【自主レポート】

「 迫 ら れ る 自 治 の 選 択 」
~5つ星の自治を求めて~

 北海道本部/富良野市労働組合連合会 西野 成紀

1. はじめに

 明治維新、戦後改革に次ぐ第3の大改革といわれている地方分権社会の時代を迎え地方自治体は、人口減少、少子高齢社会、財政危機、市町村合併など先行き不透明な将来において手探りの中から、自己決定・自己責任を果たしていかなければなりません。「自治のかたち」とは、自らが望むべき、めざすべき、理想とする姿≪自治≫に向かって、それらを実現するための手段≪かたち≫です。これは、国や北海道から示される方向に一方的に従うのではなく、そこに住む地域住民や自治体自らが考え、話し合い、選択していかなければなりません。

2. 富良野圏域5市町村の概要

 北海道の中央部に位置する上富良野町・中富良野町・富良野市・南富良野町・占冠村は、2005年国勢調査の人口が47,901人、面積は東京都とほぼ同じ大きさの2,184k㎡です。この地域は、山や森、湖などの美しい自然環境の中、米や野菜、酪農などの農林業を基幹産業とし、全国的に有名なラベンダーをはじめ、スキーやラフティングなどの体験型をも有し、道内を代表するリゾート地です。また、働く場所や高校への通勤・通学圏、日常的な買い物を行き来とする商業圏、地域センター病院などの通院・入院による医療圏として、一つの日常生活圏の関わりを形成している地域でもあります。
 自治体間では、消防、給食、ごみやし尿などの共同処理・牧場管理の一部事務組合をはじめ、介護認定審査会、広域観光、図書の広域利用など様々な分野において協調・連携を図ってきています。

3. なぜ、「自治のかたち」検討プロジェクトチームが発足したのか?

 平成の大合併の第1波がにわかに押し寄せてくる中、2002年10月、富良野圏域5市町村では企画・総務・財政課長クラスによる「市町村合併研究会」を発足しました。当研究会では2ヵ月間の調査研究を経て同年12月「個別事項について具体的に議論する機関が必要である」との検討結果を5首長へ提出しました。首長たちはこの報告に基づき「合併協議会を設置すべきかどうか」を3回にわたり話し合いを行いましたが、「5市町村で合併協議会を設置することは困難である」との結論に至りました。その後、2003年12月、南富良野町と占冠村の2町村で合併協議会を設置し協議をしましたが不調に終わりました。
 こうした中、国は2005年4月1日、市町村のさらなる行政体制の整備を図るために合併新法を施行し、さらに、三位一体の改革にともなう補助金の削減や地方交付税の見直しを進め、地方自治体は厳しい財政運営を強いられています。
 また、北海道では道州制がめざす地域主権型社会に向け、住民に身近な市町村が、地域の実情や住民ニーズを踏まえて総合的な行政サービスを提供できるように、市町村へ189の事務事業・2,060の権限移譲を進めています。
 このような国や北海道の動きに鑑み2005年1月、5首長が一同に会し「圏域の将来の方向性については、5市町村が一つにまとまって話し合う」ことが確認されました。さらに同年2月、今後の「基礎自治体のあり方」や将来の「自治のかたち」について、圏域住民が様々な選択肢から議論できるよう情報提供するため、各自治体より専任職員を派遣し「自治のかたち」検討プロジェクトチームを設置することが確認されました。
 2005年5月11日、「自治のかたち」検討プロジェクトチームとしての委嘱を受けた6人の職員(富良野市は2人、4町村から各1人)は、360度水平線しか見えない大海原に投げ出されたかのような戸惑いと不安を感じながら、どの方向にめざすべき島≪自治≫があるのかを捜し求める船出となりました。個々のメンバーはそれぞれの首長の思惑に違いはあれ利害関係にとらわれることなく、将来にわたって富良野圏域5市町村が支えあい、助け合い、認め合い、自ら考え行動し、小さくてもキラリと光る「5つ星の自治」をめざすことを確認しました。
 富良野市役所の2階会議室を拠点としたプロジェクトチームは、当初、お互いの「まち」やメンバーの「人となり」を知るため、「本圏域にはどのような課題や問題が存在しているのか」「将来のあるべき姿や望ましい状態とはどのようなものか」について何日もかけて徹底的に洗い出し議論しました。さらに、各市町村の施設や取り組み状況を見て聞いて、肌で感じながら「この地域のキラリと光る宝とは何か」「より一層のパワーアップを図らなければならないものは何か」などを探りました。

4. そもそも「自治」っていったい何か。

 私たちは自治体職員であると同時に自治労の組合員でもあります。両者に「自治」という言葉がありますが、プロジェクトチームでは「そもそも『自治』っていったい何か?」という壁にぶち当たりました。「自治」という何の変哲もない言葉でありながら、長い間地方自治の現場にいる職員でも「こうだ!」と言い切れるものはなく、「自治」という身近なものが遠い存在に感じ、真正面からこの課題について議論することとしました。
 「自治」とは読んで字のごとく、「自ら治めること」であり、「自らのことは自ら処理すること」かもしれません。それは、「自ら考え、自ら責任を持って行動する」ことが原点であり、「よりよい生活を実現するために、自分たちの地域のことは、知恵と力を合わせて考え、決定し、責任を持って行動し、支えあい、助け合う」ことかもしれません。
 それでは、私たちの住む地域に「自治」は存在しているのか?
 「自分たちの住む地域に課題や問題がありますか?」
 「その課題や問題について情報が共有されていますか?」
 「共有されている情報についてみんなで話し合うことが可能ですか?」
 「話し合うことにより、物事を決めていく過程を理解し認め合うことが可能ですか?」
 「決まった事は、お任せではなく、自らできる範囲で行動することは可能ですか?」。
 このように「自治」とはいつの時代も絶えず問われ続けています。山登りのように一歩一歩前進し、その問いを解決し道を切り開いていかなければなりません。

5. 地方自治とは

 憲法第92条には、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」とあります。ここでいう「地方自治の本旨」とは、住民の積極的な参加と協働による「住民自治」と、行政サービス提供による経営の自治を目指した「団体自治」の2つがあるといわれています。そこで、「住民自治」には、身近な地域コミュニティを単位としてきめ細かく進めることで住民主体による取り組みが生まれる可能性があります。また、「団体自治」には、地域の課題を広域的に処理し必要な事務事業の集約化と機能分担を図ることで、財政支出を過度に増やさぬよう連携・共同・合併などの方向に向かうことで新たな可能性が生まれる場合があります。
 「自治」とは「自ら考え、自ら責任を持って行動する」ことならば、小さな単位を尊重・優先する「住民自治」は地方自治の本質であり、行政サービスの提供を求める「団体自治」は「住民自治」を実現する手段です。そのため、将来の「自治のかたち」として「住民自治の確立」と「団体自治の強化」に向けた調査・検討をすることとしました。

6. 住民自治の確立に向けて

 戦後の高度経済成長は、地域社会のしくみに変革を強いることになりました。行政は従来、地域社会が担ってきた仕事に加え、「国民の福祉の向上」をスローガンに多くの業務が住民から任されることとなりました。同時に、自分のことは自分で行う「自助」や、自分でできないことはみんなで助け合って行う「共助」、それでもできない時のみ市町村が行う「公助」など、相互扶助の精神が希薄となり地域コミュニティの崩壊にもつながりました。住民自治を確立するためには、自助・共助・公助による「補完性の原理」に基づき、住民主体の自治が尊重されなければなりません。また、行政だけが行う一律的な行政サービスでは、多様な価値観やライフスタイルを持った住民ニーズに対応することは難しくなってきています。公共サービスは、供給体制、方法、費用負担などを適切に組み合わせることにより、時代の変化と住民ニーズに対応した提供が求められます。そのため公共サービスは、行政だけでなく、住民や地域、ボランティアやNPO、企業など多様な組織によって担い、支えていかなければなりません。

7. 団体自治の強化に向けて

 戦後の日本がどん底から立ち上がり、アメリカのような良い生活をしたいという目標(あこがれ)に向かいひた走っていた時代には、政治も経済も行政も、力を分散させるより、これを一点に集中した中央集権の方が望ましかったかもしれません。しかし、国民ニーズが福祉や文化、環境などの住民生活に身近なものへと大きく転換してくると、決め細やかな要求に応えていくためには、中央から地方に権限・財源を移す必要があります。ところが、国は地方のまちづくりや各種施設づくりなど、補助金制度により細部に渡って口を出し、その方面に地方は相当なエネルギーを費やしているのが現状であります。しかし今後、国は、外交、防衛、通貨、安全保障など国家として本来果たすべき役割に全力を注ぎ、地域に密着した地域生活に関わるものは、原則として国の受け持つ領域からなるべく地方や民間に任せ、「小さな政府」に向かうことがいわれています。
 また、北海道は道州制の進展や市町村合併、支庁制度改革にともない事務事業・権限を市町村に移譲し、「コンパクトな道庁」に向けて、北海道の領域は縮小される方向が示されています。
 このように国や北海道の領域が縮小傾向にあるなかで、住民に最も身近な市町村は行政サービスの向上と行政運営の効率化、さらに最小の経費で最大の効果を生むために団体自治を強化していかなければなりません。そのための手法として、「市町村連携」「広域連合」「市町村合併」「広域都市」の4つの「団体自治のかたち」を選択しました。

(1) 選択肢1 ⇒ 市町村連携
   市町村連携は、事務を市町村間で協力したり、共同で行ったり、他の市町村に委託したりできるため、特定の目的の事務のために市町村間で合意が成立すれば実施が容易に行えるなど柔軟性や即応性に優れていますが、財政効果が期待できないなどの懸念が考えられます。プロジェクトチームではすぐにでも実施可能な連携事務として、法律問題・消費生活などの相談業務、図書館・図書室の広域利用、職員研修の共同実施を提案し、5首長で確認され2006年4月より実施しています。
(2) 選択肢2 ⇒ 広域連合
   広域連合は、一部の事務を共同処理するために市町村とは独立した地方公共団体をつくることであり、一部事務組合と比較して、権限移譲の受け皿となり連合長や議会議員を直接選挙できるなどの機能強化が法的に定められていますが、意思決定には利害調整に時間がかかることや責任が形骸化することが懸念されます。プロジェクトチームでは、広域連合への移行可能な事務として国民健康保険事業、介護保険事業、担い手対策などの農業政策、消防・給食・環境衛生・牧場管理の一部事務組合を選定しました。仮に4つの一部事務組合を広域連合に移行した場合、試算として組合議会が一つになることにより年間297万円の財政効果が期待できます。
(3) 選択肢3 ⇒ 市町村合併
   市町村合併は、行政の自立性・主体性を確立するとともに、効率性を高めるために財源・職員・行政施設などの経営資源を有効に活用することが可能となります。しかし、富良野圏域においては面積が広いことによる行政の効率性、財政力が弱い市町村同士の合併による財政効果の危惧、昭和の合併により富良野と山部で生じた格差の懸念など、歴史的・心情的背景も根強く存在しています。
(4) 選択肢4 ⇒ 広域都市
   広域都市とは、富良野圏域5市町村が国や北海道からの依存体質から脱却するために、北海道から権限・財源・人間の3原則を移譲し、圏域5市町村と北海道の行政組織を一元化することで「地域のことは地域で決められる自律した地域主権型社会」を創造するための新たな自治システムです。広域都市は富良野圏域5市町村が合併した後、この地域にある保健所や土木現業所、農業改良普及センターや耕地出張所などの北海道の出先機関を将来的に「合併した5市町村」に統合することで、北海道と市町村との2重行政の弊害を克服し、住民の利便性を向上することが期待できます。さらに、市町村合併で懸念されている「中心部と周辺部の格差」を解消する仕組みとして、それぞれの市町村に機能分担した事務事業、職員の配置による分庁舎システムも考えられます。

8. 最後に

 本年3月23日、プロジェクトチームは本編204ページ、資料編600ページに及ぶ最終報告書(http://www.nakafurano.jp/jiti/file.htm)を作成し5首長へ提出しました。首長たちはこの最終報告書を基に「住民への情報提供、及び意見集約を図り、再度、5市町村長で今後の方向性を協議する」ことが確認され、3月31日解散しました。
 4月以降、各自治体では、職員への説明、議会への説明、さらに各地域で精力的に住民との懇談会を開催し、4つの「自治のかたち」から何を選択するのか意見を集約しております。7月下旬には住民から寄せられた意見を5首長が持ち寄り、今後の富良野圏域5市町村の方向性を話し合う予定です。
 全国的に市町村合併が進む中で、プロジェクトチームは一年の間、合併する・しないだけの議論から、「自治」という壮大なテーマに踏み込み議論したことは大きな前進だと思います。私たちメンバーは、「自治の単位が小さいほど住民の意見が反映される一方で、大きいほど効率的」というジレンマに自問自答の日々でもありました。
 「自治」とは、まさに「実地」であり、ゼロから創り上げた「たたき台」を基に、住民と話し合い一緒に汗をかきながら実践を積み重ねていかなければなりません。そして、子どもや孫の世代に夢と希望をつなぐため、今まさに、みんなで考え話し合い、熱い思いと冷静な判断で地域の未来を選択していかなければなりません。