【自主レポート】

<愛される市役所>をめざす8つの方法
~本当の「地方自治」はお互いの理解から~

 島根県本部/ 松江市職員ユニオン

1. はじめに

 現在、世間では連日のマスコミによるバッシング報道をはじめとして、地方公務員への風当たりが強い。ほとんどの職員は日々、一生懸命職務をこなしているにもかかわらず、である。
 現在、公務員が批判されている理由として、良くいわれるのは「税金の無駄遣い」「給料等の待遇面」「いわゆる"お役所仕事"」「不祥事」等であろうか。
 しかしながら、これらの批判の中には、ごく一部の面を強調するものや事実に基づかない憶測による報道も多い。ところが、一般の市民はこういった報道に共感し、マスコミの取り上げる公務員批判に便乗することも多い。
 なぜ、このような批判が一般に簡単に受け入れられてしまうのだろうか? もちろん、行政、職員自身も改善すべき点があれば大いに改善しなければならないだろう。
 しかしながら、このほかにも「一般の市民が本当の公務員の姿・仕事を良く知らない」ことも批判を助長する一つの理由として考えられないだろうか? また、そもそも市役所が行っている業務の内容、行政の果たすべき役割・仕組みがあまりにも一般に知られていないのではないだろうか。また、行政の側もこれまで自分たちのことをあえて「知らせる努力」には注意を払ってこなかった(必要がなかった)ともいえるかもしれない。
 けれども、本来市役所の仕事は基礎自治体として窓口業務から裏方的な仕事まで、市民の日常生活全般に広く関わるものである。市役所の働き如何によっては市民に大きな影響を与える。政策によっては地域の発展・衰退に直接につながっていく、責任の大きい仕事である。
 地域が将来にわたってより良い方向をめざすのであれば、市民が行政に全く無関心で「批判はすれども運営はお任せ」の姿勢であって良いだろうか。むしろ、行政をなるべく知ってもらい、「一緒になって」より良い方策を考えることはできないだろうか。
 一方で、市役所職員の側は普段一生懸命仕事をしてはいるけれども、本当に市民の声をくみ上げているのだろうか? もちろん、福祉部門、環境部門といった市民に密着した職場では普段から市民の声を直接聞くことは多く、「市民との協働」が叫ばれる中で一定の市民ニーズは把握していると思われるけれども、市役所全体、また市役所の仕組みがそもそも市民の声を効果的に応える仕組みになっているのであろうか。
 色々な側面から考えると結局のところ、行政と市民は「まだまだお互いを良く知らない」ということが言えるのではないだろうか。今後、ますます厳しくなると予想される地方の将来を考えたとき、行政と市民がお互いに批判をし合うような関係であってはならないはずである。
 むしろ真に地方が自立して、持続可能な社会を作っていくためには行政と市民がお互いを理解し合い、知恵を出し合っていくことが大事ではないだろうか。そのためには、まず「行政(市役所)と市民との距離を縮めること」が何よりも必要であろう。
 そこで、我々は様々な課題は「行政、市役所職員と市民との距離を縮める」ための方法について、従来の常識にとらわれないで様々な提案を行う。

2. 具体的提案

(1) その1:あいさつ徹底運動 接客を変えよう~最初の接点はあいさつから~
   心理学によれば、人間同士の印象は「初頭効果」といって、最初の初対面の何秒かで第一印象が決定づけられ、その後もその「イメージ」はなかなか変わらないといわれている。そこでこれを市役所と市民との関係に置き換えてみるとどうだろうか。
   はじめて訪れた市役所の窓口で「良い印象」が与えられた場合には、その後もずっと市役所に対して良いイメージを持ってくれるに違いない。しかしながら、もし悪い印象を与えてしまった場合には、その後どんなに良いサービスを提供したとしても、満足度が上がらない可能性もある。
   民間企業に行くと、窓口のある職場ではたいてい「いらっしゃいませ」と迎えられる。以前訪れたある企業では、自動ドアを開けて入った瞬間に、従業員全員が立ち上がって元気よく「いらっしゃいませ」と一礼された。たとえ用事がなくても快く迎えられるのは、気持ちの良いもので、やはりその企業に対して「元気の良い会社だな」と、とても好印象を持ったことがあった。
   そこで市役所でも、市民が訪れれば何はともあれ「いらっしゃいませ」と気持ちよくお客様を迎える運動を徹底してはどうだろうか。普段、接遇研修などでも当たり前にいわれていることであるが、職場全体で実践しているところとなると少ないのではないだろうか。何かをきっかけとして「職場全体で」あいさつを行う雰囲気ができれば、それだけでぐっと市民との距離が縮まらないだろうか。まずは「第一印象」を良くしよう。

(2) その2:市民へ"メッセージ"を伝えよう~市役所庁舎・職員は立派な広告塔~
   市役所庁舎内にはいろいろな掲示物があるけれども、市や職員から市民に対するメッセージというものはあまり見当たらない。あるのは「○○課はこちら」であるとか、「いわゆる案内用」のものばかりである。
   しかしながら、良く考えてみると、せっかく市役所に直接いらしたお客様に、「用事のみを済ませて帰ってもらう」というのは非常にもったいないことではないだろうか。市民の来庁を「数少ない市役所と市民とのコンタクトの場」としてとらえれば、もっともっと来庁機会を活用して積極的に市民に市・職員からのメッセージをこちらから伝えてみてはどうだろうか。考えてみれば、市民に積極的に伝えたい情報というものは、数多くあるはずである。
   たとえば、通路や各課の執務室で、見えやすいところに市民への様々なメッセージを貼り出してはどうだろうか。業務内容を記載するのもよいし、「○○の申請にはおよそ何日かかります」など、期限を明確に伝えるものもよいだろう。市役所を訪れる市民は、まず、自分の用事をどうやったら済ませられるのかがわからないことが多いからだ。
   また、接客の際に「プラスα作戦」と称して、市民が市役所を訪れた際に「何か一つでも市民のためになる情報提供」を試みてはどうだろうか。プロフェッショナルな接客業では、ただ商品を売るだけではなく、商品を買いに来られたお客様のニーズをじっくり聞き出した上で、最適な商品を提案するという。情報の押し売りになってはいけないけれども、聞かれたことだけに応える「受け身の姿勢」ではなく、お客様の求めているものを聞き出したうえで、こちらから「積極的に情報提供」していけば、市役所に対する満足度は向上していくに違いない。

(3) その3:その言葉「お役所言葉」では? ~市民参加のお役所言葉追放プロジェクト
   市役所は窓口や電話対応を通じて日々市民と接している。また、各種広報物でも広く市民に情報を発信している。しかしながら、時には市民と職員との間でのトラブルや、広報物に対しての苦情が来ることもある。
   この原因の一つとして、いわゆる「お役所言葉」の存在があげられないだろうか。人と人とがお互いに意思の疎通を図るためにはまず「お互いに理解できる言葉」で会話をすることが重要である。ところが、市役所の中には、一般の市民にはわかりづらいと思われる言葉がまだまだ多く通用していないだろうか?
   たとえば、「転居」「転出」という言葉である。一見、一般的な言葉のように思えるが、市役所では厳密に使い分けを行っている。「転居」は市内での異動。「転出」は市外への異動である。他にも「ごみの自己搬入」である。「ごみの持ち込み」のほうが一般的な表現ではないだろうか。しかしながら、普段仕事に集中するあまり、こういった一般には難しい用語・表現をうっかりそのまま市民に対して使っていることはないだろうか? もしあるとすれば、市民は職員の言っていることを正確には理解しづらいに違いない。また、公用文等に関しても同様のことが言えるだろう。
   こういったお役所言葉をなくしていく試みは、比較的古くから多くの自治体で試みられている。「言い換えマニュアル」を作成したり、「コピーライト研修」を行ったりと、様々な工夫をこらしている。
   ここで松江市の場合を考えてみると、明らかな「お役所言葉」は少ないかもしれないが、やはりまだまだ「市民にわかりづらい言葉・表現」は残っているのではないだろうか。これらをなくしていくために、専門家の活用や大規模アンケートの実施といった手法もあるだろう。しかし幸いなことに、松江市は「市民参加型の事業手法」により、多くの市民が委嘱、ボランティアといった形で市政に関わっている。そこで、こういった方々から「お役所言葉」について適宜指摘してもらう場を作ってはどうか。
   また、ホームページも大いに活用できると考える。膨大な情報が掲載されているホームページ例えば「このページ中にわかりにくい言葉があったら知らせてください(言い換え言葉募集)」との報告ページがあったら、誰でも言葉が気になった際に気軽に伝えることができるだろう。
   以上のように、お役所言葉追放は、比較的簡単に実践可能で、より行政と市民との距離を縮められる可能性が高い。そのためには個人の努力だけでなく、前述のような全体での「仕組み」を作ることを提案する。

(4) その4:名刺は市役所一の広告塔~市民向けから観光へ~
   「名刺」といえば、民間企業でも、市役所でも、外部の人と接する仕事ではなくてはならないものである。では、年間でどのくらいの名刺が松江市職員から外部へと配られているのだろうか?
   単純な計算で1,800人の職員がすべて名刺を持っていると仮定した場合には年間に1人10枚配ったとしても18,000枚もの名刺が市役所の外部に流通することとなる。この名刺を「市役所の広報手段の一つ」として使うことはできないだろうか。
   名刺は主に本人の所属・肩書・氏名を表すものであるけれども、近年ではこの名刺を「自己PR」のために積極的に利用する人が増えている。たとえば写真入りの名刺等、様々な工夫を凝らした名刺をもらうことも多い。また、企業でも自社のPRのために、名刺に様々な自社の情報をちりばめているところもある。
   それでは自治体職員の名刺はどうであろうか。近年では自治体も観光情報を掲載した名刺を作成するなどしている。また、松江市でも業者と提携し、松江の風景を台紙にあしらった名刺台紙が安価に販売されており、個人でこの台紙から名刺を作成すれば、県外からのお客様、友人に松江を印象づけることができる。
   とはいうものの、現在市役所の名刺は原則自費で購入することとなっている。そのため公務に利用するものであれ、私用に利用するものであれ、名刺に印刷する情報は基本的に個人任せである。積極的にPRを考える職員もいれば、名前と肩書きのみの名刺しか使わない職員もいるだろう。
   しかしながら、これは非常にもったいない。名刺は市役所の職員が外部の人間と接するだけで何かしらの情報を提供できるものである。その際に個人の情報だけでなく、その職員が属する組織がどのような組織であるかも一緒に伝われば一石二鳥である。
   実際にこういった考えから名刺を公費で作成している自治体もあり、例えば横浜市では「市のスローガン」を印刷した名刺を作成している。
   そこで松江市では、市の特色を活かしてまずは「観光施設無料券付き」の名刺を配布するのが良いのではないだろうか。職員の名刺は主に市民に渡ることになるだろうが、実は市民の中にはあまり松江市の観光施設を訪れたことがない人も多いという。
   そんな市民が職員から名刺をもらったことで、観光施設が無料になったらどう思うだろうか。興味がなくとも一度は行ってみたいと思うかもしれないし、誰か知人を連れて行ってくれるかもしれない。市民自らが松江市の観光施設に詳しくなれば、国際文化観光都市としての市民意識の底上げが期待できる。また「あいさつ運動」での第一印象論でいけば、特典付きの名刺をもらえば印象も良くなるだろう。
   さらに、表は観光PRの名刺として裏には市役所の方針やスローガン、職員の約束といった市民へのメッセージを書けば、より市役所の方針が草の根から市民に浸透していくことになるだろう。
   例えばごみ減量の市民説明会で「ごみ減量の必要性」をわかりやすく記した名刺を説明会参加者一人ひとりに配布すれば、ただ単に資料を配付して説明を行うよりも効果が高くなるに違いない。
   名刺の作成には費用はそれほどかからないはずである。普段から市民と接する職員は一人ひとりが市役所の広告塔という意識で地道に活動すれば、市役所に対する印象も良くなってくるはずであるが、こういった「ちょっとした道具」を利用すれば、効果は倍増するのではないだろうか。

(5) その5:普段みえない仕事を市民に伝えたい~例えば"公園事件簿"作成を~
   ここで少々具体的な事例から市役所の仕事を考えてみたい。例えば、公園緑地課では、松江市の都市公園等の整備や緑地の保全を中心に、多くの業務を抱えている。なかでも、市内200箇所を超える公園の日常管理に非常に多くの時間と労力を割いている。
   市内の公園では、所在の不明な車両・自転車の放置、家庭ごみの公園への持ち込み、ホームレスの野営、子供の野球あそびに頭を抱えている近隣市民、樹木害虫の発生、街路樹の落ち葉への苦情、中には自殺者の発見などの様々な事件が起きている。公園は人間が作ったものである以上、本来の目的とは異なり、人間活動の様々な所業の結果が出ることもまたやむを得ない。
   その中でも最も代表的なものは公園の落書きである。公園に限ったことではないが、公共施設というのはいたずらの格好の餌食となるようで、公園のトイレ、園路の路面などの施設への心無い落書きは絶える事がない。また、公衆トイレの使用マナーの悪さも際だっている。トイレの中をごみで散らかしたり、たばこの吸い殻を便器に流したりするのは序の口で、中には洗面台で自分の髪の毛を洗う者までいる。便所の清掃等は業者の委託ではあるが、悪質な場合には職員が直接清掃に出向くことが多く、半日以上を費やすこともある。これらの結果、日常の施設管理業務より、公園緑地課本来の施策、企画立案、業務改善へなかなか手が回らない状況である。
   そこで、一案として、こういった普段見えない仕事を例えば「公園の事件簿」といった形で現場の写真をふくめ、その費用も一式を窓口やホームページで広く公開してしまうのはどうだろう。
   現在も「行政評価」という形で、ある事業全体の予算・実績といったものは公開しているが、こういった「より具体的な仕事」のレベルでその一端を公開してしまうのである。例えば、「トイレ1件を壊したために職員の出動人件費1万円、業者修理費5万円、予算は一般財源(税金)から」といった形で実際の費用を事細かに知らせれば、トイレを壊すことが、結局市民の税金を余計に使うことになるということが実感してもらえるだろう
   結局のところ「公共の場所なので誰かがやってくれる」という意識ではなかなか状況は改善しない。これを「自分たちの行動の結果、こういった費用が発生した」ということがきちんとわかるようになれば、ほんの少しずつでもマナーの向上につながっていくことが期待できる。
   また、今回はあくまでも一事例をあげて解説したが、トイレの清掃に限らず、市民に身近な分野で、どのように市役所が仕事を行い、その結果どの程度の時間・費用がかかっているかということを市民が知るということは非常に大事なことではないだろうか? 市役所の予算(税金ほか)の使い道を市民自らが身近に感じることではじめて「本来は予算をどう使うべきか?」という議論ができるのではないだろうか。

(6) その6:「見せよう起案書」~役所の仕事のやり方、とくとご覧ください~
   この節では市役所内部の仕事の方法について取り上げてみる。一見、「市役所の仕事のやり方」は市役所内部の話であって、市民にとっては全く関係ないように見えるかもしれない。しかしながら、実は市役所の仕事のやり方を公開することで、結果として相互の理解と無駄の節約が図られるといったらどうだろうか? 公開する価値は大いにあるのではないだろうか。
   市役所は原則「文書主義」に基づいて仕事を行っている。すなわち、どんなことを行う際にも必ず「文書」に記述して決裁を行うことではじめて行動を行うことを原則としている。このため、行政が何らかの意思決定を行った場合には必ず文書に記録され、保管され、その文書を見れば行政の意思決定過程がわかるというしくみになっている。
   現在、こういった行政文書は一般の市民が閲覧したい場合には、松江市情報公開条例に基づいて、厳密な手続きを経て公開されることになっている。この条例では事細かに開示の基準から方法まで定めているものであるが、この条例に従って事務を進めた場合、情報公開があればあるほど、職員の事務手続きに要する負担が大きくなるという問題がある。こういった事態に備え、大量の請求があった場合には公開を拒否する旨も定められている。
   しかしながら、考えてみると、公文書の中で本当に公開できないものというのはどの程度あるものであろうか? 条例ではその判断基準を定めているが、該当するものは、いわゆる「個人情報」を除けば全体の行政文書からすれば占める割合はそう多くはないと思われる。
   それならば、従来とは逆の発想ではじめから「公開すること」を前提として文書を公開し、個人情報に代表される「公開に適さないもの」について厳重に文書を保管する方策を考えてはどうであろうか。
   はじめから公文書を公開することを前提として運用すると、次のメリットがある。
   第一に、「情報公開の際に要する事務量が限りなくゼロになる」ということである。情報公開の意識が高まっている昨今、情報公開請求の件数は増加しているが、情報公開請求の度に判断ほかを行っていては事務量が増加し、通常業務の進捗に影響を及ぼしてしまうだろう。これをはじめから公開してしまえば、あらかじめ公開非公開の判断が済んでいるので、請求も何もする必要がない。
   また、第二のメリットとして大きいものが「市役所の意思決定過程が市民にさらされる」ということである。従来の行政の意思決定過程は、市民から見た場合、ブラックボックスであることが多い。市民からの要望に対しても、ある問題に対処する際でも、内部的に検討は重ねるものの、市民に対しては「結果の説明」は行われるものの、なかなか意思決定過程については説明しないことも多かったのではないか。
   これを、起案書をはじめとする行政文書をはじめから公開してしまえば、市民は、ある問題に対して結論に至るまでのプロセスを理解したうえで結果を受け入れることができる。また、副産物として、公開することを意識して、自然と行政内部の意思決定過程も説明責任を果たせるような過程を踏むようになるはずである。このような状態が続けば、結果として行政に対する信頼がより増していくはずである。
   なお、本件は電子決済などとは異なり、技術的には非常に簡単に実現可能である。今までの紙で管理していた起案書を、決裁が終了した段階で「専用スキャナ装置」で読み取り、ホームページ上に各課の文書管理に従って分類して掲載できる仕組みを作るだけである。十分に検討する価値はあるのではないだろうか。

(7) その7:市民も納得「ウィキペディア」による業務マニュアル作成
   現在、市役所の業務は以前と比べると非常に複雑多様化しているうえに業務量が増加している。そんな状況の中、人事異動は以前と同様に頻繁に行われている。そこでまず問題となるのが「引き継ぎ」である。
   原則として市役所の仕事は文書主義に基づいているものであるから、過去の担当が仕事をした内容はすべて文書管理表に従って整理され、過去から順番に辿っていけばおおよその仕事の流れは把握できるはずである。これに加えて担当からの引き継ぎ書があれば、順調に引き継ぎは終了するはず……、であるのだが、実際にはそうではないことが数多くある。現代の仕事においては文書に直接は記されないような事柄、判断基準があまりにも多いのだ。
   また、もう一点、事務の手順について、市役所の中で共通に行われているはずの事務手順をよくよく観察すると、「人によってやり方が異なる」ことがあることに気づく。追求してみると、どちらも「昔からこのやり方でやってきた」と言う。果たしてどちらが本当の手順なのだろうか。
   これらの問題は、まとめてしまうと、「仕事の内容が正確に文書化されていない」ことによる問題であるといえる。以前は共通の事務手順等は、きちんと冊子になってマニュアルとして活用されていたものが多くある。しかしながら、現在はあまりにも制度・手順の変更が多いからか、また、事務量が多すぎるからか、随分前に発行されてから現在まで改訂されていない「~の手引き」といった冊子を数多く目にしている。
   また、現在では情報化が進み、こういった書類は共通OAの「OA書庫」といった機能を利用することで、冊子にしなくても運用可能ではあるが、OA書庫にも掲載されていない共通の基準、手順といったものは数多く存在する。
   それはなぜだろうか? 恐らく、マニュアルを作るのに労力がかかるからであろう。確かに、マニュアルを執筆するよりも「口で伝えてしまう」ほうが実際には楽である。しかしながら、口伝えでは伝言ゲームのように正確に手順が伝わらない可能性も高い。共通の基準・手順であれば、誰でもわかるように記しておいたほうが良いに決まっているのである。
   そこで、この問題を解決する方法として、現在インターネット上で流行している「ウィキペディア」という「インターネット上の百科事典」を利用してはどうだろうか?「ウィキペディア」という百科事典は、従来の辞典と比較して全く異なる点がある。それは、「辞典の内容を編集するのは決まった専門家ではなく、世界中の利用者自身であり、誰もが記事の内容を編集できる」ということである。
   たとえば、ある事柄について記事を募集すると、世界中からその事柄について詳しい人が「自主的に」記事を書くのである。そうやって、世界中の利用者が記事を分担しあって、最終的に紙の百科事典に勝るとも劣らない辞典ができあがるというわけである。
   この「ウィキペディア方式」を市役所のマニュアル作成に応用すれば、従来のような冊子をわざわざ作成しなくても、分野ごとにその事務手順に精通した人が何人かいれば、自然と正確な事務手順が各方面に記載されていき、長い間に編集を重ねるうちに紙のマニュアルを凌ぐような「松江市標準事務手順書」といったものができるに違いない。なお、ウィキペディアを実現するソフトウエアは無料で数多く公開されており、その気になればすぐにでも市役所内部で運用することが可能である。
   また、さらに言えば、このマニュアルは市民に一切を公開すると良い。もともと引き継ぎを含めたマニュアルであるから、内容はわかりやすく編集されているはずである。市民はこれを読めば「現在の市役所の仕事のやり方」が手に取るようにわかるのである。実際の手順を知れば、市民サービスの内容によっては時間がかかってしまうことや、すぐには判断できないことがあることも、より実感として理解してくれるだろう。また、市民から手順についての改善提案をもらえるかもしれない。また、市民に公開することを前提に書けば、運用面で偏ったような手法を記載することはできない。自然と、何の手順を作るにしても市民の目を意識した運用が形作られるのではないだろうか。

(8) その8:提案制度の徹底活用で市民の意向反映&職員のやる気向上を!!
   現在、松江市役所には規程で「松江市職員の提案に関する規程」という仕組みが定められている。この内容によれば、職員が何かしらの提案をしたい場合には、定められた書式に従って提案を行えば、必ず審査をされ、優秀な提案であれば採用される。また、市長からも報償され、人事にも記録されるという仕組みが確保されている。職員が職務上何かしら提案したいことがあれば、この手続きにのっとって提案をすれば、無視されるようなことはなく、確実に考慮はされるのである。しかしながら、現在この制度はほとんど利用されていない。
   それはなぜであろうか。まず、この制度自体があまりにも職員に知られていないということが第一であろう。また、仮に十分に制度を周知したとしても、この規程では、提案を行えば、規程に基づいてきちんと審査される仕組みにはなっているものの、それが逆に「気軽な提案」を妨げる面もあるかもしれない。
   しかしながら、この職員提案制度はうまく活用すれば、市役所活性化の起爆剤になりうる可能性を秘めている。実はこの提案制度であるが、民間企業、特に製造業においては業績の向上に切っても切れない関係となっている。業績の良い企業は、おしなべて従業員のモチベーションが高く、現場の意見が上部に届きやすい仕組みがあるという共通点がある。例えばトヨタは「カイゼン」の言葉に代表される徹底した業務効率化を図っているが、この「カイゼン」は、専門家が提案するのではなく、すべて従業員自身が発案しているものである。
   また、実際にメンバーが以前勤務していた工場においては、週に1回必ず職場単位でミーティングを開催し、その場で紙に業務の中で気づいた点、改善できる点を記入させていた。そしてその提案は即座に審査され、どんな小さな提案でも100円、業務効率化につながる提案であれば1,000円以上の金額が報奨金として支払われていた。また、この提案と報奨金は正社員、臨時職員、請負社員に分け隔てなく等しく運用されており、アルバイトであっても「よし、何か提案してやろうか」という気持ちになったものである。
   これを市役所でも応用はできないであろうか? とにかく気軽に、数多く提案を行えるような雰囲気ができあがり、「現場の声」を市役所の業務改善に活かしていく仕組みが出来たら、職員のモチベーションの向上につながるに違いない。
   そこでわれわれは、従来の内容の深い提案向けの提案制度に加えて、細かい業務改善に対応する「週1回の改善提案時間」の制定と、「提案に対する報奨金」の設定を提案したい。勤務時間の間に、15分程度で良いので、「どんな細かなことでも業務改善についてアイデアを出す時間」を設定するのである。そして、この時間を使って、1人最低1枚、提案を出すようにする。どんな小さな提案でも構わない。そして、提案は即座に審査を行い、優秀な提案については報奨金を出すということにすれば、職員は多くの提案を出すようになるだろう。報奨金については、公費でまかなうのが難しいのであれば、共済会、互助会といった組織から支出を行う手段もある。
   とにかく「何でも提案するのがあたりまえ」という雰囲気を作ってしまえば、法律で規定された制限はあるにしても、「お役所仕事」と揶揄されるような仕事のやり方は徐々に変化していくのではないだろうか。
   また、現場の職員からの提案が反映されるということは、すなわち、市民と日々接している感覚が反映されるということであり、結果として市民との距離を縮める結果にもつながるものであろう。

3. おわりに(結論)

 以上、我々は「行政・職員と市民との距離を縮める方法」について様々なアイデアを提示してきた。今回のレポートではあえて、すぐにでも実現可能なものから、すぐには実現困難なものまで、様々な提案を含めて提示を行った。
 これらの一つ一つは小さく、とりとめのない提案ではあるが、このアイデアを眺めてみると一つの共通点がある。
 それは、「なるべく印象を良くし」「自らの情報をさらけ出し」たうえで、「相互理解のための"仕組み"づくり」を目指しているものであるということである。
 現在、行政の分野ではしきりに「情報公開」「市民参加」といった言葉が叫ばれ、そういった言葉に沿うような施策がどこの市町村でも「形のうえでは」行われている。しかしながら、それらの施策は本当の意味で目的を果たしているものだろうか? 情報公開といっても、公開した情報を利用者が活用してくれなければ意味がない。また、市民参加にしても、熱心な一部の市民のみの意見が反映されるようなものであってはならない。
 結局のところ、市役所と市民がお互いを理解するためにはお互いに本音での「対話」を行うことが最も重要ということではないだろうか。そして、この「対話」を行うために、これまで提案してきたような市役所と市民との距離が近づくような様々な取り組みをしていくことで、本当の意味で「市民との協働」ができるのではないだろうか。たとえば、市役所職員は"行政のプロ"として、ある問題について素人よりもより適切な解決策を提示し得るだろうし、市民は「市民感覚」を持ってより市民に密接なサービスを提示できるだろう。
 これまでの行政と市民との関係は、「お任せ民主主義」という言葉に代表されるように税金を一度納めてしまえばあとはお任せという部分があったことは否めない。しかしながら、これまで提案してきたように市民との距離を徹底的に縮めたうえで、市役所の情報を徹底的に公開していけば「現在の行政・市役所の置かれている困難な状況」も理解してくれるに違いない。すると、市民との関係でも、ただ一方的に要望するのではなく、お互いの信頼関係の中で「ではどうすれば良いのか?」といったようなより深い部分でお互いに議論ができるようになるのではないかと期待している。
 今回提案した内容は、いずれの内容もメンバーが市民と日々接して仕事をする中から「普段着の発想」で必要性を感じ思い立ったもので、「現場の意見」に基づくものである。個人の努力だけではなく、「市役所の仕組み」にまで踏み込んだ改革を松江市からやっていこう