【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第5分科会 医療と介護の連携による地域づくり

 17年前、阪神・淡路大震災を体験した私たちは、2011年3月11日東日本大震災に見舞われた。地震被害、そして原発事故と、これまでにない経験を余儀なくされた。今回の震災は、私たちに改めて人が人として生きていくために必要なこと、そのための公衆衛生の使命と役割について考えることとなり、大都市を中心にワークショップを開催する行動を始めた。



公衆衛生って何?
大都市における公衆衛生についての論点整理2012

大阪府本部/大阪市職関係労働組合・環境保健支部 平子 一彦

1. はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。その未曾有の被害と支援活動から「公衆衛生」に対する必要性と期待を受け止めながら、これまでの地域保健の闘争経過、公衆衛生闘争についてその意義を改めて考えさせられることなった。
 このような状況の下、大阪市職員労働組合(大阪市職)環境保健支部でも、これまで行ってきた地域での取り組みを基本にしながら、大都市における公衆衛生について意見交換を行いつつ、次に向けての取り組む方向を確認することとした。
 一方で、自治労大都市共闘衛生部会において、「今、なぜ、公衆衛生という課題で議論を始めたのか?」「健康という施策を市民が求めているのだろうか?」「自治労という労働組合が、果たしてきた公衆衛生の取り組みについての評価は?」などを柱にしながら「公衆衛生の大都市における、今」を議論しつつ、次の世代への橋渡しをめざして「提言づくり」をとりまとめる取り組みが始まった。
 大阪市職環境保健支部においても、東日本大震災、地域保健、公衆衛生について議論し、さらにその成果を将来の取り組みにつなげていくためには、他都市での議論を知り、外部の視点から自らの取り組みを考えることも必要であるとして、大都市共闘衛生部会とも連携しつつ議論していくこととなった。

2. 各都市での議論
  ~大都市共闘衛生部会における議論より

(1) 仙台市からスタートから議論がスタート
 2011年7月22日から23日、東日本大震災で大きな被害を受けた仙台市において、自治労大都市共闘衛生部会の分科会・幹事会・総会が開催された。
 自治労の災害支援ボランティアでは多くの保健関係者が被災地に赴いたが、筆者が東日本大震災の爪あとが激しく残っている名取市閖上地区を訪れた際、根こそぎ生活基盤が失われた街で、避難地域での保健師の活動がクローズアップされていたことが印象的であった。
 大都市共闘衛生部会は、大震災被災地である仙台の地をスタートにして、改めて「公衆衛生」について考えていくことになった。すなわち、「地域保健対策強化のための関係法律の整備に関する法律(地域保健法)」(1994年成立、1997年全面施行)に基づき、「地域保健体制」が導入された際における衛生部会の取り組みを踏まえ、保健所の活動、組合員の運動の継続などについて検証や検討が必要ではないか、さらには自己批判も含めて考えていかなければならないとの認識のもとで、議論を進めていくことになったのである。
 また、内部だけの議論では解決できない課題もあるため、公衆衛生のあり方や保健師の仕事についての著作があり、自治労衛生医療評議会で交流のあるジャーナリストの荘田智彦さんに、衛生部会として取り組もうとしている課題について説明し、それに対して理解を示していただくことができた。さらに今後の大都市共闘衛生部会の議論の進め方などについてご助言をいただけることにもなり、9月に開催する横浜市の会議から同席していただくことになった。

(2) 各都市における議論の内容
① ワークショップによる課題抽出(横浜市)
  2011年9月17日に横浜市で開催したワークショップにおいては、まずそれぞれの大都市における状況や考え方などを出し合った。
  今後、議論を積み上げていく上で、この日のワークショップにおける課題抽出を一つの「原点」にし、これからの活動に結び付けていくこととした。
  このワークショップから参加していただいた荘田さんからは、今後の議論の姿勢として、現状に甘んじることなく、また単に過去を懐かしむのでもなく、将来に向かって議論を始めることが何よりも重要であるという助言をいただいた。
② 今後の
  2011年12月1日~2日には熊本市において自治労大都市共闘の「総会」が開催された機会に、自治労衛生医療評議会でともに運動を行った方のご協力を得て、議論の場を設定することができた。
 保健所を中心とした公衆衛生の活性化というテーマであったが、具体的に議論を進めていく際に、単に過去を振り返るのではなく、過去と同じ軸を知ることで次のステップが見えてくると考えている。
 経験者に当時も現在も公衆衛生の活動をされていることをお聞かせいただいたうえで、次世代へ公衆衛生を伝える「スクール」の発想が議論の中から出てきた。このような発想を今後の活動の展開へつなげていくことができればと考えている。
③ 「公衆衛生」を伝える意味(川崎市)
  2012年3月16日から17日に川崎市で公衆衛生を考えるワークショップを開催し、川崎市職労組衛生支部の協力により、支部現場組合員の皆さんと協働で学習会が開催できた。
  そこで課題となったのは、「公衆衛生」という言葉の意味やそれを推進する運動について、現場の組合員にどうやって伝えていくのかという点であった。
  川崎市では、1年前の東日本大震災を踏まえて、元自治労衛生医療評議会事務局長の西野守さんから「健康危機管理」「地域保健法の導入」という現場からの問題提起をいただき、ジャーナリストの荘田智彦さんから「東日本大震災」後の状況をもとに、公衆衛生活動について助言をいただいた。

<荘田智彦さんからの助言>

組合活動の再構築と公衆衛生(公的責任)

 東日本大震災で再確認された"公衆衛生"の再生こそ、喫緊の課題だと共通の認識を得た。それはくしくも15年以上前、彼らが組合活動の威信をかけて国と闘って敗れた「公衆衛生闘争」の正当性を証すものであり、『地域保健法』制定以来、国策のおもむくまま、ずっと「地域保健」の蔭に忘れられた形の「公衆衛生」を再び表舞台にもどすという「やり残し」課題とも通じていた。
 しかし、彼らが「公衆衛生」「公衆衛生」といくら叫んでも、同じ自治労組合員、衛生部会組合員でさえ、若い世代にはもう"公衆衛生"という言葉が通じなくなっている。さて、どこからどう攻めたら、後を継ぐ者たちに、また、地域社会の人たちに、自分たちの志を届けられるのか。そのための学習会に、会議の立会人として、助言者として呼んでいただいているのが私の立場である。
 そして、学習会を重ねるうちに、本5月総会までに、東日本大震災で再確認された「公衆衛生」の重要さを、組合としてアッピールするため、後輩組合員に残すブックレット『公衆衛生って何?』を作ろうということになった。彼らがなぜ、そこまで思いを募らせ、結集していったのか、そのことを見届けていくことが、私のジャーナリストとしての役割である。

(2012年5月大都市共闘衛生部会第21回総会議案書より抜粋)

3. 大阪市職における議論

(1) 地域保健法制定以降の対応への反省と今後の活動姿勢
 大阪市では、大阪市職の現場組合員と大都市の衛生にかかわる組合役員にも参加していただき、公衆衛生の大阪での現場の事情について、これも一方的な講義形式ではなくワークショップ方式で議論を進めた。
 そこでの議論は、1994年に従来の保健所法が改正され地域保健法となり、さらには1997年に施行以降、公衆衛生の分野がさらに大きな医療制度改革の流れに飲み込まれ、健康増進法や介護保険法などの導入や老人保健法の廃止に伴う特定検診の導入という政策転換の状況に対して、「公衆衛生」を担う現場にとって「十分な対応ができていなかったのではないか」「やり残した感じがある」と反省するところからのスタートだった。また、区役所への分権など、大阪市の課題も指摘があった。
 ワークショップには、大阪市職組合員、大都市の仲間、助言者の荘田智彦さんが忌憚のない会話を交わしながら、現時点の体制を単に反省して終わるのではなく、次の運動や活動について考えていこうとの議論があり、現在一定のとりまとめをしているところである。

(2) 公衆衛生と地域づくりの取り組み
 公衆衛生と地域づくりの取り組みについて、2011年11月6日、大阪市旭区民センターで開催された「『もんてこい丹生谷』那賀町祭&中野建吉写真展in大阪」について紹介する。ちなみに、このイベントには今回助言をいただいた荘田さんも関わっており、当日もあいさつがあった。
 那賀町は徳島県の山間部にあり、695平方キロメートルの広大な土地に、人口10,103人、高齢化率39.86%の町であり、このイベントは、2009年に東京の品川、2010年は那賀町、そして今年は大阪で開催されている。
 「もんてこい」とは、「戻って来い」「帰っておいで」という意味の方言。1年に1回ふるさとに帰って、家族と会うことは普通に感じるかもしれないが、高齢者の側からは、残りの人生から計算をして、あと3回しか会えない、5回も会えるかどうかという感覚になる。したがって、高齢者が健康なうちに、ふるさとを感じてもらおうと、町をあげて取り組んでいるそうである。超高齢社会の到来によって、都市の高齢者の健康問題が注目されているが、家族にとっては大都市に居住する者だけではなく、ふるさとに残った親の世代の健康も重要な問題なのである。
 町おこし、村おこしの取り組みは数多くされているが、残念ながら「公衆衛生」との関わりがみえるものは少なかった。高齢者の健康問題を意識しつつ、写真展だけでなく、物産展や郷土料理の試食なども盛り込んだこのイベントは、地元保健師の発案だと紹介映像で知り、今取り組んでいる「公衆衛生」の一つの方向性を教えてもらったように思った。

4. おわりに

 地域保健法施行以降、市民に身近なニーズについては市町村で、健康危機管理等広域的業務は保健所で担うこととして整理されてきた。しかし現状では、地域保健を担う組織全体がバランスよく運用されているとは言い難い状況にあるのは否定できない。
 一方で、私たちが健康的に生活する基盤が脆くも失われてしまった東日本大震災を機に、権力的あるいは社会防衛的という側面が強調され、ともすれば時代に合わないとされてきた「公衆衛生」について再評価するとともに、今の時代、そして近未来に適合した「地域保健」「公衆衛生」を貫く、新たな「理念」を構築すべき時が到来しているのではないだろうか。
 今後の保健所をどうしていくのか、どうしていきたいのか、労使ともに真摯に検討していくことが求められている。