【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第5分科会 まちムラの見方「見えているもの」と「見えていないもの」

 竹田市においては、「目標がなければチャンスが見えない、ビジョンがなければ決断ができない」を合言葉に、「地域力」「人間力」「経営力」「行政力」を結集した近未来的な政策展開がなされている。本レポートにおいては、「農村回帰宣言」をした竹田市が、観光地のあり方について、旅行者の需要のみを重視するのではなく、受入地の環境・文化に配慮し、旅行者と受入側の人々が対等で公正な関係が築き、持続可能な交流をめざすことを目的としたフェアツーリズムという新たな取り組みについて報告する。



農村回帰宣言市における持続可能な農村交流の
取り組みについて
―― 地域資源の磨き上げによる「感動産業」の
確立にむけて ――

大分県本部/竹田市職員労働組合 後藤 祥司

1. 竹田市の概要

 竹田市は、大分県の南西部に位置し、総面積は477.67km2で、その69.2%が山林原野で占められています。西側は熊本県、南側は宮崎県に接しており、九州のほぼ中央に位置しています。周囲をくじゅう連山、阿蘇外輪山、祖母傾連山など九州を代表する山々に囲まれた中山間地で、大分県一の流路延長を持つ大野川の源流を有しています。1日に数万トンの湧出量を誇る湧水群が点在し、水と緑があふれる自然豊かな地域を形成しています。
 山々から湧き出る豊かな湧水は名水百選として全国に知られ、下流域の多くの地域住民の生活用水や農業用水として生活基盤を支えている一方、市内各地に温泉を有し、点在する温泉の効果とその自然や街並み環境が評価され、2015年5月1日に竹田市全域が国民保養温泉地の指定を受けました。近隣には別府・湯布院・阿蘇など全国的に知名度の高い温泉地、観光地がひかえています。本市では、こうした大自然の恵みを活かした農業や観光が基幹産業となっています。
 また、歴史的には奥豊後の中心地として栄え、政治や経済、文化、交通の要所として発展を遂げてきました。本市の中心部には、そうした時代を物語る国指定史跡岡城跡や武家屋敷等が、今も変わらぬ姿で現在に引き継がれています。
 これまで、行政事務の強化を目的とした明治・昭和の大合併が数回に分けて行われ、旧竹田市と旧直入郡(旧竹田市周辺部の3町:荻町・久住町・直入町)のそれぞれが独立した自治体として健全な発展をめざしてきましたが、21世紀に突入し社会が大きく変動する中で、これまで独自の歩みを続けてきた4市町が一体化し、より強固な社会基盤・行財政基盤を有する新たな地域として生まれかわり、地方分権による地方の自立と活性化をめざして、2005年4月1日に1市3町の新設合併(対等合併)により現在の「竹田市」が発足しました。
 本市の合併時(2006年3月末時点)の人口は、27,479人(男12,853人、女14,626人)でしたが、合併11年を経過した現在(2015年11月末時点)では、23,302人(男10,873人、女12,429人)となり著しい減少傾向が見られています。その原因の1つとして全国の自治体で挙げられるのが、急速に進行する少子高齢化と想定されます。2015年度末の本市の65歳以上の人口は、45.3%(注1)(約10,000人)と推計されており、大分県の高齢化率の推計値である30.3%(注2)をはるかに上回る全国でも有数の超高齢化社会をむかえている自治体です。 
 このような自治体において合併後に実践されている農村交流の現状とその手法、これからの展望について報告します。

2. 竹田市新生ビジョンにおける農村回帰とは

 2005年4月の新・竹田市誕生から4年が経過した2009年4月、首長選挙が行われ、竹田市新生ビジョンを政策に掲げる首長が誕生しました。この竹田市新生ビジョンとは、従来の自治体が進めてきた政策とは全く異なり「目標がなければチャンスが見えない、ビジョンがなければ決断ができない。」を合言葉とし、これからの市政運営を推進していくものでした。
 新生ビジョンを推進する4つの力として挙げられたのが、自治体間競争に打ち勝つための要素である、①地域力("竹田らしさ"への気づき)、②人間力(グローカルな人財育成)、③行政力(政策立案能力の強化)、そして④経営力(世界に通用する価値の提供)でした。行政がどこまで地域住民の期待に応えられるか、目の前に迫りつつある自治体間競争やまさに生まれようとしている自治体間格差に危機感を持ち、このたたかいにどう生き残っていくのか、地域住民との対話の中から地域特性を活かす政策をどう打ち出していくのかなど様々な政策を展開していくための、言わばこれからの竹田市を方向づけるためのバイブルといったものでした。そして、その動きの基軸となる運動は「TOP運動」と提唱されました。「T」は竹田市(TAKETA)の、そして挑戦(TRY)の頭文字、「O」はオリジナル(ORIGINAL)、オンリーワン(ONLYONE)の頭文字、「P」はプロジェクト(PROJECT)、パワー(POWER)の頭文字として、現在においても、地域独自、自治体独自すなわち、竹田らしさを引き出す政策をもって時代を切り拓きながら市政運営を実行していく基礎となっています。(資料参照)
 その竹田市新生ビジョンを具現化していくための戦略的政策の一つに「農村回帰」が位置づけられています。「農村回帰」とは、竹田市において最大の課題となっている少子化・高齢化・過疎化や田畑の荒廃を食い止めるため、自他ともに認める竹田市が有している自然環境、湧水、温泉、文化・芸術など他に誇りうる力を、日本の農村の受け皿として明確にし、都会でリタイヤした団塊の世代に対し終の棲家としての移住・定住を促すことにより、地域コミュニティの再生を実現していく手段であり、その内容を明文化したものを全国に先駆けて「農村回帰宣言」として発表しました。
 「農村回帰」は、「内に豊かに外に名高く」をコンセプトとし、竹田市が有する豊かな地域資源、歴史情緒、大自然、食文化、美しい景観など長い歴史と文化に培われた個性にさらに磨きをかけ、竹田市がもっている可能性を全市民で共有するとともに、まだなお竹田に眠っている新たな魅力に気づき、竹田をもう一度見直して(回帰して)、その魅力を日本全国へさらには全世界へむけ情報発信することにより、都市で生活している皆さんの「美しい農村・たけた」への回帰を促すことを目的としています。

3. 「フェアツーリズム」の理念をもつ「グリーン・ツーリズム」の実践

 「農村回帰」の目的を達成するための取り組みの一つに、竹田市が以前から推進しているグリーン・ツーリズム(注3)があります(竹田市合併前、合併直後の取り組みについては、2010年11月に愛知県名古屋市で開催された第33回地方自治研究全国大会第8分科会地方再生とまちづくりで発表したレポート「竹田市におけるグリーン・ツーリズムの取り組みとその方向性について~農村回帰宣言市がめざす、官民協働・農商連携の農村づくり~」をご覧ください。)。その受け入れ母体として存在するのが、2009年4月24日に設立された農家民宿を営む農業者で構成されている「来ちょくれ竹田研究会」です。現在の会員数は27人であり決して大型の修学旅行などを受け入れることができる団体ではありませんが、設立6年が経過した現在でもその取り組みの姿勢は変わらず、会員さんは歳はとったものの前にも増して首長との意見交換会や勉強会、地域資源を活用した料理の講習会への積極的な参加など個々のスキルアップによるおもてなし向上にむけ非常に意欲的に頑張ってくれています。最近では災害発生時等における避難者の受け入れについて竹田市との防災協定を締結する動きも見えてきました。
 研究会設立当時から大分県内には、大型の国内教育旅行受け入れの先進地が存在したため、他地域との差別化をはからなければこの地域に農家民宿が根付かないとの思いから、主に韓国を対象としたインバウンド(注4)を中心とした受け入れに力をいれてきました。言葉の壁はあるものの、各々が工夫した体験やしばしば辞書を引いたり身振り手振りを交えながら郷土料理を囲んでの心の交流が着実に身を結んできました。これまでは、農業の視察研修等が主でしたが、本年度においては、初めて韓国からの修学旅行生79人の受け入れという実績を築くことができました。
 このような実績を残すことができるきっかけとなったのは、2013年9月に開催された第2回フェアツーリズム(注5)国際大会と言っても過言ではありません。観光のスタイルが、以前のような物見遊山の団体旅行からその土地で何が体験できるのかという個人旅行にシフトされている現在、農村においても体験を主とした滞在型スタイルへ移行しつつあります。フェアツーリズム国際大会は、ただの農村から農村の魅力や地域資源の再発掘と磨き上げを行い農村だからこそできることを大切に考える機会となったのです。本大会は、「神から与えられた自然生態系や人々が、自然に向き合い長い時間をかけて紡いできた文化や暮らしを、引き継ぎ次世代につなぐために、対等で無理のない交流を通した活動を持続的に展開する。」を宣言し閉幕しました。自分たちの実践してきたことが、受入側にとっても訪問側にとっても感動を与える産業であったことに気づいた瞬間であったことに間違いありません。

4. 海外観光誘客の具体的なコンテンツの一例

 竹田市では、2012年2月に九州オルレの第1期コースとして、奥豊後コースを開設しました。「オルレ」とは、韓国・済州島から始まったもので、もともとは済州島の方言で「通りから家に通じる狭い路地」という意味があります。自然豊かな済州島で、トレッキングを楽しむ人が徐々に増加し、「オルレ」はトレッキングコースの総称として呼ばれるようになったものです。九州オルレは、済州オルレの姉妹版として位置づけられ、自分のペースでゆっくりコースを楽しみながら九州の四季の美しい風景を五感で感じていただき、九州の魅力を再発見してもらうことを目的として整備されました。九州オルレ奥豊後コースは、九州オルレコースの中で唯一2市(竹田市と豊後大野市)にまたがり整備されています。コースは、田園風景や農村集落を眺めながら進み、竹田市に入ると9万年前に起こった阿蘇山の噴火により形成された柱状節理やあの瀧廉太郎が作曲した「荒城の月」のモチーフになった難攻不落と言われた国指定史跡岡城跡、竹田の城下町や竹田温泉花水月で構成され全11.8kmになっています。心地よい高低差が韓国から訪れたお客様から大変人気があり、九州内全16コース(2015年10月20日現在)中でも一二を争うコースです。最近では、国内における認知度もあがってきており訪問客は年々増加傾向にあるものの、将来的には九州内に30コースのオルレコースが整備される予定であることから資源の磨き上げを含めたコース整備や情報発信、農家民宿とコラボした商品造成などに力をいれていかなくてはならないと考えています。

5. 地方創生時代をむかえて

 全国いたるところで地方創生のフレーズを聞かない日はありませんが、竹田市においても「竹田市TOP総合戦略」を策定しました。国の基本目標を踏まえ、①地域産業の経営力を高め、しごとを創出する。②地域力を活かして農村回帰の流れを加速させる。③ひとを大事にし、人間力を育む。④コンパクトシティの構築と集落機能を高める。といった4項目の基本目標が設定されました。国内外からの観光誘客戦略は②に該当するものとされています。特にこれから需要が増加するであろうインバウンド対策として、竹田市においては交流の質的向上への第1歩として2015年4月1日に国際交流案内所を設置しました。総務省の地域おこし協力隊事業(注6)等を活用し韓国語、中国語、スペイン語、英語、ドイツ語が話せる人財の確保を行い対応にあたっています。しかしこれはまだまだおもてなしの第1歩に過ぎません。Wi-Fi環境の充実や免税店の拡大、宿泊施設の多言語対応、2次交通網の整備など問題は山積していますが、「内に豊かに、外に名高く」を基本理念とし、心が通う、感動がある、そしてその地域に住む人が生きがいとして感じられる交流をめざし取り組んでいきたいと考えています。




(参考文献等)
(注1)(注2) 「日本の地域別将来推計人口(2013年3月推計)」国立社会保障・人口問題研究所
(注3) グリーン・ツーリズムとは……農村や漁村での長期滞在型休暇。都市住民が農家などにホームステイして農作業を体験したり、その地域の歴史や自然に親しむ余暇活動。
(注4) インバウンドとは……外から入ってくる旅行、一般的に訪日外国人旅行を指す。海外旅行はアウトバウンドという。日本ではアウトバウンドに比べ、インバウンドの数が著しく少ないことから、2003年に政府は「外国人旅行者訪日促進戦略」を掲げ、現在は「訪日旅行促進旅行事業(ビジット・ジャパン事業)」が行われている。将来的にはインバウンドの数を3,000万人とすることを目標とし、2016年までに1,800万人、2020年までに2,500万人の目標を掲げている。
(注5) フェアツーリズムとは……東洋大学社会学部の青木辰司教授が提唱するツーリズムのあり方。観光客の需要だけに基づく開発や、おもてなしに終始する観光振興とは異なり、受け入れ地域にとってもメリットがある旅の形をさすもの。日本そして韓国においても、その考え方や実践の手法などが注目されている。それは、農山漁村の過疎化・高齢化という両国に共通する課題の解決法のひとつになるとも言われている。
(注6) 地域おこし協力隊事業とは……人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度。