【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第9分科会 QOD(Quality of Death)を迎えるために ~地域でできること~

 認知症高齢者の暮らしをこれからどうやって支えていくか。自治体にとって大きな課題です。今回このレポートで豊後大野市のオレンジカフェの取り組みを紹介し、一方で、認知症高齢者の暮らしを支えるのは市民活動だけではなく、実態に即した法や制度の整備を早急に進めなければならないことを報告します。



誰もが安心して暮らせる地域をめざして
―― 認知症を地域で支える ――

大分県本部/大分県議会議員 玉田 輝義

1. 笑顔が集まるオレンジカフェ

 「おはようございます」
 「最近、雨が多いなぁ。それも今年の雨は、大雨でいっぺん降り出したらなかなか止まらんねぇ。晴れの日が少ないけど、元気いいですか?」
 ある朝、豊後大野市役所前の介護予防拠点施設「ひなたぼっこ」に、あんしん研究会が始めたオレンジカフェに様々な人が集まって、口々に挨拶を交わします。
 毎週、水曜日と土曜日に開かれているこのカフェには、毎回、あんしん研究会の会員はもちろん、認知症高齢者の家族、認知症高齢者本人、民生委員、ボランティアスタッフなどが楽しそうに集まっています。
 この日も、全員で施設の掃除を終え、玄関に水を打って、後から来る人を迎えます。そして、全員がいったん、一堂に集まってコーヒーやお茶を飲みながら歓談。あちこちで笑い声が聞こえます。
 すると突然、「これ、何か分かりますか? 私は分からないので教えて」と大きな声が響きます。進行役のあんしん研究会事務局長の声です。手には黒っぽい実がついた木の枝を持っています。
 「なんかなぁ、それ?」と参加者。そして誰からか「あ、山イチジクじゃわ」と声が。
 「そうなの? 山イチジクなの? Aさんが今朝、採ってきてくれました。皆さん、感謝の拍手を」と事務局長。今日の参加者が差し入れてくれた山イチジクが紹介されて、会場は感謝の大きな拍手。引き続いて、たくさんのブルーベリーを差し入れてくれたBさんにも大きな拍手が起こります。
 事務局長の進行で、しばらく会場全体で和気あいあいとしたやりとりが続きます。
 「元気で長生きの県はどこでしょう?」。長野県や大分県などいくつかの県名があがった後、誰かが「静岡県お茶が良いって聞いたわぁ」と。それからしばらくはお茶の効用について、参加者が知っていることを出し合って交流します。
 会話が一段落ついたところで、歯科衛生士さんがうがいの指導を。そして、保健師が血圧の薬の服薬指導などを行いました。
 この日のカフェは、好きなことを何でもしていい日。花札、ビリヤード、カラオケ、麻雀などのグループに分かれ、それぞれ部屋に分かれて楽しむのですが、分かれる前に、全員で秋の唱歌「もみじ」を歌い、最後に「わっはっは」の笑顔指導。
 利用者のCさんが前に出て、笑いの効用について説明した後、大きく手を広げて「わっはっは、わっはっは、わっはっは」と数回繰り返しました。そして部屋に分かれていきました。


2. オレンジカフェが関係者みんなの自己実現の場所に

 あんしん研究会がオレンジカフェを始めたのは、一昨年(2013年)9月14日。始めたばかりの頃は、どれくらいの参加者があるか不安だったらしいのですが、始めてから段々と口コミで広がって、今では参加者はだいたい30人くらいになっています。多い時には40人も参加者が。スタッフの皆さんは大変なようですが、何があっても笑顔でとスタッフミーティングで申し合わせ活動しています。カフェが認知症高齢者やその家族だけでなくて、ボランティアスタッフの生きがいにもなっているそうです。
 「オレンジカフェに来ることが生きがい、と言ってくれる人がたくさんいらっしゃいます。さっき笑顔指導をしてくれたCさんは、ここに来始めたころは全く笑わなかったのです。しかし今では皆さんの前で笑顔指導をしています。ボランティアのDさんもうつ状態だったといいますが、ここに来始めてからすっかり回復して、今ではここに来ることが楽しくて仕方ないと言ってくれます。本当にうれしいですね。先日の台風の時も、ここに来たと言う人がいました。本当に楽しみにしているのですね」。
 「ここでオレンジカフェをやってみたら」、と市の高齢者福祉担当課から背中を押されたのが始めるきっかけです。今も市との連絡体制は良好です。水曜日のカフェには職員が必ず一人手伝いに来てくれます。そのお礼ではないですが、私たちも毎週水曜日に市のカウンターに花を活けます。また、ここが包括ケアの拠点になっているような気もします。ここに家族の方が相談にみえて、支援センターなどにつないだり、ケース検討会議で意見を求められたりすることもあります」とスタッフから。市との連携もしっかり進んでいます。
 あんしん研究会が新たな取り組みとしてオレンジカフェを始めてから1年。主催者も、参加者もみんなにとってこの場所と時間が、自己実現の場・時間になっていると思います。


3. 「認知症」を「痴呆」と言っていた頃、あんしん研究会設立

 介護保険がスタートした頃、また「認知症」を「痴呆」と言っていた2001年9月、三重町役場の一室(現在は合併して豊後大野市三重町)で認知症高齢者の在宅介護に悩む家族が集まって話し合いました。
 実はその少し前、三重町内で徘徊とみられる行方不明事件が起こりました。現在のように、地域社会が認知症高齢者に関心を持っていたのではなく、ましてや地域に認知症高齢者を見守る体制があったわけではありません。介護保険制度が始まったと言ってもまだ制度自体がよちよち歩きの頃です。当時は、今のように在宅で認知症介護をしていることを外に向かってオープンにできる時代でもありませんでした。多くの場合、認知症の在宅介護はできるだけ他人に知られないように自宅で家族とサービス事業者との間で行われていたと思います。
 「身近にこのような事件が起きて、同じ境遇にある認知症高齢者を在宅で介護している家族の皆さんは、不安で仕方ないのではないだろうか。認知症高齢者を在宅で介護している家庭は、どのようなおもいをもっているのだろう。介護保険制度は始まったけれど、このような事件に制度がある意味無力なのは、在宅介護の現実に手が届いていないからではないか」。行方不明事件で、結果として高齢者を守ることはできなかったという厳しい現実に対して、当時の高齢者福祉担当者と認知症介護の現場をよく知っている保健師とで、具体的にどうすべきかを話し合いました。
 「当事者の皆さんに集まっていただいて、話を聞いてみよう。そこから始めよう」。これが当時の担当者たちの結論でした。
 早速、認知症高齢者の在宅介護の現実に配慮して、保健師から口伝えで意見交換会への呼びかけを行いました。応じてくれた家庭では、事前に、サービス事業者に相談してサービスを調整して、同じ時間に集まれるようにしました。そして在宅で認知症介護をしている20人程度の家族の方々が集まりました。
 当日、担当者は、ごく機械的に現状について状況を話してもらって、課題について意見交換をするということを考えていました。しかし……。順番に自己紹介と家族の状況を話し始めると、話が進むにつれて、どこからかすすり泣きが聞こえ、それが大きな泣き声に変わっていきました。皆、同じ思いを持っていて、その思いを吐き出すところがなかったのだと思います。それほど家族は孤立していたのだと思います。意見交換どころか、その日の集まりは、自己紹介と在宅介護の状況も涙でままならず終わりました。しかし意見交換会の終わりには、在宅介護のハプニングの報告に笑い出したりして、「あー、すっきりした。また集まって話しましょう」と次につながる機会になりました。
 これがあんしん研究会設立のきっかけです。
 そして2003年12月、「認知症になっても住み慣れた地域で安心して暮らせるまちづくり」をめざして、あんしん研究会の活動が始まりました。設立準備から設立、その後の運営など、三重町職労の自治研がボランティアグループと一緒になって行いました。
 設立当初は、毎月、認知症高齢者を抱える家族のおしゃべり会を行っていましたが、徐々にその活動の輪と幅が広がってきました。

 今年(2014年)5月17日に行われた総会では、2013年度の活動を次のように報告しています。
1. 総会 2013年5月17日(豊後大野市中央公民館)
2. 幹事会 5回開催
   ○あんしん研究会学習会について
   ○認知症高齢者家族支援事業について
   ○カフェの建設・運営について
   ○今後の活動について
3. 認知症高齢者家族支援受託事業
   ○認知症を抱える家族及び介護者への支援/毎月第3水曜日10時から13時
4. 講演会
   ○2013年7月22日「認知症を生きる人から見た『自分の居場所』と認知症カフェの役割
   ○2013年8月26日「カフェオープンに向けて 接遇マナー研修」
   ○2014年2月22日「高齢者ニーズ調査から分析した現状と課題。豊後大野市の今後の方向性の取組み」
5. サポーター養成講座援助 市内8会場で実施
6. 認知症啓発学習会 市内外8会場で実施
7. 大会・研修会への参加 県内外13か所
8. 豊後大野市地域包括ケア会議への参加(カフェのオープンに向けて)
9. カフェ 9月14日オープン
10. 豊後大野市各種委員会参加 介護保険運営推進委員会など6つの委員会に10回出席
11. 市内の家族会の交流支援 2回

 設立から12年。認知症家族が集まって情報を交換し合う活動から出発して、今は、認知症の啓発活動や市の認知症関係会議へ出席して発言するなど、年々その活動の領域は広がっています。
 高齢化が進む地域で認知症をどう支えるかは大きな課題です。ズバリそれは地域社会の様々なシステムを大きく変えていかなければならないと思います。あんしん研究会のような市民活動が県内各地で行われ始めていることもその証だと思います。このことで誰もが安心して暮らせる地域を市民自身で創ることにつながると思います。


4. 認知症の老老介護を支える体制整備を

 しかし誰もが安心して暮らせる地域づくりは市民の活動だけでは実現できないことも事実です。たくさんの課題がある中で、市民の活動をしっかりと支援する行政の政策、法制度の整備などが必要です。
 その中で特に老老介護についての課題を、昨年4月の名古屋高裁での認知症高齢者の鉄道事故をめぐる判決をもとに提起したいと思います。この判決は、認知症介護の現場や、家族の皆さんに大きな衝撃と不安を与えています。
 その判決とは、愛知県で2007年、徘徊症状がある認知症の男性が電車にはねられて死亡した事故をめぐって、JR東海が男性の遺族に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決です。一審の名古屋地裁は、介護に携わった妻と長男に請求通り約720万円の支払いを命じましたが、高裁は、妻のみに半額の約360万円の支払いを命じる一方で、長男には見守る義務がなかったとしてJR東海の請求を棄却しました。
 この事案は、91歳で要介護4の認知症の夫を85歳で要介護1の妻が自宅で介護中、妻がまどろんだ数分の間に夫が家から抜け出し、電車にはねられて死亡したものであり、妻が夫の外出を把握できる出入り口のセンサーの電源を切っていたことから「徘徊の可能性がある男性への監督義務が十分でなかった」と裁判所が判断したものです。また、JR側が駅で十分に監視していれば事故を防止できる可能性があったとも指摘し、妻の賠償責任を5割としました。
 この判決に対して、公益社団法人認知症の人と家族の会は、「事故発生時の損害については、当事者同士の責任にするのではなく、社会的に救済する制度を設けるべきである」との見解を発表しました。
 私は、論理的に責任は誰にあるのかを決める必要があることは理解できますが、認知症高齢者が絡んだこの判決や、その背景として報じられる認知症の在宅介護の実態を考えると何とも哀しくてやり切れなくなります。
 この判決は、法律が現実に追いついていないが故に下された判決であり、人口減少と高齢化が進む日本社会に甚大な影響を与える事案であります。西日本新聞によると、JR九州では「個別の事案で対応を検討している」とのことですが、そもそも認知症に起因する事故かどうかの判断も難しい中で、ひとたび事故が起これば、鉄道会社は厳しい決断を要求され、また家族は賠償請求の不安にさらされ続けるなど、双方にとってつらい状況となります。
 急いで立法府が動くべき課題だと思いますが、法改正を待つ間にも、県下でも認知症の在宅介護が行われており、いつこのような事故が起きてもおかしくありません。判決事例と同じ状況に置かれている認知症の方や家族の不安、心配をすぐにでも取り除いていかなければならないと考えます。
 昨年3月に「認知症の人と家族の会大分県支部」が、会員399人を対象に行ったアンケート調査では、現役の介護者86人のうち80歳以上の介護者が16人で、うち8人が一人で介護をしているという深刻な老老介護の現実が浮かび上がりました。今回の判決は大分県の認知症の人と家族(介護者)にも甚大な心理的悪影響を与えていると思います。
 この判決が確定し遺族側の損害賠償責任を認めることになれば、今後、認知症高齢者の閉じ込め、身体拘束など基本的人権の侵害の問題が生じるでしょう。
 県民の安心・安全を確保する視点から、今回の判決の内容を踏まえ、認知症の人を抱える老老介護の現状について、改めて私たちはこの現実に目を向ける必要があります。
 また一方で判決は、交通事業者側の責任も認めていますが、鉄道をはじめとする公共交通事業者が、今以上に監視機能を高めるのは、経営上大変厳しいと考えられます。高齢化による認知症の増加と介護の問題、地域公共交通の確保等の視点から、認知症の人と家族の会が見解で述べているような「事故発生時の損害については、当事者同士の責任にするのではなく、社会的に救済する制度を設ける」べきであるという意見に対しても、真剣に検討していく必要があります。
 前述したオレンジカフェのように、市民が認知症高齢者やその家族を無理せずに力の及ぶ範囲で支援する活動が広がっていくことは、とても大切なことです。しかし市民活動では手の届かない制度改正などの領域については、私たち政治の場にいる者が現場の現実を直視し、地方から具体的な制度改革を進めていかなければなりません。
 今回は、特に、名古屋高裁判決が在宅介護の現場に与える影響と老老介護の現状と対策について報告と問題を提起しましたが、認知症高齢者やその家族が安心して暮らせる地域は、地域公共交通、警察や地域住民による行方不明時の対応、子どもたちへの認知症教育など、結局は市民、行政が一体となって取り組んでいく延長線上にあるもので、この地域は障害のあるなしにかかわらず、安心して暮らしていける地域を作っていくことに必ずつながっていくと思います。




注)レポート作成後の2016年3月1日、最高裁は「家族に賠償責任はない」とする判決を出した。