【自主レポート】

成果主義の活用と自治体職員に相応しい査定制度とは

島根県本部/松江市職員ユニオン

1. はじめに

 近年、日本の人事処遇制度は大きな変換期に来ている。高度経済成長期に代表される右肩上がりの経済成長が終わり、経済のグローバル化や事業IT化による業務内容の急激な変化、そして労働者個々の意識が強まるなか、年功序列制度から成果を個々に帰する成果主義の導入が進められている。
 企業が成果主義を導入した経過は様々だが、経済の安定成長期に低賃金の若手社員を大量雇用し成長を遂げた企業が、長年続いてきた年功制度にともない将来的に人件費のウエイトに悩まされるのは当然のことである。また、成果主義を導入したことで過去最高の成果をあげた企業もあり、日本の人事処遇制度に大きな変化が現れている。
 今研究レポートでは年功序列制度と成果主義における人事評価制度の目的を明らかにし、これまで大手企業が進めてきた成果主義の導入がどのようなもので、どういった結果を生み出しているかを調査し、導入に向け検討段階に入っている自治体職員の査定制度がどうあるべきかを研究した。

日本の人事処遇制度の歴史

1945~1960 経済復興期
人事制度模索(生活給)
1960~1975 高度成長期
年功職階制(職階的年功給)
1975~1990 安定成長期
職能資格制度第Ⅰ期(職能給+年功給)
1990~2005 超低成長期
職能資格制度第Ⅱ期(職能給の強化:日本型成果主義の導入)

 人事処遇制度もライフ・サイクルが存在し、経済復興期以降、優れた人材の確保・育成のため日本の制度は15年の周期で大きな変化を遂げてきた。日本能率協会の2005年調査では、80%以上の企業が成果主義人事制度を採用しているという結果がでている。

アメリカの賃金制度と日本の賃金制度の現状
 成果主義を基本としているアメリカの賃金制度は、個々が職務に対する成果をどの程度あげているかにより賃金、処遇が大きく変わってくる。それ故にアメリカでは、実際の職務遂行に直接関係のない家族・住宅・通勤・地域手当などの諸手当がつかない企業が多い。また、賞与についても4社に1社程度となっている。
 これまで日本の年功序列制度では、年齢に応じて50歳~55歳まで少しずつ昇給される賃金制度が主流であり、家族構成や地域性などの生活実態に見合った手当支給や賞与についてもほとんどの企業で支給されている。現在、導入が進められている成果主義人事制度では、年功序列制度を廃止し年俸制を用いる企業、中堅層までを年功序列制度としてそれ以降に査定制度を取り入れる企業、年功序列制度を基盤に査定制度を取り入れる企業など多くの事例がある。

2. 成果主義における人事評価制度の特徴

 (1) 目 的
   ① 限られた資金原資をがんばった社員に手厚く配分し、社員のやる気を高める
   ② 従業員各自の役割や責任を明確化する目標管理制度の導入
   ③ 業績評価の能力開発へのフィードバック

 (2) 実施方法
    ①目標設定→ ②業務遂行→ ③業務振り返り→ ④フィードバック→ ⑤能力向上→ よりレベルの高い目標設定へ戻る

    この人事評価制度のなかで査定結果が昇給・降格、査定昇給、勤勉手当に反映される。また、結果がきちんと個人にフィードバックすることで能力・業績が高まり、このサイクルがより高度なものへと変化していく。

 (3) 査定方法
    一般的に純粋な年功制度では、年齢・勤続年数・保有知識により査定がされてきたが、成果主義制度では、職務を遂行するプロセスと成果を査定対象とし、年齢・勤続年数・保有知識は対象としない。また、結果のみを追求する結果主義制度では、職務における結果のみを査定対象とする制度となっている。

 (4) 民間企業における成果主義人事制度の状況
    およそ15年前から成果主義人事制度を導入している民間企業では、導入により社員のモチベーションがあがり成果をあげた企業、導入したが制度運営が上手くいかず社員のモチベーションが下がり、結果として成果主義人事制度を変更もしくは廃止した企業もある。実際に企業で実施された具体例を以下にあげる。
   ① 富士通の場合
     富士通は日本の成果主義の先駆者として、1993年に業績を重視した成果主義を導入した。しかし、未成熟であった成果主義の副作用は想像以上に大きく、2001年にプロセス重視型の人事制度に変更した。プロセス重視型の人事制度に変更されるまでの期間、富士通の成果主義は十分に機能しなかった。そこには制度運営における多くの問題点が存在した。
     1990年、大型コンピューターはパソコン主流に移行する変革期を迎えていた。富士通はこの競争に勝ち残るため、ノルマをかけた目標設定を社員にかせた。しかし、このノルマは短期的な業績を評価するものであり、短期目標の達成に目標を奪われた社員は、長期間の信頼関係の下で得られる顧客を失い、結果として大きな業績の低下を招いた。また、そのノルマは開発分野にまでおよび、社員のチャレンジ精神を奪った。この短期業績を追求する制度は職場内のチームワークをも奪い、職場環境の低下も招いた。
     1998年に制度が改善され、職場内の不満を解消するため、相対評価を絶対評価へと変貌させた。結果としてすべての社員がAランク評価となった富士通では、制度自体が形骸化し、成果主義の機能を発揮しなかった。
     業績重視の制度においては、特に労使の信頼と納得が必要であったが、成果主義の先駆者として導入を実施した富士通では、管理職の評価者としての育成もできていなかったため労使の信頼関係が図れなかった。

   ② トヨタ自動車の場合
     トヨタ自動車は、これまで年功的能力主義における組織拡大を前提とした管理職の増加を続けてきた。しかし、時代の変化とともに管理ポストにつかない管理職が増加し、それがモチベーションの低下に繋がった。これを改善するため、1989年に組織の「フラット化」を実施し、管理職を現場へ戻すことでプレーヤーの増を図り、職場に身近なスタッフリーダーとしての立場を持たせた。
     1996年には自動車造りの特色を生かした「チャレンジプログラム」を実施し、すべての管理職を組織の長とするのではなく、基幹職(スペシャリスト)としての立場を新たに設置した。これにより個々がそれぞれの役割を見つけることができ、それが求められることで適正な緊張感が得られた。また、年齢によらない能力に応じた適正な配置付け、評価、処遇を決めた。査定方法についても「働き方のガイドライン」を策定し、それに沿った業務プロセスを月例給で評価し、結果は月例給を機軸とした賞与加算のみで評価した。ノルマの設定も行わず、徹底したプロセス成果主義を実施したことで、年次的な達成感がなくなり、常にチャレンジする制度を確立した。査定評価の分布においては、平均以下(特殊な例を除く)をつくらず、無理やりの低評価を排除した。
     トヨタはこうしたプログラムのなかで、社員と管理職の納得性を高め、個々にプロとしての意識啓発をしたうえで、長期にわたってチャレンジする制度を確立した。
     日本能率協会の2005年「直面する企業課題に関するアンケート」でも、導入後の社員の意識変化や制度に対する労使の意識の違いに問題があることが指摘されている。

 (5) 成果主義における査定評価制度の問題点
    査定評価制度を運営していくなかで『労使の納得性』と『将来ビジョン』における問題点があげられる。
   ① 『労使の納得性』における問題点

 労働者の意識 ・ 社員が人件費削減と受け止めると入り口の段階でやる気を削がれる
・ 年功制の事実上の崩壊に伴う将来への不安が根底にある
 査定方法 ・ 結果重視の査定基準では運に左右される部分が大きく、公平性に欠ける
・ 業務の属性や内容、重要性が多種多様であり、査定基準が一致しない
※ 企業によっては400種類にも及ぶ評価定義を策定しているところや、評価定義を大枠にして幅を持たせているところがある。 
 効率性 ・ 公正、公平、透明な評価制度の運営に相当な労力が必要とされる

   ② 『将来ビジョン』における問題点

 目標管理 ・ 高い目標や長期的目標を設定しなくなる
・ 1年の短期指向であるため、一時的に生産性を低下させる変革を受け入れなくなる
・ 目標数字のつじつま合わせをするようになる・個々の業績と達成率は必ずしも一致しない
・ 他人に仕事を教える育成をしなくなる(新人・低評価者の育成)
・ 目標を個々で達成できるものに設定しようとするため、チームワークの減退に繋がる
・ 業務によっては目標そのものが揺らぎが生じやすく、その都度修正を要する
 賃金で報いる制度 ・ 目的が賃金に偏ることで企業に対する帰属意識や愛着が薄れる
・ 賃金の差が当然となり、そこから起こる刺激効果が弱くなっていく
・ 一度低評価を受けた人のリカバリーがされにくい
 将来的ビション ・ 長期的な事業の将来像を考えなくなる
・ トップダウン方式の目標は、社員の自主性と独立性が長期的に損なわれる

※ 例えばプロ野球のペナントレースにおいて、ベテラン選手陣ばかりの最強チームが5年後に同じ成績を収めることはできない。なぜなら新人の育成ができていないからである。新人の育成は練習場だけでできるものではなく、意識を高めるために試合に向けたモチベーションも必要であり、試合のなかで学ぶ技術や精神力もあるからである。結果だけではそれはなし得ることはできない。

 (6) 労使それぞれの役割
    査定評価制度の本来の目的である個々の職務に対する意識の啓発と能力向上、人事制度の公平性を実現していくためには、経営サイド・労働サイドにそれぞれ重要な役割がある。
   ① 経営サイド【評価制度の運営】
    ア 納得性の高い評価基準の策定
      ※ 業務内容に応じた評価基準の策定に当事者(労働者)の意見反映が必要
    イ 査定の方法
      ※ 成果達成に向け努力する従業員を十分に掌握し、その達成度や達成プロセスを正しく評価する
    ウ 査定結果の明確化
      ※ 企業が社員に期待することが明確であること
    エ 査定成果の反映
      ※ 成果への達成意欲を高めるとともに、達成に向け努力した社員に対して、努力が十分に報われる仕組み
    オ 面接等による意思疎通
      ※ 企業目標の共有からフィードバックまでしっかりした意思疎通が必要
    カ 成果を出せる環境整備
      ※ 成果をあげるための上司からのサポート体制や人材育成、結果を出しやすい職場環境づくりも不可欠
    キ 不服評価への苦情受付体制
   ② 労働サイド【業務遂行に向けた意識】
    ア 経営に対する求心力(やる気)をもって職務遂行する
    イ 査定制度のあり方について積極的に関与し、より良い制度策定に参加する
    ウ チームワークを大切にし、組織全体で成果をあげるよう努める
    エ 長期的視点をもって業務を遂行する
    オ 自己能力の開発と資質向上に努める
    カ 業務運営における必要な改革を常に意識し、実行に努める
    キ 労働組合の責任ある制度運営の監視

3. 公共職場における目標管理制度と査定制度

 (1) 公共職場における目標管理制度と査定制度導入の背景
    昨年8月、人事院勧告で国家公務員の査定昇給と勤勉手当の査定導入が勧告され、今年4月より目標管理における人事評価および査定制度が導入されている。地方自治体においてもほとんどの自治体が今後、査定制度を導入していくこととなっており、松江市においても1999年11月から試行されていた業務実績評定制度が、実質的査定の導入に向けた検討委員会の立ち上げ段階にきている。査定制度導入には以下のような背景がある。
   ① 住民ニーズの多様化
     少ない人員で多様化した住民ニーズに対応していく必要性
   ② 地方分権の時代
     専門的な地方自治の必要性とそれに伴う高度な知識が求められている
   ③ 人事処遇制度の変化
     多くの民間企業で成果主義制度が導入されている
   ④ 厳しい財政状況
     限られた人員での最大限の人的効果が必要
   ⑤ 職員の意識の多様化
     公正・公平・透明性の意識の変化
     地方分権を中心とした『自治体のあり方』が問われる変革期のなか、すべての自治体は住民サービスの質と職務内容の向上に努めていかなければならない。そうした意味からも査定制度の導入による意識の啓発と個々の能力向上は必然性が高いと考えられる。

 (2) 公共職場と民間企業の違い
    民間企業は営利を目的として企業経営を行い、公共職場では全体の奉仕者として公共の福祉を目的に行政運営がされている。その結果について、民間企業では経常利益、公共職場では住民サービスの向上が示される。

  
民間企業
公共職場
目  標
企業利益(数値)
住民サービスの向上
自己能力の開発
効率的な業務運営
プロセス
意  識

業務に対する姿勢・やる気

能力発揮
知識・技術力、理解判断力、応用企画力、コミュニケーション力、マネジメント力、指導育成力、統率実行力、折衝力
結  果
企業利益(数値)
住民サービスの向上

 (3) 公共職場における目標管理制度と査定
    公共職場では住民サービスの向上を数字として表すことができないため、職務結果を査定することは難しく、個々の職員の結果を査定材料とすることに無理が生じる。逆に職務の遂行については、全体の奉仕者としての職責は重く、個々が最大限の能力を発揮し業務を実施していかなければならない。
    そのため、目標管理制度における査定では判断の難しい個々の職務結果を切り離し、プロセスと業務遂行能力を基準としなければならない。結果については、管理職が責任をもつことで職責における役割分担ができ、職員の業務に対する意識の向上にも繋がっていくと考えられる。

 (4) プロセスの査定について
    業務遂行におけるプロセスは、業務に対する姿勢とどのように業務に携わったかが重要なポイントとなる。能力の発揮については、経験によって構築された知識・技術、また自己学習によって得ていく能力も必要であり、職場全体を見据えたチークワークやコミュニケーション、指導育成についても重要な項目となる。
    個々の職員が同じ目標に雁字搦めになるのではなく、それぞれの異なる目標を設定することで役割を明確にし、個から全体の業務すべてのレベルアップを目的としていかなければならない。そのためにはそれぞれの職員が職務の垣根を越え、誰ができるといった結果主義の考えではなく、どのような姿勢で職務に望んだかを求めていかなければならない。

4. まとめ

 それぞれの事業体により将来のビジョンや目的、風潮など大きな違いがあり、これまでの成果主義導入の成功例がそのまま他の事業体に見合ったものではないことは調査内容からも示されている。また、成功例といわれている企業が今後、将来的にどのような結果をもたらすかについても一概に賛否を判断することはできない。
 これまで純粋な年功序列制度のなかで共に働いてきた自治体では、成果主義の考え方自体にアレルギー反応があることも事実である。しかし、大きく高まり多様化する住民ニーズへの対応や財政難に伴う事業の見直しに個々の職員がどのように対応していくかが重要な課題であり、こうした状況変化に対応していくため、大きな改革が必要である。そうした改革のなかで、査定制度は労使が同じ視点にたったやる気の持てる制度として導入され、良い制度運営による良い住民サービスを生み出し、自治体に暮らす人々が幸せに暮らせる社会を構築していかなければならない。

より良い制度策定に向けて

 1. 職場と個人の意見が尊重された制度の策定
 2. 職務遂行の姿勢を評価する査定制度
 3. 公平・公正な制度の運営
 4. 目標達成に向けた環境の整備
 5. 職務遂行に向けた意識の啓発
 6. 職種・職務の垣根を越えた意識の構築
 7. 事業全体を捉えたチームワークの構築
 8. 職員と管理職による意思疎通

―参考文献―
 城  繁幸 『日本型「成果主義の可能性」』(東洋経済新報社2005年4月28日)
 城  繁幸 『内側から見た富士通』(光文社2004年7月30日)
 野田  稔 『やる気を引き出す成果主義』(青春出版社2004年11月5日)
 高橋 伸夫 『虚妄の成果主義』(日経BP社2004年1月19日)

―調査資料―
 厚生労働省      『平成17年版厚生労働白書』
 日本能率協会     『成果主義に関する調査』2005年2月22日
 労務行政研究所    『成果主義人事制度導入効果と問題点』2005年3月13日
 社会経済生産性本部  『日本的人事制度の変容に関する調査』2005年度版

日本能率協会 アンケート調査結果
 参考資料

~労使の意識の違い~

 

~成果主義人事制度の導入による成果~
 

~成果主義人事制度導入の結果~