【論文】

第34回兵庫自治研集会
第10分科会 「地域力」「現場力」アップにむけた学び合い

 第一次地方分権改革によって、条例制定権が拡大され、自治体が独自の政策条例を制定しやすい環境となった。香川県においてもいくつかの特徴的な政策条例が制定されており、本稿では、これらの条例について、その内容や制定目的を達成するための工夫等を検証するとともに、制定・運用を支える職員の役割と育成について述べる。また、併せて自主研究活動を通しての学びあいの重要性について言及する。



香川県における政策条例の制定
―制定・運用を支える自治体職員の役割と育成―

香川県本部/香川県地方自治研究センター・研究員 石垣 博子

1. はじめに

 第一次地方分権改革によって積年の懸案であった機関委任事務制度が廃止され、新たに地方公共団体の事務は、自治事務と法定受託事務に再構成された。国の事務である機関委任事務に対しては自治体の条例制定権は及ばないと解されていたが、国が本来果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるとされる法定受託事務は、自治体の事務である以上、条例制定権の対象であると整理されている。地方分権改革は、自治体関係者にとって地域の実情やニーズに応じた総合行政を自らの手で実施することを可能としたものであり、香川県においても、地域づくりや行政への住民参加等を政策条例の制定によって進めてきており、以下において、このような取り組み及びそれを支える職員の育成について述べる。

2. 香川県における第一次地方分権改革以降の条例制定状況

 次表は、1998年度から2010年度までの香川県における年度別条例制定数を香川県報から抽出した結果をまとめたものである。これを見ると、1999年度は合計123本と突出しているが、このうちの多くは2000年2月議会で成立したものであり、2000年4月の地方分権一括法施行に伴う条例の制定・改正数がいかに多かったかがわかる。また、内容的にも市町の責務規定を削除するものや法定事項を条例事項に変更するもの等が多く、分権改革の影響が色濃く読み取れるところである。さらに、分権改革の影響として、2000年2月時点でも若干の政策条例が制定されており、以後、香川県では、何本かの政策条例が制定されてきた。次項において特徴的なものを概観する。


  年度
制定等  
'98
'99
'00
'01
'02
'03
'04
'05
'06
'07
'08
'09
'10
新  規
34
10
21
11
11
12
10
一部改正
32
82
45
55
38
66
57
58
56
53
46
56
48
廃  止
合 計
43
123
56
77
50
77
71
73
69
61
57
66
54
※ 議会へ提案した条例毎にカウントしているため、関係する条例の実数とは異なる。

3. 香川県の特徴的な政策条例


制定(改正)年
条  例  名
略  称
2001
香川県における県外産業廃棄物の取扱いに関する条例 産廃条例
2002
ふるさと香川の水環境をみんなで守り育てる条例 水の条例
2002
香川県みどり豊かでうるおいのある県土づくり条例 みどりの条例
2007
文化芸術の振興による心豊かで活力あふれる香川づくり条例 文化芸術振興条例
2010
県の債権に係る延滞金の徴収等に関する条例 延滞金徴収条例
2009
香川県生活環境の保全に関する条例 生活環境保全条例

(1) 産廃条例
 産廃条例は、豊島への産廃の違法投棄を長年にわたって見逃していたという反省に立った議員提案によるものである。そのため、本条例の真の目的は、県外産廃の県内搬入を阻止することにあり、前文において県外産廃の搬入を原則として禁止する姿勢を示した。しかし、広域処理を前提とする廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)との抵触が問題となり、県内搬入禁止を明示した条文はなく、県外産廃のリサイクルを促進するための事前協議等の手続を定めた手続条例の体裁となっている。
 県外産廃の搬入を明確に禁止しているのは、豊島問題発覚後の1991年6月に制定された香川県産業廃棄物処理等指導要綱(以下「指導要綱」という。)である。指導要綱第9条は、知事がやむをえないと認めた場合等を除いて県内での処理及び保管を禁じており、当該条項が県外産廃搬入禁止の直接の根拠となっている。
 産廃条例を単独で文言どおりに解釈すれば、全く循環的な利用を行わない県外産廃の搬入は、産廃条例の事前協議の対象とはならない。また、指導要綱は、法的拘束力のない事実行為であり、あくまでも相手方の任意の協力を前提とする行政手段である。したがって、相手方が県の指導には従わないという意思を真摯かつ明確に表明した場合、法的には県内搬入禁止を貫くことができず、こういった点を考慮すれば、本条例について、さほど評価できないと言う見解がありうると思われる。しかしながら、筆者は、制定経緯や当時の香川県の状況を考えるとき、その意義はそれほど小さくはないと考える。
 一つには、本条例が45年振りの議員提案による政策条例であったことである。全国的にもまた香川県でも議員提案による政策条例の制定は低調であったが、地方分権改革のうねりの中で、従来型の当局への要求や駆け引きといった手法ではなく、条例を通じて政策を実現しようとする分権時代にふさわしい議会の姿勢が示されたものと言えよう。二つ目は、本条例が現実的な効果を有していることである。本条例と指導要綱の関係について、廃掃法との抵触関係が問題となる搬入禁止については、要綱に基づく行政指導で対応するが、県外産廃搬入禁止という県の方針を条例前文中に書き込み、厳しい姿勢を一般に知らしめるとともに、循環型社会の推進という政策を掲げて、県外産廃の受入れ基準を整理し、事前協議制を通じて徹底的なリサイクルを求めることとしたものと理解すれば、現実の政策を進めていく上では意義のある条例と思われる。

(2) みどりの条例
 みどりの条例は、県土面積が全国で最も狭く、その面積に占める森林の割合も全国平均に比べて低い一方で、土地の利用度や人口密度が高いという自然的・社会的特性を有する香川県において、森林等のみどりを守り育てていくためには、県土の計画的な緑化と土地利用の適切な調整を行うことが重要であるとの問題意識の下、全国統一基準ではない地域の方針や施策を総合的に反映させるため、新たな土地利用の調整に関するシステムを策定し、条例という形式にまとめたものである。
 条例の主な内容は、次の2点である。
  ① 個別法の手続に先立つ事前協議制の導入
   (対象となる土地開発行為)
   ・森林における0.1ha以上の土地開発行為
   ・森林以外における1ha以上の土地開発行為
  ② 開発終了後の緑化を確実にするための保証措置として県と事業者間での緑化協定の締結
   (保証方法)
   ・現金による保証(緑化費用相当額の事業者等の預金に質権を設定し、県が預金証書を保管)
   ・組合による保証(中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合が連帯保証)
   ・連帯保証人による保証(100万円未満の小額開発。連帯保証人名義の預金残高証明書を県に提出)
 事前協議制については、都市計画法の開発許可等を条例適用対象外としたものの、それ以外のほぼすべての土地開発行為に県との事前協議を義務付けることとした。また、協議に当たっては、あらかじめ一定の審査基準を定め、明示した。さらに、実効性を担保するため、事前協議終了前の開発着手等について、命令、公表、罰則といった規定を盛り込んでいる。
 緑化協定については、森林の開発終了後の跡地について具体的な利用計画がないときは、森林に復旧することとし、県と開発事業者との間で協定を締結することによって跡地緑化を事業者の債務として法的に位置付けたものである。また、協定をスムーズに進めるためにあらかじめ緑化費用の基準を明示している。
 みどりの条例の制度設計に当たっては、許可制とすることも検討されたようであるが、許可制の場合は、対象行為を一般的に禁止するにふさわしい保護法益が求められるため、小規模な開発行為全般を対象とする本条例においては採用し難いと判断された。また、許可制を採用し、規制条例とした場合は、個別法との抵触に関する詳細な調整が必要になるが、農地法や森林法等関係する個別法令は多数でその調整は容易なものではないことも理由である。
 みどりの条例に基づく事前協議は、相手方の合意と協力を得て行われるものであるが、筆者の知る限りにおいて、最終的に事前協議が終了しなかった(行政指導に従わなかった)事例はない。これは、日々の業務を担当する職員の粘り強い努力に加えて、1992年に制定され、本条例施行まで機能していた香川県森林保全対策要綱を引き継いだ制度設計としたことが大きな要因であると考えられる。すなわち、開発事業者は、長年小規模林地開発に関する指導を受け続けており、0.1ha以上の森林を開発しょうとする場合は、事前に県との調整が必要であるという認識が定着していたこと、さらに、従来、要綱行政であったものを条例化したことで、協議自体は従来と同様の行政指導であるにもかかわらず、条例制定という権威付けによって一段と厳格化されたとの認識が生じたものと推測される。制度的な担保としては、協議終了前の着工に対する制裁措置を創設し、これによって開発事業者を足止めしつつ事前協議を進めるものであるが、事業者にしてみれば、以前と同様に指導を受けているだけであって、環境保全を無視する不良業者の烙印を押されるに等しい制裁措置発動の危険を犯してまで県の指導を無視する必要はないということであろう。
 緑化協定も事前協議と同じく行政指導であり、締結するか否かは業者の自由な意思に委ねられているが、協定の締結を拒否した事例はない。理論上は、事前協議の終了と緑化協定の締結は無関係であるとされているが、実際の事務処理に当たっては、事前協議の中で緑化費用の算定を含め一体的に行政指導が行われており、緑化協定の締結について合意しない限り事前協議は終了しない。また、事前協議終了通知書の交付は預金証書の保管開始と同時としており、開発行為着手のための事実上の必須事項とすることで、制度が機能するようにしている。なお、最終的には緑化が完了した時点で業者に返還されること及び大半が 200万円未満の比較的小額な保証額となっていることもスムーズに協定が締結されている要因であると思われる。
 以上のとおり、みどりの条例は、それまでの森林に関する地道な行政指導の集大成と言えるものである。長年にわたる行政指導を通して県内の森林開発の実態や開発業者の思考・行動を把握した上で制度設計を行い、条例のめざすところをうまく機能させている。行政指導につきものの相手の同意という不安定要素を内包しているが、担当職員の森林を始めとする県土保全に向けた努力が続く限り、比較的長期の使用に耐えうるものである。

(3) その他の政策条例
 水の条例は、水環境の保全を目的に、県、県民及び事業者の責務を明らかにするとともに、県の施策について基本方針を明示し、施策の基本となる事項を定めるものであるが、県民及び事業者の責務は、県施策への協力等に関する努力義務に留まり、その意味では、いわゆる理念条例と言えよう。しかしながら、条例中に水環境保全計画や全県域生活廃水処理構想等の策定義務を県に課しており、本条例の理念を具現化するための仕組みを組み込むことで、理念条例の空文化、死文化に努めている。
 文化芸術振興条例は、文化芸術振興のための基本理念を明らかにし、県として振興「施策を総合的かつ計画的に推進する」ことを宣言したものであり、その後、計画期間5年間の香川県文化芸術振興計画が策定された。また、当該条例中に事業資金を手当するため、香川県文化芸術振興基金を設置することが規定されており、単なる理念条例の枠を超えて、目的達成のために必要となる資金の確保を行ったものとなっている。
 延滞金徴収条例は、私債権も含め、県の有する金銭の給付を目的とする債権全体に係る延滞金の徴収について規定している。地方自治法第231条の3第2項は、分担金等の歳入に係る延滞金の徴収には条例の規定が必要である旨規定しており、本条例の制定により、延滞金の徴収が可能となった。本条例の制定目的は、納期限を守って納入している者と滞納している者との負担の公平性を確保するとともに、延滞金を課すことで滞納発生を未然に防止することであるが、他にも県財政の悪化を受けて歳入全般について徴収の強化を図ったという事情が推察される。
 2008年にそれまでの公害防止条例を改正・名称変更した生活環境保全条例は、2009年の改正により、水質汚濁防止法や瀬戸内海環境保全特別措置法の規制対象となる施設だけでなく、飲食店に設置される生うどんの湯煮施設等の施設を本条例の規制対象として追加し、1日当たりの平均排水量が10m3以上のものからの排水について、排水基準を定めたものである。1日平均10m3以上の水を排出する施設ということになれば、小規模企業が新たに規制対象となり、対策費用を考えると経営的に厳しい等の意見が出されたが、県内の水質汚濁の状況に鑑みて、3年間の猶予期間を設けるとともに、県の制度融資の活用等の対策を講じたうえで、2012年4月施行とされた。

4. 政策条例と職員の育成

 以上の政策条例のうち規制的内容を含むのは、生活環境保全条例だけである。当該条例の改正は、規制対象施設の追加であることから横出し規制を行ったものであるが、水質汚濁防止法第29条は、横出し条例を明示的に適法と認めている。しかしながら、法令が明示的に認めていない場合や土地利用調整のように関係する多くの法令間の調整を要する場合に、独自の政策条例を制定することは難しい。
 条例は、法律の範囲内で制定されるものであり、法律の範囲内であるか否かについては、徳島市公安条例違反事件(最判昭50.9.10刑集29.8.489)の判断基準によっているが、この極めて抽象的な判断基準を憲法94条の地方自治の本旨に照らして合理的に解釈することは、それほど簡単なことではなく、判断が分かれる場面もそれなりに出てくるであろう。また、関係する国法を所管する国の機関に意見照会をした場合に、独自の政策条例を容認する法令の規定の欠缺をその否定と解し、当該政策条例を容認する回答を得ることは難しいことも予想される。結局のところ、法令が明文で上乗せ、横出し等を認めた場合以外は、手続条例や理念条例、または要綱という安全策を採用することになりがちである。香川県の政策条例にもその傾向は見て取れるが、要綱と組み合わせた産廃条例や過去の指導の積み重ねを生かしたみどりの条例、さらには事業資金確保のための基金の創設等を条例中に規定する文化芸術振興条例等、限られた条件の中で、条例の目的を実現させるための工夫を行っている。
 しかしながら、自治体が、自らの問題意識に基づいて政策を行おうとするとき、法令との関係が手かせ足かせとなっていることに変わりはない。第一次分権改革は、未完の分権改革であり、「地方公共団体の事務に対する法令による義務付け・枠付け等の緩和」が残された改革課題の一つとされている。現在進行中の第二期分権改革においては、「義務付け・枠付けの見直しと条例制定権の拡大」が課題の一つとされているが、第一次分権改革時のような盛り上がりを欠いている。
 そこで、今一度、第一次分権改革の成果に立ち戻ると、機関委任事務制度の全面廃止の効果として、条例制定の余地の拡大と法令解釈の余地の拡大があげられる。自治体の日常の業務は、法令を解釈しながらその運用を行う場面がほとんどであり、まずは、法令の規定を柔軟に解釈して可能な限りの合法的対応を行い、それだけでは十分な対応が出来ないと判断された場合に、条例制定へと向かうことになる。条例制定に至るまでの長い道のりの起点は、地域のニーズや問題を把握しようとする姿勢と職員の法務能力なのである。地域と正面から向き合い、法務・政策形成能力を高めることこそ、地方分権の時代に職員が取り組むべきことである。
 ここで、地域の実情に応じた政策の立案・遂行に関する学会からの警鐘を紹介する。すなわち、このような行政は結局、個別具体の解決をするものであり、一般的規範たる法律の拘束をはずしてしまっては法治主義は成立しないというというものや権力乱用の危険性等の観点から問題視するものである。自治体は、常に適切な法令解釈の範囲内で、可能な限り柔軟に行政を行っていると断言できるのであれば、このような警鐘について、一顧だにする必要はないが、実際には、行政担当者がいつでも公平な決定を下すという保証はない。
 結局、行政手続や情報公開に関する基本的ルールを法制化し、日常業務の中で法治主義が制度的に担保できる仕組みを構築するとともに、公正公平な政策を地域実情反映的に行うことができるよう職員の政策形成能力や法務能力の向上に努めるということになる。地域の課題に対する豊かな感受性や問題解決のための着想力があったとしても政策という形で結実させるためには、法的裏付けが必要になるのであって、行政法にとどまらず、民法や憲法を含む基礎的な法的素養の強化が必須となるものである。基礎的な法的素養を欠いた利害調整型の行政による「長い物には巻かれろ」的な調整を防ぎ、また、せっかくの政策条例が訴訟で違法の烙印を押されないようにするためにも、自治体職員には、法務能力の向上が求められている。

5. 学びあい・育ちあい

 自治体では、人材育成のための手段としてOJTやOffJTを行っている。OJTは、職場での業務遂行を通じての訓練であり、また、OffJTの手法としては、職員のみを対象とした集合研修が主流を占めているようである。しかしながら、住民目線で地域のニーズを把握しようとするのであれば、住民参加型の手法が効果的であろう。
 また、自己啓発も重要である。香川県地方自治研究センターでは、「地方分権研究会」という自主研究活動の場を提供し、自治体職員のみならず、幅広い識見を持った研究者、議員、市民など様々な者の参加の下、約3年間の勉強会の成果として、本年3月に「香川県における地方分権の状況と展望」という報告書をとりまとめたところである。勉強会では、行政上の各種課題について多様な参加者が検討を行うことで、お互いに刺激を受け、この中から地域を超えた政策形成や自治体間政策交流へと繋がるのではないかと期待している。
 これからも、自治体「現場では法的な観点からものごとを考えず、単に前例踏襲で仕事をしたり、上司の言うことには法的吟味もせずにすべて従ったり、告発すべき違反行為を見逃したり、告発しても警察、検察の対応が期待できないからと諦めたり、強制執行の手続はたいへんだからと放置したり、独立的な審査機関として法律が予定しているのに事務局にはそうした意識がないとか、例を挙げるときりがありません」という研究者の第一次分権改革以前の指摘が完全に過去のものになったと言い得るよう、地域を巻き込む形で学びあい、育ちあっていきたいと考えている。