【論文】
地 域 医 療 連 携
神奈川県本部/川崎市職員労働組合・衛生支部井田病院分会・
川崎市立井田病院看護部・看護師 佐藤 康明
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日本の医療制度は崩壊の一途をたどっています。その兆候はテレビのコマーシャルに現れており、民間保険会社による「○○の入院保険、入っていて△△」などと、盛んに入院時の出費がかさむことを放映しています。その原因は所得の二極分化にあります。本来なら皆保険制度により、誰でも収入に関係なく最高の医療を受けることが出来るはずでした。しかし、現在では混合診療の促進により、自由診療が増え、お金の無い人は受けられない治療が年々増加しています。また高齢者の保険制度切り離しと同時に保険料の負担増も実施されようとしているため、ただでさえ高齢者は医療を受けにくくなっているにもかかわらず、診療報酬制度の在院日数の縛りにより、治療に時間と人手のかかる高齢者や身障者を積極的に受け入れようとする医療機関が少なくなっています。更に、これから積極的に導入されるDPC(診療報酬の包括払い)により、衰えと共に病の増える高齢者は診療を受けることがますます困難となることが予想されます。「弱者は病院に行くな」という制度を促進しているようでなりません。
問題はその他にもあります。小児科医・産科医不足、地方の医師不足、都市部でも公立病院や中小の医療機関では医師や看護師が不足しており、2006年度の診療報酬の改訂により収入が大きく減少し廃院としたところ、入院設備の無い診療所としたところも数多くあります。そればかりではなく市町村合併に伴い、それぞれが公設で運営していた病院を統廃合したり、または民間に委譲したりと、公立病院はその数を大きく減らし、ピーク時には2,800件あった公立病院が現在では800件を切っています。
病院が減り病床数が減り、介護型病床が2011年度までに消滅し、療養型病床が15万件と半数以下に減らされます。その結果、それぞれの施設を利用していた高齢者や障害者は何処へ行くのでしょうか。
救急医療の分野においても、問題は顕著です。救急車のたらい回しは当たり前となっており、助かるべき命が失われる状況も起きています。かつては救急医療制度の整備不足が問題でしたが、現在の原因は医師や看護師不足と言われています。しかし、現実には度重なる医療制度の変更により、医療機関の競争を煽るあまり収入を重視することを余儀なくされた医療機関のモラルの低下にも原因があります。このまま医療費削減だけを目的とした政府の医療政策を放置していると、救急車は呼んだが、何処の医療機関も受け入れてくれないために、救急車の中で何時間も待機させられる患者が増えていくと考えられます。現にその兆候はあり、お金の有る人は、看護師や医師を雇い医療相談を行う民間会社と契約し、専門の医療機関へ優先的に紹介されるシステムが存在しています。
問題点を挙げていたら切りがありませんが、所得額が幸福の偏差値とならないようにするためには我々は何をすべきか。そして、医療機関からはじき出された弱者をどのように救済するのか。今こそ誰でも安心して信頼できる医療を受けるための制度を労働組合から提案したいと思います。そのキーワードは「地域医療連携」です。
1. 在宅ケアの推進について
政府は医療費の総額を抑えるために、在宅医療を推進しています。これは厚生労働省の制度変更にも顕著に現れており、高齢者や身障者および終末期医療の在宅ケアを盛んに進めています。住み慣れた家で過ごせることを幸せであるとして、医療費や介護費用の安い在宅へシフトさせようと必死に宣伝していることからも明らかです。では本当に在宅ケアが最良の方法であるのか考えてみましょう。
要介護5の方でも一日に受けられる在宅介護時間は2~3時間であり、訪問看護やデイケアなどを併用しても半日程度でしかありません。その他の時間は家族が看るか、介護者を自費で雇うしかないのが実情であり、24時間、誰かが介護しなければならない状況については全く考慮されておらず、労働力のある者を家族の介護のために無職とさせることになるのは必至です。そうは言っても、在宅ケアへの流れは止めることは出来ません。ではどうのように家族の負担を軽減し、高齢者や身障者の健康を守るべきでしょうか。
医療必要度や介護必要度の程度により、病院・医療型療養施設・老人保健施設・有料老人ホーム・ケアハウス・グループホーム・デイケア施設など在宅療養支援拠点施設と在宅を組み合わせてコーディネートすることが必要となります。当然、介護支援施設や訪問看護ステーション・在宅支援診療養所など民間の協力を仰がなければならないのですが、情報を広く集め共有し、様々な施設との連携をとるには福祉事務所・保健所・地域医療支援病院(公営)の協働とネットワークづくりが重要となります。
2. 地域医療連携
日本の医療界では、至るところで地域医療連携の重要性を提唱していますが、真剣に地域医療連携に取り組んでいる地域は正直なところ少ないでしょう。あったとしても、大病院が単体で取り組み、経済性を優先しているのが実態です。
ここで提案したいのは、自治体単位での地域医療連携であり、市民が安心して生活できる環境を整えることにあります。
これらの連携がかみあえば、訪問介護施設の介護福祉士やケアマネージャーによる対象者の把握から始まり、体調の変調があった場合は、入院施設を持たない在宅支援診療所(かかりつけ医)へ診療または往診を依頼します。その時点で入院による医療が必要と判断された場合には、入院施設を持つ地域医療支援病院の地域医療連携室へ報告、入院治療を即座に受けられるように、手続きを患者が到着する前に行い、無駄に外来診療で待たせるような事はせず、在宅支援診療所の医師の判断を優先することができます。また、その情報は治療の経過も含め地域医療連携室よりリアルタイムに保健所および福祉事務所へ報告され、対象者となる患者の情報を共有し、常に対象者の置かれている状況を把握することができます。その結果それぞれの対応が迅速に実施できるようになります。
急性期の治療が終われば、病院からは退院しければならないのですが、現在の診療報酬制度下では、たとえ在宅へ戻れる状況までの回復が無くとも退院せざるを得ない状況があります。家にすぐ帰れない状況の患者を、どのような施設を経由してから在宅へ戻すのか。また、戻ったとしても、どのような医療資源が必要かなどの判断や調整を保健・医療・福祉のネットワークにより実施することで、包括的に地域の医療を有効活用することができます。
3. 在宅支援における保健所の役割
*対象者の情報を基に健康管理の自立を支援する、健康のトータルプランナーとなる
① 在宅ケア対象者の健康相談、家族への健康管理教育を行う
② 高齢者の検診を促進する
③ 高齢者のパワーリハビリを促進する
④ 医療資源有効活用のためのプログラムを作成する
⑤ 在宅酸素療法の支援を行う
⑥ 生活習慣病の予防教育を実施する
⑦ 認知症の予防教育と見守り事業を推進する
⑧ 訪問看護ステーション・訪問介護施設などの指導および教育を実施する
⑨ 在宅支援診療所(かかりつけ医)への協力要請および新規開拓を行う
⑩ 対象者の在宅状況について福祉事務所および地域医療支援病院へ情報提供する
⑪ その他
4. 在宅支援における福祉事務所の役割
*対象者の情報を基に社会生活の自立を支援する、生活環境整備のトータルプランナーとなる
① 対象者の医療費・生活費のあり方を検討および支援を行う
② 福祉施設の有効活用のためのプログラムを作成する
③ 社会生活復帰への支援体制を整備する
④ 在宅療養環境を整える
⑤ 要介護認定と利用資源の効果的な利用方法を支援する
⑥ ショートステイ・安心見守り事業など、地域医療支援病院との協力による介護家族への支援を行う
⑦ 新規対象者の情報を保健所および地域医療支援病院へ情報提供する
⑧ その他
5. 在宅支援における地域医療支援病院の役割
*在宅ケアに関わる機関より紹介を受けて急性期医療を実施し、その情報について地域医療連携室を通じて、各協力機関へ情報提供を行う
① 紹介患者の急性期医療を行う
② 退院へ向けた患者および家族への指導を行う
③ 在宅へ向けた支援提供体制を連携施設へ依頼する
④ 地域の在宅支援診療所(かかりつけ医)へ逆紹介する
⑤ 患者の要介護申請および認定内容の変更などを支援する
⑥ 保健所との協力により、退院後の健康教育に一貫性をもたせる
⑦ 福祉事務所との協力により、在宅療養環境の整備を有効なものとする
⑧ その他
【それぞれの役割を図式化】

*自治体で支える保健・医療・福祉のあり方
① 保健・医療・福祉を受ける対象者が何を求めているのか知る
② 地域特性を反映した保健・医療・福祉のあり方を考え実践する
③ 縦組織を変革する熱意のあるファイン・チームワークを結成する
④ 民間と協力し不足している部分の企画および実践を行う |
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6. おわりに
今まさに、公設公営のあり方が問われ、様々な運営形態が自治体組織の中にも適用されています。事実、公設の保健所・保育園・病院などはその数を減らすか民間への委譲または運営形態の変更により、今までいた職員が全て異動するようなことが、盛んに起きています。本当にこのままでよいのでしょうか。民間では駄目だとは言いません。民間の効率の良い点やスピードの速さなど学ぶべき点が多々あります。しかし、その一方で、経済性を優先するあまり、不良品のリコール隠しや不正な商品の売買・談合・耐振強度偽装など人命に関わる様々な問題も起きているのも実態です。また、職員を減らし、派遣社員を多く使うなど、所得の二極分化を生む大きな原因となっており、効率性だけを求める危険性が付いて回ります。
また、医療・福祉の切り捨てもすさまじいものがあります。公立病院や中小病院を潰し、大きな勝ち組みの病院のみ生き残り、その結果、お金が無ければ満足に医療を受けられない可能性も出てきています。また年金の引き下げ、生活保護費の減額と打ち切りなど、弱者いじめとしか言いようのない政策がとられる一方、高額所得者の所得税上限引き下げや法人税の減額など、一部のセレブと呼ばれる人たちの豪華な生活を生む環境を整えています。その裏で、毎年の自殺者3万人を超える異常事態、若者の夢も無くなり、お金が支配する世の中を作り上げているとしか思えません。
2006年度の診療報酬改訂により、僅かに残った公立病院は風前のともし火といわれています。それは不採算部門を多く担ってきたからです。それが消えたら誰が補うのでしょうか。今でも人員削減または委託提案が出されますが、医療の安全は誰が守るのでしょうか。
交通事故に対しては多くの予算が付き、道路整備・信号設置・駐車違反取締り強化・法整備など手厚い対応がなされています。しかし、医療はどうでしょうか、当直で36時間連続勤務の医師・休みも無く一晩中走り回る看護師、少しのミスも侵してはならないと重い責任を負わされ、燃え尽きるまで働かされます。医療事故は問題だと言いながら、人員を増やす政策はなかなか実行されません。小さな医療ミスは年間100万件とも200万件とも言われています。ハインリッヒの法則によればそのうちの300分の1の割合で重大事故につながっていると言われます。計算するのも恐ろしいことであり、このままでは、医療従事者になろうという若者が減り、日本の医療制度は人材不足により崩れていくのではないかと考えられます。
将来を担う子どもの教育にも人手と時間はかかります。失われたものを戻すのは大変なことではありますが、今見直さないと更に重大な問題となることが山積しています。いまこそ労働組合が積極的な活動を実践し、子ども達が、将来の夢を語れる仕事を残すべき時であると強く思います。 |