【自主レポート】

市民協働で誕生した食育カフェ「ここる」

福井県本部/鯖江市職員労働組合・特定非営利活動法人・
さばえNPOサポート(「ここる」実行委員会)

1. 食育と市民協働の拠点「ここる」の誕生

 福井県は、2000年には男女共に平均寿命全国第2位を誇る長寿県となり、この要因に関して、県は様々な方面からの分析を進めてきました。2005年度3月にまとめられた「福井健康長寿調査分析報告書」においては、本県の長寿要因として考えられる五つのポイントを紹介する中で、それらの諸要因の柱として、①バランスの良い栄養摂取、②全国に比べて豆類・いも類や魚類の摂取が多いことなどを挙げ、「福井型の食生活は長寿のみなもと」との表現で明確な情報化も行われました。今後、「福井の食」に寄せられる期待や関心はますます高まる中で、「食」に対する概念は、健康づくりだけでなく、食文化を通してのまちづくりや人づくりにまで広がりをみせていくものと期待されています。
 歴史をひも解けば、福井は"食育の生みの親・食養論の著者"として知る人ぞ知る「石塚左玄」の生誕地であるにもかかわらず、これまで彼の功績は、あまり取り上げられることがありませんでした。居住地の近辺で賄われる旬の食材を食べること(地産地消)が体のために一番良いとする、いわゆる彼の「身土不二」の考え方は、健康長寿な福井県の食の原点、21世紀の福井型食育のトレンドとして今日では位置づけられるようになりました。にわかに彼の考えが脚光を浴びてきた理由として、飽食や食の安全をはじめとする様々な社会的問題が浮き彫りにされてきたこともさることながら、私たち日本人が食に対する誇りや哲学の継承をあいまいにしてきた点も軽視できないと考えています。
 (特)鯖江市民活動交流センター(現・さばえNPOサポート)は、2005年3月、この石塚氏の「身土不二」の哲学をベースに、"地元伝承料理"や"おふくろの味"を楽しんでいただける軽食カフェ「ここる」を出店しました。この一年、食べていただくお客様への健康支援を一番に、ゆったりとくつろいでいただける癒しの空間づくりに取り組んできました。幸い一日50人あまりのお客様に利用していただいており、今や「ここる」のこだわりは、味わい、季節感、安心安全、健康づくりはもとより、鯖江人の優しさやふるさとの素晴らしさの発見や発信にまで広がってきているように感じています。
 また、この「ここる」はNPOとNPO、市民団体と行政(鯖江市役所)、市民と行政職員(鯖江市職員労働組合)、障がい者と健常者との協働による運営で成り立っている「市民カフェ」「コミュニティ・カフェ」の顔も持っています。
 このレポートでは、「ここる」の企画誕生以後、今日までの足跡を振り返りながら、一地方都市における「市民力」の結集と、それによって可能になったコミュニティ事業への取り組みについて考えてみたいと思います。

2. 条例づくりから始まった協働

 鯖江市では、1999年4月に、地域の市民活動を推進・支援する拠点施設として「鯖江市民活動交流センター」が発足しました。このセンターは、施設の設立準備から設立後の管理・運営まで、市民団体が自主的に行っているという点で、市内外で大きな注目を集めました。以降、組合員の有志で作る自治研グループも、このセンターの加盟団体となり、隣接の越前市職員組合(旧・武生市職員組合)からの参加も得ながら、主にこのセンターを自治研活動の拠点とし、他の市民団体の皆さんと連携を深める中でいくつかのプロジェクトを行ってきました。
 その最初の取り組みとしては、まず市民による<条例づくり>=市民立法の試みが選ばれました。1999年10月には、第1弾として、公募の市民を集めて介護保険条例の市民案を作る運動に取り組み、それを鯖江・武生両市の実際の介護保険条例に反映させることができました。同年11月には、市民立法シリーズの第2弾として「市民の手で条例を作ってみよう」を合言葉に、両者の共同事業として「市民立法ワークショップ」を企画し、2年越しで「市民参画条例市民案」を策定しました。
 こうした取り組みの成果を受ける形で、2003年4月、さばえNPOサポート・さばえスポーツクラブ・かわだ夢グリーンの3つのNPO法人が呼びかけ人となり、市民活動の活性化などの方策を「条例」という形でまとめるための市民会議を企画しました。立ち上げにあたっては、市内のNPO法人や社会教育団体、各種ボランティア団体の協議会組織等に広く呼びかけ、11団体から15人の参加をいただき、「『市民活動推進条例』策定市民会議」としてスタートしました。
 策定市民会議は、ワークショップで練り上げた条例案を「鯖江市市民活動によるまちづくり推進条例案」として取りまとめ、同年7月8日には策定市民会議の代表から、市民案が鯖江市長に手渡されました。その市民案を基本として条例審査会の審査を経て、市長が翌月の市議会臨時会に提案し制定されました。
 この条例には、協働のまちづくりの理念や、市民・市民活動団体・事業者・行政の果たすべき役割といった基本事項はもちろんのこと、協働のまちづくりを市民参加で進めるための「市民協働推進会議の設立」、先進的な協働事業を提案・発掘するための「協働パイロット事業」など、市民提案による具体的な推進規定が盛り込まれました。

3. コミュニティ・カフェ構想スタート

 こうした市民協働の実践的な取り組みを重ねるなか、2002年初めに市総務課からNPOサポート側に、ひとつの提案がありました。
 それは、「市の中心部にある多目的施設=嚮陽(きょうよう)会館内に開設されていた喫茶・レストランを経営していた業者が、設備の老朽化や経営状況の悪化等から撤退することが決まり、空きスペースとなる。その施設を、NPOでなんとか有効活用してほしい」という提案でした。この施設は、会議室や展示用のホールを持つ施設を管理する立場である担当課としては、「会議に出すコーヒー類や、会場を訪れる方への食事等の提供ができなくなることは、施設利用者の減少にもつながるのでどうしても避けたい。が、設備改修や経営上の問題が解消できる見通しがないだけに、簡単に入居者が見つからないだろう」という考えもあり、NPOへの相談となったと思います。
 一方、当のNPO側としては、店舗経営のノウハウがあるわけでもなく、ましてや飲食店を経営することにミッション・市民的な目的が見出せない限りは、早急な回答もできない立場でした。が、経営基盤の確立という観点から考えるとき、いずれはミッションを達成しながら収益をあげていく「コミュニティ・ビジネス」的な事業展開をも考えていかねばならないこともひとつの事実です。そこで、今回の提案をNPO的にひとひねりし、市民によるまちづくりにつなげていけないかを真剣に考え始めました。
 やがて、2003年に入り、その空きスペース利用の案として浮かんだのが、「食育」「障がい者雇用」「にぎわいづくり」等をめざした「コミュニティ・カフェ」構想でした。幸い、隣県の石川県加賀市・山代温泉で、高齢者等への朝食サービスを行うNPO経営の茶店「はづちを楽堂」があることを知り、NPOサポートメンバーやこの事業に興味を持った市民の方と、朝一番の「朝食ツアー」を繰り返したのもこの頃です。はづちをの吉田事務局長(当時)には、まちづくり講座の講師として鯖江にもおいでいただき、カフェ経営の構想策定において大いに有効なアドバイスをいただきました。

4. 協働のルールづくりをめざして

 上記のようなコミュニティ・カフェ構想がある程度まとまった時点から、市役所の担当課(総務課)側との具体的な話し合いが、随時持たれました。企業・行政などによる単独の運営ではできなかった事業を、地域の課題=地産地消の実現、障がい者の雇用、空き店舗対策などを克服しながら遂行していくために、「どのような協働のあり方が考えられるか」を詰めていく作業でもありました。ただこの間、2章に書いた「条例づくり」のプロジェクトが同時進行的に走っており、我々の意識の中ではこの「コミュニティ・カフェ事業」と「条例づくり」の2つの事業をリンクする意識が絶えずありました。
 というのも、カフェ事業を進めていくにあたり、行政から声をかけられただけという理由で、さばえNPOサポートだけが独占的に協働事業に参画するのではなく、市民の皆さんに広く行政との協議の過程をも公開し、市民に開かれた形・認められた形で事業に取り組みたいとの考えが、その根底にありました。実際、今回のカフェ事業においても、さばえNPOサポートと行政だけの一対一の関係=<ある種、密室の関係>であれば、もっと早い時期での事業実現も可能であったと思います。しかし、今回はあえて「条例づくり」という形で協働のまちづくりの推進について市民といっしょに考え、そこで規定した推進施策を先進的に適用させることで、「協働のルールづくり」を確立するという狙いがあったからです。このことは、今後、市内の全NPO・市民団体に協働事業への参加の道を開き、NPO側もお互いが切磋琢磨するなかで、より質の高い協働事業に取り組むための契機となると思われました。
 結果的にこのカフェ事業は、市民代表による「市民協働推進会議」から条例に規定する「協働パイロット事業」の指定を受け、このことは広報誌や市のホームページなどで広く市民にも公表されました。そして、それを受ける形で、下記の内容を含む「パートナーシップ協定」が市長とNPOとのあいだで結ばれました(これも、公開されています)。
・鯖江市は、嚮陽会館の軽食喫茶室のバリアフリー化等、改修工事を担当、およそ800万円。
・厨房設備、備品などは、NPO側で調達、およそ400万円。
・NPOは責任を持って継続的に事業に取り組み、市は施設の利便性向上の点からそれを支援する。
(※このほかに、丸紅財団、福井県中小企業団体中央会から、それぞれ設備資金や研修費用の補助をいただきました。)
 市民によるまちづくり条例づくりとコミレス事業への取り組みを、時系列順に並べると、以下のとおりとなります。

年 月
コミレス事業
条例づくり
2002
 初め
「嚮陽会館」の空き施設の有効活用への提案が、鯖江市民活動交流センターにある。  
2003.4コミレス実行委員会発足(以後、運営体制等を多くの関係者で協議)「市民活動推進条例」策定ワークショップ発足
2003.6  市民活動交流センターにおいて、条例案の中間発表をかねた市民ワークショップを開催。多くの市民・関係者から意見を募る。
2003.7  修正をした条例案を鯖江市長に提出
2003.8  鯖江市議会で鯖江市市民協働によるまちづくり推進条例を制定
2003.10  市民活動によるまちづくり推進条例施行
2003.12

市民協働推進会議に、市民活動によるまちづくり推進条例による協働パイロット事業としてコミュニティ・カフェ事業を提案。以後、約9ヶ月にわたって、市民協働推進会議のパイロット部会において、事業案を審議
※この間、店舗運営の具体的な計画づくりを進めながら、行政とNPOの間の役割分担などを協議

2004.10
コミュニティ・カフェ事業が、「協働パイロット事業」として、正式認定
2004.11
「コミュニティ・カフェ事業に関するパートナーシップ協定」を、市長と鯖江市民活動交流センターとのあいだで締結
2004.12市が嚮陽会館の軽食喫茶室のバリアフリー化等、改修・修繕工事に着工  
2005.2 鯖江市嚮陽会館内に「ここる cafe & lunch」をプレオープン  
2005.3正式オープン  

5. 「ここる」の特徴は?

 このようにして誕生した「ここる」では、多くの市民団体や食育に関心の高い市民の連携・協力により次のような内容の活動が行われています。これらのことは、地域の市民が望んでいながら、行政でも民間でもNPOでも単独でできるものではないだけに、まさに「協働」の産物と言えるでしょう。
<食育関係>
・地域の健康づくりを進める団体や、伝承料理の継承をめざしている団体、元「給食のおばちゃん」、料理の好きな主婦の方等がグループを作り、日替わりで健康ランチ(680円、コーヒ付830円)を提供するシステムを作った(ワン・デイ・シェフ方式)。
・地元の農家等と連携し、鯖江産のお米、野菜などを提供してもらうルートを開発。それらを積極的に採用した料理を提供し、地産地消、食育のPRの場をめざす。
・コーヒーはブラジル産の低農薬、有機栽培の豆を使用。地元のコーヒー豆専門店で焙煎してもらった100%由来のはっきりした素材を使っている(農場、栽培者が特定できる!)。

 
人気の日替わり健康ランチ
ワン・デイ・シェフの皆さん

・お菓子やケーキなどの商品開発に、地元の料理愛好家などの協力を仰ぐなど、地域全体の知恵を活かし、地域全体で支えてもらう体制を作る。
<ノーマライゼーション>
・障がいのある若者の雇用の場を提供する(当初2人の女性を、チャレンジドスタッフとして雇用。店舗の欠かせないスタッフとして活躍中である)。
・上記店舗スタッフの出身先の福祉施設で、入居者が作った陶器類を店内で使用するとともに、それを店先で販売している。
<地域連携>
・店舗内の壁面を「ここるギャラリー」として無料開放し、地元の団体、若手作家の発表の場を提供している。
・地元の活動家によるミニライブやコンサート、朗読会など、コミュニティ事業を積極的に開催し、NPOや市民活動団体が運営に関わっているメリットを活かす。
・地域の商店等との共存共栄をめざした運営形態を志向している(お客を奪い合うのでなく、イベントや大量注文の際には、地元の協力企業や商店等にできるだけ幅広く連携を呼びかけ、お互いの活性化を図る)

6. ともに手をとりあって……

 一方、市民や行政の協働事業として「ここる」がオープンして以来、職員や職員労働組合もさまざまな形でこのプロジェクトにかかわってきました。
 趣味の写真を活かし、店舗メニューの写真をとってくれる人、家の畑で採れた野菜を届けてくれる人、ギャラリーに作品を提供してくれる人、コーヒーチケットを購入してくれる人、さらに大きなイベント時にボランティアで応援にかけつけてきてくれる人など……カフェという事業形態をとったことで、さまざまな形の支援の方法が生まれてきており、それはNPOと市職員がふれあう機会ともなっています。
 また、市役所の各課が嚮陽会館を利用する際にも、お弁当や飲み物の注文を頼んでくれる機会も増えており、これもまた店舗の主旨を理解し「ここる」やNPOを応援しようという行動につながっています。さらに現在、「ここる」の調理スタッフには3人の元給食調理員さんがおり、公立小学校での長年の勤務でつちかったノウハウを、「ここる」での調理場に伝えてくれていることも忘れてはなりません。
 また職員労働組合も、まず店舗のオープン前に、市職員共済会から経営を委託されている市役所売店で、チャレンジドのレジ研修を受け入れたことを皮切りに、「ここる」に関わり続けています。同売店では、地元産のこしひかりや玄米を使った「ここるの出前おにぎり」の販売を請け負ったり、組合の学習会などで軽食の配達を頼むなどして協力体制を取っています。現在、降雪のためどうしてもお客が減少気味となる冬季に向けて「お惣菜出前」などの新たな販売協力を考えています。
 NPOや市民団体と聞くと、公務員のあいだではまだまだ「自分たちでがんばっている人たち」「我々とは考えの違う人たち」というような感覚で見られがちです。そうした中にあって、身近なところでNPOの活動が行われ、それに参画する機会が開かれていることは、職員や組合にとっても貴重な環境と言えます。そして、そのことが市民と行政の距離を少しでも縮め、他の業務においても、市民との協働事業づくりのきっかけになれば、この事業に携わった者としてうれしいことはありません。

 事業の運営にはさまざまな苦労が伴いますし、経営状態は決して楽観はできません。しかし、これからも多くの市民の皆さんといっしょに"食育の生みの親"「石塚左玄」の生誕地にあるコミュニティ・カフェをじっくり育ててゆき、他の都市・他のお店では決して得られない「ぬくもり」「くつろぎ」を届け続けたいと考えています。


福井新聞(平成18年3月23日)から