【自主レポート】
市民による地域運営を可能にする資金循環の仕組みと
労働組合の社会的登場 |
~近畿ろうきんのきょうと市民活動応援提携融資制度を事例として~
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大阪府本部/近畿労働金庫地域共生推進センター・センター長 法橋 聡
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戦後60余年を経て消費社会が成熟し社会やコミュニティの在り様が変化するなかで、地域社会に暮らす市民の抱える生活課題は多様化・顕在化・複雑化しており、従来行われてきた行政主体の政策供給による解決が困難な問題が増加している。その要因としては、昨今の行政府の財政状況との関係で多様化するニーズのすべてに対応してゆくのが困難な状況や、上からの政策供給がしばしば現場から乖離しがちで思うような効果があがってこなかった状況が広く認識されるものである。
こうした状況にあって各地の地域現場では、切実な生活課題に対し必要な施策を自ら担い手となって提供していこう、という主体的な市民の姿が多く見られるようになっている。NPO法人あるいは社会福祉法人などの形態で、地域課題の解決に向け現場に立脚しつつも制度として持続可能な取り組みを続けるそうした事例からは、「公(オオヤケ)」の担い手としての市民セクターの勃興を感じ取ることができる。彼らの多くはすでに、行政セクターにとっての戦略的パートナーとなりつつあり、彼らとどのような関係を構築していけばよいか、実効力のある協動のあり方をめぐっては議論が尽きない。
本稿は、近畿ろうきんが2005年に立ち上げた「きょうと市民活動応援提携融資制度」を主な事例とし、地域運営における市民の主体的な取り組みを支える金融施策の必要性と実効性、そしてこの仕組みづくりのなかで労働組合が果たした役割と今後の発展性について一考察を加えるものである。
1. 市民主体の地域運営をめぐる期待と現状
(1) 市民セクターの勃興、"公"の担い手としてのNPO
経済成長のパイ分配で成立する地域経済が破綻した現在、地方の時代とは言われながらも、人・モノ・カネ・情報の東京一極集中は甚だしい。また一方で、公共事業や補助金などに姿を変え地域に還流するお金は、地域に必要な小規模ニーズや地場産業にはなかなか届かないのが現状である。NPOは、こうした社会構造を補完する内発的な動きとして登場してきた。
地域におけるNPOは、もちろんそれ自体が課題解決へむけた事業主体として大きな役割を担っている。そして、昨今NPOがこれほど注目され期待をされている背景には、こうした一元的な役割に加えて、彼らが新しい公共への参加の仕組みを提供しうるという事実がある。従来であれば「請願」か「反対運動」かしかなかった公(オオヤケ)への参加の方法は、NPOあるいは市民活動の登場を受けて大きく様変わりしてきた。つまりNPOは活動への「共感」をもって、支援者と社会課題とのつなぎ役としての役割を果たしているととらえることができる。支援者へのアカウンタビリティの確保の重要性も高い。彼らは社会の欠陥に光をあて、縦割りであった市民自身を横串でつなぎ、社会トレンドの水先案内人となった。資源と資源の触媒となり、地域に埋もれた資源を掘り起こし、多様な生き方・働き方を模索する新しい動きを促進している。
(2) 市民の活動を支える資金循環の現状と課題
上述のような機能が期待されるNPOセクターをめぐっては、活動資金の手当てについて、セクター横断の大きな課題として認識されている。
NPOの資金調達をめぐる課題としては以下のようなものが指摘される。
① 事業の実施時期と資金入金時期がミスマッチ
② 収入日と固定費(給与など)支払い時期ミスマッチ
③ 不動産の購入や回収など設備資金が高額
④ 事業の発展・拡大による増加運転資金不足 など
メンバーの手弁当で活動を開始した後、ミッションにしたがって活動を拡充するなかで瞬く間に資金難、運営難に陥ってしまうケースも少なくない。
これに対してNPO団体の活動を支える資金源としては主に以下の4つがある。
① 自治体補助、委託など
② 寄付、助成、会費など
③ 自立的事業収入
④ 融資/投資
非営利組織であるNPOが自立的事業収入を確保できるケースはそう多くなく、日本社会において寄付の文化が希薄であることも影響して、現状では多くの団体にとって一番の収入源は自治体補助や委託事業である。これらの財源は期間・使途が限定され、出し手側の意志が色濃く影響するため、主体的な活動の運営という点では、より自立的な事業収入を確保できるしくみの確立が必要となる。もちろん、寄付や助成の重要性も低くはないが、持続可能な支援の仕組みとして今後非常に重要な視点は、お金を循環させ「回す」ための仕組みである。
これまで既存の金融機関は、ろうきんあるいは一部の信用金庫、地銀などが独自の仕組みでNPOあるいはコミュニティビジネスへの対応をはじめているものの、一般的にはこうした団体への融資あるいは投資について積極的ではなかった。ここには、情報の非対称性やリスクへの対応などの課題が存在しており、特に切実な立ち上げ資金への対応ができないなど、金融システムの制度上の限界があった。
必要な資金的な手当てを確保できない市民セクターは、自ら調達手段を開発してきたのが現状で、現在東京・北海道など全国十数か所で立ち上がったNPOバンク(市民バンク)による融資、あるいは市民債権(アイディア私募債)の募集、あるいは市民ファンドによるSRI(社会的責任投資)的な動きなどがこれにあたる。こうした仕組みでは、市民による地域運営を実現するというミッションへの共感を武器に、志ある人たちからの少しずつの資金をプールしてまとまったファンドを形成、これを融資あるいは投資の形で提供している。この資金は、返済を受けてまた次の事業を支援するといった形で、循環ルートを形成しつつある。また多くの場合、資金を拠出し活動を支える出資者に対するアカウンタビリティを重視し、そのお金がどのように役立ったかという情報をフィードバックさせることで、お金の出し手、仲介者、需要者の間で共感の気持の循環する道筋が用意されるのが特徴である。
しかし、一般的に金融機関という専門家以外の人が、出資を募ったり融資・投資業を行うためには、大きなエネルギーが必要で、負担が大きい。一方で、ノウハウの蓄積があるはずの既存金融機関にしてみれば、先に触れた通り情報の非対称あるいはリスクヘッジを担保する仕組みの構築が大きな課題となり、参入を妨げる。
ろうきんの「きょうと市民活動応援提携融資制度」は、こうした課題について、地域労働組合を含む市民セクターを構成するいくつかのステイクホルダーの協働でリスクをシェアしつつ、立ち上げの資金にも対応しうる包括的な市民活動支援の融資を実現した事例である。以下、その内容を詳述する。
2. 金融の機能を利用した、コミュニティファンドの実例~京都市民活動応援提携融資制度~
(1) 制度の仕組み
以下の図1は、2005年秋にスタートした、ろうきん「きょうと市民活動応援提携融資制度」の仕組み図である。まず特徴的なのは、この制度自体が京都労働者福祉協議会のリスクテイク型社会的預金を根幹として成立している点である。(図①②)総額1,000万円の資金を労働組合が拠出し、この預金額の範囲内で貸し倒れ時の債務保証を確保することで、一般に高リスクとなる事業立ち上げの資金に対応することを可能にしている。(1,000万円の預入れに対し設定された融資枠は5,000万円である)。もうひとつの特徴は、融資の相談・申込(③)のあとの審査プロセスを金融機関であるろうきんのみで行わず、きょうとNPOセンターがNPOの視点で公益性審査を担う点である(④)。同じNPOでもある、中間支援組織が間に入ることでNPO同士の視点で団体の評価ができ、ろうきんが拾い上げることのできない情報によってきめ細かな対応が可能となる。ここでNPO事業に必要な公益性について第一段階の審査がなされてから、ろうきんによって金融的な判断による審査が行われ、融資が実行されるという流れになっている(⑤⑥⑦)。
図 1:「きょうと市民活動応援提携融資」の仕組み
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地域の労働組合、あるいはNPO中間支援組織と協働することで、金融機関(この場合近畿ろうきん)にとっての課題であった情報の非対称性や高リスクへの対応が可能になっていることがわかる。逆に、労働組合やNPOにとっては、金融機関が持つ専門機能を利用することで、自前の資源から最大限の成果を導き出すことが可能になる。
(2) ステイクホルダーそれぞれにとっての利点
本制度は、新しい団体であったり、あるいは財政的に成長途上であるといった理由で通常の制度からもれてしまうNPO団体に対して利用可能な融資制度を提供することで、直接的に市民活動を応援するものである。しかし、地域の多様なステイクホルダーの協働で実現したこの仕組みは、それぞれにとって以下のような利点を持つ制度であった。
まず資金の出し手である労働組合にとっては、社会課題の担い手としてリスクをとりながら実践的に地域づくりに登場する契機となるものであったし、ろうきんのオーナーとして、ろうきんの機能を通して地域社会に羽を広げることを可能にする仕組みであった。この仕組みによって、自分達のお金がどのように地域に役立ったかを実感することができ、お金を通して社会づくりに参画する具体的手法ができた。
また地域のNPOの中間支援組織であるきょうとNPOセンターにとっては、「地域にとって必要なお金の流れ」を創ることに主体的に関与することができる仕組みであり、また、少ない負担でボリュームとしては少ない「市民のお金」を、金融機関の専門機能を活用することで、より大きく循環させることができるものであった。
さらにろうきんにとっては、NPOを融資で支えることを通して地域社会に登場でき、かつ、労働組合の預金による債務保証の仕組みによって融資のリスクヘッジが図られ、通常の融資制度上の課題(立ち上げ資金への対応、金利設定の限界、保証人要件)を克服することが可能になった。また、激しいマーケット競合で同質化が進む金融環境のなかで、ろうきんが拠って立つべき「社会的な金融」の姿を鮮明に打ち出すことにもつながり、21世紀ろうきん運動のひとつのありようを内外に指し示すことができた。
つまり、関係者それぞれにとってWIN-WIN-WINの仕組みが成立しているのである。
この仕組みの成功は、広く社会的にも、暮らしや経済のあり方の根底である「お金の流れ」に社会的価値を持ち込み、SRI型のお金を地域につなぐ具体手法の広がりにつながると考えられる。市民が主体となって地域のお金を地域でまわす仕組みを作ることで、疲弊する地域経済に元気を与える可能性が示されたのである。
(3) 本制度実現の意義と今後の展開
以下の図2は、地域の多様なステイクホルダー相互の関係の中で成り立つ、「よりよい地域」「よりよい社会」のための資金循環の概念図である。
今回の仕組みでは、(左端の楕円であらわされた)市民セクタ-の中の「労働組合」がリスクをとって提供した預金を、金融機関であるろうきんがSRI型の資金として預かり、地域の中間支援NPOと連携すること(真中の②の仕組み)で、本当に資金を必要としているNPO(右端の楕円のなか)が利用可能な仕組みを整えて提供したものである。資金は一回きりでなく循環する性格を持ち、資金提供者にはそのお金がどう役立ったかということが報告される。
図2:地域を支える資金循環のしくみ
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ステイクホルダーそれぞれが提供可能な資源を持ち寄り、そこに専門職能をもつ金融機関が介在することで、地域に必要な実効力のある資金循環の仕組みが可能になることがわかる。特に京都の事例では京都労働者福祉協議会が果たした役割は大きく、地域の市民セクターの中におけるプレゼンスも高まりつつある。これについては次項で詳述したい。
専門職能としての金融機関が実務機能面で貢献するこの仕組みは、導入しようとする地域によってカスタマイズすることが容易である。たとえばより広範な個人市民から小口の出資を募りコミュニティファンドを形成し、出資者の意図に沿った事業への融資制度とすることや、あるいは自治体などの政策的資金を元に特定の分野への資金循環を生み出すことも可能である。
実際に近畿ろうきんでは2006年7月、NPO法人「ゆめ風基金」との連携で、障がい者市民活動を実践する団体が利用可能な融資制度をスタートさせており、障がい者に対する支援活動を行う様々な団体から問い合わせが相次いでいる。
ひとつひとつの規模は小規模で小回り・目配りができるものとしても、地域地域でカスタマイズされた仕組みを近畿圏にいくつか創設することでアナウンス力をたかめ、社会的にも一定のプレゼンスをもつ運動にできるのではないかと考えられる。
3. まとめに替えて~労働組合の社会的な登場~
ここまで、京都の仕組みを軸に、地域に必要な資金の循環を可能にする、多セクター協働による具体的手法の実例を報告してきた。本項で、この仕組みで大きな役割を果たし、地域に登場し始めた労働組合の動きについて考察を加えることで、まとめに替えたい。
今回、京都労働者福祉協議会は労働者福祉のためにプールしてある自己資金の中から総額1,000万円について、目的に合致した形で成果を生む積極的なSRI型預金として意味付けをした。この動きは、そもそも社会運動の担い手として社会課題に取り組む運動体であった労働組合が、現在の社会が対峙する地域社会の疲弊という課題について実践的に取り組みはじめた事例としてとらえることができる。
今回の京都の制度に関して京都労働者福祉協会は、地域のNPOと並列する形でマスコミにも幾度となく登場し、地域に必要な資金の循環を実現する大きなキーとなったことがアナウンスされた。先に触れたNPOバンクの動きもあり、最近ではマスメディアでも「社会的なお金の流れ」の必要性が取り上げられることが増え、"何を言ったか"よりも"何にお金を使ったか"のほうが、社会に与える影響が大きいことが認識され始めている。今回、特に、あくまで市民が主体となる地域運営を下支えする「循環するお金の流れ」をつくる局面で、地域の労働組合が決定的な役割を果たしていることについて、ある種の驚きをもってとらえられている。
経済社会が成熟段階に入りつつある日本における労働組合セクターを巡っては、団塊世代の大量退職を迎えるいわゆる2007年問題や、雇用流動化の中での非正規雇用の急増、あるいは主に若年層での組織率の低下などもあって、ひとつの転換期にあることが広く共有された認識であろう。労働の構造・働き方あるいは個人の価値観などが急速に変化しつつあるなかで、これまで職域ベースで課題に取り組んできた労働組合にとって、この時代を生きる人あるいは次代を担う人に向けてどのようなメッセージを打ち出すことができるかは重要なポイントである。ろうきんのオーナー、またはろうきん運動の担い手として、その金融機能を利用することで積極的に地域に羽を伸ばし、存在感を高めることに成功した京都の事例は、これからの労働組合のありかたを考える際に非常に興味深い視点を提供しうるものであると考えている。
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