【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第4分科会 自治体がリードする公正な雇用と労働

 名古屋市は2013年度から、図書館へ指定管理者制度を施行導入することとなった。これが提案されてから、自治労名古屋教育支部は、ボランティアグループや市民らとともに、反対運動を進めた。導入阻止はできなかったが、市民との連携の枠組みができた。今後、指定管理者制度の検証とともに、図書館職員として「魅力ある図書館像」の発信が求められる。



名古屋市図書館への指定管理者制度導入
反対運動の経過と今後の課題について

愛知県本部/自治労名古屋市連合労働組合・教育支部 塩沢 宏之

 2012年3月に、名古屋市議会において名古屋市図書館条例の改正案が議決され、2013年度から名古屋市志段味図書館に、指定管理者制度が試行導入されることが決定した。
 2011年4月に、6図書館への指定管理者制度導入・職員18人削減のプランが示されて以降、教育支部ではもうひとつの職員団体である名古屋市職員労働組合(以下市職労)と協力し、導入対象となった各区6支所管内を中心に広く市民に反対を呼びかけ、ボランティアグループや市民と協働して反対運動を実施してきた。残念ながら、志段味図書館への導入は決定したがあくまで試行であり、導入検証のあり方や今後の図書館等を巡って、反対運動は現在も継続されている。これまでの経過について簡単に報告したい。


1. 図書館職員を巡る労働環境と名古屋市図書館の現状

 公共図書館で働く職員の労働環境は加速度的に悪化しており、正規・非正規・民間委託労働者全てを含む図書館職員のあり方を問わなければならない状況に追い込まれている。自治体の財政状況の悪化を受けて、東京都を皮切りに始まった民間事業者によるカウンター業務委託や指定管理者制度導入、あるいは直営を維持していても非常勤・嘱託化などにより、現在では全図書館職員数のほぼ3分の2が非正規化するに至った。先行する東京都23区内では、図書館の非正規労働者は職員の7割以上を占めている。
 この数字は公務労働の非正規率平均を大きく超えて突出しており図書館の現場に大きな問題を起こしている。多くの図書館では、生活することの出来ない賃金と細切れの不安定雇用の状態に大半の職員が置かれており、いろいろな面で図書館サービスの劣化を生んでいる。
 名古屋市ではこれまで例外的に司書職制度を採用しており、図書館には専門職員が継続的に雇用・配置されてきた。しかしコスト削減を主目的として、2008年には図書館へのカウンター業務委託導入・職員削減が提案された。この提案をめぐって教育委員会当局と職員組合は激しく対立したが、決裂寸前で2009年度からの業務委託のテスト導入と教育委員会当局・職員組合2団体の3者による検証実施で合意し、交渉継続中のまま図書館へのテスト導入が始まった。
 当初、教育委員会には指定管理者導入の方針はなく、図書館の人員削減はカウンター業務委託を軸に進んでいくものと思われた。しかし、河村現市長誕生後の2009年6月市会で情勢は一変した。
 市会で、図書館への指定管理導入(民営化)についての質疑が行われ、教育長は既定方針のとおり、「窓口委託による職員削減で効率化を図っている」と答弁した。しかし河村市長が、指定管理者導入を含めた検討を指示する答弁を行ったことにより、これまでの方針は一蹴され、図書館への指定管理者制度導入が急浮上することになった。
 市長の答弁に従って、2010年度に教育委員会が内部検討を重ねた結果、2011年4月に指定管理者制度導入の計画が浮上した。


2. 指定管理者制度導入提案から5月市会まで

 2011年4月に、自治労名古屋教育支部に対して、「2012年度から2ヶ年で6図書館への指定管理者制度導入・職員18人削減」の提案が急遽教育委員会から示された。市民はもちろん図書館内部の職員にも検討過程・内容は明らかにされないままの突然の提案だった。
 導入日程は6月市議会条例改正案提出・8月受託業者公募という性急なものであり、導入案も、市の周辺部を狙い撃ちするように各区の支所管内を対象としており、様々な問題があった。 対象とされた支所管内図書館は、1997年以降住民要望に応えて整備が進められてきたが、それまでの図書館と比べて配置職員数を半減するなど、大きくコスト削減・効率化が図られており、導入対象とすること自体が疑問視された。

2011年5月の導入計画対象館

 導入によるコスト削減効果は薄く、事業面でも、サービス向上の具体的な事例を上げることができず、周辺部の住民への図書館サービスだけが切り下げられる懸念を感じさせるものだった。
 そして何よりも、公的サービスの「見直し」が、市民に一切知らされることなく進むことが一番の大きな問題と思われた。
 教育支部では、もうひとつの職員団体である市職労と協力し、導入対象とされた支所管内の住民団体や図書館のボランティアグループ等を中心に、広く状況の説明と反対活動を呼びかけを行い、教育子ども委員会を中心に市議会議員への働きかけを開始した。中川区富田、緑区徳重の住民団体の協力を得て、導入再考を求める反対活動がスタートした。また、指定管理者制度が導入された他都市の状況を知る図書館ボランティアグループからも、「明らかに悪くなる。賛成できない」と、多くの協力が寄せられた。
 5月29日午後、名古屋市女性会館視聴覚室で、「図書館について考える市民集会」が開催され、悪天候にもかかわらず、約80人の参加者があった。集会では、指定管理者制度導入提案の内容と、問題点についての報告後、支所管内図書館のサービス状況について職員から報告が行われた。また、指定管理者が既に導入されている横浜市・神戸市について、導入の過程と現在の状況について報告があった。参加者からは、「5月になってはじめて聞いた」「教育委員会に申し入れを行ったが、『もう決まったこと、話だけは聞いてやる』という態度だった」「外部業者に出したらどうなるか不安」等々、教育委員会の対応を批判する声や、図書館サービス低下を心配する声が多く出された。
 集会では指定管理者制度導入に反対する緊急アピールを採択し、「名古屋市図書館を考える市民・ボランティアの会」として反対署名を実施することを決定した。反対署名には、短期間で約1万2千筆が寄せられた。6月20日鶴舞中央図書館長に、署名を提出し、導入再検討を求めた。
 5月31日に教育委員会は、「図書館の今後のあり方について」と題して、指定管理者制度導入案を6月市議会に先立ち教育子ども委員会の所管事務調査に付した。
 教育子ども委員会では、市議会議員から、拙速な導入や、支所管内図書館を安易に対象としていること、導入によるサービス向上部分が見えないこと等を批判する意見が噴出した。この意見を受けて、教育委員会は、「アンケート等を実施し、改めて市民の意見を聞きたい」として6月議会への条例改正案提出を見送り、2012年度の指定管理者導入はとりあえず回避され、導入検討は一時進行が止まった形となった。


3. 図書館協議会での検討と市民アンケート実施

 6月には、新年度の図書館協議会がスタートした。市議会での批判を受けて、教育委員会は足場を再度固めるために、改めて図書館協議会での指定管理者制度導入検討を開始した。また、市議会での指摘に対応するため、現在の職員体制でも可能な開館時間・開館日数拡大が矢継ぎ早に実施された。
 図書館協議会の検討内容は、毎回市民による傍聴が続けられた。例年4回程度しか開催されない協議会が、9月からは毎月招集され性急な検討が行われた。協議会での検討については、問題と思われる点も多々あった。導入反対の意見を述べた委員宅を、中央図書館の担当者が戸別訪問して賛成に回るように説得を繰り返し、更には協議会終了後に、複数人で数時間以上説得を行うなどの、強引な姿勢が見られた。しかし、図書館協議会の議論は賛否半ばするまま推移した。
 10月には市政アンケート(名古屋市が定期的に行っているもの。2,000人無作為抽出)で「図書館の今後のあり方について」という調査が行われた。市議会指摘をうけて、市民意見を聴取するために行われたが、アンケート実施以外には、市民への説明や情報提供は一切行われていない。アンケート内容も、導入の利点を強調して可否をたずねる等、非常に誘導的な内容だったにもかかわらず、指定管理者制度導入についての質問では、「わからない」と言う回答が最も多く3割以上を占め、教育委員会の説明不足が露わになった。
 11月の図書館協議会では、中央図書館長から「導入の是非を諮問した覚えはない。個別意見だけ出してもらえはいい」と言う驚くべき発言がなされ、図書館協議会での検討は結論を回避したまま実質上打ち切られた。傍聴していた市民からは「これまでの検討は何だったのか?」「茶番劇だ」と言った声が出された。そしてこの場で、市民アンケートの集計結果を根拠として、2月市会への条例案再提出、2013年度導入のスケジュールが示された。


4. ボランティアグループ・住民団体による反対活動

 この間に、住民団体・職員団体では、反対活動を継続して進めた。
 7月には図書館ボランティアの学習会である東海子どもの本ネットワークから、図書館などで活動するボランティアグループに対して指定管理者制度導入反対アピールの作成とアピールへの賛同グループを募る呼びかけが行われた。また10月には緑区徳重で図書館について考える集会が実施され、12月には中川区富田でも図書館について考える集会が実施された。
 11月の図書館協議会の傍聴結果を受けて、住民団体と職員団体による協議が行われ、条例案が再提出される情勢を受けて、「名古屋市の図書館を考える市民の会」として請願署名を行うことを決定した。また2月議会に向けて、市内で大規模集会の実施を決定した。12月10日の中川区富田での集会から、請願署名の呼びかけが開始された。
 2012年1月に入って職員団体には改めて、指定管理者制度導入の提案が行われた。5月の市議会での反対意見を踏まえて、新たに出された提案は、2013年度から支所管内図書館1館に、指定管理者制度を試行的に導入するという内容に変更された。図書館を考える市民の会では、この内容について、「試行と言っているが信用できない」として反対署名の呼びかけと、市民の会のメンバーによる市議会議員へのアプローチを強化した。
 請願署名は2月10日には約12,000筆の署名が集まり、引き続き3月10日まで署名継続を決定した。2月20日には反対署名13,020筆を一次提出した。
 2月18日には、西区山田地区会館で集会が開催され、また、3月3日には片山善博慶大教授(前総務相)を講師とした講演会・「図書館のミッションを考える」を栄ガスホールにおいて開催した。


5. 試行導入決定と今後の課題

 2月29日の市議会教育子ども委員会において、非常に残念ながら図書館条例改正案が賛成多数で可決され、2013年度から守山区志段味図書館に指定管理者制度を試行的に導入することが決定した。教育子ども委員会の議論では、導入はあくまで試行であることや、試行期間終了までは新たに指定管理者を他の図書館に導入する事はないことが確認された。
 3月3日の片山善博氏の講演会には、名古屋市だけでなく市外からも多数の参加者があり、入場者は250人を越えて超満員となった。
 片山慶大教授は、講演で、「図書館は指定管理にはなじまない……。地方の図書館は地方の文化、歴史の継承者であるべき。地域で保存し、蓄積して後世の人に活用してもらうことが必要。これらは極めて知的な仕事で、そういう大切な仕事に携わる人の雇用を細切れにしてはいけない」として、図書館に指定管理者制度が馴染まないことを明確に指摘し、参加者からは賛同の声が上がった。また同時に「図書館のミッションは、いろいろなニーズがあり、様々な課題を抱えている人、一人ひとりを知的に支え、自立を支えるのが使命である。それをもっともっと拡充しないといけない。そうすることで、多くの人に図書館が支えられるようになる」と、図書館の現状を批判し、図書館職員にもっと積極的に図書館の役割を発信していくことを求めた。
 3月19日には、請願署名の2次提出を行い、最終的に署名数は15,527筆となった。4月23日に、「図書館を考える市民の会」の名称で活動してきた住民団体・ボランティアグループ・職員団体が会合を行い、今後の反対活動の進め方について協議した。その結果、会員制の組織として、志段味図書館の試行導入の検証を行い、活動を継続していくことを決定した。
 4月26日には、志段味図書館の第1回指定管理業者選定委員会が開催され、業者の選定作業もスタートした。6月は業者の公募も開始される予定となっている。
 1年間にわたる今回の活動では、広く住民に呼びかけて反対活動を実施した。ボランティアグループをはじめとして、多くの住民の協力を得て運動を行い、導入阻止はできなかったものの、当初の2ヵ年で6図書館への導入案から、1図書館での試行導入・複数年の結果検証実施への変更を勝ち取ることができた。今後の試行導入検証についても、住民と協力して活動するための「市民の会」という枠組みもスタートした。
 逆に課題が露になったのは、専門職員の必要性やより望ましい図書館のあり方について、図書館職員の側からの発信の弱さだった。明確な対案を掲げての議論ができず、活動の間を通して後手に回ってきた。こうした課題に対処するために、2011年11月から、「アイディアキャンプ」と名づけた活動を図書館職員でスタートした。目的は、より魅力的な名古屋市図書館の形を考えて発信していくことで、現在も月1回のペースで実施している。
 試行導入がスタートすれば、直接指定管理館と直営館が比較されることになる。広く市民と協力して検証を進めると共に、理念においても日常のサービスについても、図書館職員が更に実践を積み上げ、発信していく必要がある。