【自主レポート】
第28次地方制度調査会 議事録を読む
兵庫県本部/兵庫県職員労働組合・書記・全国自治体労働運動研究会 藤原 了
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第28次地方制度調査会(首相の諮問機関、諸井虔会長)は、2006年2月末に「道州制のあり方に関する答申」を提出した。答申は、都道府県に代えて広域自治体として「道州」を設置すること、現在都道府県が実施している事務は大幅に市町村に、国の出先機関の事務はできる限り道州に移譲すること、道州に直接選挙で選ぶ議員と長を置くことなどを提案している。また、全国を9、11、13の道州に分ける例もあげられている。本稿では、調査会の「議事録」からその幾つかの重要ポイントを提供していきたい。(議事録部分は資料扱いとして原稿ボリューム制限をクリアしたつもりである。)
1. 道州制移行時の都道府県職員の身分について
麻生総務大臣(当時):これはひとつだけ覚悟していただかなければいかんところだと思うんですが、移行するまでの間、多分、県の役人と国の役人が席を並べることになるわけです。だって同じところにいるわけですから、そのときにそれを合併して一つにするといったら、そんなに人は要りませんから、削るとなったときには、気がついてみたら国の人間だけ残って、県の人間は全部いなくなったといって、それは国の押しつけじゃないかとは言わないで下さいね。そこのところだけあらかじめお断りしておきます。選ばれるのは知事さんであり、選ばれるのは、そこの地元の方が採用されるわけですから、人材の優秀な人間をやってみたら、結果的に残ったのは、国が8割で地方が2割だったと。地方が8割も切られて、ふざけるなというような話は必ず出ますから、これは民間の合併でも同じ話ですので、そういった点は、組合対策、自治労対策というものは、これは首長さんとしては真剣に考えていただかなきゃいかん問題じゃないかというような感じが正直なところです」。(2004年3月1日 調査会第1回総会)
麻生総務大臣が言う「民間の合併でも同じ話」とは、飲み込む側と飲み込まれる側でリスクは違うことを意味している。道州制とは、国が地方公共団体である府県を飲み込んで成立するのであるから、飲み込む側は国、飲み込まれる側は府県である。どちらのリスクが高いのかは明白であろう。
2. なぜ今、道州制なのか
「道州制の導入が適当」と答申はなされたが、調査会(小委員会)では導入部分から疑問が相次いでいた。
紺谷委員:(エコノミスト):今の都道府県では不十分だから、問題があるから道州制という選択肢が出てきたということであれば、現行ではどこがいけないのかということを、私たちは共通認識としてある程度、全員一致しなくても、持っていなくちゃいけないはずなんですね。だけど、市町村合併に関しては必ずしも今の市町村でどこがいけないのかはっきりしなかったんですよ。
松本小委員長:(自治総合センター理事長):まさにそれをこれから論議していきましょうという…。
紺谷委員:議論をする以上は論議が出てきた前提があるはずですよね。(略)都道府県制度じゃいけないという問題意識があるわけです。
久本総務省行政課長:都道府県の制度というものが明治21年に今の47都道府県になってから116年間変わっていない。(略)それからあと、市町村合併が大きく進んでおります。(略)当然、市町村の規模・能力は拡大するわけですから、都道府県の権限というものは、市町村にこれから大きく移譲していくことになる。そうすると、都道府県の役割というものは、今現在、都道府県が果たしている役割というものを市町村に移すということと同時に、そういう経済広域化、あるいはグローバル化ということの中で、これまで国がやっていた仕事というものの権限の移譲を受けて、そして広域自治体として役割を果たしていくということが今求められている。
岩崎委員:(筑波大学教授):総理の諮問に(略)「道州制のあり方」と書いてあるのでこれだと、道州制を入れるのが当たり前と始まっているんですね。先ほどの、都道府県はどうしてだめなのということは、ここでは見えないわけですね。(略)大都市制度は大都市があるからいいんですよ。議会のあり方、議会があるからいいんです。地方税財政制度、あるからいいんです。既にあったもののあり方を一番始めに言われ、ないものがあるように見てあり方とか言われるから何かすごい混乱をしてしまうんですね。(略)これでいくと都道府県の立場がない。(略)道州制というラベルは手あかがついている(略)昔の地方庁構想の時代とか、すごく古いのがいっぱいあるんですね。みんな道州制というラベルです。ラベル先行、中身いろいろなんです。
以上は、第4回小委員会(2004年5月)議事録から
マリ・クリスティーヌ委員:(異文化コミュニケーター):これだけ長く続いているいい制度(都道府県)であるのならば、あえて変える必要はないと思うのですけれども。(2004年11月、第3回総会議事録)これら議事録からのピックアップからだけでも、なぜ今わざわざ都道府県制度を廃止して道州制に向かわなければならないのかという基本部分で疑問が噴出し、その疑問に対して道州制推進派は、基本的に久本総務省行政課長の「答弁」を繰り返しているだけである。そのために議論はパラレルに終始し、深まった印象が全くない。
3. 道州の「長」選出方法をめぐって
長谷部委員:(東京大学教授):長と議員の両方を直接公選するというのではなくて、議会の多数派が長を互選するという議院内閣制の方式をとるということも、これは議会と執行機関との政策の調整をよりスムーズにする、あるいは決定・執行の一貫性を保持する手段としては一考に値しうる。― 第6回小委員会(2004年8月)議事録
しかし、道州の長の選出方法は第18回小委員会で多数の意見により直接公選の方向が決定された。
道州の長を直接公選することになった結果、東京を含む関東州は巨大すぎて直接公選の首長と間接公選の首相が対立した場合、国を二分しかねないという理由から論外となった。また、強大な権力をふるう道州の「長」については「任期」も議論しない間に「多選禁止」が盛り込まれることとなった。
4. 西尾委員の「爆弾」発言
西尾委員:(略)国会あるいはそれに準ずるような立法機関の中に地方公共団体の意見を反映させようということでありますから、勢い参議院問題に行き着かざるを得ないわけで、私は(略)衆議院、参議院という制度を憲法を改正する際に廃止をいたしまして、国会は一院制にして参議院を廃止する代わりに、ドイツの連邦参事院に当たるような、国会の院ではないのだけれども、副次的には立法審査機関としての地方自治保証院みたいなものをつくって、そこには地方公共団体代表者が参集していて、選ばれていて、地方自治に関連する法案はそこを通らなければならないというような制度をつくり上げるというやり方をとるか、そうでなければ両院制というものを残しておいて、現在の参議院の選挙方法を完全に間接化することと同時に、参議院の機能を弱めるわけですけれども、その第二院を地方団体の代表者が参集するような院にしてしまう。これはフランスの国会における上院に当たるようなものに参議院を組みかえるということが最も確実な方法ではないかと考えておりまして、これは憲法改正が大前提でありますから、まだ先の話なんですけれども、ぜひともそういうことを考えていくべき時期に来ているのではないかというふうに個人的には考えています。― 第17回小委員会(2005年3月)議事録
参議院の廃院ないし弱体化については西尾委員は第5回総会でも意見を開陳しており、彼が進めた地方分権の完成形が「一院制の国会と道州制」にあることが明らかとなった。
次の西尾発言と小早川副会長発言をダブらせてみよう。
西尾委員:道州議会議員の選挙制度は、私個人は従来から申し上げておりますが、比例代表制にした方がいいという考え方であります。
小早川副会長:(東京大学教授):参議院の場合には、道州を単位とする選挙区になるかと思う。― 第33回小委員会(2005年11月)議事録
第27次地方制度調査会では、道州議会議員は1道州あたり30人から40人と考えられている。衆議院比例11ブロックの議員定数は180人、参議院議員は(都道府県を単位選挙区146人と比例代表96人)242人で、合計すると422人。予定される道州議会議員定数の総数と微妙な数字になる。彼ら国会議員は、憲法が改正されれば国会議員から道州議会議員に「植えかえされる」可能性が高い。もちろん全員の移籍が保証されるわけではない。
都道府県が廃止されれば、知事と議員が「失業」する。道州の長はおそらく相当な実力者が当選するだろうから、たとえ州都を奪取した府県知事といえども安泰ではない。道州の長の選挙には衆参議員も参入してくる可能性がある。衆議院比例ブロック選出議員や参議院議員の多くはそのまま横滑りで道州議会議員に移されるとしても、定数次第では強制淘汰が生じる。そこに都道府県知事や有力な政治家一族の都道府県会議員が挑戦する可能性は残っている。しかし、その多くはむしろ基礎自治体の長を狙ってみたり、さらに実力で劣るものは市町村会議員へと転身をはからざるを得ない。
これは衆議院比例ブロック選出議員も参議院議員も現職知事も都道府県会議員も基礎自治体の長も市町村会議員も、要するに小選挙区トップ当選者以外の現職政治家は全て強制淘汰の世界に投げ込まれることを意味する。政治家だけでなく国家公務員、都道府県職員の雇用も不安定化する。道州職員採用には国家公務員が優先採用されるとしても、全員ではない。都道府県職員の道州職員への身分移管はきわめて困難となる。したがって道州制の導入は簡単ではない。この点は、支配層においては当然自覚されている。しかし、それだからこそ長期的視点で「導入目標時期」が議論されている。
5. 導入目標時期?
諸井会長(太平洋セメント相談役):多分、実際に実現するのは(略)10年、あるいはもっと時間がかかる。― 第8回小委員会(2004年10月)議事録
曽根原参考人(NPO法人えがおつなげ代表理事):2015年ぐらいには道州制にしないと、やはり現実的には日本は難しいかなと個人的には考えております。― 2005年8月4日 専門小委員会 山梨 意見交換会 議事録
6. 道州の規模について
香山総務事務次官:人口だけでいきますと、500万以上じゃないと道州については困るんで、そこら辺を何とか、道州となるための要件と書いてあるのは、その辺ぐらいまではちょっと書いておかないと道州とは言えないんじゃないかというところもあって、(略)四国ぐらいでまとまったら認めてやろうと思えば、4県以上、人口500万ぐらいは最低要るんだぐらいのことを法律に書かせてもらうと。― 第22回小委員会(2005年5月)議事録
7. 小規模町村は「半人前扱い」に
香山総務事務次官:合併との関係で小規模市町村をどうするのかという議論を抱えているわけです。このときに小規模市町村というのは人口1万人未満のところをイメージしているわけで、そのときには早い段階で当時の西尾副会長の方から、小規模市町村の特例制度をつくりますというようなことを発して、これは大変な反発を招いたと、ここまで合併が大々的に全国的に進んだという状況の下では、次の段階として、もう一回自主的な合併ということで土俵を空けておいて、それが終われば、どうも小規模町村を、雑な言い方をしますと、半人前扱いにするというようなことも考えていかなければいかんだろうと。(略)それをいきなり事務の共同処理をするとか、都道府県が代行するとか、そういうような形で片づけてしまってはいけないのではないかというのが半分ぐらい私どもあります。― 第22回小委員会(2005年5月)議事録
中馬委員:(衆議院):基礎的な自治体をほんとにもっと自立した形にする、それをしないとなかなか府県というものが廃止できるものでもない。(略)3,000の自治体を1,000ぐらいに統合して、そこにかなりの権限を移して、そしてその権限で自立を始めますと、中二階の府県は要らないんじゃないかという声が下から上がってくる。― 第3回総会 議事録(2004年11月)
香山総務事務次官発言の発言は、この中馬委員発言とセットで読むとその意図がわかる。無理矢理、都道府県を廃止するための第2次市町村合併が準備されていて、それは道州制の入り口となる。
8. 「導入が適当と考えられる」となった理由
結局のところ、2005年12月9日の第4回総会では、道州制について「とりまとめ」はできないことになった。その顛末を議事録から拾ってみると…。
貝原委員:市町村は合併して大きくするとか、都道府県はブロック行政のために合併をするとか広域連合をつくるとか、現実には器を大きくする方向へ進んでいるのですね。しかし、分権だったら、自治体をもっと小さい方へ、小さい方へすべきじゃないかという考え方が、私は正論だと思うのです。― 小委員会 熊本意見交換会(2005年2月)議事録
岩崎委員:区割りをするというのは、線を引くというのは必ず何らかの基準があって引くわけですよね。(略)基準ですね、それがよくわからないまま、例だけがたくさんでていて迷子になった気分です。(略)何のための道州制かという共通目標が共有できないまま、組織デザインの技術論を議論しているようで、それもついて行けなくなっています。(略)道州というのはまだないわけですから、道州制のあり方を諮問されてきているわけで、道州制は必要ないという答えも可能なわけですね。― 第25回小委員会(2005年7月)議事録
浜田委員:現在の都道府県単位の行政から道州制にする事によって産業振興が推進できるというのは、私は産業界で50年近く経験していまして、ちょっとこれは信じがたいんですよね。(略)今まで50年、戦後60年、どっちかというと四、五十年かけて何ですが、世界一と言ってもいいぐらいの産業国家をつくり上げてきた行政体は、現在の都道府県における行政体でやってきたんですね。それのどこに産業振興の妨げになるものがあるのか私にはちょっと理解できない。― 第31回小委員会(2005年10月)議事録
浜田委員:県を越えて日本を単位にした経済活動は県の境目に何の不便もありませんよ
岩崎委員:どうして道州制が必要なのかということがないまま区域を分ける考え方としてこれが出されたから、これで道州制が必要なのかと逆には答えられない ― 第33回小委員会(2005年11月)議事録
紺谷委員:道州制の必要性については(略)私は強く反対意見を持っておりまして、(略)町村合併がなぜ必要かということをあまり議論しないで町村合併ありきという議論をしてきていたような印象を受けております。道州制に関しましても、なぜ、現行のままでは改革不可能なのかが詰められていない。道州が地方支分局なんかとぴったり重なると、また新たな中央支配が生じるのではないかなという強い懸念も持っているわけでございます。
諸井会長:要するに、意見がまとまっていないわけだよね。道州制については。
松本小委員長:道州制についてはまとまっていないです。― 第34回小委員会(2005年12月)議事録
道州制反対の意見が圧倒している中で第4回総会での道州制答申とりまとめは見送られた。それがなぜ、その後、答申されたのか。総理の諮問に答えるためである。小泉首相から諮問された二本の柱の内、大都市制度は「東京問題」のあおりを受けてほとんど議論されなかった。そのため、再び道州制に絞った平行議論を繰り返し、道州制推進側が「答申」を押し切った。
9. 大都市制度について
政令都市市長会が求めていた府県並みの権限を持った大都市制度の創設は期待はずれに終わっている。
伊藤委員(参議院):大都市は、これ以上の権限、特例を持っていいのかという考えを私は持っています。(略)地域的または歴史的様々な状況によって、人口の小さな町村が残るということは、やむを得ざる日本の事情ですから、そのことをどう制度として支援する形をつくるかということがなければ、都市と農山村との対立で国が分裂していくということになりかねません。― 第2回総会(2004年6月)議事録
西尾委員:東京の23区の区域で東京市という道州から独立した特別な自治体をつくった場合(略)少なくとも現在23区がやっている以外のことは、東京市という単位が一括してする事が適当だろう(略)23特別区の更なる権限拡大というのを考えているわけではありません。ただ、大阪市が大阪府から独立するとか、神戸市が兵庫県から独立してという、そういうものになったときに、大阪市の今まである行政区が自治区に変わるということは必要ではないだろうか。あるいは名古屋の中にいくつかの自治区が生まれると。今まで行政区ということでしたけれども、そこに区長がいるといったような、公選の区長という意味ですけれども、そういう自治区に変わっていくということは必要ではないか。これが神戸市にも必要かどうかというのはなかなか微妙なところ、限界線ではないかと思いますが、横浜とか名古屋とか大阪についてはそういう必要があるんじゃないかと、こう思っています。ただ、そういう議論は札幌とか広島とか福岡にまで及ぶ話ではないだろうという、指定都市を全部画一的に議論する必要は全くないというふうに思っています。― 第16回小委員会(2005年3月)議事録
第28次地方制度調査会は、「道州制」を切り口に新しい「このくにのかたち」を垣間見せた。トップエリート官僚と衆議院300小選挙区当選者のために、その他の大多数が強制淘汰に晒される。この道州制の中身が「利害関係者」全体に浸透すれば道州制は簡単には導入できない。導入阻止も十分可能である。 |