【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第4分科会 自治体がリードする公正な雇用と労働

 公契約条例の意義や、そもそもの出発点となるILO94号条約について若干触れながら、今後の取り組みへの参考となるようにしたいと考える。



公契約条例について考える


大分県本部/大分県地方自治研究センター・理事(県議会議員) 守永 信幸

 2012年3月27日、札幌市議会で公契約条例が継続審議となった。北海道新聞は、業界団体との協議を市が甘く見ていたことによるもので、業界団体の反発は根強く、条例制定への道筋は不透明と報道している。新聞報道では、札幌市では4月から建設工事と清掃、警備などの業務委託で最低制限価格を引き上げ、受注業者の収入を増やす措置を講じており、市としては業界の要望を実現させたことで公契約条例にも理解を示してくれると考えていたと言う。これに対し業界団体は、長年の要求が実現しただけで、公契約条例とは別問題との反応であり、市と業界団体との意志疎通が図られていない状況とも受け止められる。今後、市としてはモデル事業を行い、課題を検証し、業界団体や議会の理解を得る考えであるとのこと。この状況は、どのような背景から出てきたものだろうか。これまで、土木建築事業については、公共事業等の事業予算が削減され続けたことにより、過当競争が激化し、入札での価格競争が激しくなる状況が続いてきた。しかも、大手業者が元請けとなり、重層的な下請構造が出来ており、発注者と元請業者との間の契約額から一定額を元請業者が搾取し、下請業者等が工事を担う場合、下位の下請業者にいくほど労務費が削られていくことになりかねない。このような状況を打破するには、一定の賃金を確保できるように制度を築いていくことが大切。公契約条例に対する期待はここにあると思うのだが、行政と業界との充分な摺り合わせる中で、業界の抱く不安を払拭していく努力が求められたのであろう。
 公契約条例については、千葉県野田市が2009年と最も早く制定し、2010年に神奈川県川崎市、2011年に神奈川県相模原市と東京都多摩市で制定されている。この4つの自治体はいずれも市長主導で制定がなされている。議会での議決に当たっては、野田市、川崎市、多摩市は全会一致で賛成。相模原市においても、みんなの党の議員2人が反対しただけで、他の議員は全て賛成で制定されている。札幌市で制定されていれば、全国で5つの自治体が公契約条例を持つことになり、しかも地方の都市においても制定がなされたと言うことになったのであるが、これはしばらくお預けとなった。
 神奈川県地方自治研究センターの勝島事務局長は、多くの事業者や首長、行政組織においては、公契約条例に対する誤解ゆえにためらいを持っていると言う。その要点を以下の3つにまとめている。まず事業者の懸念材料として、価格競争が激しく、最低制限価格が低いままでは、労働者の賃金だけを上げることを求められても困るということ。まず入札制度改革が伴わなければならないと主張する状況もある。また、行政への報告書の作成という新たなコスト増があり、その部分も見てもらえないと困るという声もある。次に、行政の懸念として、財政が厳しい中で、行政としてもコストの削減を求められている時代に、全体として事務が増え、人員も増やさなければならなくなるのが問題ではないかという主張がある。最後に労働者からの懸念材料として、最低賃金を示すことによって、高い技能を持つ熟練労働者の賃金水準が下限額に近づけられる、つまり賃金が引き下げられるケースが出てくるのではないかということが、懸念されている。これらの懸念に対しては、公契約条例の制度を組み立てる際に、関係者に理解を求めていかなければならない事柄ばかりである。労働者の賃金水準の底支えをするための条例であるから、労働者の労働環境を引き下げることになっては意味もない。経営者の利益を侵害するばかりでも、地域の活性化には繋がらない。これらの課題を意識しながら公契約条例を制定した4自治体も、目的とした成果が現れたかは2011年度の実績がまとまれば明らかになるであろう。
 運営をする中で、様々な課題も出てきたとも言われている。これらの課題をどのように解決していくかを、今後制定をめざす自治体においても、課題を共有しながら取り組んでいくことが必要だと考える。今回のレポートでは、公契約条例の意義や、そもそもの出発点となるILO94号条約について若干触れながら、今後の取り組みへの参考となるようにしたいと考える。


1. ILO94号条約について

 ILO94号条約は、公契約における労働条項に関する条約と言われるもので、自治体や政府などの公的機関が民間事業者と結ぶ契約の下で働く労働者の賃金や労働環境について一定の基準を満たすことを求めた条約である。この条約の目的は、①人件費が公契約に入札する企業間で競争の材料にされている現状を一掃するため、全ての入札者に最低限、現地で定められている特定の基準を守ることを義務づける。②公契約によって、賃金や労働条件に下方圧力がかかることのないよう、公契約に基準条項を確実に盛り込ませるということである。その考え方のベースとなるものは、「住民の税金を使う公的事業で利益を得ている企業は、労働者に人間らしい労働条件を保障すべきであり、発注者たる公的機関は、それを確保するための責任を負っている」というものである(連合資料から)。公契約条例のルーツについては、小畑精武氏著作の『公契約条例入門』に以下のように紹介されているので、少し引用したい。
 公契約条例のルーツは19世紀のイギリスにあった。19世紀末、初期の資本主義がもたらしていた労働者の貧困を政府の契約が生み出してはならないと英国会や英国内の自治体が決議したのである。ことの発端は、ロンドンの印刷工組合が1884年の政府関係の印刷物契約の改定にあたって、契約の基礎に植字工組合の賃金率を採用させることを議会の委員会が支持したことだといいます。「公共機関は、みずから労働者の雇主として、労働組合の賃金率を支払い、また公共機関と契約した業者も、同じことをやるように主張するという良い模範を示すべきである」という考え方はイギリス国内で徐々に広がりを見せ、1894年までに150もの地方官庁がこうした「公正賃金」決議を採択するにいたった。1891年イギリス下院で可決された「公正賃金決議」は、「政府が結ぶすべての公契約において、下請けに伴う苦汁労働の弊害の防止、各職業における一人前の労働者の現行賃金とされる賃金額の支給の保障などを、契約の条件にわゆる『公正賃金条項』として盛り込むべきことがうたわれた」(『労働運動の再構築は可能か』戸塚秀夫)。こうした「公正賃金」の考え方は、イギリスからアメリカにも伝播し、1931年のデービスベーコン法で、さらに、1949年にはILO94号条約として開花していくことになる。
 このILO94号条約は、日本では批准されていない。しかし、世界的には2012年3月現在で、加盟183カ国のうち61カ国が批准をしている。日本が批准していない背景としては、自民党政権下では、民間における賃金など労働条件等については、労使当事者同士での合意が基本となるべきであって、労働基準法違反の場合を除き、政府が介入すべきではないとの考えによるもの。しかし、当事者同士の合意を基本とするには、正規労働者でない限り、労使の関係は極めて不均衡であり、泣き寝入りは想像に難くない。しかも、労働組合加入率が低迷し、終身雇用制自体も様変わりしつつある現在の状況下で、正規労働者といえども、労働環境は熾烈さを増しているのが現状。労使当事者同士の議論は厳しいのではないだろうか。


2. 最低賃金法で十分か

 このILO94号条約を批准しなくとも、最低賃金法があるから良いのではないかといった声も聞かれる。しかし最低賃金として決められた額が、日本国憲法第25条で保障される健康で文化的な最低限度の生活が出来る水準であるかは、疑問である。同じく日本国憲法第25条の趣旨に則って給付される生活保護費との比較をしてみよう。例えば大分市の場合を生活扶助基準早見表で見てみよう。大分市は2級地-1にあたるが、早見表では標準世帯(夫33歳、妻29歳、子ども1人4歳)で、160,580円と記述されている。住宅扶助限度額(家賃補助)が、大分市で2~6人家族の場合、40,000円であるから、給付額は最大で200,580円となる。これを標準的な労働時間(一日8時間、週6日間労働)で割り戻して時給に換算すると、964円となる。一方、大分県の地域別最低賃金は、時間額647円。産業別に見ても、最高値は鉄鋼業の780円である。その差は、184円だから、働くよりも生活保護の方が得というモラルハザードが起きかねない状況がここにある。
 ここで注意しなければならないのは、生活扶助基準が実生活を反映しているものであることを押さえておかなければ、生活保護の基準が高いのではないかなどと言う議論に安易に流れないようにしなければならない。その上で、憲法の下で保障されるべき賃金水準となるよう努力していくべきだろう。


3. 若者が継承しうる賃金を

 野田市の根本崇市長は、2009年11月の公契約を考える緊急シンポジウムで、公契約条例の必要性を感じたきっかけについて、次のように紹介していた。ある大工さんが「俺たち大工は、1日働いて国の単価で言うと19,600円。実際にはこれ以下の値段でしか働いていない」と言っていた。計算すると、1ヶ月に20日間働くとして、年収500万円いかない。実際はそれ以下の単価で働いている。そういう金額だと「これで俺がせがれに大工をやれと言えるわけがない」。このことが一つの問題点。また、2007年度の野田市庁舎の清掃業務委託の落札率が、70.1%。前年度96.8%、2008年度85.9%、2009年度96.4%であった。2007年度も含めて、前後4年間同じ業者が落札している。同じ業者が落札していることから、2007年度だけ働いている人の賃金が急に下がると言うことは無いと思うので、なぜこの時だけ低入札になったかは不明である。しかし、契約金額のうちの多くの部分が、人件費であるこの種の委託業務では、仮に別の業者の落札であったとしたら、低賃金の問題が発生したと思われる。多くの公契約を検討している自治体が、①建設労働者の次世代への継承の問題②官製ワーキングプアの問題について問題意識を持っているのだろうと考える。全国で最初に公契約条例を制定した市長の思いはここに出発点があったようである。


4. 公共事業の役割

 公共事業は、私たちの生活基盤を整備するために行われるものであるが、地域の景気浮揚策として実施されてきた面も強く、その役割としては、雇用対策を講じて消費を刺激することを大きな狙いとして考えられてきた。企業が利潤を得るためだけに実施されるようでは、その効果は薄まってしまう。更に近年では、事業はしなければならないが、無駄は無くさなければならないと予算が絞り込まれ、事業量も極めて減少してしまっており、過当競争による低落札が相次いで見受けられるようになっている。そのような状況下では、資材にかけるコストも低く抑えられてきたが限界もあることから、結局は人件費を大幅に削ることになってしまっているのが実態といえる。結果的に、労働者の賃金が低迷し、過重な労働を強いられることに繋がってしまっている。きつい仕事の割に、賃金が安いのでは、若い労働者が敬遠することともなり、特に首都圏の公共工事の現場では、若い労働者が減少してしまっている現実もある。
首都圏建設業ユニオンの調査による建設産業の現状

【疲弊する建設産業】
① 建設投資額の半減 
 1992年=83.9兆円〔ピーク〕→2010年=40.7兆円(約5割)
② 建設技能労働者の激減 
 就業者数 1997年=685万人〔ピーク〕→2010年=494万人(約7割) 
 ◇24歳以下の就労者の割合 
 1997年=77万人/687万人(全就労者)=11.2%
 2008年=27万人/537万人(全就労者)= 5.0%
 ◇現場の2人に1人が50歳以上
 建設業現場では世代交代が出来ない危機的状態 
③ 2030年の推計値では、建設技能労働者が80万人不足する。 
 2005年=348万人→2030年(推計)=212万人(32万~80万人不足) 
④ 鉄筋工の減少・不足 
 これまでの不足に対しては、地方からの応援要員で凌いできた。しかし、低価格受注の影響で単価が急落し、応援要員も集まらなくなっている。

【生活保護基準並みの建設技能労働者の賃金】(低賃金だから若者は入職しない) 
① 2010年都連賃金調査の結果 
 手間請 16,180円×19日×12月=3,689千円 
 常用  15,577円×19日×12月=3,552千円 
 収入から差し引かれる必要経費 
 車両維持費(駐車場、ガソリン、車検、保険) 
 道具・釘代、社会保険、税金 など 
 実収入300万円以下の層が、急速に増えている。 
② 東京都北区の生活保護 
 ◇30代夫婦、小学1、中学1→月額273,240円=年額3,278千円
(※ 資料提供:首都圏建設産業ユニオン 丸田幸一氏)


5. 大分県の公共工事における公契約の現状

 大分県における公契約の現状を見てみよう。2011年度の大分県の公共工事についてみると、電子入札での工事件数は2,087件(土木建築部所管分のみ)、その内予定価格1億円以上のものを拾ってみると17件あり、その予定額の合計は3,429,815千円、落札額の合計は2,750,246千円。合計金額で比較をした入札率は80.2%となっている。いずれも総合評価方式による要件設定型一般競争入札で行われている。大分県土木建築部では、原則として予定価格が5千万円以上の要件設定型一般競争入札に付する工事のうち、入札に参加しようとする者の「入札価格」と価格以外の要素である「企業の技術力等」とを総合的に評価することが妥当と認められる工事であるか、その他の工事であって特に総合評価方式をとることが必要と認められる工事が対象となっている。今回の17件を見てみると、17件中5件が評価値によって、最低価格で入札した業者以外の業者が落札をしている。したがって、総合評価落札方式によって、無闇な価格競争を避けることになっていると言えなくもないのだが、価格としては非常にシビアな中に収まっている状況だ。この総合評価方式では、評価視点に「企業の技術力」に加えて、「地域・社会貢献度」についても加算点が設けられており、これによって、県内企業の受注率の向上に貢献していることは評価できる。


6. 管理委託業務における動向

 管理委託業務は、県有施設等公の施設の管理については指定管理者制度が導入され、民間事業者に運営管理を委託するケースも増えてきている。今回細やかに調査する時間が取れなかったため、現状についても触れていないが、委託料の大部分が人件費で占められることが想定されるだけに、この契約の下で働く労働者の賃金について今後調査・検討をしていくことが重要だと考える。また、先進事例である千葉県野田市や神奈川県川崎市などでも、管理委託業務におけるワーキングプア対策として定める下限額のあり方は、野田市では市職員の用務員の初任給相当額をベースに設定しており、川崎市では生活保護水準を参考にしたりしているが、両市とも情勢を注視しているようである。


7. 公契約条例に期待される効果

 公共事業において、事業全体の予算が減少し、これまでの事業量をカバーしてきた企業がこのまま生き残り続けるのは厳しい情勢となっている。結果として、低価で落札せざるを得ない。工事価格が低くなった時、原材料費を低価格で購入できなければ削られるところは限られてくる。つまり人件費を削るしかない。この結果必要最低限以下の人数で、時間関係なしに働かされたり、最低賃金近くで働かされる実態が生じる。特に公共工事については、重層的な下請構造となっており、発注者と元請業者との間の契約額から一定額を元請業者が搾取し、下請業者等が工事を担う場合、下位の下請業者にいくほど労務費が削られていくことになりかねない。このような状況を打破するには、一定の賃金を確保できるように制度そのものを築いていくことが大切だ。公契約条例に対する期待はここにある。最終的には、最低賃金法そのものの底上げが図られなければならないのかなとも考えるところである。


8. 公契約条例に関して議論すべき課題

 議論すべき課題とタイトルをつけたが、いわゆる「デメリット」として最初に考えられることは、公共事業費の高止まりに繋がるのではないかという点である。人件費を一定程度確保するとなると、材料費の軽減にも限界はあるため、入札で価格競争に陥れば、人件費を削減するしか方法が無くなってしまう。それを避ければ、入札価格が高止まりをしてしまうことになる。しかし、これは闇雲に安い価格にたたいていった結果、低賃金労働者を増やすことになるのであれば、高止まりやむなしと考えて良いのではないだろうか。高止まりとはいっても、予定価格に収まらないことは無いと思われるので、当初予算で業務が賄えなくなることは無いと考える。効率的な予算運用という観点から見るとやや問題視する方もいるかもしれないが、公契約の下で働く労働者に人間らしい労働条件を保障すべきとの趣旨を踏まえれば、どちらを重視すべきか明らかであろう。次の課題は、条例が守られているかをチェックするために人手が必要な点である。川崎市の公契約条例では、請負業者に賃金台帳を整備させ工事期間中に3回提出させるようにしている。これは、チェックする行政側だけでなく、請負業者にとっても新たな事務が発生することとなり、コストの増加となる。請負業者側とすれば、このコスト分を契約価格に上乗せしてもらいたいとの声もあるそうだ。川崎市では市の担当者も1人増員したようではあるが、具体的な審査の作業内容や煩雑さなども今後の検討課題として、調査していく必要があると思われる。せっかく制定した条例が効果的に機能するか否かは、気になるところである。低賃金労働の抑制を目的としながら、実態として、労働者が十分な賃金を受け取っていなければ、行政の怠慢とみられてしまう。条例の目的が達せられているか否かを、チェックできる機能は必要である。また、チェックをする場合に、工事の内容次第では、どのような作業に何人の労働者が従事し、その作業報酬をきちんと受け取ったのかといった細かな部分までチェックしようとすれば、工事工程と投入人員との作業記録と作業報酬の支払い台帳とが整合しているかをチェックする必要性もあるだろう。精密なチェックのために、どの程度の職員数を配置すればチェックが可能となるのか、また精密なチェックを行うために対象事業の絞り込みが可能なのか、対象事業を絞り込んでしまったことにより、波及効果が薄れることが無いかなど、先行した自治体の状況を見ていく必要があるだろう。
 もうひとつ気がかりな懸念材料が残る。それは、労働者の賃金が、条例の示す賃金水準に張り付いてしまい、新たなワーキングプアを発生させるのではないかという懸念である。賃金の下限額が労働者賃金を引き下げることになってしまっては本末転倒である。