【論文】

第34回兵庫自治研集会
第8分科会 都市(まち)と地方の再生とまちづくり

 三重県地方自治センターでは、2010年度から2011年度まで10回に渡り市町村合併検証研究会を開催して、2011年度に三重県全市町へ施策や料金等のアンケート調査を行い、その結果を基に合併後の総合政策や行政サービスなどについて議論を重ねてきました。また、合併によるきめ細かい民意吸収の困難さを補っていくための方策の1つとして三重県内の地域自治組織についても調査してきました。その議論と調査を基に報告します。



平成の大合併を経験した自治体の今後と
地域自治組織の可能性
市町村合併検証研究会を通して

三重県本部/三重県地方自治研究センター・研究員 土屋  潤

1. はじめに

 三重県地方自治センターでは、2010年度から2011年度まで10回に渡り市町村合併検証研究会を開催してきました。2011年度は三重県全市町にアンケート調査を行い、その結果を基に合併後の総合政策や行政サービスなどについて議論を重ねてきました。また、研究会では、合併して規模拡大に伴う住民と行政との物理的・心理的距離の拡大や首長と議会を失うことによるきめ細かい民意吸収の困難さを補っていくための方策の1つとして三重県内の地域自治組織についても調査してきました。三重県では、2003年11月現在69自治体(13市、47町、9村)ありましたが、16の市町村合併により、現在29自治体(14市、15町)となりました。

2. 今、合併検証をする意義

 平成の大合併の終焉から約5年が経過して、今回、三重県全市町にアンケート調査を行いましたが、文書保存年限が過ぎ廃棄されてしまったり、合併前の旧自治体ごとの基準が異なるなどして自治体ごとに得られなかったデータもありました。
 また、市町村合併と前後して、国からの「集中改革プラン」の要請により、どこの基礎自治体も経営の効率化に翻弄されてきました。実際に現在現れてきている事象は合併によるものなのか、改革によるものなのか一見しただけでは判別しがたいことがあります。今回のアンケート調査は、合併をしなかった自治体(非合併自治体)にも行い、本当に合併による影響があったのかどうかも研究会で検証してきました。
 なお、当研究会のメンバーは基本的には市町職員が中心ですが、所属や市町を代表する立場ではなくニュートラル(中立)な立場で行い、合併当時の実体験とその後の経験を踏まえ、現場での目線や住民の目線に立ち自由闊達な議論がされました。

3. 研究会の議論を通して見えてきたこと

(1) 事業やサービスと料金の動向
 まず、合併してできるようになった事業について、アンケートで多く答えられていたものは観光面や商工面でした。広域的な新自治体のブランドとして旧自治体の産品を扱ったり、合併前は旧自治体で限定的にPRしていたものが合併して広くPRできるようになりメディアにも取り上げてもらえるようになったという議論が研究会でありました。また、合併特例債を活用した広域的な公共事業ができるようになったり、下水道の整備や簡易水道の上水道との統合が進んだところもありました。
 特に、合併前の旧町村で実施されていて旧市で実施されていないものとして、中学校給食があります。現状では、実施されていなかった合併前の旧市において給食センター方式や民間給食からのデリバリー方式による委託で行われるようになっています。これは未実施の非合併自治体にも影響を及ぼし、民間給食からのデリバリー方式による委託を行うようになったところもあります。
 このようにサービスの点では、町村のほうが福祉の面などで充実していることもあり、特に各種検診の実施状況を見ると、合併前の旧町村では無料の項目も見られました。
 また、医療費助成制度の乳幼児医療費の助成については、合併と関係なく年齢を伸ばす方向にあります。学童保育の増加傾向は時代のニーズによるところが大きく、学校の統廃合は人口減少や過疎化による少子化が大きな要因となっていると考えられます。
 手数料や各種料金について、合併前には「サービスは高く、負担は低く」と謳われていました。実際、16合併自治体の各種証明手数料を見ると、住民票の写しの交付では高いほうに合わせた自治体が1、そのまま(どの自治体も変わらなかった)が12、低いほうに合わせた自治体が3でした。納税証明書の交付では、高いほうに合わせた自治体が1、そのまま(どの自治体も変わらなかった)が11、低いほうに合わせた自治体が4でした。
 前述の手数料の場合は、合併時に統一された後、金額は現在もそのままですが、保育所の保育料や上下水道料金になると様相が異なります。合併時に統一されなかったところや、1対1の合併の場合は人口の多い自治体に数年かけて合わせるなど、なるべく低くしようとする節は見られましたが、必ずしも最も低いほうに合わされているわけではありませんでした。下水道使用料については、現時点(2011.1時点)で値上げしている自治体が合併自治体と非合併自治体で3ずつあり、集中改革プランの影響も考えられます。上下水道料金は合併後に低く設定した場合、どうしてもその後の収入が減ることから、経営努力や経費削減をしない限り、料金で財源の多くを賄えなくなり、今後値上げせざるを得ないところも出てくると考えられます。

(2) 行財政の効率化
 自明の理かもしれませんが、合併自治体は交付税の合併算定換のある15年をかけて行財政を効率化していかなければなりません。それに対して、財政状況が厳しい中で合併しなかった自治体は交付税が減らされていく中で2・3年で行財政を効率化しなければという危機感がありました。
 アンケート項目の補助金を見ていくと、多くの合併自治体で合併の次年度に合併前の金額と同等の補助金を出しているところがありました。また、合併後廃止された自治会等に支出されていた補助金等を見ると、その多くが旧町村において支出されていたものでした。補助金もどちらかというと旧町のほうが手厚かったところがありました。また、合併後の同種の団体への補助金でも補助の内容が異なるなど、まだまだ、集約や整理をしきれていないところもあるようです。
 合併自治体の公共施設について、合併前後に旧自治体間の格差をなくすため図書館や市民会館・公会堂などが建てられた自治体もありました。その他の公共施設についても、住民感情などもあり統廃合はなかなか進んでいないのが現状です。さらには、稼働率の低さやそれにかかる維持管理費も研究会では指摘され、今後の公共施設の更新投資についても研究会で議論となりました。高度経済成長期に建てられた建物などで、現在、老朽化し更新時期に来ているものがあり、施設白書の作成や公共施設の見直しなど、施設の統廃合の議論を置き去りにして多くの公共施設を抱えたままの合併自治体は今後対応に迫られることになりそうです。
 一方、財政状況が厳しくとも合併しなかった自治体は合併自治体と比べ削り代が少ないため、アウトソーシングなどを含めた全体的な行政改革で経費削減することになったという議論も研究会でありました。
 職員数や職員の人件費については、合併自治体の削減率がより大きかったのですが、非合併自治体でも削減されており、どこの自治体も集中改革プランの影響が見られました。また、合併によって議員数も減り、議員報酬や特別職の報酬については、合併した自治体数が多いほど削減されることになりました。それにより、旧町村の地域からは選出される議員が少なくなり、一人もいなくなるという地域も出てきました(図1参照)。


図1 津市の議員数

(3) 行政と住民との関係
 アンケート調査で、行政と住民との関係を見ていくと、合併したことにより設置された部署では、旧行政区にある総合支所等の窓口機能や地域振興の充実により、本庁と支所のサービス提供の格差がなるべくないようにとの苦心が各合併自治体で見られました。また、合併により自治体が広くなり、本庁が遠くなる地域への利便性を補うために講じた対策でも、同じような意見が見られました。そうは言うものの、研究会では支所の職員が減ったり、予算等の権限が削られて支所機能の規模が縮小しているという議論もありました。
 総合支所や出張所との関わりにおいて生じている問題や課題を見ていくと、住民との関わりでは、「総合支所での事務範囲が縮小した結果、本庁へ判断を仰ぐことが増え、住民のニーズに迅速に対応できないことがある」や「町役場との意識が一部の住民に現在もあり、すべての業務に対する知識を求められてしまう」といったものや「総合支所の人数が減少していくことに淋しさを感じるとの声がかなりある」といったように業務や職員を本庁に徐々に移しているところもあり、旧の町や村の役場に行っても問題が解決しない場合もあるという現状があります。また、本庁との関わりを見ると、支所と距離があるため決裁や連絡調整に時間がかかってしまったり、情報の共有が難しくなっています。
 このように、研究会において見えてきたことは、事務事業の変化の多くは行政改革や社会情勢など、合併の影響と関係のない場合が多いことがわかりました。財政面においては、合併自治体では、特別職や議員の報酬が確実に減り、職員の人件費についても堅調に減り続けていますが、その一方で、施設数の削減はなかなか進まず、いかに実情を住民に知らせて必要性の少ない施設を減らしていくかが問題となっています。また、合併で広域化したことにより、かつての旧町村でのようなきめ細かな顔の見える行政や、相対的に小さくなった旧町村の地域から代表を議会に送り込むことが難しくなっています。これと似たような事象がヨーロッパの国レベルで起こっており、EU成立後、その政策はしばしば各国の民意を置き去りにしたまま進められ、「民主主義の赤字」と呼ばれています。しかし、マーストリヒト条約ではEU自体の中央集権化を回避するために多様な共同体が相互に連携し、権力を抑制することを目的として「補完性の原理」というものも導入されています。この「補完性の原理」はその共同体が限界のある場合にのみ、より包括的な共同体が補完するという考え方です。日本では逆にしばしば地方分権の文脈から「補完性の原理」が論じられていますが、セーフティネットの弱まった現在、より小さな地域の重要性が見直され、ヨーロッパとは逆の発想がされているのも事実です。

4. 地域自治組織の可能性

 上記で見てきたとおり、合併自治体での大きな問題は、市町村合併による規模拡大に伴う住民と行政との物理的・心理的距離の拡大や、首長と議会を失うことによるきめ細かい民意吸収ではないでしょうか。市町へのアンケート調査からも、支所の総合窓口の充実により本庁との格差がなるべくないように苦心が見られる一方、住民からすると総合支所の権限がなくなったことによる不満や支所の人数が減って寂しいという意見もありました。
 それらを補っていくには、合併により自治体が広域化し周辺化してしまった旧町村の受け皿(役場の窓口機能というわけではなく、地域の住民や団体をつなぐ)となる組織づくりや、住民自治を充実させる方策が必要となります。そこで研究会では、三重県内の地域自治組織に焦点を当てて調べ議論してきました。地域自治組織とは、地方制度調査会の「今後の地方自治制度のあり方に関する答申(2003)」によると「基礎自治体内の一定の区域を単位とし、住民自治の強化や行政と住民との協働の推進などを目的とする組織」と定義されています。ある一定の地域のこと(概ね小学校単位)を地域自らが決定し実行するためにつくられる組織です。地域自治組織への関心が高まっている背景には、これまで行政が半ば独占的に提供してきた公共サービスを、NPOや企業、地域コミュニティなど、多様な主体が提供すべきであるという考えが出てきたことがあります。また、基礎自治体の財政運営が厳しくなり、行政にすべてを依存することが事実上困難になりつつあるという点もあります。
 地域自治組織の組織化の背景の1つには、自治体の危機的財政状況の下での市町村合併の可否の判断によって、地域住民たちが地域自治を気付くきっかけがあったのではないでしょうか。例えば、名張市は2002年9月に財政非常事態宣言を行い、さらに翌年2月には伊賀地域2市5町村の合併の是非を問う住民投票を実施した結果、合併をしない単独市制を選択しました。このような背景から「ゆめづくり地域予算制度」が創設され、その制度の下「地域づくり組織」を立ち上げ、地域内分権が逸早く進められています。制度の概要として、従来の地域向け補助金を廃止し、使途自由で補助率や事業の限定がない交付金(「ゆめづくり地域交付金」)を市内15の「地域づくり組織」に交付しています。また、組織は公民館を活動拠点として、そこの指定管理を受けて運営もしています。
 伊賀市は先の名張市を除いた1市5町村が合併してできた市です。合併協議に際して、合併により自治体の規模が大きくなることや少子高齢化による人口減少に対応するため、肥大化した行政サービスの一部を住民に「お返し」し、その受け皿としての「住民自治協議会」や、その仕組みを担保する「自治基本条例」の枠組みを決めていきました。このようなことから、合併前から「住民自治協議会」の設置が先行して推進され、合併後まもなくの2004年12月に「自治基本条例」が制定され施行されました。また、活動拠点の整備も進み、市内38ヶ所に地区市民センターが設置されています。「住民自治協議会」の特徴は、市長の諮問に応じ、新市建設計画の変更や市の総合計画の策定及び変更に関する事項を当該地区において調査審議し、市長に答申する機能を有しています。
 組織化の背景の2つ目には、合併することによって周辺化した旧町村の住民は中心市街地だけの発展にならないよう、あるいは自治体の目や手が届かないなら自分たちで考え行動していかなければならない危機意識をもったことにあったのではないでしょうか。例えば、松阪市の「住民協議会」の最初の団体の設置は2006年7月で、ヒアリングに伺った2011年10月現在43地域中25地域において設立されていましたが、旧4町のほとんどの地域では「住民協議会」が立ち上がっていました。合併前の旧松阪市のころから構想がありましたが、合併に際しては合併とは正反対の議論であるため協議されてきませんでした。しかし、合併後、過疎・高齢化で実際に必要性が感じられたのは旧4町であったと考えられます。
 伊勢市では、合併協議会の新市建設計画において分権型社会の構築やコミュニティの形成が主要事業にも盛り込まれ、「ふるさと未来づくり」推進計画によって2008年12月から2010年4月までにモデル地区として3つの地域で「地区みらい会議」が設立されました。旧小俣町の「小俣まちづくり協議会」は旧町の単位で設立されましたが、上記のような危機感をもった中で設立された組織の1つではないでしょうか。
 また、研究会では、財政が厳しくても合併を選択しなかった自治体では、交付税が減る危機感のなか、補助金カットやアウトソーシング化によって総合的に財政を効率化しなければならず、地域自治組織を地域経営として位置づけ、補助金の一括交付金化や公民館の指定管理を行ったのではないかという議論もありました。この場合も住民は、自治体ができない、もしくはしてくれないなら自分たちの地域は自分たちでどうにかしていかなければならない意識をもったのではないでしょうか。
 地域自治組織の立ち上げや運営の手助けには行政の人的支援が必要です。熊野市の「地域まちづくり協議会」では、消防や保育士などを除く全職員が必ずいずれかの地域の「地域まちづくり協議会」に入り、地域ごとにアドバイザーリーダーの職員が1人います。名張市や伊勢市でも地域担当職員として管理職(名張市2人、伊勢市3人)が地域に入り、情報提供や運営の助言を行い、名張市では地域ビジョン(地域の将来像)の策定支援なども行っています。また、伊賀市では各地区市民センターに2・3人体制で行政嘱託職員を置いています。松阪市でも各地域振興局に兼務ですが1人職員を配置しています。
 さらに、財政や制度の面からも行政の支援が必要であると考えられます。名張市の「ゆめづくり地域交付金」のように従来の区や自治会に使い道を指定して補助金を出すのではなく、地域住民が主体的に判断し地域の課題解決に活用するために地域自治組織に一括して交付金を支給したほうが、組織としても自由な発想で地域の活性化などに取り組めるのではないでしょうか。また、団体ごとに一律で補助金を出すより、地域で何に重点を置いて取り組むか、何が必要ないかを地域で考えることによってムダを省くこともできるのではないでしょうか。また、地域自治組織の仕組みが将来にわたって担保されるためには、自治基本条例への制度の盛り込みや交付金条例の制定を検討する必要があると思われます。
 このように、地域自治組織は合併検証を通して見えてきた諸問題への1つの解決策となりうるのではないでしょうか。地域の利権を守るために地域の代表を議会に送り込むのではなく、地域社会の代表を地域住民自らで選び、どうしていくかをみんなで一緒になって考える。地域の公共施設の必要性の議論や、その必要があれば施設の維持管理や運営について地域で考える。様々な可能性が考えられます。
 伊勢市の小俣まちづくり協議会に伺ったとき、会長は「地方分権はまだら模様をつくること、汗をかいたところは光り輝く、かかないところは色あせていく。地域自治組織はまだら模様の色あせないところをつくる活動だ」と仰りました。今後、行政もサービスを住民に提供するだけではなく、地域の住民と共に考え、共にまちづくりをしていくような仕組みづくりが求められます。また、そうすることにより、住民と行政との物理的・心理的距離の拡大の解消やきめ細かい民意の吸収ができるようになり、民意との乖離も小さくなっていくのではないでしょうか。
 「地方自治体は民主主義の学校である」とよく言われます。多くの地域住民が「地域のことは地域で決める」という考えに共鳴して、地域自治組織のような身近な地域の住民どうしの関わりの中で組織の運営や地域の課題解決を学ぶことができれば、社会の一員としての使命や役割を自覚し、自らを律して、その役割を実践するとともに、真に公共の精神が育まれていくのではないでしょうか。

 この文章は、市町村合併検証研究会最終報告書「平成の合併を経験した自治体の今後と地域自治組織の可能性」~市町村合併検証研究会を通して~(三重県地方自治研究センター・(財)三重地方自治労働文化センター)を一部加筆・修正したものです。