【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第11分科会 地域から考える「人種」「平和」

 教員採用試験に合格しても、外国籍者は「教諭」にはなれず「期限を附さない常勤講師」にしかなれない。校長・教頭にもなれず、経験を積んでも主任にさえなれない。この問題には、地方公務員の国籍条項の問題と共通する「当然の法理」の壁が存在する。
 2008年4月、神戸市立中学校の職員会議で、外国籍教員が「副主任もダメ」との判断で降格させられた。このことを契機にした外国籍教員任用差別問題への取り組みを報告する。



公教育における外国籍教員の任用差別と「日弁連」勧告
外国籍教員人権侵害事件への取り組み

兵庫県本部/兵庫在日外国人人権協会 孫  敏男(自治労川西市職員労働組合)
兵庫在日韓国朝鮮人教育を考える会 藤川 正夫(元教員、元兵庫高等学校教職員職員組合)

1. はじめに

 1970年代、兵庫の教員は、部落の子どもや在日朝鮮人の子どもの支援に取り組む解放教育をリードした。その時期、朝鮮人生徒の就職差別撤廃を求め、公務員国籍条項撤廃、電電公社(現NTT)などの国籍条項撤廃闘争を担った教員が、「兵庫在日朝鮮人教育を考える会」(現在は、「兵庫在日韓国朝鮮人教育を考える会」)を結成し、今に至っている。また、「兵庫在日外国人人権協会」は、「民族差別と闘う兵庫連絡協議会」の伝統を受け継ぐ市民団体で、現在は、1974年に阪神間で初めて地方公務員に採用された在日韓国朝鮮人が中心となり活動している。兵庫の地にあって、私たち二つの市民グループが、兵庫県、神戸市や阪神間の各市と定期的な行政交渉を行い、定住外国人の権益擁護の運動を進めている。
 私たちが、この間取り組んできたのが、2008年春に起こった神戸市立中学校の外国籍教員への任用と分掌に関する人権侵害事件である。事件から4年、2012年3月6日に、この人権侵害事件に対する日本弁護士連合会の調査報告書及び文科省と神戸市教委に対する勧告書が出された。私たちにとって待ちに待った勧告書であった。憲法違反(14条に反する不合理な差別的取扱い、22条が保障する職業選択の自由を侵害)であると文科省を糾し、神戸市教委へは人権侵害を行ったと指弾した。私たちの思いを充分に汲み取っていただいたと、高く評価できるものであった。
 本報告では、事件以降の取り組みと日弁連の勧告の内容を取り上げたいと思う。

2. 事件の概要

 事件が起こったのは、2008年4月のことである。新年度の校内分掌が決定される職員会議で、当該の外国籍教員は、内示されていた「副主任」及び校内で設置されている委員会の委員長等の役割から外された。そればかりでなく、職員会議のさなか、校長の指示によるものであるが、教務主任が職員会議のプリントの校内役割表(分掌表)の該当教員の名前6か所を職員に一斉に消すよう指示をした。そこに存在する当事者がどういう思いでいるかなど何ら配慮することなく、その行為が行われた(後に日弁連の調査報告書は、この行為を「外国籍を理由とするもので……これによって受ける疎外感あるいは屈辱感は容易に察知できる」と述べている)。
 それまで4年間、副主任及び進路担当者として、責任ある仕事を遂げていた。次年度の分掌について、校長からは同じく「副主任」を打診されていた。しかし、外国籍教員が差別的な任用におかれていることについて理解のある管理職であればまだしも我慢できることであったが、当該の管理職は、外国籍教員が差別的な任用におかれていることに無知であり、外国籍教員の任用に関して関心すらもっていなかった。
 当該の外国籍教員は、それまでもそうしてきたが、勤務校の校長に対して、「外国籍教員は学校運営に参画できないはずなのに、わたしが副主任になっても大丈夫なのか、市教委に確認してほしい」と申し入れた。それは、校長に対し、外国籍教員が「期限を附さない常勤講師」という差別的な任用におかれていることの問題意識をもってほしいという思いからの申し入れであった。
 校長が市教委に問い合わせたところ、市教委の担当者は、1991年「通知」も知らず、この間の経緯も知らず、「通知」の文面から判断し「外国人は副主任になれない」と校長に伝えた。
 その市教委の回答によって、先に述べた、当該教員の、学年副主任、人権教育などの委員会の委員長欄の名前6箇所を職員に消させるという行為となった。

3. 外国籍教員の差別任用について

(1) 在日外国人は、国家公務員・地方公務員及び公立学校教員から排除
 1953年の内閣法制局の意見「……公務員に関する当然の法理として、公権力の行使又は国家意思の形成への参画にたずさわる公務員となるためには日本国籍を必要とするものと解すべきである」のもと、法として欠格事由は存在しないにもかかわらず、在日外国人は、国家公務員・地方公務員及び公立学校教員から排除されてきた。
 法制局自らが「法の明文の規定が存在するわけではない」といい、「国籍の保有」が要件であるとするのは単なる意見にすぎないにも関わらず、採用試験に国籍条項が設定されてきた。また、国籍条項が設定されずとも、「当然の法理」を暗黙の合意にした排外の機能が働いた。
 1970年代のはじめ、国籍条項撤廃運動が進み、1973年、阪神間の自治体が採用試験の国籍条項撤廃に踏み切った。1974年には、全国で初めて外国籍地方公務員が誕生した(尼崎市3人、川西市1人、西宮市1人)。地方公務員の外国籍採用と併せて、これ以降、公立学校における教員も少数ながら採用されるようになっていった。

(2) 「日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書」
 その後、教員採用試験の国籍条項撤廃は、1991年1月の「日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書」(以下「覚書」という)によって実現した。これは、1965年の日韓法的地位協定で特別永住者の子孫の権益について25年後に協議すると約束された協議の結果であった。この協議の「覚書」には「公立学校の教員への採用については、その途をひらき、日本人と同じ一般の教員採用試験の受験を認めるよう各都道府県を指導する」と書かれている。この覚書によって、教員採用試験の国籍条項が一斉に撤廃されることになった。
 しかし、この協議の直後に、文部省教育助成局長通知 (以下「通知」という)が出された。これによると、「日本国籍を有しない者」が、就任できる職種は「教諭(又は助教諭)に準ずる職務」である「期限を附さない常勤講師」であるとした。教員採用試験に合格しても、外国籍者は「教諭」ではなく、「期限を附さない常勤講師」にしかなれない。同じ教員免許状を持ち、同じ教員採用試験に合格した者が、外国籍であるという理由で差別される。
 「覚書」の中に「公務員任用に関する国籍による合理的な差異」の一文が存在する。文部省はこれをもって、恣意的に解釈し、上記のように扱った。
 また、教員採用試験に合格した外国籍教員は、この通知に従う限り、常勤講師の地位におかれたままである。常勤講師は「校務の運営に関しては、常に教務主任や学年主任等の主任の指導・助言を受けながら補助的に関与するにとどまる(1991年「通知」)」仕事しかできない。外国籍教員は日本人の教諭や助教諭より一段下の常勤講師のままであり、いわゆる「二級教員」であるといえる。
 教員採用試験の国籍条項撤廃ということで一先ず門戸が開かれた。任用差別の問題は残るが、外国籍者の地方参政権の実現とともに速やかに解決されるだろうと考えた。しかし、「覚書」から20年の歳月が流れたが問題は一向に解決されず深刻化している。初々しい青年教員も40代から50代へとなり、職場の中で中堅としての存在になっている。しかし、いくら経験を積み、職場のなかで頼られるリーダーとなっても、日本人教員に指導・助言を受けるべき「期限を附さない常勤講師」の位置に置かれたままである。

(3) 外国籍教員の採用状況
 この事件を受けて、朝日新聞神戸総局の二人の記者(一人は在日韓国人)が外国籍教員に関する全国調査を実施した。その結果、全国の都道府県と政令指定都市教委で204人の外国籍常勤講師が確認された(朝日新聞2008年11月30日)。これによると、大阪などで外国籍教員が主任に就いていること、東京都は、「教員の任用権は教育委員会にあるとの判断から、……外国人を教諭として採用し続けている」とのことであった。
 外国籍教員は「覚書」までは、東京都、大阪府、三重県、名古屋市、大阪市などで教諭として採用されていた。
 大阪府と大阪市では、「通知」以後、それまでの教諭採用から格下げ採用になったが、教育委員会規則で職名を「教諭(指導専任)」とした。東京都は「通知」に従わず、教諭採用し、主任・部長にも就けるとの判断している。
 多くの都道府県教委及び政令指定都市教委は文科省の指示通りであるが、東京都の他、幾つかの県市教委で教諭採用している。教育委員会制度において、教員の任命権者は教育長である。そのため、このように意思を明確にすれば、教諭採用は可能である。

4. 神戸市教育委員会の姿勢と私たちの取り組み

(1) 神戸市教育委員会の姿勢
 神戸市教委が外国籍教員を副主任職に就けない判断し校長に伝え、校長は当該教員の副主任から外し、また、職員会議で、全職員にその年度の分掌表の当該教員の6箇所の名前を消させたという行為は、極めて残酷な人権侵害である。
 私たち(兵庫在日外国人人権協会と兵庫在日韓国朝鮮人教育を考える会)は、この人権侵害に対し、神戸市教委に抗議し、事実確認の場を設けるよう申し入れた。
 しかし、神戸市教委は、「校内組織(校務分掌)の名前を消させた事実はない」とし、その上、事実確認の場をも拒否した。神戸市教委は私たちの要求を一切突っ撥ね、時間だけが流れた。風化を狙う姿勢であった(事実、いまや、管理職の異動、教職員課の異動で、当時のことを知るものはいない)。
 そのため、私たちは、二つの取り組みを行った。一つは訪韓行動であった。もう一つは、日弁連への人権救済申し立てである。


(2) 訪韓行動 ―― 韓国国会での記者会見
 外国籍教員の任用差別の出発点は、「覚書」に発する。韓国政府は、「この任用差別を認めているのか」、認めていなければ、毎年行われる日韓アジア局長会議で「改善の申し入れをしていただきたい」という思いで、これを伝える目的で訪韓した。
 韓国の民主労働党の李正姫議員やNPO組織のKIN(同胞連帯)の支援を得て韓国国会内で記者会見を実現した。記者会見では「日本政府は民主主義の原則も、国際条約や国内法も踏みにじって、『当然の法理』という単なる法制局長の意見に従い、在日韓国人教員を『二級教員』扱いとし任用差別している」ことを報告した。全国紙「ハンギョレ新聞」は社会面トップで報道し、「聯合通信」と「汝矣島(ヨイド)通信」の二つの通信社が地方紙等に配信した。また、民放キー局のMBCテレビが全国ニュースで流した。そして、新しい報道機関として大きな役割を果たしているインターネット新聞の数社も記事を報道した。
 日教組と連帯する韓国全国教職員労働組合(全教組)は初の女性委員長となった鄭鎮和委員長が私たちの問題に関心を向け、全教組中央の三役が私たちと懇談した。在ソウル日本大使館への抗議、韓国政府への働きかけなど出来るだけの支援をするとの約束をしてくれた。また、全教組機関紙「教育の希望」(10万部発行)が大きく取り上げた。
 このような私たちの訪韓行動が、韓国政府を動かした。第17回在日韓国人の法的地位及び待遇に関する日韓局長級協議が、2009年3月24日に東京で開催された(韓国側は趙泰永北東アジア局長、日本は斎木昭隆アジア大洋州局長がそれぞれ首席代表)。毎日新聞は、「韓国政府は24日、東京であった日韓のアジア太平洋局長会議で、公立学校で、在日韓国人教員が管理職への道を閉ざされていることについて、日本政府に制度改善などを申し入れた。日本側は『在日韓国人が教員採用されるよう地方自治体などに働きかけている』と従来の立場を説明した。韓国外交通商部は毎日新聞の取材に対して『国際人権規約は勤務期間、能力の理由を除き、昇任機会は均等でなければいけないとしている。今後も日本政府を説得したい』と話した。(2009年3月25日毎日新聞)」と報道した。私たちの取り組みがこのような成果を上げた。韓国政府は、議事録を公開しており、それをみると、「(1)わが側は、在日韓国人の地方公務員および公立学校教員時に国籍条項撤廃と任用後の昇進・補職において差別撤廃のために日本側が積極的に協力(原文は「協助」)してくれることを要請した。特に、管理職教員としての任用が制限されている現行の制度の改善の必要性を提起した。(2)日本側は自治体に対して指導などを通じて在日韓国人の地方公務員採用の拡大などに中央政府としての次元から努力しているとして、民族教育関連の放課後の学習・就学案内書の発送など合意覚書の内容を忠実に履行していると説明した」と書かれてある。

(3) 日本弁護士連合会に人権救済申立
 神戸市教委に事実確認を求めてきたが、神戸市教委は校長・教頭・教務主任の出席のもとでの確認会を頑なに拒み、事実確認がなされず、時間だけが経過した。人事異動等で当事者を配置換えし事件の風化をはかろうとする神戸市教委に対して、これまでとは異なるステージでの事実究明が必要であると認識し、神戸の外国籍及び外国にルーツをもつ4人の弁護士の支援を受け、日弁連へ人権救済申し立てをする道を選択した。そのなかの一人である梁英子弁護士は、弁護士会から神戸家庭裁判所の家事調停委員に推薦されながら、「調停委員は公権力の行使にたずさわる公務員にあたる」として任用を拒否されており、自らも、当該の外国籍教員と同様の「当然の法理」の壁を前に思いを共有する者であった。
 2009年1月28日に、日本弁護士連合会に人権救済申し立てを行ったが、神戸の白承豪弁護士を主任代理人に、全国71人の弁護士が代理人に名を連ねた。

5. 日本弁護士連合会の勧告

(1) 「勧告書」の内容
 人権救済を申請後、1年の予備審査、その後2年に及ぶ本調査を経て出された「勧告」である。日弁連が「警告」、「勧告」、「要望」といった判断を下すこと自体が年に数件であり、「勧告」という重い見解(法的な強制力はないが)を下したということは、文科省や神戸市教委の判断に重大な人権侵害があることを認めるものである(「警告」が発せられるのは人命に関わる等の緊急性がある場合とのことである)。
 「勧告」の内容は、文科省に対して、「憲法14条(法の下の平等)に反する在日韓国人等の外国籍の公立の中学校、高等学校の教員に対する不合理な差別的取り扱つかいであり、また、公立小中学校、高等学校の教員になるとする在日韓国人等の外国籍者の憲法22条が保障する職業選択の自由を侵害するものであるとし、「『教諭』ではなく、『任用の期限を附さない常勤講師』とすべきとする部分を取り消すこと」、「外国籍者でも校長を含む管理職に登用するに支障はない」としている。
 神戸市教委に対しては、「合理的理由なく副主任の任命を取り消させるという差別的取扱いを生じさせたものであるから、貴委員会の対応は人権侵害に該当する」と断言し、「在日韓国人など日本国籍を有しないものについても『教諭』として任用し、「適性あるものについては校長、教頭、学年主任、教務主任等の管理職者として採用すること」としている。

(2) 人権擁護委員会の事実認定
 勧告では、人権侵害行為を行った中学校長に対して不問としたが、人権擁護委員会の調査書では、「双方の言い分にニュアンスの違いがあるものの、大きな食い違いはない」とし、次のように事実を認定している。

……2008年4月3日の職員会議において……同校教頭であるA氏と同教務主任であるB氏が、全職員に対して、配布された「校内組織」中、第2学年の副主任として記載された申立人の名前及び人権教育推進委員会、体育大会実行委員会、進路指導委員会など、各種委員会の委員として記載された8か所の申立人の名前のうち6か所の記載を削除するように指示した。

 残念ながら、勧告においては不問としながらも、調査報告書は、中学校長に対しては、「常勤講師問題について理解」がないことは「問題がある」が、「人権侵害とまで認定することはできない」としている。しかし、「外国籍を理由とするもので…これによって受ける疎外感あるいは屈辱感は容易に察知できるとし、「(当該教員の)心情に対する配慮を欠いた行為であったことは否定できない」としている。学校長は「無知」であったので免罪との判断であるが、校長が配下の教員の任用形態を知らなかったことを単なる「無知」で済ますことができるのか。これでは管理職は失格であるといえる。
 そもそも、当該校長が教頭と教務主任と口裏を会わせ、神戸市教委へ「名前を消させた事実はない」との虚偽報告をしたこと。神戸市教委はその弁を庇い、私たちが求めた確認を拒否したこと。これが、私たちを日弁連への申し立てに向かわせた端緒であった。この点をしっかり事実認定していただいたことに感謝する。

6. これからの取り組み

 私たちの二つの取り組みは大きな成果を生み出した。訪韓行動は、韓国政府を動かし、定期的に行なわれる日韓のアジア太平洋局長会議で、公立学校での在日韓国人教員の任用差別を取り上げ、国際人権規約違反であると主張した。また、日弁連への人権救済申し立ては、法理論の側面から任用差別の撤廃を求めるものであり、政府を内外から突き動かす圧力を形成することができた。
 私たちの市民運動がここまでの成果を上げた。しかし、次のステージは、民主勢力、労働運動等の支援をなくしては進まない。
 当該外国籍教員は、日教組に繋がる教職員組合の構成員であり、分会長も経験し、組合本部の人権教育推進のメンバーとして活動してきている。教職員組合も、外国籍教員の任用差別の問題を闘争課題の重点項目に挙げている。今後、全国の仲間と、国際連帯、多文化・多民族共生の観点で、この問題を教職員組合の運動としてたたかっていく体制を作っていく必要がある。
 兵庫県選出の水岡俊一議員とは情報を交換してきてはいるが、他の日政連議員ともパイプを太くし、院内学習会等を開催し、文科省に圧力をかけるなど外国籍教員任用差別を解決していきたい。
 兵庫県教委や神戸市教委とも、県会議員や市会議員とのパイプを太くし、粘り強く交渉し、実利を上げる取り組みを追求していきたいと思う。