【自主レポート】

危機管理と地域コミュニティ

 福井県本部/自治労福井市職員労働組合・建設部河川課 野田 哲生

1. はじめに

 2004年7月18日未明から降り続いた雨、「福井豪雨」は、1時間最大雨量75mmを記録し当日5時~9時までの4時間降雨量が174mmという前代未聞な集中豪雨となった。そのため足羽川左岸の堤防が決壊し、福井市南部の市街地を大量の土砂と泥水が襲ったため大規模都市災害に発展した。(福井豪雨時系列表は文末資料参照)
 今回、私はこの「福井豪雨」から多くのことを学ばせてもらった。私も市職員(災害対策本部)の一人として災害に対する危機管理体制を反省し、また、市民に対する市職員のあるべき姿が少し見えたような気がする。同時に私は、自治会青年部の一人でもあったため、行政と自治会・地域のそれぞれの立場から、再度この「福井豪雨」を冷静に振り返ることで、行政が策定している「危機管理計画」と実際の災害を体験した上での課題や、日常における防災のあり方について考察してみたい。
 また、このレポートの締め切りが迫る直前、2006年7月18日(ちょうど2年前と同じ日である)、今年3度目の大雨洪水警報が出され、その時にはすでに降り始めからの総雨量が370mmを超えていた。私は市役所で浸水多発地区のパトロールや河川水位の管理をしていたが、見たこともない水位に達しはじめた時、私自身何もできないもどかしさと、雨が降り止んでほしいと祈る気持ちでいっぱいだった。夜21:45に災害対策本部が設置され全管理職職員が招集された。冠水や浸水した地域は10箇所以上にもなり、最悪にも、避難勧告を出していない箇所で大規模な地すべりが発生し2人の方が犠牲になった。
 今回の災害と2年前の「福井豪雨」との違いは、「総雨量」であった。降雨時間が3日間にわたり、福井豪雨時の2倍以上になったせいで土砂災害の危険が多くなった。幸いにも、河川は危険水位は超えたものの、大規模な決壊や越水の被害は最小限にとどまった。

2. 情報と避難行動

 まず、2年前と今回の豪雨を通して、緊急情報を提供する行政の立場と、受け取る市民の立場について考えてみた。
 大雨が予想される場合は、あらかじめ気象台などが「大雨注意報」などを出して雨に対する警戒態勢などを市民に呼びかける。ところが大雨・洪水警報が長引くにつれ「避難準備情報」「避難勧告」「避難指示」という単語を発信し市民に避難を訴えることになる。ところが市民の多くは情報をテレビなどで見ても、多くの人は避難の必要性を感じとることができていないことがわかった。
 私の住む地区(福井市最大人口1万人ほど)でも、福井豪雨の当日午後1:30ごろに「避難指示」が出され、公民館が避難場所として開設された。私は、携帯メールで青年部員に、地区に沿って流れる「江端川(1級河川)が決壊しそうなので避難指示が出ている」と発信した。ところが「「指示」とはどんな程度のものか?」「自治会の者は外でうろうろしているだけで誰も避難していない」というメールが返ってきた。後から分かったことだが、1万人以上が居住している地区で公民館に避難して来た人は数名だったらしい。
 結果的に江端川の決壊は免れたが、もしも…と考えると情報伝達に関して課題が残るものであったのではないだろうか。
 ある新聞記事に、当日の市民の行動災害時の情報伝達・取得について考える公開シンポジウム(日本建築学会災害委員会、同学会北陸支部主催)の場で、片田敏孝・群馬大教授から「避難しない住民」という実態が報告され、「情報が届いても人は逃げない場合が多い」という講演をされた。福井豪雨の際の情報伝達状況については、市内の避難対象者数は約9万6千人。しかし、実際に避難した人は約4千8百人(5.0%)だったという。この行動は「自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする人の特性に基づくものだ」「行政からの避難指示待ちの状態になっている。自分の生命は自分で守るもので、一人一人が災害情報リテラシー(活用能力)を向上させるべきだ。(行政による)災害教育も重要」と訴えている。
 これでは、行政が危機管理計画で避難勧告や避難指示に関する細かい基準を作ったとしても、市民がその意味を理解していなければ情報を伝達する意味がなくなってしまう。行政として市民が情報の意味ととるべき行動についての教育や広報活動が更に必要である。

3. 「自助・共助・公助」のあり方

 「自助・共助・公助」という言葉が最近頻繁に使われるようになった。地域住民が自主的に連帯して、防災活動を行う「自主防災組織」の結成が多くなっている。大規模な災害が発生した場合、公助だけでは充分な対応ができないものがほとんどであり、このような時、住民が一致協力し、地域ぐるみで取り組む「共助」こそが即座に有効な対策をとることができる。
 阪神・淡路大震災では、救出された人たちの6割が、近所の方々により救出されたという報告があり、自主的な住民組織の有効性が改めて認識されている。
 福井市でも、現在自主防災組織の設置促進に力を入れているが、現段階では土嚢袋も用意されていない地区など、一概に「自主防災組織」と言っても温度差はあるようだ。
 私の自治会でも自主防災組織が5年ほど前に立ち上がった。1970年代前半に民間開発により造成された230軒の住宅地であり、住みやすい環境のせいか息子達が住居を建て替えたり、若い夫婦が移住してきたりして高齢化が進む一方、若い人も増えてきている自治会である。自主防災組織の立ち上げは、市内でも比較的早い段階であった。設立準備段階では、組織構成・役割分担や物資購入計画などを議論していたが、反対者や質疑が飛び交う中、何度も会議を開くことでようやく設立できたと聞かされた。
 驚いたのは自主防災組織構成員の多さである。副長・伝達員だけで、各班に12~13人ずつ決められており、組織全体では80人ほどにもなる。まずは各班で集まり、議題を審議してから全体会議にて決定していくものであった。
 ここで言いたいのは、それだけの自治会の人が集まる機会の重要性である。共助という言葉を考えた時に、「会議はもめるし、すぐに結論が出るわけでもないけど、いろんな人と知り合えたし話ができたのは良かったよ」とある人が言っていたのが印象的であった。私はその時、このような機会自体が地域コミュニティの結束につながっていくものだと感じた。
 私も自治会のイベント・行事には積極的に参加しているが、意外にもまだまだ知らない人が多いのにびっくりすることがある。しかし何度か顔を合わすだけで、知らなかった人が顔見知りになり、話をするようになる。
 最近は地域コミュニティが欠落しているとよく耳にするが、個々が忙しい毎日で、隣近所とのつきあいもできない日々の中、地域コミュニティが結束するには難しい時代となってきている。会議を何度も繰り返し喧々諤々議論をしたり、自治会のイベントに参加したりする中で、知らない間に地域コミュニティが自然に出来上がってくるのかもしれない。
 行政は、市民に対し「災害の時、行政は何もできません。自分自身で身を守り(自助)、地域で助け合う(共助)ことが原則ですよ」と説明する。私も市職員として災害時の危機管理について説明する立場なら市民にはそう訴えるだろう。だが同時に公助として行政ができることを明確に市民に説明することも必要である。
 福井市はこれまでの災害経験から、あらゆる災害を想定し「福井市危機管理計画」を策定している。その中に「事前対策(平素からの準備)」という項目があり、普段から自助・共助との連携が不可欠であり、この連携があってはじめて、災害時の危機管理を行うことができるものと記述している。災害時の自主防災組織との連絡体制は、行政としてもできるだけ早くその自治会の要求を把握することができる。

危機発生時の自助・共助と公助との連携のイメージ図

福井市危機管理計画より

 しかし、私は自分の自治会の自主防災組織を見て、気になる事があった。組織体制や資材などが、どんな災害にも対応できるものになっていないのである。
 福井市の「危機管理計画」にも自主防災組織に対する財政支援やリーダー育成については記述があるが、自主防災組織が災害時にどのように機能させていくのかのノウハウを指導したり、教育することまでは「危機管理計画」に記述があるわけではない。
 また、災害対策基本法により、「自然災害」と「大規模な事故災害」に分類している。なかでも自然災害に豪雨、豪雪・地震がすべて同じ分類(下表)に振り分けられているため、自主防災組織も一辺倒のものになりがちなのかもしれない。例えば、地震の時と、豪雨の時では全く応急対策が変わってくるはずである。公助の部分として「災害」という言葉だけで終わりにせず、「地震災害」「豪雨災害」…などもう少し詳細に振り分け、災害ごとに想定される状況と対策を指導していくべきだと思う。

福井市が想定する危機事象の分類

福井市危機管理計画より
大分類・中分類
番号
小  分  類
災害対策基本法に基づく危機事象
1

自然災害(相当程度の被害を生じる場合)

2

大規模な火災・爆発

3

大規模な事故(鉄道、航空機、船舶、原子力災害)

国民保護法に基づく危機事象
4

武力攻撃事態等

5

緊急対処事態

その他、上
記法令等に
規定されて
いない危機
事象

NBCR災害等
(核・生物・化学・放射性
物質等による災害など、対
処に特殊装備が必要な事象)

6

放射性物質の流出や有毒物質、毒劇物等の散布、漏洩

7

有毒・有害ガス等(煤煙含む)の発生

8

爆発物処理、大規模な危険物等の漏洩による火災・爆発危険

生活基盤等
9

環境汚染等

10

多量の廃棄物の投棄

11

地盤の崩落、落盤及び陥没等

ライフライン等

12

ライフライン(上下水道、ガス、電気、電話)の機能停止、障害

13

道路、橋の損壊等による交通、物流の途絶

健康被害

14

大規模な感染症の発生

15

大規模な食中毒の発生

家畜伝染病

16

家畜伝染病(BSE、鳥インフルエンザ等)の発生

学校・保育園等

17

学校・保育園・児童館での事故・事件

18

児童・生徒・園児に関係する犯罪・事件

社会福祉施設

19

社会福祉施設での事故・事件

市管理施設や行事

20

市管理施設での火災・事故・事件

21

市主催行事中での事故・事件

システム等

22

情報システムの被害及び停止

23

個人情報漏洩

その他

24

その他早急に対処を求められる事象

4. おわりに

 行政が災害に備えるために、市民にあれもやれ、これもやれというのは言い過ぎではあるが、いざという時に行政と連携できずに対応が遅れたという公助への非難は、今後減らしていくべきである。我々公務員は日々「防災」「減災」のために市民と積極的に接し、災害時は冷静に危機管理体制に入ることを自覚するべきだと思う。

危機管理の基本理念

 

資 料
2004年福井豪雨時系列情報(福井市HPより)
 月日  時間
情       報
7月17日 16時42分 大雨洪水注意報発令
7月18日 2時34分 大雨洪水警報発令
3時00分 福井市水防体制に入る 
7時10分 災害対策情報連絡室設置
7時25分 酒生公民館避難所開設
8時10分 豊小学校避難所開設
8時10分 【避難勧告】一乗地区全域(250世帯)
8時20分 避難所開設指示(一乗・木田・春山・松本各小学校)
8時25分 全公民館(43)・全小学校(45)・避難所開設指示
9時00分 災害対策本部設置   全職員に非常召集
9時00分 中角橋通行止め
9時50分 地域体育館を避難場所として開放
10時00分 全中学校(21)の避難所開設を指示 全公民館(43)、全小学校(45)の避難所開設を再度指示
10時20分 【避難勧告】足羽川右岸側中央3丁目
10時30分 【避難勧告】荒川水域の松城町、南四ツ居2丁目、城東1丁目、2丁目、成和1丁目、前波町、花野谷町、大畑町、宮地町
10時50分 幸橋通行止め
11時20分 福井県災害対策本部設置
11時38分 【避難勧告】足羽川右岸幸橋より下流域
11時38分 【避難勧告】順化、宝永、日新、東安居、湊(計13,000世帯)
12時10分 泉橋通行止め
12時22分 【避難勧告】足羽川左岸側の木田地区、豊地区
13時00分 地域体育館4館を災害状況により避難所として開放
13時05分 【避難指示】豊島1丁目、豊島2丁目、手寄1丁目、手寄2丁目
13時25分 【避難勧告】足羽地区
13時34分 【避難指示】足羽地区、木田地区、豊地区、社南地区、社北地区、社西地区、六条地区
13時34分 足羽川左岸(福井刑務所30m下流)破堤 防災無線等で、繰り返し避難指示を呼びかける
13時52分 市全公共施設の避難所開設
14時10分 羽水高校、高志高校、福井商業高校、科学技術高校の体育館を避難所として開放
14時15分 【避難指示(再)】足羽地区、木田地区、豊地区、社南地区、社北地区、社西地区、六条地区
14時45分 応急処置用テトラポットを破堤箇所に運搬開始
14時50分 県営施設の避難所開設
17時05分 泉橋、桜橋、花月橋、新明里橋通行止め解除
18時30分 板垣橋通行止め解除
19時00分 足羽川の決壊箇所応急処置完了
19時10分 【避難指示(再)】江端川流域の社南地区(江守の里、南江守、江守中町地係)において、破堤の恐れ
20時00分 板垣橋通行止め解除
20時30分 通行止め解除、足羽大橋、水越、つくも、大瀬、泉、新明里、花月、板垣橋
22時00分 避難住民のいない避難所(公民館)を閉鎖
22時58分 洪水警報・大雨注意報に変わる
7月19日 5時00分 被災地調査開始
5時57分 洪水警報から注意報に変更、大雨注意報解除
9時00分 ボランティア受付開始
9時40分 【勧告・指示解除】木田、豊、足羽(左内、毛矢)以外の地区
16時20分 幸橋通行止め解除
18時10分 【避難勧告解除】木田、豊、足羽(左内、毛矢)避難指示・一乗地区