【要請レポート】

第34回兵庫自治研集会
第4分科会 自治体がリードする公正な雇用と労働

 官製ワーキングプアの問題が取り上げられてかなり久しい。しかし、依然として自治体が結ぶ契約の低価格化には歯止めがかからず、特に、委託業務においてはその年度の契約金額が翌年度の予算額に反映され、結果的に契約金額が低下する負の連鎖に陥り、労働者の賃金は毎年低下しています。本レポートは、負の連鎖を断ち切り労働者の賃金を下支えする公契約条例の制定における自治労多摩市職員組合の取り組みを報告します。



多摩市公契約条例制定にむけた取り組み


東京都本部/自治労多摩市職員組合・副執行委員長 鴨志田 修

1. はじめに

 多摩市における公契約条例の取り組みは、2004年に遡ることができます。2004年10月に、多摩市・八王子市・町田市の三市で構成される「多摩ニュータウン環境組合(清掃工場)」の運転業務委託が設立当初からの随意契約による「日神サービス」との契約から、競争入札に変更されました。結果として「日神サービス」が落札しましたが、5年更新の入札のたびに従事する労働者は雇用不安・給与削減・労働条件の悪化等にさらされるようになりました。
 このような状況の中、多摩ニュータウン環境組合自治労関係労働組合協議会(多摩ニュータウン環境組合労働組合・自治労日神サービス労働組合・自治労多摩市職員組合・八王子市職員労働組合・町田市職員労働組合で構成)では安定雇用や公正労働、また労働の社会的価値を実現するための「公契約条例」の制定が必要と考え、検討を進めてきました。


2. 自治労多摩市職としての取り組みのきっかけ

 前述のように「多摩ニュータウン環境組合自治労関係労働組合協議会」の構成単組として「公契約条例」に2004年から関わってきましたが、正規職員への直接的な影響もないことから単組として積極的であったとは言い難い状況でした。しかし、次の二つの事柄が「公契約条例」に積極的に取り組むきっかけとなったと言えます。
 一点目は、図書館・学童クラブ・給食センター等の民間委託化の問題があります。多摩市においても他の自治体の例にもれず、「民間委託化=安上がり」との誤った観点から自治体業務の民間委託化が進展しています。自治労多摩市職員組合としては、これまで、そこで働いてきた嘱託職員・臨時非常勤職員の雇用確保のため希望する職員が委託先に継続雇用されるよう、当局に申し入れをしてきました。しかし、継続雇用される嘱託職員・臨時非常勤職員は、ごく一部に限られ、しかも労働条件の低下や賃金の切り下げなども行われてきました。
 このような状況を打破する方策として自治労多摩市職員組合が着目したのが「公契約条例」でした。
 二点目は、やはり低入札価格の問題があります。多摩市でも近年、建設工事や業務委託契約において低入札価格での落札、いわゆるダンピング受注が目立ってきています。
 委託業務においては、その年度の契約額が翌年度の予算額に反映され、結果的に業務委託契約額がさらに低下するという負のスパイラルに陥り、そこで働く従事労働者の賃金・給与の低下に大きく影響しています。また、建設工事の低価格化は、体力のある大手業者が落札することが多くなり、地元建設業者は下請けに甘んじなければならなくなっています。結果的に地元建設業者の従事労働者の賃金が低下していき、従事労働者の離職や建設業者自体の廃業にもつながってきています。
 地元建設業者の疲弊は、多摩市の街づくりや防災行政にも大きく影響します。災害が起きた場合、行政の職員だけでは到底対応ができず、地元建設業者の協力が必要不可欠となっています。地元建設業者の疲弊がこのまま進行すれば、職員への影響も大きくなるという危惧が根底にあります。低入札を防ぎ、公正労働・適正競争・品質確保を実現する手段として自治労多摩市職員組合は「公契約条例」が必要と考えました。
 上記の二点の事柄をきっかけとして、自治労多摩市職員組合は「公契約条例」の検討を2010年度から始めましたが、この時点では前市長をはじめとする多摩市当局は「国の状況や周辺市の状況を見守る。」といった消極的な姿勢でした。この流れが変化したのは、2010年4月の「公契約条例」「公共サービス基本条例」の制定を公約とした阿部市政の誕生でした。


3. 公契約条例制定過程における自治労多摩市職員組合の具体的取り組み

 2010年5月に阿部裕行多摩市長と顔合わせを行い、その席で「公契約条例」の早期制定にむけ自治労多摩市職員組合として最大限の協力をする旨の申し入れを行いました。この時点から自治労多摩市職員組合として「公契約条例」に対する具体的な取り組みが始まったとも言えます。
 これまでの単組としての運動は、要求や申し入れに終始し具体的な成果がなかなか得られないという弱点があったように思えます。これを打破するため、今回の「公契約条例」制定にむけた自治労多摩市職員組合としての運動の展開は、自治研による「公契約条例」の研究成果を生かしつつ具体的な政策提言を行うことをめざしました。この結果、東京自治研究センター及び自治総研の協力を得ながら2010年8月に「自治労多摩市職公契約条例試案」を策定し、非公式・公式両面で市長及び多摩市当局に提案ができました。このことが、後の「公契約条例検討委員会」の下部組織である「公契約条例検討部会(関係課長級で構成)」に委員として組合役員が参加することができた要因であろうと推測されます。
 「自治労多摩市職公契約条例試案」の策定に際しては、先行事例の「野田市公契約条例」「川崎市契約条例」を参考にしつつ、次の三点を重点項目として取り入れました。
 一点目は「継続雇用の努力義務」の条例への明記です。このことは、取り組みのきっかけとなった多摩市における自治体業務の民間委託化にも関連しますが、ニュータウン環境組合(清掃工場)の運転業務委託や庁舎の管理業務委託などに関して、業務に精通した熟練労働者を確保することにより、受注業者が変わっても業務効率を落とすことなくそれまでの品質を確保しつつ、業務を遂行できることを目的にしました。
 二点目は「労働関連法順守義務」の条例への明記です。これは労働者の権利を守るだけではなく、公正労働・適正な労働環境の確保を義務化することにより、いわゆるダンピング受注を防止することを目的にしました。
 三点目は「委託業務における職種別労働下限報酬額の設定」です。「自治労多摩市職公契約条例試案」策定時点では、野田市は高卒者初任給、川崎市では19歳単身者生活保護基準をベースとした時給単価の設定が行われていました。自治労多摩市職員組合では、野田市及び川崎市の時給単価の設定は労働実態に合わないと考え、職種別設定を導入しようと考えました。しかし、この件については反対意見も多く、また、職種別時給単価の基本根拠をどのようにするか議論がまとまらなかったことから、「公契約条例」の成立を最優先としたために、当初からの導入は断念しましたが、今後の課題として引き続き提起、議論していきたいと考えています。
 「自治労多摩市職公契約条例試案」については、多摩市当局の「公契約条例素案」に大幅に取り入れられ、その後の公契約条例審査会におけるたたき台になったことは自治労多摩市職員組合として大きな成果が得られたものと考えています。


4. 公契約条例制定過程での民間労組との共闘

 多摩市公契約条例制定過程の最大の特徴として、多摩市自治基本条例に基づく「条例審査会」が設置され、学識・労働者側代表・使用者側代表が合意形成にむけて話し合いをしたことが挙げられます。これは、条例策定に際して市民参加を担保するもので、今回の「公契約条例」に関しては条例の持つ性格から、労働側、使用者側双方の委員の参加が求められました。この審査会において、労使代表が学識者(古川景一弁護士)のもと「労働者の賃金に関して条例を創ること。」について話し合い、「公契約条例」に合意するという画期的な取り組みがなされました。また、審査会の議論の経過の中で「多摩市公契約条例」の特徴の一つでもある市長(発注者)と受注者が相互に対等平等な関係にあることを条例に明記することが合意されました。
 審査会の話し合いの過程の中で大きな役割を果たしたのが、政策・制度要求の中で「公契約条例」の制定を求めてきた連合と「公契約条例」の制定要求を続けてきた全建総連の民間組合の力でした。これらの下部組織である連合東京三多摩ブロック及び全建総連多摩地区協議会は、審査会設置以前の対策会議から積極的に参加をいただき、審査会の開催に際しては一週間以内に速記録をまとめていただく等、多大な協力をいただきました。また、条例審査会における連合推薦委員及び全建総連推薦委員の方々も積極的な関わりを持ち、労働者側の意見を反映していったことは「多摩市公契約条例」の制定に必要不可欠なものであったと考えています。
 自治労多摩市職員組合として、これら民間労働組合の方達と一つの目的に向かって積極的な議論ができたことはこれからの運動に対して大きな財産になると考えています。これまで、自分達の運動以外に対して消極的であったことは否めないものがあります。「公契約条例」の制定過程における民間労働組合との共同のたたかいは、自治労多摩市職員組合としての運動に大きなインパクトを与えたのではないかと思います。
 また、関係団体・自治総研や東京自治研センター等のシンクタンク・関係議員の取りまとめと連絡調整に尽力いただいた自治労東京都本部の役割も大きなものがあります。関係団体の組織化を進めていただいた自治労東京都本部の力がなければ、「多摩市公契約条例」が実質1年半という短期間の中で制定されることはなかったと言っても過言ではないと思います。連合東京三多摩ブロック・全建総連多摩地区協議会の協力、自治労東京都本部・自治総研・東京自治研センターのバックアップが「多摩市公契約条例」の制定に必要不可欠なもので、これらの一つが欠けても公契約条例の制定に至らなかったのではないかと考えているところです。


5. 公契約条例制定における自治労多摩市職員労働組合としての成果

 「公契約条例」制定における成果としては、「公契約条例」の条文上の成果と、制定過程における自治労多摩市職員組合単組としての労働運動上の成果が挙げられます。
 まず、「公契約条例」条文上の成果は「自治労多摩市職公契約条例試案」を策定する際の重点項目とした「継続雇用の努力義務化」と「労働関連法順守義務」の明文化が達成できたことです。この二点は、当初から多摩市当局の素案にも取り入れられており、公正労働・適正な労働環境の確保及び品質の確保から重要なことで、この二点を勝ち取れたことは自治労多摩市職員組合としても大きな成果と言えるものです。
 自治労多摩市職員組合単組としての労働運動上の成果としては、次の三点が挙げられます。一点目としては、制定過程での連合東京三多摩ブロック・全建総連多摩地区協議会との共闘が組めたことです。単組として、今まで内部のことについては一生懸命やるが、外部が関わることについては、その意識はやや希薄であったように思います。今回、連合東京三多摩ブロック・全建総連多摩地区協議会といった民間労働組合と共同したたたかいができたことは、自治労多摩市職員組合として労働運動上の大きな転換点となりうる成果です。自治労多摩市職員組合としてのこれからの運動の展開に大きく影響していくものと考えます。
 二点目としては、「自治労多摩市職公契約条例試案」として、具体的な政策提言ができたことです。試案を策定し、多摩市当局に具体的な提言をし、さらにその多くが反映されたことは大きな成果です。自治研活動を実践し、具現化できたことはこれからの自治労多摩市職員組合の活動のモデルとなります。
 三点目としては、行政内部の検討委員会に自治労多摩市職員組合として委員を送り込めたことです。いままで、条例の制定や政策課題等については多摩市当局の専管事項として組合の関与を認めてこなかった当局の姿勢に風穴を開けたことは大きな成果と言えます。この成果は、現在、労使共同で設置された「財政問題研究会」「人事評価制度検討会」に反映されています。今後も様々な事項について自治労多摩市職員組合として関与が期待できるものと考えます。


6. 多摩市公契約条例の今後の課題

 「多摩市公契約条例」は2011年12月議会で議決され、2012年4月1日に施行されましたが、これはようやくスタートラインに立ったというのが実情です。今後の最大の課題として、条例に定められたことをどのようにして実効性を担保していくかというものがありますが、そのほかにも次の三点が課題です。
 一点目としては、業務委託における職種別労働報酬下限額の導入です。今回、条例の制定を優先して先送りにしましたが、労働実態と合わないことは明白ですから早期の実現にむけて働きかけを強めていく必要があります。また、この点については行政・経営者側双方の抵抗も根強いものがありますから、粘り強く提案していくことが必要と考えます。
 二点目としては、行政職員の公契約条例への理解の促進と意識改革の必要性です。公契約条例は施行されましたが、職員全体としての公契約条例への理解はまだまだ不足しています。契約業者だけではなく、所管課の職員に対する公契約条例の説明会を複数回開催する必要があると考えています。自治労多摩市職員組合としても、当局に説明会の開催を申し入れする必要があります。
 三点目としては、行政職員の適正な積算能力の確保です。特に委託業務については、現在、業者への見積もりに頼っている状況が多く見受けられ、発注仕様書さえ満足に作成できない状況下で、適正な積算がなされているとは思えません。公契約条例が制定されても、積算が適正でなければその実効性は担保できないことから、行政職員に対して適正な積算能力が確保できるよう、研修制度を充実していくことが重要と考えています。
 このほかにも、条例を施行していく中で様々な問題点が浮かび上がってくると考えています。この点については、その都度、「多摩市公契約条例審議会」の中で議論され、条例改正を行っていく必要があると考えています。


7. おわりに

 今まで述べてきたように、「多摩市公契約条例」は自治労多摩市職員組合単独で制定させることは、到底成し遂げることが出来ないことでした。自治労東京都本部はもとより、民間労働組合、業界団体、関係市議会議員や都議会議員等、多くの方々の協力があったからこそ、実質1年半という短期間で成立できたのです。そこで、公契約条例制定にむけて重要であると思われることを以下にまとめてみます。
① 首長のリーダーシップの発揮(行政の姿勢転換に必須)
② 自治労単組と行政当局の労使交渉だけでは公契約条例は成立しない
③ 行政(首長・当局)、議会(全会一致が望ましい)、官民の労働組合、市民との協働
④ 対話と合意に運動の視野を広げていく
⑤ 自治労単組・連合・全建総連・自治労東京都本部・東京自治研究センター・自治総研等の関係者の密接な連携
 なお、連合東京においては、公契約条例制定までの公式な公労使審議や市民へのパブリックコメント手続き等が基本的に必要との認識の下に、多摩市の公契約条例制定過程をモデルとした以下のようなアプローチモデルが提案されています。
(ステップ)
① 公契約とはなにか、性格と理念について学習する。
  連合、関係労働組合、関係議員、市民、有識者等のメンバーによる促進GRP核、形成
② 条例制定の意義を広い視野の中で、一部の自治体との契約に止まらず役立たせる視点の醸成
 (自治労、建設関係労働組合、連合の取り組みではなく、広く民間労働組合にも必要という認識)
③ 首長のリーダーシップを引き出すための方策を検討
  連合を中心とする「促進グループ」の首長との懇談や地区協議会における政策要請、シンポジウム開催等
④ 核心的な条例内容を中心にあまりに広範囲な条例とすることによる反対を防ぐ
  (=小さく産んで大きく育てるという意識で=)
⑤ 条例内容検討段階から審議会・検討委員会を設置(当局、有識者、業界、組合の構成)での検討委員会で条例内容検討を進める。建設、委託関係業界の使用者代表を大事に
⑥ 審議会委員と連携する促進グループ代表からなる対策会議を並行して開催し、条例内容を検討し、審議会に意見反映させる
⑦ 全会派一致をめざす議会対策(友好議員との大きな連携)
⑧ 条例制定後も審議会を継続させ、条例内容の豊富化を図り、連合役員を参加させる
 (必須)
 最後に、自治労多摩市職員組合における公契約条例の制定過程での取り組みを参考に、上記の事柄を取り入れながらそれぞれの自治体独自の手法を探していく中で、「多摩市公契約条例」以上のより良い条例が全国で制定されることを期待し、自治労多摩市職員組合からの報告とさせていただきます。