【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第8分科会 都市(まち)と地方の再生とまちづくり

 本レポートは、雇用の安定が地域において最優先課題であるとの認識に立ち、雇用を創出し、安定させ、地域を持続発展させるための大きな手段である「企業誘致政策」をテーマとして、市の担当部署へのヒアリング調査や誘致企業へのアンケート調査の実施により、「網走市の企業誘致対策の課題と展望」について考察する。



網走市の企業誘致対策の課題と展望について


北海道本部/網走市役所労働組合・自治研推進部

1. はじめに

 網走市では、2012年大手企業によるメガソーラー発電所の建設が決定し、12月には約1,300kWの容量の発電が開始される予定である。網走市の財政に巨額な赤字を生み出している要因の一つである能取工業団地の約45,000mの市有地を貸付して建設されることから、未売却地の有効利用になるとともに、土地貸付期間20年間累計の財政効果は、土地賃借料収入約900万円、固定資産税約5,000万円の収入が見込める状況である。しかしながら、企業誘致の最大のメリットである雇用の創出効果は小さく、雇用環境の改善にはそれほど寄与するものではない。
 以上、当市の企業誘致対策においては、久しぶりの明るい話題であるが、官製ワーキングプアや若年層の雇用情勢に代表される雇用環境の悪化は、網走市など地方都市でも重要な課題となっている。
 本レポートは、網走市内の雇用の安定が地域において最優先課題であるとの認識に立ち、雇用を創出し、安定させ、地域を持続発展させるための大きな手段である「企業誘致政策」をテーマとして、「網走市の企業誘致対策の課題と展望」について考察することを目的とするものである。


2. 網走市の概要と事業所等の状況

 網走市はオホーツク海に面した人口約4万人のまちで、主要産業としては、オホーツク海と点在する湖沼が育む豊かな漁場がある水産業をはじめとして、畑作と畜産を主体とする農業、そしてこれらを原料とする農水産加工業とともに、風光明媚な景観を売りとした観光業が柱となっている。
 企業が新たに立地できる主な場所としては、市内の能取地区と呼人地区に2つの工業団地があるほか、重要な流通基地となっている網走港がある。
 市内の事業所等の状況については、次のとおりである。


網走市の事業所等統計

調 査 名

項   目

道内35市中の順位

2006年
事業所・企業統計調査

民営事業所数

2,087社

14位

民営事業所 従業者数

16,984人

17位

民営事業所 1事業所当たり従業者数

8.14人

17位

民営事業所 常用雇用割合

80.19%

24位

2009年
工業統計調査

工業 事業所数

65社

19位

工業 従業者数

1,595人

20位

工場 製造品出荷額等

3,866千万円

20位

工場 1事業所当たり製造品出荷額等

59千万円

19位

2007年
商業統計調査

商業 卸・小売業 事業所数

500社

15位

商業 卸・小売業 従業者数

3,496人

19位

商業 卸・小売業 販売額

7,914千万円

20位

商業 卸・小売業 1事業所当たり販売額

16千万円

23位


 網走市の民営事業所数・従業者数・1事業所当たりの従事者数は、道内35市の中でも人口規模(19位)に比べ比較的多いまちといえるが、常用雇用割合は低い。
 工業の事業所数・従業者数・製造品出荷額等・1事業所当たりの製造品出荷額等は、ほぼ道内平均レベルである。
 商業の卸・小売業事業所数は比較的多いが、従業者数は平均的であり、1事業所当たりの販売額は低い。
 以上から、大規模な企業が少なく、零細企業が比較的多いまちといえる。


3. 網走市の企業誘致対策の経緯

 網走市の企業誘致対策は、1964年に「網走市工業開発促進条例」に端を発する。条例策定の背景としては、1960年代より一次産業重視の産業構造転換を脱却すべく、企業誘致促進の動きが地方都市において広がってきたことが挙げられる。
 その後、2007年に「網走市企業立地促進条例」が新たに策定され、「網走市工業開発促進条例」が廃止された。新たな企業誘致助成制度の制定については、「網走市工業開発促進条例」で助成の根拠となっていた低開発地域工業開発促進法(注1)の適用期間が終了し、さらには工業再配置促進法(注2)が2006年に廃止になったことにより、企業誘致に係る助成制度がなくなったことが要因であり、背景には国の企業立地促進法の制定(注3)や北海道の企業立地政策の見直し(注4)がある。


「網走市企業立地促進条例」の主な助成内容
 

項   目

助  成  内  容

限 度 額

事業場の新増設に係わる投資額に対する助成

投資額が2,500万円以上で、雇用増が5人以上の企業に対し、投資額の2~5%を助成

3,000万円

工場等の新増設に係わる固定資産税相当額助成

対象となる土地、建物、償却資産に係わる固定資産税額を3年間助成

3,000万円/年

工場等の新増設に係わる雇用増に対する助成

①の対象施設、要件において雇用増一人当たり30万円を助成

3,000万円

コールセンターの立地に係わる運営費及び雇用増に対する助成

投資額が2,500万円以上で、雇用増が15人以上の企業に対し、一人当たり30万円を助成

3,000万円

事業施設の賃借料、通信回線使用料の1/2相当を3年間助成

500万円/年


 網走市においては、「網走市工業開発促進条例」制定以降、市内に事業所を新設または増設する企業に対し、現在まで10社に助成や支援をしてきた。業種としては、網走市の一次産品を利用した食品加工業のほか、リース業、多額の固定資産税収入がある自動車テストセンター、最近ではコールセンターの誘致に成功している。なお、1986年に誘致した食品加工会社は、現在も当市最大の従業員数(約460人)を誇る民間企業である。
 また、企業立地促進条例以外の支援策として、主に市内の中小企業を対象にした「網走市中小企業振興条例」に基づく各種助成や融資制度などの支援がある。


4. 網走市の誘致企業に対する調査

 誘致企業の雇用の実態及び誘致政策の検証と今後の展望について考察するため、誘致政策を担当する市の部署である経済部商工労働課へのヒアリング調査及び誘致企業へのアンケート調査を次のとおり実施した。

(1) 市企業誘致担当部署ヒアリング
① 誘致した企業の経済効果等の検証
 ・誘致後のニーズ調査や具体的な検証は行っておらず、個々の企業の課題に応じた対応は取っていない。
 ・当市の学校卒業者の地元企業等への就職率は全道平均より高いため、雇用の確保に寄与していると思われる。
② 企業誘致のPR方法
 ・ホームページへの掲載やパンフレットの作成等を行っているが、市側からの積極的なPRはしていない。
 ・問い合わせのあった企業に対する選り好みは特にしていない。
 ・空き事業所の調査は適宜実施している。
③ 網走市への立地メリット
 ・災害の少ないまちとして、リスク分散型企業立地について意識している。
 ・市内にある東京農業大学生物産業学部(4学科、約1,700人)との産官学研究、連携を期待できる。また、東京農業大学の学生は、卒業後市内の貴重な労働力となっている。
 ・他自治体の支援制度との優位性については把握していない。

(2) 誘致企業へのアンケート調査
 1968年以降、当市が誘致または支援した企業10社に対しアンケート調査を実施し、6社から回答を得た。アンケート調査結果については、次のとおりである。

① 誘致・支援企業の雇用実態

  ・平均従業員数は29人で、1事業所当たりの平均従事者数8.14人と比較してはるかに雇用者数は多い。
 ・全従業員数に占める正規職員数の割合は59%である。
 ・全従業員数に占める市内居住者数の割合は90%である。
② 網走市への立地選定理由

  ・運送業、リース業、自動車販売業は、「取引先」を立地選定理由に挙げており、その土地の特徴的な優位性はさほど重視していない。
 ・その他複数の回答を得た選定理由として、「災害の少なさ」を挙げている。
③ 立地企業の満足度
 ・「満足している」    2社
 ・「どちらともいえない」 4社
 ・「満足していない」   0社
④ 網走市への意見
 ・原材料の確保の困難さを記している企業 1社
 ・市の対応の良さを記している企業    1社

5. 調査結果から見える網走市の企業誘致対策の課題と展望

・網走市においても、地域の雇用の創出と安定を図る上で、企業誘致は大きな効果があることがアンケート結果から読み取れる。
・網走市の企業誘致対策の特徴は、国や北海道の各種誘致支援政策との連携による、固定資産税の減税や補助金など受入時のメリット重視型であり、他自治体との優位性はあまり感じられない。
・網走市は企業誘致に係る積極的なPR活動を行っていない。したがって、今後は企業の進出ニーズを把握し、仕掛けや売り込みを強化していく政策が必要である。
・誘致企業は正規雇用職員の割合が比較的高く、地元定住率も高いため、誘致企業の雇用者に目を向けた独自支援策創出などの検討が必要である。
・立地選定理由のアンケートにおいて、当地域の特徴である「災害の少なさ」を2社が挙げていることからも、網走市としてこの点のPRをより強化すべきである。
・アンケート調査結果の中で、立地した時代からの情勢の変化により、工場の存続にかかわる課題が発生していることを述べている企業があり、市としてこのような立地後の企業ニーズを把握できていない現状がある。今後は企業誘致後のフォローアップが必要である。
・網走市には豊富な地場産品のほか、東京農業大学や国・道の研究機関があるなど、新産業創出に取り組む環境が比較的整っている。しかしながら、これらを有効に活用した企業誘致が成されているとは言い難いため、産官学連携や広域的事業間交流などで地域連携を密にすることにより、企業誘致の新たな展開を図ることが望まれる。


6. おわりに

 企業誘致による雇用の創出及び安定化という視点を網走の政策課題と位置付ける必要がある。そうすることで、地域の雇用が保たれ、地域経済の活性化につながるとともに、結果的に我々地方自治体で働く労働者の雇用情勢の改善につながっていくことが想定される。逆に、誘致した企業が撤退や廃業をした場合、網走市の地域経済に非常に重大な悪影響を及ぼすことは必至であり、地方自治体で働く労働者の雇用情勢にも波及していくことが想定される。
 それを防ぐためにも、企業誘致政策の立案(Plan)、実施(Do)、見直し(See)の基本方針を軸に、従来取り組まれていなかった、既存の立地企業に対するきめ細やかなフォローアップ支援とともに、企業の進出ニーズを把握してPRしていく対策が必要である。
 併せて、地域の雇用の安定を図っていくためには、地域で働く労働者同士の連帯を強めていく運動も並行して進めることも重要である。




(注1) 低開発地域における工業の開発促進を進め、雇用の増大と地域間における経済的格差の縮小を図るために、1961年に制定された。
(注2) 工業が集積した地域(移転促進地域)から集積が低い地域(誘導地域)に工場を移転・新設する場合、事業者に補助金等の支援措置を実施する法律で、1972年に制定され、2006年に廃止された。
(注3) 地域による主体的、かつ、計画的な企業立地促進等の取り組みを支援し、地域経済の自律的発展の基盤強化を図ることを目的として、2008年に制定された。
(注4) 北海道の産業構造が抱える課題を克服し、民間主導の自立型経済構造への転換を図るために、企業立地促進条例及び創造的中小企業育成条例を廃止し、2007年に北海道経済構造の転換を図るための企業立地の促進及び中小企業の競争力の強化に関する条例を制定。