【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第2分科会 ~生きる~「いのち」を守る

 新自由主義的な産業政策が推し進められ、農業も例外ではなくグローバル経済の中で国際競争力強化を求められています。しかし農業は、生産活動を通して食料という商品だけではなく、地域の緑の空間、生き物、景観、さらには地域のコミュニティ、祭りなど文化に至るまで、地域の暮らし全体を支えてきました。
 自治体"農"ネットワークは、そのような背景を守りながら、地域の農業生産を維持するための方法として、「環境支払い」(環境に配慮した農の営みに対する直接所得補償)政策を提言してきました。



農業農村政策における「環境支払い」と
「自由貿易協定」を考える
―― 環境支払い運動の本質を見つめて ――

茨城県本部/茨城県職員労働組合連合・自治体"農"ネットワーク 須之内浩二

1. はじめに

 自治体"農"ネットワークでは、農業農村政策として「環境支払い(環境にかかる直接所得補償)」を提言し、運動を進めてきました。運動を進める上で大きな課題は、いかにその価値観を広く共有してもらうか。農林水産省や政党、政治家等への精力的な投げかけはしてきましたが、現場における議論が不足してきたという反省があります。今回、2016年1月29日茨城県自治研集会として、シンポジウムを開催するなかから、現場の組合員へ投げかけ、反応を探るとともに、価値観の共有に向けた取り組みを行いました。
 奇しくも、TPP合意が進み、この課題が、環境支払い政策を理解する上で格好の材料であることから、ジャーナリスト上垣喜寛氏の製作した映画「自由貿易に抗う人々」(NAFTA(北米自由貿易協定)締結20年後のメキシコの現状)を題材に議論を進めました。


講演1 上垣喜寛氏(フリー記者、ジャーナリスト)

「NAFTA(北米自由貿易協定)発効20年後のメキシコに学ぶ」
「TPPに反対する人々の運動」立ち上げ
 運動のきっかけとなったのが自由貿易です。TPPの交渉が2012年の10月に大きく国会で取り上げられ始めて、2か月後に、お百姓さん、生協関係者で運動が起こり、私が事務局を担うことになった。「TPPに反対する人々の運動」という有志団体です。
 反対運動の中で開催した国際シンポジウムに、NAFTA締結から20年のメキシコからひとりの労働団体の方を招きました。メキシコにおけるトウモロコシの現状、輸入の急増、また、多国間での自由貿易の方向にどんどん舵を切っている状況があります。そして21世紀の黄金の自由貿易などと言われ始めたTPPに対して、過去を学ぼうと呼びました。その後、若手中心の農家の方とNGOの若手とメキシコに行く企画を作り、10日間ほど各地を回ったのです。その時の映像・光景を是非共有したいと思い立ち、映画作りをスタートました。
「自由貿易と自立(自律)」 自由貿易によって「依存」が進み、自立が後退する
 このメキシコ、いま80から90ヶ国と自由貿易協定を結んでいる自由貿易先進国です。大きなテーマのひとつが「自立(自律)」です。経済的な自立もありますが、精神的な自立もあります。自由貿易が進むと何かに依存しなければならない、(外部のものが)自分の生活にどんどん入り込んでくるというメキシコの実態が日本にも起こりうると強く感じました。日本との共通点は、依存が進むとどんどん大切なものが失われていく。その代表的なものがトウモロコシであり日本の米であったりします。
依存からの脱却、自由貿易への抵抗
 その依存からどう脱却するのか、後半に挙げた農業生産組合の在来種を守る取り組み、そして最後の大学では、ブランド化を進めている。自分たちの言葉で商品を見出して価格を適正価格に戻す取り組みをし、地元の商店と組んでとにかく地域に拘って商品づくりをしています。
NAFTAはとどめを刺しただけ、既に侵食していた新自由主義
 ある大学教授は、「TPPを結ぶと酷い将来になるんだというが、実はもうTPP化に向けて進んでいるんだ。」と言っていました。日本でも既に新自由主義政策が浸透し、規制緩和、既得権益団体潰しなどが進みました。メキシコでは「NAFTAだけではない、NAFTAは止めを刺しただけなんだ」といろんな所で聞きました。様々な新自由主義の動きがあった結果だというのです。
その後の格差拡大 流れは、緑の革命と財政破綻と憲法改正(土地売買の自由化)
 第二次世界大戦以降、品種改良された種や機械はメキシコの農村にどんどん持ち込まれて、「緑の革命」が進みました。生産高は増えていくが土地の生産力が無くなってくる、そして残ったのは借金だけというような状況に陥りました。80年代にメキシコは財政破綻します。そのときにIMFが介入して、メキシコにおける仕組みをどんどん変えました。さらに憲法が変わる、憲法第27条、土地売買の自由化です。良い土地は大地主である外国資本が取り上げ、残ったところは生産力が無く、格差が生まれてくる。格差社会を助長する仕組みづくりがなされていきます。


講演2 宇根豊氏(思想家(作家) 農と自然の研究所 代表)

国策とそこに住む人たちとの対立、資本主義との対立
低コスト、省力生産を良しとする近代化との対立
 映画を見て日本も同じだと思いましたね。国策とそこに住む人々との対立です。もう一つは資本主義との対立です。なぜ、対立していくのか? 世界全体が一つの価値観に追い込まれていきます。同じものを生産するのに、労働時間は短い方がいい、コストは少ない方がいい。そもそもそれが間違っているんです。この論理は、極めて近代的な資本主義の考え方です。元々の農業はこのような考え方が全くなかったです。これを我々自身がひっくり返さないといけない。
関税に守られていても、国内では無茶苦茶な競争をしている。おかしくないか?
 いかに関税に守られていても、国内ではめっちゃクチャ競争しているのではないですか。産地間競争で他の産地をつぶせと。いいものを安く低コストで作れと。このような価値観に染まっていながら関税だけを守るというのは、足下を見られます。TPPについて、百姓は反対しているけど、国民は反対しているのか? 関税だけを守って農業だけを守るというのはおかしいのではないか。
EUで進む環境支払い、理解の進まない日本の農村
 資本主義に併せるため農業、国策、政治、政策というのはもう限界に来ている。まだ、成長戦略とか輸出戦略とかやろうとしている。EUだったら、百姓の所得の70%以上は税金からの支払い、環境支払いです。これを日本の百姓に聞くと、ほとんどが、自分の力で稼ぐんだ、と言う。環境支払いの考え方がなかなか広がらない。
自然が壊れた? 大事なのは百姓・国民の生き物を見る眼差しが決定的に衰えたこと
 自然に対して生産性を求めた結果、自然が壊れたというのは、うわべだけの話、一番大事なのは、百姓の、国民の、生き物に対する眼差しが決定的に衰えたことです。
国があって地方があるのではなく、地方があって国がある。これをひっくり返そうというのが環境支払い
 第二は、国があって在所があるのではない。在所があって国があるんだ。国家が発展しないとむらが発展しないということになっている。そんなことはない。国家が発展しなくても村が発展するのはしょっちゅうある。これをひっくり返そうじゃないかというのが環境支払いだ。
EUはなぜ環境支払いを展開できているのか? 地方分権と環境支払い
 EUはなぜ環境支払い、直接支払いを展開できているのか? ドイツでは州毎の政策をいろんな団体の代表者の寄り集まりで立てています。環境支払いは、本当に立案するのは村の住民でなければできません。制度の枠組みは国が作るべきでしょうが。実際的に制度を作るのは県単位、できれば市町村まで落としてつくりたい。そんな地方分権があったからこそ環境支払いができたのです。
地方からの政策提言。百姓の応援がないとつぶれる
 都道府県から環境支払いの提言が若干あった。福岡県・滋賀県が独自に環境支払い始めたときに若干あったが結局つぶれてしまった。何が原因か? 百姓の応援がない、役人だけの頑張りではできない。百姓が自分の力だけで所得を稼ぐんだとか言っている内は、百姓の中でそういう議論はできない。従って環境支払いは、農業観、農業政策観を根本から変えていく、もっと言えば農業を資本主義から外す、全部は無理ですから、半分外していくための方便だと思ってください。
百姓の眼差しを変える、県、市町村職員、営農指導員の教育プログラムが支援
 当然、いい加減なことをやっていて環境支払いをもらうなんて間違い、今まで以上のことをやらなければいけない。たとえば、畦草刈りを4回以上やって畦の生態系を保全すれば10a当り1万円。となれば、除草剤やっている百姓は、なら草刈りやるかとなる。そのように百姓自身も見る目を変えていかなければならない。県職員、村の職員、農協の営農指導員そういう地元にいる人たちが力を貸さないと無理、そういう教育プログラムをセットにやらないと無理です。


講演3 浅井幸雄氏(元横浜市職員、元自治体"農"ネットワーク代表)

グローバル農業とは、大企業による食料支配
 グローバルな中の農業とは? トウモロコシ=9割が遺伝子組み換えになった。モンサント社等3社で7割を占める。大豆も同様だ。でも、小麦はやらない。なぜなら、アメリカ国内から批判出るから。EUは国で規制している。 
ガットを機にEUは直接支払いに、日本は価格政策維持したまま食管なくして窮地に
①1993年 ガットウルグアイラウンドを機に、世界主要国は、価格支持から直接支払いに政策を切り換えた。日本は価格支持を継続し、食管で米を守ろうとした。
 EU 直接支払い(環境支払い)に切り替えが進み、EUで7割、特に仏・独は9割になっている。
 韓国も遅れて20世紀終わり、直接支払いに切り替えた。
 日本は、価格政策維持したまま食管なくしたから窮地に。何ら手当てなしに自由化したから今がある。なんら手当てがないままガットからTPPへと進んでいる。
農業、農、最も重要なものがTPPによって壊されていくことが問題。市民の理解を得る議論が必要
 環境支払いにこだわったのは、TPP導入の有無に関係なく新自由主義政策の下、日本農業をまもらなければ、という思いからだ。
 社会主義崩壊→資本主義の限界、という不透明感があるなかで、金儲けだけに資本を投入するのがグローバル企業。安倍さんが言うところのTPPによって明るい大きな効果があるとは考えられない。
 ほしい物がそろった社会の資本主義で高度成長はない。それ以上の成長はない。
 環境支払いを通して農業のことを考えていきたい。
 横浜の「ミドリ税」は「農業がなくなった、緑がなくなった。」ことを背景に、緑の維持に税金使ってもよいと市民が認めたからできた。同様に環境支払いもしっかりした議論が必要。


2. 総合討論

Q:漁業関係の仕事をしており、農業の環境支払いを注視している。今後の環境支払いの見通しは?
A:宇根 農業も漁業も同じ方向に進んでいる。
 米は作るのではなく、できる。米は天から地からも恵み。人間が自然をコントロールするという感覚。漁業も同様の方向へ。自然環境に対する判断、本気で守っていく政策が必要。その方向に聞く政策になっていない。環境支払いはそのためにやるんです。
 林業は、森林環境税等入っています。しかし、国民はそのことを知らない。農業で本質的に進むのでしょうか? 環境支払いは、地方から始まっています。千葉県市川市。1980年代に田んぼの貯水機能に支払い。熊本県。全部地下水を利用している。減反政策で地下水が減少したのに対して、上流の田んぼで水をためたら助成金をだします。その後、なかなか進まないのが現状です。
Q:水田では考えやすいが、畑作では環境支払い難しいと思われるが?
A:宇根 いかにして価値観の転換を今から準備できるかです。
 ドイツのりんご農家。関税ゼロ。安いのが入ってくるから、生きていけない。村でりんごジュースをつくる工場を作ったら飛ぶように売れた。何ゆえ人々は買ったのか?
 「このりんごジュースを飲まないとこの村の美しい風景が維持できないから飲む。」新しい価値観のようですが、本来これが伝統的な価値観です。農産物にはその要素が残っており、地域とつながりたいという思いがあります。
Q:TPPで現段階で問題だと思われるようなことはありますか?
  国民が選んだ体制を、TPPが否定する。

A:上垣氏 問題だと思うのは、日本では「ゆうちょ」。基本的には国営企業は特権がある、補助金受けている。海外から参入する企業は公正な競争できない。べトナムは社会主義の国。国民がえらんだ体制。これを否定するのがTPP。これが問題。自由貿易協定がどれだけの力があるのか? 単なる協定なのに、国の個性、価値観を否定する。
A:宇根 資本主義は経済成長がなくなるといろいろな破綻が始まる、と考える。我々には、よくわからない。人口が半分になる。今の経済機能、経済成長を否定しなければならない。そこでは、田舎暮らしがモデルになる。百姓こそがそれをリードできる。価値観の先頭を走らなければならない。
A:上垣氏 新自由主義という視点で考えると見えてくる。
A:浅井 自国の農業が大事、生産を支えなければならない。アメリカでさえおおきな補助。EUは直接支払いに傾注。費用対効果。農林水産業に手当てするというのは世界では普通のことです。


3. まとめ

 海外との貿易競争から国内農業を守るために様々な政策がとられてきました。再生産可能な価格を維持するための補助金をだす。輸出競争力を維持するために輸出補助金を出す。などです。しかし、GATT、WTOといった自由貿易協定交渉によって、そのような補助金の支出が排除されてきました。そこで、EUは生産振興に直接寄与しない「直接所得補償」を環境維持にシフトする制度へ舵を切りました。日本は、あくまでも国内農業の競争力を維持しようと、コスト削減、規模拡大等の政策を強化しています。我々が求める環境支払いの意味を今回の自治研集会の議論をもとに整理しました。これを、まとめとします。


「新自由主義経済下の農業」日本とメキシコの共通点 そして環境支払いの意味