【自主レポート】

名張市の行政改革大綱『市政一新プログラム』のこれまで

 三重県本部/名張市職員労働組合 我山 博章

 名張市では、2002年4月の亀井市政発足後、9月18日に「財政非常事態宣言」が発表されるなど、厳しい財政状況が明らかにされました。
 また、2003年2月に行われた住民投票で伊賀地域7市町村の合併に参加しないことが決定し、今後財政面ではさらに厳しい環境になることが予想されます。
 全国的にはこれまでの間、2002年度に地方財政計画の規模が初めて前年比1.9%の減となり、地方税が3.7%の減、地方交付税が4.0%の減となるなど、地方財政環境の悪化が進んでいます。これに加えて、名張市は数年前まで団地開発による急激な人口の伸びに対応するため、学校や道路、公民館などの整備に追われ、旧市街地の整備や医療、下水道など他の都市では既に終わっているインフラの整備が遅れていました。それらの整備がこの数年間に集中したことが、より財政を圧迫している原因となっています。
 名張市は、1965年以降の住宅開発によって、当時約3万人の人口が2000年には約8万3千人となり、ピークとなりました。その後現在までは僅かではありますが減少傾向に転じ、2004年に策定された現在の総合計画では、2015年度の将来人口を11万人から8万人に下方修正しています。
 また、開発された住宅団地やその周辺部では、学校や道路、上水道、下水などの基本的な社会資本については民間開発業者やその開発負担金によって整備されてきましたが、住宅団地以外の旧市街地の都市基盤整備や福祉、医療、産業振興などといった新たな行政需要については1995年度以降事業が集中し、景気浮揚のための国の経済対策によるものと合わせて、市債の発行額は急激に増加しました。
 具体的には、1994年度の市債の発行額が約29億であったのに対し、1995年度には約43億、1996年度約34億、1997年度約42億と大きく増加し、その償還のための公債費が2006年度から毎年加速度的に増えています。
 市債発行の主なものには、1995年度に福祉施設の建設費として約15億円、1996・1997年度に大学誘致のための費用として合わせて約19億円、2006年度には斎場分として約5億円があります。
 また、これと合わせて財政調整基金の取り崩しも1996年度以降急増し、1996年度に大学誘致に13億円、1997年度に病院に約12億円基金を取り崩し、1995年度末に約35億あった残高が、2002年度末には枯渇するといった状況になりました。
 「財政非常事態」を宣言し、行政改革を行ってきた背景には、そうした全国的な地方財政をめぐる環境の変化と名張市固有の要因による財政の悪化があったことをまず述べておきます。
 そうした状況のなかで、2003年3月に名張市の新しい行政改革大綱「市政一新プログラム」が策定され、2003年度からその実施計画に基づいて、様々な施策が展開されています。
 改革ではその目標・理念を「市民の幸せ」とし、「協働」「効率」「自立」によって、自主自立の自治体を構築するとしています。改革の基本項目として①情報提供・共有の推進、②市民との対話、③成果主義の行政、④経営観点の導入、⑤経費節減と合理化、⑥民間活力の導入、⑦電子市役所の推進、⑧市民主体のまちづくり行政の推進、⑨シティズンズチャーター制度、⑩行政の自立、の10項目を掲げ、61の具体的項目の実施によって目標の達成をめざしています。
 また、全体を包括する考え方として「ガラス張り市政」「ニュー・パブリックマネジメント」「シティズンズチャーター」といった耳慣れない言葉が踊っているのも今回の改革の特徴です。
 改革の推進体制としては助役を委員長とし、主管室長を委員とする市政一新委員会で検討したものを、市長を本部長とし部長で構成される市政一新本部、あるいは市民の代表で構成される市政一新市民会議で議論し、実行していくというものです。
 では、この間の改革の効果と問題点についてですが、まず効果の点では①については市の広報が月1回から月4回の発行に変更されたことで、よりタイムリーな情報提供が可能となり、ホームページの充実と合わせて一定の成果があがっていると評価できます。②、③については市民の意識調査や総合計画数値目標の進捗状況の公表などは実施していますが、それ以上の成果は今のところ見当たりません。④、⑤、⑥については後述するとして、⑦については、時代の要請とは言え、簡易で定例的な事務も市としての意思決定にかかわる重要な案件も一律に電子化が導入されたことにより混乱が生じ、2006年1月に電子決済を導入して半年が経過したにもかかわらず、未だに軌道に乗っていないのが現状です。
 ⑧については、地域予算制度や地区公民館の地域運営など市民主体のまちづくりに向けた一定の成果はあるものの、他方で地域の温度差による格差が生じてきていることも見逃せません。
 ⑨については現在までの慣行や今日までの市民と市役所の関係、風土に馴染まず、市役所は確実に実現できること、あるいは既に実現していることだけを改めて市民に約束するという、全く前向きの改革になっていないのが現状です。それどころか、「約束」になることで、今までよりも余裕を持った期限、内容を設定するようになり、制度そのものの認識が市民・職員に行き届いていない中ではありますが、職員の対応をより消極的な方向に向かわせる懸念があります。
 また⑩の具体的施策である時間外のオフサイトミーティングについては、まず環境づくり、土壌の醸成が必要で、いきなり「気楽にまじめな話を」と言われてもなかなか有意義な議論にならないのが現実です。また、派遣・人事交流については、近年の職員数の減少のなかで敢えて行うのであれば、少なくとも明確な目標、期待する効果を設定し、合わせてその検証が必要です。
 では、今回の改革の中心である④、⑤、⑥についてですが、まず④の経営観点の導入については、プログラムに沿って組織機構改革が行われた結果、従来の課・係が廃止され、新たに室制度が導入されました。その理念は「新たな行政課題や多様化する市民の行政ニーズに対応するため組織のフラット化、フレキシブル化、フロント化により意思決定の迅速化、責任の明確化を図り、柔軟な組織運営と市民側を向いた組織を構築する」としています。しかしながら、現実には課長級職員の責任範囲が狭まり、縦割り組織の弊害が更に増幅された結果となっています。また、職員の新規採用が停止され職員数が減っていくなかで、小さな組織を沢山つくることは以前より大きなロスを生み、不効率な組織になっています。一方、市民の側から見たとき、現在の組織は細分化され過ぎて、一体自分の用件はどの窓口・室で解決できるのか直ぐには分からないというのが現状です。
 このことについて、組合として何度も問題点を指摘し、改善を要求してきました。しかし、組織を目新しくすることが改革の象徴であること、組織を元に戻すことは改革そのものが誤りであったことを認めるようで、そうした象徴的な形での後戻りは出来ない、とも取れる当局の対応によって、現在もなお室制度が残されています。また、2006年7月からは、室長、室組織の中に担当室長や副室長を配置するといった更に分かりにくい責任体制になる予定です。
 また、同じく④の経営観点の導入の取り組みとして策定された「名張市定員適正化計画」(2006年3月策定)では、2011年度当初の職員数を現在の825人(消防及び衛生組合除く)から757人に削減する(削減率△7.8%)としており、2004年3月に策定した総合計画を上回る削減が予定されています。
 名張市の職員数は、東海、近畿地区類似団体と比較して、市民数対職員数で12市中4番目に少なく、2005年4月現在、職員1人当たりの平均値196.6人に対し、204.3人となっています。
 では、その職員数をさらに削減して、どのように現在の業務を行っていくのかということですが、「計画」では職員個々の能力の開発といった、結果を数字としてあてにするのが困難なことや、前述の的外れな組織改革によって業務を効率的に行うとしているほか、主には改革項目の⑥に挙げられている公共サービスの民間委託、民営化、あるいは臨時職員の活用によってサービス水準の維持を図るとしています。
 主として業務の見直しを行うのではなく、その業務の担い手を職員から民間業者に置き換えることで職員数の削減を図るとしており、その手法は「定年退職者の不補充。普通退職、勧奨退職の範囲内での新規採用。それによる職員の年齢層の歪については、職員採用年齢の弾力化によって調整。」としています。つまり、「適正化計画」というよりは単なる「減員化計画」になっており、そこに将来の名張市を支える人材の育成といった戦略がないことが最大の問題です。
 また、改革項目⑥の民間活力の導入では、県下で初めて小学校給食の調理・配膳・洗浄部門の委託が大規模校2校で実施され、残りの4つの大規模校(県費の栄養職員が配置されている学校)も順次委託を進められる予定です。また、保育所についても大規模園5園を民営化する計画となっていますが、ではこの間、どれほど官と民の役割分担について議論されてきたのかというと、全く不十分と言わざるを得ません。
 学校教育の中で、食育の大きな部分を担っている給食の役割、あるいは不登校や学級崩壊など数多くの問題を抱えている教育現場で、現在良好に運営されている給食を単に経費的な観点だけで変更することに対する議論が尽くされた上での民間委託ではありません。
 一方、保育については、どの規模の園であれば、経費削減の観点で委託効果が大きく民間事業者が業務として成り立つかという議論しか行われておらず、保育行政として、どの分野について引き続き公が直接サービスを提供し、どの分野を民間に委ねていくといった公と民の役割分担の議論が全くされていません。その結果として、名張市の保育の根幹を担っている大規模保育所をまず民営化しようとする計画となっています。
 では名張市において、現在までの民間委託・民営化が本当の意味で民間の持つノウハウ、活力を活かしているのかと言えば、小学校給食を例に挙げると、民間委託される前は4人(正職2人、臨職2人)で行っていた業務が、委託当初は6人、1年以上を経過した現在においても民間業者の調理員5人で行っており、少なくとも効率的になったとは言えません。単に公務員と民間に働く労働者の雇用形態、賃金格差によって経費が削減されているだけです。一人ひとりの賃金を下げることが改革であるとは到底思えませんが、もしそうだとしても、市役所は自らの職員の賃金を下げられないからそれを民間に求める、というのはあまりに不道徳であると考えます。
 名張市の財政は現在も非常に厳しい状況にあります。今苦しいことの直接的な原因は既に述べたことに加え、2002年度の斎場建設場所の変更に伴う基金の取り崩し(起債の繰上償還分として基金を24億円余り取り崩し)によって基金が枯渇し、他の自治体のように当面それを当てにした予算が組めないことにありますが、本質的にはこの間の小泉改革によって、国の借金の肩代わりをさせられてきた、地方が切り捨てられてきたことに起因しています。また、国の借金の多くが、バブル崩壊以降の間違った財政出動によるものであり、地方における借金も、その多くがそうした国の間違った政策によって背負わされたものであることからすると、そのことの総括がないまま、いかにも新しく登場した改革者であるかような顔をして、地方に責任を転嫁しようとする政策には憤りを感じます。
 国における現在の改革が今後も継続されれば、現在持ちこたえている自治体においても、いずれは名張市のように基金が枯渇し、「財政非常事態」となるでしょう。
 特に危惧しますのはそうした財政環境が、全ての議論やモラルを吹き飛ばし、私たちをして財政優先の政策づくり、目的が経費削減だけであることを隠すための理屈づくりに向かわせるのではないかということです。
 極端な言い方をすれば、公務員の賃金が高いことが行政経費の高騰の原因で、その賃金が不当な水準であると言うのであれば、それを下げるなり、雇用形態を変更すれば良いのであって、民間にそれを求めるべきではありません。
 今行われている改革の多くは、民間のノウハウであるとか民間活力の導入などという理由をつけて、いかにも本来民間が担うほうが合理的であるかのような理屈のを組み立てを行っていますが、単に民間の労働者に経費節減を担わしているに過ぎません。
 そうしたことに労力を割くのではなく、公と民の役割分担を考えるのであればもっと本質的なところの議論を始める必要があります。例えば名張市ではよく「民間委託しても市が監督し、責任は市が負うから市民の方は安心して下さい」と説明していますが、それでは健全な民間業者は育ちませんし、民間の特長も活かせません。法律上、制度上の問題があることは承知していますが、基本的にはサービスの提供者が最後まで責任を負うという前提で、それを公が担うのか民が担うのかを議論すべきです。
 その上で、民間が担うことが望ましい分野については徐々に民間に委ねていくべきと考えます。
 「民間委託すれば安くできる」というのは民間の方々を馬鹿にしていますし、「競争によって、より良い物がより安価に提供され、淘汰によって良い事業者だけが生き残る」という市場原理を目の当たりにしたことがありません。
 名張市の市立病院では、プロポーザル方式で以前よりかなり安い委託料で契約した給食業者が2年目の契約を断り、また元の業者が業務を行うといったことが起こっています。無理な委託金額ではサービスの確保は困難であることが具体的に実証されています。
 経費の削減という観点では「非常事態宣言」後の「緊急対策」(職員給料のカットなど)では一定の削減が図れましたが、「市政一新プログラム」の効果は現在のところあまり大きなものではありません。むしろ、改革のための初期投資に費用が嵩んでいる状況です。
 無駄を省くということについて異論はありませんし、民間の方々が一定部分の公的サービスを担っていくという考え方も時代の要請であると認識しますが、だからといってセーフティーネットとしての公共の役割はなくなりません。そうしたことの議論が不十分なことこそが問題です。