【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第1分科会 ~生きる~「いのち」を育む・いかす、支えあう

 全国各地の自治体において公契約条例が制定されつつあるなか、愛知県内においても昨年12月17日に豊橋市、今年3月25日に愛知県で公契約条例が制定された。本稿では、両自治体における同条例の制定過程を概観しつつ、賃金条項の有無などの各条例のポイントについて述べ、公契約条例の定義および実効性の確保に向けた課題について考察したい。



公契約条例の実効性確保に向けた課題
愛知県と豊橋市の条例比較検討を手掛かりに

愛知県本部/愛知地方自治研究センター 野口 鉄平

1. はじめに

 全国各地の自治体において公契約条例が制定されつつあるなか、愛知県内においても昨年12月17日に豊橋市、今年3月25日に愛知県で公契約条例が制定された。本稿では、両自治体における同条例の制定過程を概観しつつ、各条例のポイントについて述べ、実効性の確保に向けた課題について考察したい。

2. 愛知県と豊橋市の条例比較検討

(1) 両条例の検討経過にみる特徴
 愛知県と豊橋市はいずれも2013年度に有識者による公契約のあり方に関する検討を行った点で共通しており、それから約2年の時を経て条例を制定したことになる。
 一方、検討の進め方は愛知県と豊橋市で異なっていたように思われる。愛知県の「公契約のあり方検討会議」は、公契約に関する多様な論点について学識者や関係団体から広く意見を聞くという形で進められ、必ずしも賃金条項を盛り込んだ公契約条例の制定を前提としたものではなかった。これに対し、豊橋市の「公契約のあり方に関する懇談会」では、賃金条項を盛り込んだ公契約条例の制定を念頭に置いた論点が俎上に載せられ、具体的な検討が進められた。各自治体の状況の違いに加えて、こうした検討の場における検討の進め方の違いが利害関係者間での問題意識の共有や共通認識の醸成、その後の条例案の作成、関係団体との調整、合意形成などに大きな影響を及ぼしたことが推察される。

(2) 最大の違いは賃金条項の有無
 表1は豊橋市と愛知県が制定した公契約条例を比較したものである。いずれの条例も「公契約条例」の名称が用いられている。自治体と民間事業者間で締結される契約=公契約に関する条例という意味では共通しているが、次の点において似て非なるものといってよい。すなわち、豊橋市の条例には公契約の従事労働者に自治体が定める一定水準(労働報酬下限額)以上の賃金支払いを受注事業者や下請事業者に義務付ける賃金条項が盛り込まれているのに対して、愛知県の条例にはそれが盛り込まれていない。

 

表1 愛知県と豊橋市の公契約条例の比較
項  目 愛知県 豊橋市
条 例 名 愛知県公契約条例 豊橋市公契約条例
制 定 日 2016年3月25日 2015年12月17日
条文構成 11条 15条
規定内容 目的、定義、基本方針、県の責務、公契約の相手方の責務、予定価格の適正な決定、低入札価格調査制度等の活用、事業者の社会的な価値の実現に資する取組の勘案、労働環境の整備が図られていることを確認するための措置、関係団体との協議の場の設置、指定管理者の指定に関する事務に係る取扱い、附則 目的、定義、基本方針、市の責務、事業者の責務、労働報酬下限額、労働環境確認書、労働者への周知、労働者の申出、不利益取扱いの禁止、立入調査等、是正措置等、公契約審議会、指定管理者との協定、委任、附則
労働報酬下限額 設定なし(最低賃金) 工事:公共工事設計労務単価の75%を基準
委託:835円(最低賃金+15円)
審議会等 関係団体との協議の場 公契約審議会

 

(3) 県条例では労働法遵守を確認
 これまで賃金条項を盛り込んだ公契約条例が制定されたのはいずれも市および特別区であり、都道府県においては2014年4月時点で未だ制定されていなかった。それゆえ、愛知県で賃金条項が盛り込まれた公契約条例が制定されれば全国初のケースとなることから注目が集まっていた。
 当初、愛知県は作業報酬下限額を盛り込んだ公契約条例案を作成し、一旦は2014年の9月県議会に賃金条項を盛り込んだ条例案を提案する方向で関係団体への説明および調整が進められた(2014年8月29日付中日新聞夕刊)。しかし、作業報酬下限額の設定などに対する一部の業界団体の根強い反発があり、同議会への提出は見送られることとなった(2014年10月10日付中日新聞朝刊)。これ以降の条例案の修正過程において、作業報酬下限額を上回る賃金支払いを義務付けることや元請事業者に下請事業者に対する連帯責任を課すなどの規定はいずれも取り下げられることになったのである。
 その結果、愛知県の条例はサービスの質の低下や健全な競争を阻害するダンピング受注を防ぐための入札改革の実施や事業者が行う社会的価値を高める取り組みを促す一方、公契約に従事する労働者の労働環境の整備のための措置については後述のとおり最低賃金以上の賃金支払いなど、労働関係法令を遵守しているかどうかのチェックにとどまる内容となった点において、課題を残したといえよう。

(4) 労使に配慮した豊橋市の条例
 豊橋市における公契約条例の制定に至る経過は以下のとおりである。豊橋市議会における意見書採択や質疑などを経て、同市は2013年度に公契約のあり方に関する懇談会において検討を行ったのち、2014年度に受注者などへのアンケートを実施、2015年10月に公契約条例の骨子をまとめた「公契約条例の考え方について」を公表して、パブリックコメントを行った。その結果、3団体と2人から計33件の意見が寄せられ、これらに対する市の考え方が示された。同年の12月議会に労働報酬下限額の設定を含む公契約条例案が提案され、同月17日に全会一致で可決・成立した。
 豊橋市の条例は①予定価格1億5千万円以上の公共工事、②予定価格1千万円以上の業務委託のうち市が定めるもの、③予定価格1千万円以上の指定管理(公募のみ)を特定公契約とし、これらにおいては、労働報酬下限額を上回る金額の賃金を支払うことを受注事業者および下請事業者に義務付けた。その一方、賃金台帳の提出を事業者に求めず、元請事業者に下請事業者に対する連帯責任を課さない(注1)など、条例適用による事業者の負担が過度にならないことを強く意識した内容となっている。これらは条例制定への理解を得るため、労働報酬下限額の設定を求める労働者側と事業者の事務負担の増大を懸念する事業者側双方の意見を汲んだ結果といえよう。

3. 考 察

 2.では愛知県と豊橋市の公契約条例の比較検討を行った。これを踏まえ、以下では公契約条例の定義と実効性の確保の2点について考察したい。

(1) 公契約条例の定義
 上述したとおり、愛知県と豊橋市の条例はいずれも公契約条例の名称が用いられている。これに関して、公契約条例の研究者らの間では「賃金条項」が盛り込まれていることを公契約条例の要件とする考え方がある。たとえば、松井・濱野(2012)は公契約条例を賃金条項(賃金の最低基準)、労働条項(事業従事者の労働条件)、社会条項(地域貢献・環境配慮・男女平等・障害者雇用)を含むものがあるとした上で、論文中では労働条項を規定する条例を「公契約条例」として扱っている。この区分をもとに、賃金条項を含むものを<狭義>の公契約条例、労働条項を含むものを<広義>の公契約条例、社会条項を含むものを<最広義>の公契約条例と解するとすれば、賃金条項を含む豊橋市の条例は狭義の公契約条例に含まれるが、賃金条項を含まない愛知県の条例は狭義の定義には当てはまらず、広義の公契約条例に含まれることになる。
 なお、豊橋市財務部が2015年10月6日に公表した「公契約条例の考え方について」の参考資料では、全国で制定された公契約条例を「公契約条例」(19団体)と「基本条例」(9団体)に区分している。前者には労働報酬下限額を設定したものが含まれ、基本方針がある条例が10団体、ない団体が9団体としている。後者は賃金への言及がある条例が4団体、ない条例が3団体としている。なお、同市の整理では、最低賃金法に基づく最低賃金以上の賃金支払いを義務付ける奈良県および大和郡山市の条例を「公契約条例」に区分している。これに関して、最低賃金以下の支払いがあった場合は公契約条例を持ち出すまでもなく、最低賃金法に違反するものであり、法律に基づいて是正されなければならないはずである。では、最低賃金以上の賃金支払いを義務付ける「公契約条例」は狭義の公契約条例に含まれると解するべきであろうか。
 そのことについて考えるため、賃金条項の意義(目的)について改めて確認しておきたい。賃金条項を定める意義はダンピングのしわ寄せや多重下請に伴って生じる中間搾取などによる賃金の低下を防ぎ、それぞれの労働者の仕事の内容および質に見合った賃金の支払いを実現することにある。かりに、当該地域において賃金実態が最低賃金額に張り付いている業種・職種があるとすれば、その業種・職種に限って(最低賃金額と同額の労働報酬下限額を設定するかは別として)最低賃金額を下限額設定の拠り所とすることは考えられなくはない。しかし、各職種の賃金実態調査に基づいて公共工事設計労務単価が設定されているような、職種別賃金の実態と最低賃金額との間に一定の乖離がある職種において、最低賃金額を下限額設定の拠り所とすることにいかなる合理性があるのであろうか。職種ごとに仕事の内容および質に見合った賃金水準を設定することが容易でないことは確かであるが、最低賃金額を一律にすべての業種の下限額の拠り所としたとしても、賃金条項の目的を達成することにはなりえない。公契約条例の対象に賃金実態と最低賃金額との間に一定の乖離がある業種・職種が含まれていることを考えれば、最低賃金額を上回る報酬下限額を設定した条例に限って狭義の公契約条例と解するのが妥当と考えられる。
 以上、公契約条例の定義について労働報酬下限額の拠り所から若干の考察を加えたが、公契約条例が各地の自治体で制定されるようになるに従って、条例の規定内容のバリエーションが増えつつある。このことを考えると、公契約条例の定義付けについて、より詳細な再整理が必要であるように思われる。

(2) 実効性の確保
 公契約条例が制定されたことで、今後はその実効性の確保が問われることになる。愛知県と豊橋市の条例は規定内容が異なるため、それぞれの条例における実効性の確保のあり方について考察したい。
① 愛知県
 愛知県の公契約条例は基本方針(第3条)や予定価格の適正な決定(第6条)、低入札価格調査制度等の活用(第7条)、事業者の社会的な価値の実現に資する取組の勘案(第8条)など、入札・契約制度の適正化に関する規定が多くを占める。この点に関して、同条例に基づいて体系的・総合的に問題の解決を図る入札・契約制度が構築できるかどうかがポイントとなろう。
 条例施行後、具体的にどのような形で条例運用が図られるかが注目されるなか、今年5月23日に愛知県公契約基本方針推進本部(以下、「推進本部」)の第1回会議が開催された。推進本部は知事を本部長とし、副知事、各局長からなる推進本部と各課長からなる幹事会によって構成される。前者は公契約条例が定める基本方針に基づく施策に関する重要事項を決定して取り組みを推進し、後者は公契約に関する課題に関する調査検討を行うとしている。
 同会議では「公契約を活用した社会的価値の実現について(案)」が議題に挙げられ、入札などにおける事業者の社会的取り組みに関する評価項目の設定、全庁における重点評価項目(必須)と推奨評価項目(任意)の決定、各部局における活用、重点評価項目の効果の検証を行う形で公契約の活用を図っていくことが示された。このうち、重点評価項目については①環境配慮、②障害者の就業支援、③男女共同参画、④ワークライフバランスの4項目が挙げられている。業務委託に関しては、今年度、警察本部庁舎の清掃業務において総合評価競争入札を試行実施した上で、来年度以降、対象契約および業務を順次拡大していくことが報告された。
 このほか、労働環境の整備に関する実施内容およびスケジュール、労働環境報告書(案)も報告された。それによると、第9条が定める労働環境の整備が図られていることを確認するための措置として、事業者が年1回提出する労働環境報告書(チェックシート)に基づいて労働関係法令の遵守状況、社会保険の加入状況、賃金の支払い状況などを審査し、報告内容に疑義・労働者の申出がある場合に調査を実施、法令違反があれば是正を要請し、是正に従わない場合は指名停止の対象とするとしている。現時点では法令遵守の内容にとどまるが、「安心して働くことができる労働環境」を実現するためには、やはり労働報酬下限額の設定が不可欠である。労働環境報告書を通じて賃金実態のデータを把握・蓄積し、労働報酬下限額の設定を視野に検討を進めていくことが求められよう。
 そうした検討の場について、愛知県の条例は公契約に関する調査審議を行う審議会を設置せず、必要に応じて関係団体の協議の場を設けることを定めている。同条例には第10条以外に協議の場に関する規定がないため、委員構成や協議内容、開催頻度などは定かでないが、推進本部と協議の場それぞれの位置付けおよび役割を見ると、行政内部における検討・実施に力点が置かれているように思われる。公契約条例の施行から間もないため、そのことが実効性にいかなる影響を及ぼすかは今後の検証に委ねざるを得ないが、公労使の間での定期的かつ積極的な意見交換・協議を通じて、それぞれが抱えている課題を理解し合うとともに、問題意識を共有して解決の方向性を模索し合う中で、Win-Winの公契約条例および入札・契約制度を形作っていくことが求められよう。
② 豊橋市
 先述したとおり、豊橋市の公契約条例は市長が定める労働報酬下限額以上の賃金支払いを事業者に義務付けている。事業者の事務負担への配慮から賃金台帳を作成・提出せず、労働者の申出を基本とした制度運用となることから、①労働者への周知や申出労働者の不利益取扱の禁止の徹底および②労働報酬下限額の設定水準が実効性の確保において焦点となる。
図1 豊橋市公契約条例の周知用チラシ
 
 前者に関して、条例の実効性を確保するには市が賃金支払状況を的確に把握する必要があるが、賃金台帳の提出を事業者に求めないため、労働者の申出が十分に機能するかどうかがその鍵を握ることになる。したがって、公契約の現場に従事する労働者に対する十分な説明やチラシ(図1)の配布、ポスターの掲示などを通じて、1人ひとりの労働者が①条例の適用現場であることを認識でき、②自らの職種の労働報酬下限額がいくらであるかを把握でき、③実際の支払賃金が労働報酬下限額を下回っていないかを確認でき、④労働報酬下限額を下回っていた場合、躊躇せずに申出できる環境(申出労働者の不利益取扱の禁止の徹底)を整備し、行政が的確にモニタリングすることが求められよう。
 後者に関しては、先行自治体における労働報酬下限額をみると、公共工事はいずれも公共工事設計労務単価が拠り所となっており、下限額を設計労務単価の何割に設定するかがポイントとなる。これに対して、業務委託および指定管理における下限額の拠り所は建築保全業務労務単価、市職員給与、生活保護、賃金構造統計調査、地域別最低賃金など、自治体によって異なる。したがって、何を拠り所とするかが下限額を左右するポイントになると考えられる。
 これに関して、豊橋市は今年3月31日に2016年度の労働報酬下限額を公表した。公共工事においては職種別に設定された公共工事設計労務単価の75%を基準とし、業務委託においては地域別最低賃金に15円を上乗せした835円に設定した(注2)。同市の公契約審議会における市担当者の説明からは制度を円滑にスタートさせることを意識して低めの下限額が設定されたことがうかがえる。条例運用が軌道に乗ったのち、下限額が段階的に引き上げられていくかどうかが注目される。

4. 課題解決型の条例運用の必要性

 条例は地域課題の解決を図るためのツールである。では、公契約条例が解決すべき地域課題は何か。公共工事や業務委託の入札での過剰な価格競争が事業者の疲弊、労働者の賃金・労働条件の悪化を招き、産業全体の担い手不足や地域経済への負の影響が生じている。このままでは公共サービスの質を確保し、サービスを持続的に供給することが困難となる。こうした課題を踏まえ、公契約条例には公共工事や業務委託の入札・契約の適正化および元請・下請を問わず仕事に見合った賃金・労働条件の実現が求められる。そのことがひいては担い手の確保、質の高い公共サービスの持続的提供につながる。公契約条例が地域課題の解決に実質的に寄与し、悪循環を好循環へと転換させるものになるかは、行政、事業者、労働者間でのマクロとミクロ両面の問題認識の共有と協力、課題解決に向けた地道かつ着実な取り組みにかかっている。




(注1) 下請事業者が条例違反を行った場合は当該事業者のみが調査指導および指名停止措置の対象となる。
(注2) 年金等の受給のために労働の対価を調整している者や労働者等の合意の下、見習い、手元等とし使用者が判断する者は工事872円、委託820円。屋根ふき工、建築ブロック工および51職種にあたらない労働者は835円。
〔参考文献〕
松井祐次郎・濱野恵「公契約法と公契約条例 ―― 日本と諸外国における公契約事業従事者の公正な賃金・労働条件の確保 ―― 」『レファレンス』2012年2月号、p.53-78