【自主レポート】

地方分権一括法を考える
(生活保護業務を中心として)

福岡県本部/福岡市職員労働組合 井上  健

 地方分権一括法が2000年4月に施行されてから6年が経過した。正式名称を「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」といい、1995年に設置された地方分権推進委員会の勧告を受け、国と地方を上下関係から対等関係にし、一層の地方分権を進めることを目的とし、関係各種の法律を改正するものであった。
 この地方分権一括法によって、それまでの機関委任事務と団体委任事務という区分は廃止され、地方自治体の事務は法定受託事務と自治事務に区分された。その前提として、地方分権推進委員会は、公務を次の3つに区分した。①本来的に国の責任において処理されるべき外交・防衛等(国による直接執行)、②本来的に地方自治体の責任において処理されるべき都市計画等(自治事務)、そして、③本来的には国の責任において処理されるべき事項だが、住民の利便性や効率的執行に配慮して地方自治体に処理させることが望ましい国政選挙事務や旅券の交付等(法定受託事務)である。
 もう一つの大きな変更点は、前記③はもとより②の範疇の事務についても、国の関与を限定的なものとするということである。
 以上のことを踏まえて、地方自治体の現場に身を置く者として、地方分権が一層進んだのか否か、制度設計に問題はなかったのか、若干の検討を試みるものである。

1. 法定受託事務と自治事務

 地方自治体の行う事務は、法定受託事務と自治事務に2分された。法令で地方自治体が処理すべき事務と規定され、当該法令で法定受託事務と規定された事務が法定受託事務であり、当該法令で法定受託事務と規定されなかったもの及び一般的な法令の枠内で地方自治体が主体的に取り組んでいる事務が自治事務ということになる。

(1) 法定受託事務
   言葉の理解として法定受託事務は、「国の事務を地方自治体が法令により委託されて処理する事務」であるととらえられる。常識的に考えれば、委託を受けるにあたっては委託料が支払われることは当然だが、必ずしもその費用の全額が国によって負担されるわけではない。国から地方自治体が委託を受けて処理する事務、という理解に問題があるのだろうか。仮に私の理解が正しければ、国と地方自治体を対等な関係に置くのならば、委託費用の一部を受託者に負担させることは、今日の社会においては常識はずれではないだろうか。国や自治体と私人・私企業は、規制等する側と受ける側という点を除けば対等であることは、国と地方自治体と同様である。例えば自治体が条例によって管轄区域内に事業所を有する企業にある事務を処理させることを決め、それにかかる経費を当該企業に一部負担させるようなものだと思う。近年導入された指定管理者制度が、契約によらず「指定」によって実質的な委託を行う点似ていなくもないが、指定の条件を承知して管理者候補となったものの中から指定する点、例示の実現とは言えない。このような条例は、理論的には可能かも知れないが、支持されないだろう。
   次に、法定受託事務の定義ともいえる「国が本来果たすべき役割に係る事務であるが国民の利便性又は事務処理の効率性の観点から、地方公共団体において処理されるべきもの」、という点について考えてみたい。
   住民に直結する事務が自治体レベルで対応できることが望ましいことは論を待たない。だからといって地方自治体に処理させることが適当とはならない。国が自治体レベルで各地方に事務所を設けて処理すれば、この点は解決できる問題である。しかし、当該事務が職員一人分にも満たない場合や、その管理・監督者を配置するには、係や所属単位に満たない人員しか要しない場合には、それは非効率的であり適当とは言えない。この点で前記定義は合理的であると思われる。しかし実際に法定受託事務とされているものの全てがこの要件を満たしているだろうか。例えば生活保護業務を行う福祉事務所は、生活保護以外の自治事務をも担っているとはいえ、都道府県には複数の事務所が、市部には一つ以上設置されている。生活保護業務のみ独立させて国が事務所を設置することは必ずしも非効率的とは言えないと考える。

(2) 自治事務
   地方自治体の行う事務のうち、法定受託事務以外の事務が自治事務である。この自治事務はさらに2分される。法令により一定の方式に則って処理することが義務付けられたものと、自治体自らが有用性・必要性を感じて創意工夫をこらして取り組むものである。地域興し等前者を自治事務ととらえることに抵抗はないが、前者について、法定受託事務よりも国の関与の権限の小さい自治事務として理解することには違和感を覚える。例えば住民基本台帳法に基づく市町村の事務は、法定受託事務ではなく、自治事務とされている。
   自治事務と法定受託事務の相違点は、法令の規定から見れば、自治体の事務として定めた当該法令に法定受託事務である旨規定されているか否か、ということのみである。地方自治体が行うこととされる事務のなかで、いずれが自治体固有の事務かということは、必ずしも自明のことではない。生活保護法においては、生活保護の申請受理から適用開始等は法定受託事務とされているが、事前相談に応じること、そこで行う助言などは自治事務とされている。生活保護の他、施策優先の原則から、自治体独自の施策の活用を助言することが必要な場合もあって自治事務とされているのだろうと想像するところである。しかし、感染症の蔓延防止はどうだろう。予防接種法は平常の予防接種の実施は自治事務、予防接種による健康被害に対する補償を法定受託事務としている。
   そもそも、国法で法令を定めて取り組むことが必要な事務は、本来的には国が責任を負うべき事柄ではないのか。また、全国一律に処理されるべき事務を自治事務とすることは、地方分権の推進にも国と地方の対等化にも益するところはなく、これを自治事務として国の関与の権限を小さくすることの是非も疑問とするところである。

2. 国の関与と地方の主体性

 機関委任事務に認められた国の包括的な指揮監督権限は、機関委任事務の廃止に伴ってなくなり、自治事務・法定受託事務ともに認められる助言・勧告・資料提出要求等と、法定受託事務について認められる処理基準の呈示等になり、その他個別法に基づく関与もできる限り設けないこととなった。国から示される処理基準についても、それに従うことが適当か否か、各自治体が個別に判断することが必要となった。制度上は国の関与の権限が縮小され、自治体の主体性が期待されることとなった。
 2004年3月16日に、福岡市の東福祉事務所とかつての生活保護受給者との間で争われた学資保険裁判の最高裁判決が出され、「画期的な判決」等の見出しで、大きく報道された。ある新聞は法定受託事務であることを明記しつつ、複数の自治体に今後の対応を照会した結果を掲載していた。当該福祉事務所長、福岡市長、多くの自治体の反応は、「今後、判決を受けて国の通知が出されるだろうから、それを待って今後の態度を決めたい」という内容だった。この自治体の態度は、機関委任事務であった時代のそれと何ら変わりがない。提訴されたのは1990年代前半、上告されたのも20世紀の末だから、いずれも地方分権一括法の成立前だが、最高裁判決が出されたのは、法定受託事務になってから丸4年になろうという時期だった。
 自治体の姿勢が変わらないことばかりを責めるわけにはいかない。国が生活保護費の75%を負担し、処理基準の呈示だけでなく、本省の監査や会計検査院の検査という形で縛りをかけているため、本省が学資保険は生活保護法の趣旨・目的を逸脱した蓄財だと判断している状況の中で、地方自治体が独自に容認すれば、減額すべき生活保護費を減額しなかったとして、期待した国からの歳入が減額されることになるから、うかつなことはできないのである。

3. 適正処理の確保

 生活保護業務に関しては、ある部分で地方自治体は主体性を発揮し始めている。法改正により、保護受給世帯数に対するケースワーカーの配置すべき人数が、「法定基準」から「標準」に変わったことを受けて、人事当局は基準に縛られることなく、効率的業務執行の名の下に、人減らしを実行しているのである。
 バブル崩壊後の経済の低迷が長期化する中、被保護世帯数・人員ともに減少傾向から増加に転じた。増加に転じたのみでなく、その伸び率はすさまじく、政令市では標準に従えば年間に数十人ずつ増員する必要性に迫られるところもあった。実際数十人増員するところもあり、事務所のスペースに余裕があったのだろうと想像している。しかし、国を挙げて公務員の定数削減が求められるなか、なるべくなら定数増は避けたいところである。これを可能としたのが、法定基準から標準への変更であった。都市部では80:1(郡部では60:1)とされていても、それは単なる標準数。自治体独自の配置基準を設けるところが少なくない。
 厚生労働省は、表だってケースワーカーの配置人員が少ないことを責めるわけにはいかず、監査で適正になされていないことの原因の一つにケースワーカーの人員不足をあげ、適正執行のために標準数は位置に近付けるよう要請するが、自治体側はケースワーカー以外の嘱託員配置等により不足分は補っている旨説明し、堂々巡りを繰り返している。標準どおりにケースワーカーが配置されている事務所においては監査における指摘がなかったり少なかったりするのか否か、寡聞にして知らない。
 この攻防の中で苦しめられるのは現場のケースワーカーと、要保護者・被保護者である。ケースワーカーは業務量過多の中、適正執行に務めようと努力しているが、それでも気配りや支援が行き届かない部分も出てくる。生活保護法の適正執行というとき、必要な人々に生活保護法を適用することと併せて、被保護者の自立助長の取り組みがその中心である。前者をおろそかにすると、申請を受理してもらえなかったり申請を却下されたりと、新聞に書かれるような事態を招くことになる。後者がおろそかになると被保護世帯数・人数の増加が止まらず、国から責められることとなり、また、保護費には市費・都道府県費の持ち出し分もあるため、予算当局からの攻撃も受けることになる。これらのことは当然に要保護者の悲劇や、被保護者の自立が遅れたり実現しなかったりと言うことになるため、要保護者・被保護者にとっての不幸でもある。
 保護率には地域格差があり、国が半分以上の経費を負担している現在の制度を変更して、自治体の持ち出し分の比率を増やせば、自治体はもっと熱心に生活保護の適正執行に取り組むようになると、生活保護費の負担割合見直し問題にかかる地方六団体と国との攻防戦が繰り広げられたことは記憶に新しい。保護率の格差は、地域の産業構造や、経済事情、そして地域の浮揚に関する意識のありよう等、様々な要因によると言われている。法制度本来の趣旨に添った適正執行の確保は、負担割合の見直しによって解決できる課題とは思えない。

4. 試案・私案

 国と地方自治体との間で業務をどう分担していくのか。外交や防衛が国固有の事務であるとすることに異を唱える人は少ないだろう。このような象徴的な事項を除けば、当該業務の性質等から理論的に振り分けられるものはそう多くないと考える。国や自治体の事務が、国民・住民の信託に応えて担うものであるとするならば、様々な時代状況、社会情勢等がその振り分け作業に影響してくる。現在の市町村と都道府県という枠組みの中で検討する場合と、道州制を導入した場合とでは異なるものと思われる。

(1) 法定受託事務の廃止
   国と地方の本来的な責任を適切に振り分けることが大事であることは言うまでもない。しかし、そもそも、機関委任事務や団体委任事務を廃止して自治事務と法定受託事務に振り分けることで、国と地方自治体を対等の立場に置くことができると考えることに無理があったのではないか。
   現在の法定受託事務については、自治体・国の双方に、委託・受託するか否かを主体的に判断できることとすることにより、国と地方を対等の関係にして地方分権を推進することや、責任と権限を付随させることになるのではないだろうか。生活保護に関して言えば、受託しない市には生活保護業務を行う福祉事務所は設置されず、住民が申請するには、多少遠方の福祉事務所まで行くことを住民は余儀なくされる。国と自治体の条件が折り合えば、住民は市域内の事務所で申請できることになる。受託した自治体に対しては、弱められた関与権限ではなく、対等な当事者同士の契約に基づく指揮・監督権限を国は有し、当該自治体には業務遂行責任と委託者たる国に対する服従義務が生じる。国は、適正執行が期待できない自治体には委託せず、自ら執行するという選択肢と、受託した自治体に対する十分な指揮・監督権限を与えなければ、「本来的な国の責任」を問うことはできないと考えるのである。

(2) 自治体の事務は、「法定自治事務」と「任意自治事務」の二本立てに
   法令により義務付けられた自治体の事務を「法定自治事務」とし、前述のように国から任意に受託した事務や、法令の枠内で創意工夫をこらして執行される事務を「任意自治事務」とする。自治体の処理する事務は全て、「自治事務」と統一的に称される。法定自治事務は全て法令に則り全国一律に処理することが求められる。任意自治事務については、国から任意に受託した事務については、委託契約に基づく受託者の義務が課せられるが、受託することを任意に選択したが故の義務であって、法定の義務ではない。受託しない自治体には当然課されない。任意自治事務については、公平・公正等の原理・原則的な制約のみとする。

(3) 自治体に対する制約は最小限に
   小泉政権の誕生は、地方分権一括法の施行後である。小泉内閣が骨太方針として毎年「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」を決定しているが、2005年の第2章3では、①国・地方の徹底した行政改革、②公務員の総人件費改革、と項目立てをし、地方自治体における行政改革だけでなく、地方公務員の給与水準の見直しや定数削減に触れている。地方の主体性を尊重するならば、むしろ定数を増やす自治体があることも許容されるべきだと思うが、この骨太方針を踏まえて、定数削減目標を提示することを自治体は迫られた。
   地方分権一括法の施行後である2003年には、地方自治法の一部改正により施設の管理については委託が排除され、直営か制定管理者制度のいずれかを選択することとなった。地方の主体性が尊重されるべき21世紀において、何故このような法改正が容認されるのか、理解に苦しむところである。地方分権の推進を言うならば、地方に広い選択の幅を認めるのが筋であろう。


参 考
 ・ 地方分権推進委員会第勧告
 ・ 機関委任事務制度の廃止後における地方公共団体の事務のあり方及び一連の関連する制度のあり方についての大綱
   以上 http://www.soumu.go.jp/indexb4.html
 ・ 経済財政運営と構造改革に関する基本方針
   http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/