【自主レポート】
「建築確認業務と自治体の責任」
マンション耐震強度偽装問題を受けて
東京都本部/自治労東京都庁職員労働組合・東京都都市整備局・環境支部 陣野 誠一
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今回の構造計算偽装問題は、小さな政府論に基づく行財政改革の試金石として位置付けられた「建築確認の民間開放」に伴った民間指定確認検査機関での審査・検査の見逃しから発覚した事件として、連日マスコミを騒がせ、大きな社会問題にまで発展しました。
この事件の背景には、建築士等の倫理的課題だけでなく、建築産業の変容など経済的側面、建築確認制度、建築士制度、受発注における元請・下請など、法制度や建築生産全般の多くの問題が存在していることを見逃してはなりません。そして、この問題が成果主義・スピードという商業主義の結果ばかりを追い求め、それがサービスと言わんばかりの競争主義・競争社会となっている「公共サービスを含めた現在の社会構造」に警告していることを忘れてはなりません。
今回は、とりわけ建築基準法に基づく「建築確認・検査制度」をより強化する方向に対し、建築行政に携わる現場の観点から経緯等を踏まえた「公共サービスのあり方」について述べてみます。
1. 建築基準法における「建築確認制度」の成立過程
建築基準法は、1920年以来30年にわたり施行されてきた「市街地建築物法」の廃止と同時に、1950年に施行されました。その際、1937年以来行われてきた臨時建築制限規則も廃止され、建築統制が解除された上で現在の建築確認制度が始まりました。市街地建築物法は、大臣の指定する市街地のみに適用されていましたが、建築基準法は全国に適用する考え方に立っていました。これは、当時多発していた地震、火災、風水害による建築物の被害が市部に止まらず、むしろ郡部に多かったことや普及率が低く、しかもその大半は構造規定の適用がなかったため、建築災害の防止を当面の課題とされ、構造規定を含め全国適用する必要があったとされています。また一方では、財政上の理由から手数料を徴収するために、従来の届出制から認可制にすることとしていましたが、認可制にするには、行政簡素化の趣旨からも適当でないという意見が出され、「建築確認」という新制度が発足することとなりました。これは、構造規定は防災対策上全国に適用する必要はあるものの、確認の手続きは省略して建築士等が自主的に守るという性善説に立った制度の提案によって了承がなされています。
また、この建築主事の確認処分は、許認可のような意思表示の法律行為的行政行為ではなく、ただ建築主事がその判断の表示をする準法律行為であるため、建築主事が何等権限を持たない他の法令の建築基準について確認することも可能な筈であり、そうすれば、かねてから建築界から要望されてきた建築行政の一元化も事実上達成されるのではないかと提案がされています。
2. 建築確認・検査の民間開放
1950年の建築基準法制定後、日本における社会の変化は目まぐるしく、その時代の要請を受けながら建築基準法は幾度となく改正され、複雑・難解なものとなっています。現在、建築確認における審査対象法令は建築基準法のみならず、建築基準法関係規定として直接的に建築行政部署が所管しない法令に及んで多岐に亘っており、建築主事による確認審査は、法律により7日(特殊建築物等は21日)以内に行わなければならないと定められています。
そうした中、1998年に「規制緩和、国際調和、建築物の安全性の一層の確保及び土地の合理的利用の推進等の要請に的確に対応した新たな建築規制制度を構築する」とした目的の達成手段として、民間機関による建築確認・検査制度が創設されました。
こうなった背景は、建築確認や検査等の充実・効率化にあたり、行政の十分な実施体制が確保できない状況であり、官民の役割分担の見直しにより的確で効率的な執行体制の創出が必要だとしています。また、改正の効果を建築主のニーズに即したサービスの提供が可能とし、さらには指定確認検査機関の活用に伴い、行政は監査、違反是正、処分等の間接コントロールを中心とすることによって制度の実効性を確保するとしています。
当時、「確認検査の民間開放」については、今まで「行政機関である建築主事」が独占していた権限を「民間の機関」に渡すという、日本の官僚制度としては非常に珍しい画期的な制度だと言われた反面、法律の定めが比較的簡易なため、行政立法及び運用の段階で様々な問題が発生するのではと懸念されていました。
現在、この改正された制度が導入されて8年目を迎えましたが、既に様々な問題が浮上していた中で、今回の取り返しのつかない事件が起きてしまいました。民間確認検査機関活用のメリットは利用者の利便性の追求、更なる効率向上、サービスの質をさらに高めるというものですが、最大の特徴は審査期間の短縮といっても過言ではありません。
改正初年度の1999年には検査方法などの法規違反(資格者以外の社員による検査)によって業務停止命令が下された出来事もありました。現在、民間確認検査機関は都内を業務範囲とする組織は26団体にものぼり、成果主義、商業主義による利益優先の熾烈な競争社会で生き残りをかけ経営している状況と言えます。今回の偽装問題はこうした背景の中、通常、マンションの構造計算書は数百ページにものぼっており、ポイントしか見ないという審査手順等が不正を見抜けなかった原因と指摘されていました。
(確認申請先を自由に選択できる ⇒ 審査機関(行政を含む)同士の顧客獲得競争 ⇒ 審査期間の短縮という競争原理の構図)
事件当初、「検査を依頼したら(偽装)物件が通ってしまったので、その後も続けてしまった。」とチェックが甘い検査機関を使い続けていたと報道がなされ、「民間同士の競争の結果、より正確に、より早く検査を行う機関が評価されるようになることを期待していたが、実際は厳格な検査を行う機関は敬遠され、早く通すところが繁盛するようになった。」と国の幹部は振り返り、制度的矛盾があったことを認めたと報道されました。
3. 責任の所在、制度の問題点
今回の事件は、民間指定確認検査機関の審査手順の問題に始まりましたが、その後、偽装の手口が単純な「書類の差し替え」だけでなく、パソコンの編集ソフトを使って「構造計算ソフト」上の数字を直接書き換えるという別の手口も明らかとなり、他の指定確認検査機関や行政庁の確認審査にも偽装案件が拡大しました。この偽装に対する再点検は、設計に使われたものと同じプログラムを使って再計算してみてようやく判明したものもあり、発見が難しいとされています。(構造計算書偽装の再点検は、確認の再審査の域を超えて、構造計算・解析そのものを指定確認検査機関・建築主事等が自ら行い、その整合性をチェックした結果、偽装の事実が判明しています。また、「意図的な改ざん」のチェックという、性悪説に立った点検を行うのであれば、構造計算書に限られた ものではありません。)
このように、確認申請図書自体がコンピューターによる効率性を追求した設計図書等のため、性善説に立って発足した「建築確認制度」そのものの限界が見え隠れしています。
一方、建築基準法による構造規定以外にも現在の複雑な法規制の解釈をめぐり、問題が生じています。一昨年の6月、横浜市において「民間指定確認検査機関が下ろした建築確認は特定行政庁に責任がある」とした最高裁の判断が下されました。これは、横浜市山手地区のマンション建設に反対する周辺住民が、民間指定確認検査機関を相手取って建築確認の取り消しを求めた訴訟を、市への賠償責任訴訟に変更できるかどうかが争われた抗告審で、最高裁は市の抗告を棄却し、「指定確認検査機関による事務は、建築主事によるものと同様に地方公共団体の事務」との初判断を示しています。
確認制度の民間開放は、先に述べたように民間確認検査機関の活用に伴い、行政は間接コントロールにシフトする目的でしたが、確認事務が民間に移った場合、行政において監査等に必要な知識や経験、人材育成が、実務を伴わない中でどのように継承できるかにも疑問が生じています。
4. 2006年6月の法改正概要
今回の一連の事件を受けて「耐震偽装事件の再発を防止し、法令順守を徹底することにより、建築物の安全性に対する国民の信頼を回復する」目的で、建築基準法や建築士法などが一部改正されました。改正概要は以下のとおりです。
(1) 建築確認・検査の厳格化
・ 一定の高さ以上などの建築物について、都道府県又は知事が指定する第3者機関による構造計算(偽装等の有無)審査を義務付ける。
・ 建築確認の審査方法、中間検査や完了検査の検査方法の指針を策定し、公表する。
・ 建築確認の審査方法を現行21日を35日に延長(最大70日まで延長可)する。
・ 3階建て以上の共同住宅について、中間検査を法律(現行は特定行政庁の指定建築物)で義務付ける。
(2) 指定確認検査機関の業務の適正化
・ 損害賠償能力や公正中立要件、人員体制など、指定確認検査機関の指定要件(現行は法律による基準)を強化する。
・ 指定確認検査機関の損害賠償能力に関する情報開示を義務付ける。
・ 指定確認検査機関に対する特定行政庁の指導監督を強化(現行は指定権者にその責務有)する。
(3) 図書保存の義務付けなど
・ 特定行政庁に対して、確認申請図書の保存を義務付ける。
(4) 建築士などの業務の適正化および罰則の強化
・ 建築士などに対する罰則を大幅に強化する。
・ 建築士などの業務を適正化する。
・ 免許取り消し後、免許を与えない期間を現行の2年から5年に延長する。
(5) 建築士、建築士事務所および指定確認検査機関の情報開示
・ 建築士および建築士事務所に関する情報開示を徹底する。
・ 建築士事務所に所属するすべての建築士の氏名、業務実績などの情報開示する。
・ 指定確認検査機関の業務実績、財務状況などの情報開示を徹底する。
(6) 住宅の売主などの瑕疵担保責任の履行に関する情報開示
・ 宅建業者に対し、契約締結前に保険加入の有無などについて相手方に説明することを義務付ける。
・ 宅建業者などに対し、契約締結時に加入している保険などの内容を記載した書面を買い主に交付することを義務付ける。
5. 施策の実現に向けて引き続き検討すべき課題
今回の改正法は、社会資本整備審議会建築分科会の基本制度部会や国土交通大臣私的諮問機関「構造計算書偽装問題に関する緊急調査委員会」の議論などを踏まえてまとめられましたが、制度を受け止める側の建築界では、改正案の内容が明らかになるにつれて異論・反論が噴出し始め、抜本的な法改正を期待していた人にとっては、「場当たり的な対応に終始したものであり、偽装を生んだ建築界の悪弊を根絶させるという理念からは程遠い」と映ったのではないでしょうか。
本年6月の法改正は緊急を要するものに絞り込んだ法改正であり、今年8月末をめどに最終報告を取りまとめることが予定されており、このことを踏まえた第2弾の法改正によって最終的な決着を図るものとされています。なお、引き続いての検討課題は、以下のとおりとなっています。
(1) 建築士制度の抜本的見直し
・ 専門分野別の建築士制度の導入
・ 建築士の資質・能力の向上
・ 建築士事務所の業務の適正化
・ 建築士会および建築士事務所協会などへの加入の義務付け
・ 工事監理業務の適正化
・ 報酬基準の見直し
(2) 住宅の売り主などの貸し担保責任のさらなる充実
(3) 国および都道府県、特定行政庁における監督体制や審査体制の強化と建築物のストック情報の充実など
・ 国および都道府県、特定行政庁における監督体制、審査体制の強化
・ 建築物のストック情報に関するデータベース整備、行政機関の相互連携の強化
6. 今後の建築行政確立に向けた組織の方向性
今回の構造計算偽装事件は、最終的には一部の建築士による倫理観の欠如による事件として終息を向えましたが、現在社会が抱える様々な問題が先にも述べたように根底にあることは言うまでもありません。
建築主および建築士等、営利を目的とした事業者側の「建築確認制度」における盲点を悪用した偽装等に対し、厳格な審査・体制等によって再発防止を図る制度改正等に異論はありませんが、既に民間開放された「建築確認を担う組織」を含めた「公共サービス」を具体的にどのように担保するかは、自治事務である限り、特定行政庁および都道府県の対応に繋がり、実質的にも自治体が責任を負うことができる制度への転換が不可欠となります。
1996年の建築基準法の大幅な改正により、指定確認検査機関が建築行政(建築確認制度)の一翼を担った結果が、競争原理に基づき「早かろう、悪かろう」の審査となった組織上の問題(責任の所在)を踏まえて対処しなければなりません。にも係わらず、構造計算に係る図書等について第3者機関によるピアーチェックを行った場合、責任の所在が益々不明確になるだけとしか言い様がありません。
法改正でも第一儀的には都道府県によるピアーチェックであり、第3者機関を「指定することができる」規定となっています。建築確認に伴う不作為の帰属は「地方公共団体にある」という最高裁判例からも、「官における計画的な人材育成」は必要不可欠ではないでしょうか。
公共サービスの担い手は必ずしも官とは限らないという最近の風潮の中で、今回の事件では性善説から性悪説に方向転換する規定整備と言いながら、公共サービスを担う「民」に対して「官」が監督指導できる技術力と人材が措置されない限り、「絵に描いた餅・公共サービスの知り捨て」にしかなりません。
7. 行政組機関の相互連携の強化
現在まで、建築行政に携わる公務員は行財政改革によるリストラが進み、また、建築確認の民間開放に伴った競争原理が働いた結果、「サービス」と称した事務処理スピードの短縮などを成果主義として誤った人員配置計画や評価がなされてきました。その結果が、行政庁においても偽装を見抜けなかった背景にあったことも事実です。今回の法改正は、国が指定した指定確認検査機関への管理監督責任を特定行政庁へ責任転嫁し、また、ピアーチェックによる第3者機関を創設し、その責任を都道府県に押し付ける二重の責任転嫁がなされています。
こうした状況を鑑みれば、国民からの信頼を回復するためには「行政庁」における体制整備なくして解決はありません。
とは言うものの、現在の公務員を取り巻く状況の中で、各行政庁単位での組織や人材確保・人材育成を確立することは難しい現状です。許認可業務の汚職防止という観点からも異動基準の中でいかに効率的に「官」としての機能を確立するかという点ですが、行政機関の相互連携の強化を図るためには、(1)職能集団としての団体に加入義務を課し、情報の共有化、研修等による資質・能力の向上を図る。(2)特定行政庁間の人材交流又は一部事務組合による特別地方公共団体を組織し、人材確保・人材育成を図るなどが考えられます。
また、公共サービスを担う民間確認検査機関等との人材交流も図りながら、建築行政全般で信頼の回復に努めなければならない時期にきているのではないでしょうか。
いずれにしても、地方自治の本旨を実現するためにも「暮らしを守るために果たさなければならない行政の役割や真に必要な行政サービスの充実」が自治体に強く求められています。今回の問題が国民的レベルにおいて徹底した議論がなされることを期待し、また、安易な問題解決がなされないよう、実務者の立場から様々な機会に意見等を述べていきたいと思っています。
耐震偽装、見逃した自治体の処分者ゼロ
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