交付税の一体的な見直し」が行われた。いわゆる「三位一体改革」である。当該改革については、様々なところで触れられているので、本報告書では「地方への税財源の移譲」を中心に述べる。
  三位一体改革では、国庫補助負担金を約4.7兆円削減、地方交付税を約5.1兆円削減し、国から地方に約3兆円の税源移譲が行われた。税源移譲3兆円の内容は、国(所得税)から地方(個人住民税)への税源移譲が大きな部分を占め、その結果、個人住民税の税率構造は、一律10%の比例税率に変わった。
  地方の基幹税は、所得課税と資産課税である(都道府県の税収に占める割合を見ると消費課税が大きな部分を占めているが賦課徴収していないのでここでは触れない。)。そのうち、国と同じ課税客体である所得課税の一部を地方に移譲することとし、個人住民税について所要の改正が行われたものである。
  個人住民税は、(ア)個人の所得という大きな規模の課税対象を有すること、(イ)控除等により個人の能力に応じた税負担を求めることができ納税者の理解が得やすいこと、(ウ)税率の引き上げを行うことなしに所得の増加に応じた税収入の増加が見込まれることが特性として挙げられており、以上を理由に、個人所得税の最低税率10%を5%に下げ、その5%を個人住民税へ移譲し、一律10%の比例税率とした。
② 個人住民税の徴収未済額の増
  3兆円の税源移譲により地方の税収は増加したが、一方滞納額も増加した。全国では1,300億円、香川県では3億4,000万円、2007年度で増加した。これまで地方交付税として交付されていたものが、税源移譲の結果、賦課徴収を自ら行うことになった。しかし、市町を含めた自治体の体制は、国ほど整っているとは言い難い。賦課については、国税に準拠する方式を採用しているため、大きな影響は受けてはいない。しかし、徴収については、国との力量の差は大きい。その結果、地方の自主性を高めるために導入されたはずの税源移譲であるにもかかわらず、当該税源を確実に徴収できず、自主財源が減少するようになったために、地方の自立を阻害する結果となったことは、皮肉な結果と言えよう。

(2) 地方法人特別税の創設
 3大都市圏と地方間の税収の偏在性が問題視され、税制の抜本改正が行われるまでの間、地方自治体間の水平的な公平性を図る観点から、2008年10月開始の事業年度分から「地方法人特別税」が創設された。都道府県税である法人事業税の一部を切り離し、国税という形でその税収を一度、国に集めた上で、人口と従業者数という客観的な基準で「地方法人特別譲与税」として都道府県に配るという仕組みである。地方法人二税を地方消費税と税源交換するのと同等の偏在是正効果を生むことになり、税収のバラツキが小さい地方税体系の構築を目指している。法人からすると税負担は変わらない制度となっている。しかし、リーマンショック以降の世界経済の大きな落ち込みの結果、トヨタ等世界的な大企業を抱える自治体を中心に大きな税収減に見舞われている。
 2009年度の地方法人特別税の総配分額は、6,405億円と当初見込みの8,096億円を大きく下回り、香川県では当初52億円の税収見込みであったものが、50億円と2億円下回っている。


2. 自主課税の取り組み

(1) 独自課税「水環境保全税(仮称)」と「産業廃棄物税(同)」の導入の検討
① 全国的な状況
  2000年の地方分権一括法の施行により、法定外税の新設、変更をする際に大臣の許可が必要だったものが、同意を要する協議制に改められた。地方税法改正に伴う課税自主権の拡大を一つの契機として、各自治体で法定外税導入に向けた検討が始まった。
  都道府県で設定されている独自課税の法定外税は、普通税としては核燃料税(13道県)、目的税としては産業廃棄物処分税(27道府県)がある。他に超過課税として、個人県民税の均等割の超過課税を課す自治体が29県、所得割が1県(神奈川)ある。香川県は、法人税割に超過課税を課すだけで、超過課税や法定外課税に対する取り組みにめぼしいものはない。
② 香川県の新税の動き
  香川県でも同年5月に「香川県自主税財源研究会」を設置し、庁内の検討を開始した。その後、「ふるさと香川の水環境をみんなで守り育てる条例」と「みどり豊かでうるおいのある県土づくり条例」の制定を受け、条例に掲げる理念の実現に向けて、「水環境保全税(仮称)」と「産業廃棄物税(同)」の2つの税の導入について具体的な検討を行った。
  2003年6月には、「新税の基本的な考え方」を公表し、学識経験者等による懇話会の開催や市町、県民アンケートを実施し、2004年2月に新税試案の作成、公表と検討は進んできたが、その過程において、県議会を始めとする県民から様々な意見が示された。その中には「新税導入の前に更なる行政改革が先ではないか、時期尚早ではないか」など新税導入に対する否定的な見解が多く寄せられた。
  このような新たな課税に対する反発等のため、超過課税及び法定外税に対する議論はここ数年県議会でも取り上げられていない。その理由としては、新たな税収をどのような事業に使うのかという点が十分詰められていないこと、コスト負担を嫌う県民世論に配慮した点が挙げられる。次表に、新税の基本的考え方を示す。

  水環境保全税(仮称) 産業廃棄物税(仮称)
趣旨・目的 県民に広く負担を求め、県民が一体となって水環境の保全と創出に取り組むことを目指す 廃棄物の発生抑制やリサイクルの促進を誘引する効果、循環型社会形成への施策が期待できる
課税方式 〔1案〕
水道課税方式(法定外目的税)
▲水道契約者ごとに課税
〔2案〕
県民税超過課税方式(普通税)
▲個人・法人県民税の均等割に一定額を上乗せして課税。超過課税分を特定財源とし、実質的に法定外目的税とする
〔1案〕
最終処分場への搬入課税方式
▲納税義務者は県内外の排出事業者と中間処理業者
〔2案〕
中間処理施設・最終処分場への搬入課税方式
▲納税義務者は県内の中間処理施設・最終処分場へ搬入する県内外の排出事業者
主な使途 ▲水質浄化対策
▲水源林の保全整備
▲水辺地の保全整備
▲廃棄物の発生抑制・リサイクルの促進
▲廃棄物の適正処理の推進
▲不適正処理防止対策の推進
負担イメージ 新税を財源とする事業の規模によって大きく異なる。世帯数・人口で負担額を単純に算出すると 産業廃棄物税を導入している他県と同じ税率(1トン当たり1,000円)とすると、年間2.5~3億円(他県では、課税免除を設けている例もあり、この場合は額が減少する)
1世帯当たり 税収額
(月額)
約110円
約230円
約340円
約450円
(年額)
約5億円
約10億円
約15億円
約20億円
(香川県のホームページから引用)

③ 四国の各県の状況
  産業廃棄物税については、広域移動する産業廃棄物の性格に鑑み、当初は四国4県が連携して導入を図るとしていた。愛媛県では資源循環促進税として2007年4月から、既に導入しているが、他の3県は現在も導入に至っていない。
  森林環境税は、愛媛県及び高知県で導入済みである。
④ 新税導入の検証
  全国的に見ても法定外普通税の導入は少なく、法定外目的税がほとんどである。その理由としては、主要な税目は既に国及び地方の税体系に盛り込まれていること、特定の範囲の税源に着目した方が、制度導入の説明ができやすいということ、また、税収の使途が限定されるため納税者の理解が得やすいことや法定外目的税が税制を一定の政策における経済的手法として活用する際にもなじみやすいことが導入が進んだ理由として挙げられる。
⑤ 学 説
  大阪市立大学の砂原准教授の「地方政府における新税導入と政治」では、新税導入の意思決定要因における地方政府における知事・地方議会という政治的アクターの選好と両者を選出する選挙制度を結びつけて、その選考が新税の導入にどのような影響をもたらすかを論考している。その分析によると、首長と議会という選挙で選出されるアクターの選好(好み)と対応し、首長の再選可能性や議会の自民党の優位性などが新税導入の意思決定に影響を与えているとする。
  産廃税特有のものとして、砂原准教授は「負の外部性」に着目する。ある県が産廃税を導入すると、近隣の県に廃棄物が流入することが高まる。その仮説は、四国4県が足並みをそろえて産廃税を導入しようとしたことからも伺われる。知事の政治的選好以上に産廃税導入に当たっては、大きな要因といえる。
  今後、地方分権改革によって地方の自律性が向上することが予想される中、政治的アクターの利益につながる戦略的行動をとる余地が広がるのではないかと砂原准教授は予想している。


3. 今後の地方税制の行方

 三位一体改革については、地方の財源の困窮化を招いたとして地方の側の不満が大きい。第一次分権改革では、役割分担論が中心的であった結果、財源の問題は先送りされている。いわゆる「未完の分権改革」をどのように実現していくかという大きなテーマが残っている。

(1) 地方税の充実
 今後地方分権を財政的に担保するためには、税源の偏在性が少なく、税収が安定的な地方税体系を確立する必要がある。「平成24年度税制改正大綱」では、「第1章 基本的な考え方」において、次のように整理している。

(4) 地方税の充実と住民自治の確立に向けた地方税制度改革
 地域主権改革を推進する中で、地方がその役割を十分に果たすため、地方税を充実し、税源の偏在性が少なく、税収が安定的な地方税体系を構築していきます。平成24 年度税制改正では、地域決定型地方税制特例措置(通称:わがまち特例)の導入や税負担軽減措置等の見直しを行います。個人住民税の諸控除や税負担軽減措置等の見直しを行います。引き続き、地方税制度を「自主的な判断」と「執行の責任」を拡大する方向で抜本的に改革していくこととし、成案を得たものから速やかに実施します。

 税制を通じて住民自治を確立し、地域主権改革を推進するため、現行の地方税制度を「自主的な判断」と「執行の責任」を拡大する方向で抜本的に改革していく方向性を打ち出している。「自主的な判断」の拡大については、地方税法等で定められている過剰な制約を取り除くことにより、自治体が自主的に判断し、条例で決定できる部分を増やすことを目指している。また、「執行の責任」の拡大については、税率や課税対象物件などを自治体自ら決定し、その説明責任は自治体が負うことを想定している。

(2) 底辺への競争
 2011年の統一地方選挙では、税が争点になった。名古屋市の河村市長が訴えた住民税の減税問題である。市長の方針である住民税を減税しようとする条例案を市議会が否決したが、それに対して議会のリコール運動が始まり、結局市議会は解散した。その後の選挙で、河村市長の主張を支持する議員が議会で多数派を形成した。
 詳細なコメントは省略するが、ここで「底辺への競争」という概念を紹介する。近接する2つの自治体があり、当初は同じ10%の法人税の税率であった。企業誘致を図るため、一方の自治体が税率を8%にすると、もう一方の自治体がそれに対抗するため、6%にした。それがエスカレートし、結局は税収を失っていく。ここまで極端な例は起こりえないであろうが、住民の流入を促す「減税合戦」にならないことを期待したい。

(3) 小 括
 地方分権の流れから自治体の課税自主権は尊重べきものであることは論を俟たないものである。しかし、一方課税自主権をどのように行使するかという点では、様々な意見が示されている。
 例えば2010年7月13日の地方財政審議会では、地方債同意にからみ「標準税率未満の団体に対する地方債許可制度は、標準税率未満の団体が発行する地方債については、高世代に負担の転嫁がなされていないか、その中身をよくチェックする必要がある」という意見や、「総務大臣の許可は、意思決定に参加できない、当該団体の未来の世代の発言権を代理するとともに、国民の立場から他の団体との関係も調整するという義務を負っている」という意見があった。
 「総務大臣が未来の世代の発言を代理する」という意見をどの委員が示したかは、議事要旨のため判然とはしない。ただ、このような高邁な思想が地方財政法の目的にあったことは、法律を制定した担当者の意識の中にはなかったと筆者は考える。
 このようなパターナリズム的な規定を変えることについては、知事会や市長会から第30次地方制度調査会へ提出された意見書に記載の「引き続き慎重に検討すべき」という文言に表れているように及び腰の印象が強い。また、現在国会で議論されている「社会保障と税の一体改革」における議論も社会保障のあり方が中心になっているため、「社会保障制度の安定財源の確保の観点から、地方消費税のあり方をみなおすことなどにより、税源の偏在性が小さく、税収が安定的な地方税体系を構築する」という記述に留まり、地方へどのような税源を国から移譲するのかという具体的なビジョンが盛り込まれていない。
 このような状況下では、「地域の自主性・自立性を高める地方制度研究会」が開かれて議論を進めている。研究会では地域決定型地方税制特例措置(通称:わがまち特例)の創設などが議論の中心である。今後の議論の方向性を見極めなければならないが、第一次分権改革がいう「未完の分権改革」の状態が今後も続く懸念が強い。