【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第4分科会 自治体がリードする公正な雇用と労働

 私は自治労猪名川町職員組合の特別執行委員であり、自治労組織内議員として労働者・生活者の視点にたった議員活動を精力的に進めながら、町政の発展と住民福祉の向上に努めている。このレポートでは、2005年4月から民間委託に移行した当該自治体の学童保育をめぐる「偽装請負」とのたたかいの経過を報告し、なお拡大しつづける自治体ワーキングプアの実態と非典型労働からの脱却に向けた労組の果たすべき役割を指摘したい。



学童保育偽装請負とのたたかい
闘争7年……民間委託から直営方式、そして組織拡大へ

兵庫県本部/猪名川町職員組合・特別執行委員 久保 宗一

1. 「安易な民間委託で何が悪い」

(1) 行革といえば官から民が定番
 それは、猪名川町職員組合からの労働相談に始まった。2005年当時、私はまだ大阪府の職員であり、労使関係行政に携わり、多くの個別労働相談に応じていた。地域メーデーにおける行政対応といった労政用務の関係から猪名川町職とは数年来の付き合いがあった。この中で、当該職員組合から「行革の一環で進められた民間委託事業が偽装請負かもしれない……。少し勉強したい。」との相談が契機となり、気が付けば、大阪府を退職し選挙を経て当該職員組合の組織内議員となっていた。
 2005年当時の偽装請負の特徴は、大企業を中心に展開された「非正規社員の活用」が加速した時期からは数年が経過しており、マスコミなどで社会問題として取り上げられる用語としては何も珍しいものではなかった。ただ、何が問題なのか、重大な法令違反とともに、派遣労働や委託労働者を使い、使用者責任を免れる形のいわば「雇用のない使用」が労働者保護の法理念に逆行する意味について、少なくとも人口3万人の小さな町役場に理解できるはずがなかった。

(2) 町役場のローカル体質
 当然のこととして本事案を一般質問で取り上げてみた。当局は「直接、指揮命令した事実はない。」とウソの答弁を繰り返した。しかしその答弁から窺える「安易な民間委託の何が悪い。」と言わんばかりの開き直りに悪意は感じられない。「あまり表ざたにせず、これまでどおりなぁなぁで済ませばいいじゃないか。」。そこに法令順守はおろか、ことの本質に気付こうとしないローカル体質の役人に失望するばかりであった。また、この閉鎖的な町役場の労組に対する基本認識といえば、「やっかいな左翼的圧力団体であるから大嫌い。」なのだと当局との答弁調整を通じて実感した。


2. 立ち上がった元嘱託職員の仲間と地域住民

(1) 未組織労働者の労働条件
 様々な労働統計をみてみると、企業規模の大小を問わず労働組合のある事業所と労働組合のない事業所とでは基本的な労働条件面で違いがあるのは明白である。あたかも労組は諸悪の根源であるかのように主張して当選した某首長に「合理的で健全な労使関係」への理解はないと思うが、労働条件が労組の有無に関係していることはまぎれのない事実である。元嘱託職員の指導員たちは、町役場の受託会社内では未組織労働者であり、低賃金で働いていた元嘱託職員時代とさほど変わりはない。その元指導員の数人が自治労県本部等に相談した内容は「もしかしたら、私たちはよく新聞紙上で読む『偽装請負』で働かされているかもしれない」という単純な疑問であり、解決策の一つとして「まずは労働組合を作ろう。」ということになった。これが「猪名川町公共サービス合同労組(以下、『ユニオン』という)」結成の動機である。

(2) 5,000筆超の要望書署名
 ユニオンは、県本部の指導の下、問題解決のための様々な方策を検討したが、地域や保護者(育成室利用者)との連携が不可欠との判断から署名活動を展開した。ここに議会への要望書署名や「直営を目指す会」発足に至る経過メモを記すが、驚いたことに集められた署名は人口の6分の1に迫る5,000筆を超えたことである。さらに、驚くべきことは、この事実に議会は1人の自治労出身議員を除き何の関心も示さなかったことである。「民間委託を決めたのは我々なのだから仕方がない。」。ここにも議員の資質に疑問を抱く、ローカル体質がみてとれる。


「学童保育の直営と充実をめざす会」発足に至る一連の経過

08.03.06

組織内議員が一般質問にて偽装請負を言及。教委は「直接指揮命令はない」とウソの答弁。

08.09.12

兵庫労働局が町教委に対し、学童は偽装請負と是正指導。

08.09.16

町教委が報道機関に資料提供。新聞各紙で報道。

08.09.17

保護者会代表がユニオンに事情聴取。

08.09.29

町教委が保護者会代表及びPTA連合会関係者に事情説明。

08.10.01

町教委が保護者役員会を開催し、是正指導について説明。

08.10.03

保護者会とユニオン共催による保護者説明会実施。受託先会社も参加。ここで多くの保護者が学童は民間委託であった事実を知るが、今後の不安を解消するための方向性を決めるまでには至らず。

08.10.04

前日と同様の説明会実施。保護者会として町教委に対し「保護者との話し合いを求める要望書」を提出することを決定。

08.10.06

保護者会が町教委に要望書提出。

08.10.08

町教委が兵庫労働局に是正報告書を提出。

08.11.07

町教委主催の保護者説明会開催。保護者は、「委託ありきでなく、継続して協議してほしい」と要望。

08.11.10

受託会社再委託先の猪名川営業所が町内に設置。

08.11.28

保護者役員会開催。町教委同席。「猪名川営業所ができたことで、子どもの安全健全育成にどう影響するのか、委託の是非を含め見守っていく」旨の意向を町教委に伝える。

08.12.08

兵庫労働局が町教委に対し職業安定法等違反に関する再調査。

09.01.17

保護者会が全体会を開催。保護者会の総意として、民間委託に反対していくことを確認。

09.01.18

保護者会とユニオンが今後の対応について協議。運動団体名を「学童保育の直営と充実をめざす会(以下『めざす会』という)」とし、相互に連携していくことの確認のほか、保護者からの意見を取り入れた署名活動の展開を検討。

09.01.24

めざす会が署名用紙を配布して署名活動開始。

09.01.26

受託会社からユニオンに対し、猪名川営業所在地が署名用紙に記載されることについては容認すると連絡。保護者会が各育成室に対し、署名用紙の保護者への配布を依頼。

09.02.01

町教委から保護者会代表者に、保護者が受託会社名を署名用紙の所在地欄に勝手に使用したとし、損害賠償請求も辞さない構えであることの情報が伝えられる。

09.02.13

保護者役員会開催。本年1月17日に確認した、民間委託に反対していく総意については一旦白紙に戻し、新たな方針として、民間委託には賛成でも反対でもなく、直営にも賛成反対のどちらでもないこと、また、用紙の作成は指導員労組が勝手に作ったものであることを確認。

09.02.17

めざす会は、5,000筆超の署名とともに「要望書」を町議会に提出。

3. わかりづらい偽装請負

(1) 兵庫労働局の是正指導
 当時の兵庫労働局が町教委に是正指導した内容は、偽装請負を解消するため次の3つの方策からどれかを選択すべきというものであった。一つは直営に戻すこと、二つに労働者派遣契約に切り替えること、三つに適切な委託契約となるよう仕様書を見直すこと。町教委が選択したのは三つめの仕様書の変更で、直接的な指揮命令とならないよう書類を整えた。
 一方、同様の是正指導を受けた受託会社は、町内に出張所を常設し専任の管理者を置くとともに保護者からの相談にも応じる措置を講じた。

(2) 何が問題なのか
 業務の請負契約と職業安定法で禁止されている労働者供給事業の違いを説明することは難しい。
 また、常用労働者の代替えであってはならない「派遣法」……。これに基づかない派遣の実態にあるのに請負であるかのような契約を締結することから「偽装請負」と呼ばれる意味の中には発注者の責任負担がその背景にある。これを理解させるには、説明に相当の時間を要することになる。
 ユニオンが開催した保護者向け説明会ではどうしても法令違反と事業コストや子どもの安全確保との関連性がうまく伝わらなかった。
 ただ、保護者の中には民間企業での経験から理解を示す人もあり、説明会が保護者会として何らかのアクションを起こす契機となったことは評価できる。
 また、新聞報道やユニオンの説明を聞き、はじめて自分の子どもを民間会社によって運営される施設へ預けていた事実を知った保護者も多く、これまで町教委が説明責任を怠ってきた事実のほうが深刻な問題であった。

(3) 保護者(住民)の反応
 「子どもにとって何のメリットもない委託……」県本部がユニオンに指導した署名ビラには、こう記載されていた。
 しかし、保護者の関心はあくまで子どもの安全確保であり、指導員の雇用形態が請負か派遣か、またコストの問題かなど、当初はそれほど重要視されていなかった。ただ、埼玉県ふじみ野市で起こったプール事故や、特別支援を要する児童への対応は学校との連携があって成り立つことを説明することで、保護者の偽装請負に対する問題点が徐々に整理され、また行政に対する不信感も徐々に高まり、署名活動の成功につながったものと思われる。


4. 今後の課題

(1) 直営に対する不安
 2012年度末をもって本委託契約は期限を迎える。町教委は議会に対し次年度以降も継続して長期委託契約を締結するか、直接雇用に戻し安全面をはじめ、コストや人材確保策を全面的に見直すかの結論を実質的な予算要求が開始される秋までに出すとしている。
 見通しとして、明るい材料はそれほどないが、自治労推薦の町長が「委託には、それがなじむものとそうでないものがある」と言及していることと、3年前、署名活動や直雇用に猛反対した議員の半数が改選により入れ替わっていること、「直営が望ましい。」とする保護者会の思いが今もなお引き継がれていることなどを勘案すると、決して楽観視はできないが、2013年度以降は従来の嘱託職員による学童に戻る可能性が出てきた。しかし、受託会社で働く労働者にとって、直営に戻った場合に雇用が確保されるかといった問題に対する不安も出てきた。

(2) 10年雇用の撤廃
 町は、かねてから労使交渉で指摘されてきた「臨時・非常勤職員制度」の見直しを2011年度と2012年度の2年間で適正化にむけ推進しようとしている。一つは「上限10年以内」とする規定の撤廃である。当局側からすれば「10年間は働き続けられるという『期待権』を誘発する。」事態の解消にあるのだが、理屈はどうであれ、優秀な人材の流出を防止できる意味では評価できる。もう一つは「任用形態の適正化」である。全国的にみて臨時・非常勤職員の増加や職務内容の多様化等により処遇問題が指摘される中、本町でも勤務形態や賃金の支払方法等を規則・要綱ではなく、条例で定めようとするものであり、従来の曖昧な部分はこれにより整理できるものと考える。
 ただし、嘱託職員の位置づけに適正化が図られたところで現行の組合員の職場が確保されている訳ではない。2013年4月から町内に7つある小学校のうち1つが統廃合される。当然、敷地内にある現行の学童保育の活動拠点である育成室も例外ではない。ここで「1+1」が決して「2」にならない合理化の原理が働く。労組としては引き続き、組合員全員の雇用確保に向けた取り組みを強めなければならない。

2013年4月1日施行予定の「臨時・非常勤職員制度」見直し案(2012年8月24日現在)
区  分
現  行
改 正 案

嘱 託 職 員

嘱 託 職 員

臨時的任用職員
根 拠 法 令
地公法第3条第3項第3号
地公法第3条第3項第3号
地公法第22条第5項
地公法の適用
任用の位置づけ
学識・経験に基づき非専務的に業務に従事する職員 臨時の職または緊急の場合に任用され、事務または技術の補助的業務に従事する職員
勤 務 形 態
非 常 勤
(常用実態含む)
非 常 勤
(原則、常勤の3/4以下)
原 則 常 勤
(常勤の3/4超を従事する者含む)
勤務時間/週
38時間45分以内
30時間未満
30時間以上
任   期
1年以内
1年以内
6か月以内
再度の任用
1年ごとに人事査定等を行い、その職が「新たに設置された職」として任用されることとし、結果として同一の者の任用に対してその年数には上限を設けない。
給料等の性質
賃  金
報  酬
賃  金
通 勤 手 当
常勤及び常勤の3/4以上の勤務に従事する者
原則支給しない
支給する
期 末 手 当
常勤及び常勤の3/4以上の勤務に従事する者
原則支給しない
月給で従事する者のみ支給
給 与 体 系
職種・職務内容等によって月給・日給・時給を適用
日給・時給
職種・職務内容等によって月給・時給を適用
条例の規定
規定なし
非常勤の嘱託職員の報酬及び費用弁償等に関する条例 臨時的任用職員の給料等に関する条例
社会保険等
勤務時間等により、厚生年金、社会保険、雇用保険を適用
公務上の災害
労働災害を適用
非常勤公務災害補償を適用
労働災害を適用

(3) 嘱託・臨時職員の組織化
 学童の直営雇用後は嘱託職員の組織化に取り組まなければならない。未組織の組織化は長年にわたり自治労が掲げてきた課題である。正規職員数が減少傾向で推移している現状の中、嘱託・臨時職員は増加傾向にある。もはや地方自治体の公共サービス提供の担い手となっている現実にあって、また質の高い公共サービスを実現するうえでも求められるのは処遇の改善と雇用の安定である。

職員、嘱託・臨時職員数及び決算額の推移
 
嘱託職員の賃金合計額(円)
正規職員数(人)
嘱託・臨時職員数(人)
嘱託・臨時職員の
全体に占める割合(%)
2007年度
276,857,938
267
113.7
29.87%
2008年度
277,657,128
264
113.5
30.07%
2009年度
281,484,000
259
115.5
30.84%
2010年度
284,742,493
258
124.9
32.62%
2011年度
286,386,000
258
121.0
31.93%

(4) 公契約条例の制定
 そもそも安全性とコストは天秤にかけられない……。2012年4月、関越自動車道で乗客7人が死亡した都市間ツアーバスの交通事故は、過当競争をめぐる旅行会社のコスト削減強要が安全対策を不十分なものにしているとバス関係者から指摘されていた最中の大惨事であった。
 今後は、関係法令の改正などにより旅行会社のバス所有義務化などで対策が講じられると聞くが、地方自治体における公共サービスの質の低下や労働条件の悪化を防ぐ意味で「公契約条例」の制定議論を進めていかなければならない。2008年以降の自治法改正では入札に関する制度改正が相次いだ。資格要件や総合評価方式で価格以外の要素が入札に反映されるようになったこうした動きは、単に安ければ良いのではなくサービスの高いクオリティが求められるようになってきた社会的要請の一つである。
 本町では、低賃金かつ違法状態で働かされてきた一連の学童指導員の労働実態を踏まえ、直営職場で働く嘱託職員の組織化とともに、千葉県野田市や尼崎市議会の取り組み検証を参考にしながら、「安全だから安心できる」まちづくりにつながるような公契約条例の制定に向けた取り組みを強めることとする。