【自主レポート】

公務員市民になるためのスキル研究
~先進自治体に見るワークショップ手法を参考に~

群馬県本部/前橋市役所職員労働組合・前橋市ワークショップ研究会

1. 問題の所在と公務員市民

(1) 地方自治体を取りまく環境の変化
   ここ数年、地方自治体を取り巻く社会環境は激しく変動しており、これに伴って自治体職員の職場環境も大きく変化してきている。なかでも「行財政改革」ないし「公務員制度改革」に伴う変化と「地方分権改革」に伴う変化(影響)は特に著しい。前者は、例えば「人員削減の目標設定」や「賃金体系・職務手当の整理」、「指定管理者制度の積極活用」等といった形で行財政のスリム化(歳出削減)への貢献を求めてきているし、また後者は、「地域自律性の向上」や「住民自治力の強化」と称して自治体職員に「政策形成能力」や「住民との合意形成能力」の向上を要請してきている。
   これら2つの変化は、一方で「自治体職員の能力強化」に期待しつつも、他方で「人員削減を含む効率的な行財政運営」を求めており、自治体職員に対する「期待」と「切り捨て」が併存した一種の「ねじれ現象」が起きているように思われる。

(2) 今日的時勢における自治体労働運動の難しさ
   ここで村尾信尚氏(現:関西学院大教授)が大蔵省(当時)から三重県総務部長に出向した際の話を引用したい。着任早々、同氏は行財政改革を推進する立場を取ることを表明するが、当時の三重県職労は当然ながら猛抗議。これに対して村尾氏は「県民の前で議論しよう。両者の言い分を聞いてもらい、どちらの議論に賛成なのか県民に選んでもらおう」と言ったという(村尾氏講演より)。この逸話は、労使間交渉のセオリーから見れば逸脱しているかもしれないが、今日的な自治体労働運動の難しさ、泣き所を見事に言い当てている、と言えるのではないだろうか。また、有識者のなかには「"国、自治体も例外なく構造改革されていく"という単純明快な正義感が国民の側にあり、(国民自身が)それを実行するのが政治の役割と思っている」(注1)と指摘する向きもあることから、行財政改革や公務員制度改革が声高に叫ばれる時勢にあっては、自治体労働運動は得てして住民一般の支持を得にくく、語弊を恐れずに言えば「まったく流行らない」と言わざるを得ないだろう。

(3) 自治体職員の切り札:公務員市民という考え方
   しかしながら自治体職員および自治体労働運動にとって、住民の支持を得る「活路」がないわけではない、と我々は考えている。これからの地域社会を展望するにあたり、自治体職員および自治体労働運動の「切り札」、それが「公務員市民」という考え方である。
   これに関して寄本勝美氏(現:早稲田大学教授)はこれからの社会を「役割相乗型社会」と名付け、市民を「公」を担うパートナーとして位置づけている。一例として同氏は、北海道帯広市の「捨てないで、森を守ろう、牛乳パック」運動(牛乳パック回収運動)をあげている。同市では市民は牛乳パックをゴミと分別して搬出し、市も分別の状態で収集し、これを業者へ売却している。そして、その収益金で苗木を買って帯広の森を造成しようという事業であり、年間89トン、1,069千円の実績をあげているという(2001年度実績)(注2)
   このように市民と企業と行政が、相互に役割を担いながら公共事業を実施するようになると、官も市民としての感情を、企業も市民としての感情を持つ必要が出てくる。つまり、これからは企業も「企業市民」として、公務員も「公務員市民」として「生活者市民」と一緒に「公」を担うという視点で社会を構想することが肝要であると言える。
   もちろん、これまで職員労組が公務員市民的な活動を行ってこなかったわけではない。例えば、前橋市職労では、これまで「ゴミの分別あいうえお」(2000年4月)の作成や「安全パトロール腕章」(2006年4月)の作成等を通じて、ささやかながら地域社会への貢献に努めてきた。全国を見渡せば、より大きな仕掛けを伴う活動が展開されていると思われる。それ故、これらの活動を発展させ、全体の奉仕者として職務を全うする一方、地域社会においても「公務員市民」の視点で「公」を支える個としての機能を発揮すべきである。
   我々はここに自治体職員および自治体労働運動の向かうべき「活路」、すなわち「支持される公務員像の創出」という方向性を見出したいと思う。

2. まちづくりへの市民参加について

 本節では、上述の議論を具体的に発展させるために、我が国のまちづくりにおける市民参加について概観してみたい。やや古い調査となるが、国土交通省が2001年に実施した「まちづくりへの市民参加の状況」に関する調査(注3)では、①まちづくりへの市民参加の局面、②まちづくりへの市民参加の方法、の2つの視点から調査・分析している。

(1) 市民参加の局面 ◆参照 → 図表1 まちづくりへの市民参加の局面 
   図表1によれば①まちづくりへの市民参加の局面は、概ね以下の3局面があるとされる。
  ① 地区整備等に係るもの(全体の48%)
  ② 地方公共団体レベルの計画策定に係るもの(全体の31%)
  ③ 施設整備・維持に係るもの(全体の17%)+ その他(4%)

図表1 まちづくりへの市民参加の局面

  

(注)出所データのままでは全体足上げが+1%となるため、本図表では「その他」を▲1%して調整している
(出所)国土交通省 http://www.mlit.go.jp/singikai/infra/city_history/city_planning/jisedai/1/030415.pdf をもとに作成

(2) 市民参加の方法 ◆参照 → 図表2 まちづくりへの参加の手法 
   次に「②まちづくりへの市民参加の方法」については、少なくとも図表2に示すような「まちづくり協議会」「ワークショップ」「各種委員会」「アンケート」等の複数のルートが存在しており、それらが市民参加手法として並列的に採用されていることが分かる。

図表2 まちづくりへの参加の手法

(出所)国土交通省 http://www.mlit.go.jp/singikai/infra/city_history/city_planning/jisedai/1/030415.pdf をもとに作成

(3) 市民参加の階層 ◆参照 → 図表3 Arnsteinの「市民参加の梯子」 
   アメリカの社会学者Arnstein(1969)は、市民参加のあり方を梯子に見立て「市民参加の梯子」を提唱している(注4)。同女史は市民参加を「市民の参加とは住民に目標を達成することのできる権力を与えること」と定義し、市民の力(権力)の程度に応じて1段~8段までの8段梯子を想定している(図表3)。これによれば1段~2段は「参加不在」状態であり、まちづくりに対する市民の権力は何も認められていない状態を指す。次に3段~5段は「形式だけの参加」状態とされ、参加機会は存在するものの情報の流れが一方通行であるなど市民の権利が形式的な水準に留まっている状態を指す。最後に6段~8段は「市民の権利としての参加」状態であり、一定水準以上、市民の権利が確立しており、これに基づいてまちづくりを進めることが可能な状態を指すという。
 前橋市を含む全国の自治体で、いまや市民参加に関わる取り組みは盛り上がっているが、それらが内包する「市民参加」の効果を測る尺度として「市民参加の梯子」は有効であると思われる(注5)。「市民参加の梯子」に照らして市民が6・7・8段目の状態、すなわち「市民の権利としての参加」状態に位置づけられる事業であれば、質的にも量的にも市民参加の効果が大きく発現すると思われる。

図表3 Arnsteinの「市民参加の梯子」
(出所)世古(2001,p40)等をもとに作成

(4) 公務員市民とまちづくり
   ここで先述の「役割相乗型社会」を念頭において、まちづくりへの市民参加を鑑みるに、「市民参加の梯子」6・7・8段目に到達するには「まちづくり制度の整備」もさることながら「まちづくりを支える人材の育成」も欠かせない視点であると言えるだろう。
   このことは、行政がまちづくりに関する会議を招集するとき、どの会議を見ても、結局選出されて出席するのは「同じ顔ぶれ」といった事態が起こることからも明らかなように、現状「まちづくりを支える人材」は稀少である。一部の人間が複数の役職を兼務しているケースが多く、地域における人材確保は永年の課題となっている。この状況に着目すると、我々は「公務員市民」として、まちづくりに何らかの貢献ができるのではないだろうか。
   そこで次節では、市民参加のまちづくりを促進させる手法として知られる"ワークショップ手法(注6)"に注目し、先進自治体における取り組みについてその課題を含めた実態調査を行う。そしてこれを踏まえ、公務員市民のスキルとしての可能性を検討したい。

3. ワークショップ実施に関するアンケート調査

(1) 調査対象属性について
   本節では行政運営に「ワークショップ手法」を取り入れている先進自治体についてアンケート調査を実施し、その運用実態と問題点の把握に努めた。その際、先の「市民参加の梯子」を踏まえ、調査対象は全国の基礎的自治体のうち次の[1][2]を満たす団体とした。

[1] 全国の基礎的自治体のうち、「自治基本条例」「まちづくり条例」「市民参加条例」など市民参加促進のために自治体独自の条例(以下、自治基本条例等という。)を策定済のもの(2005年3月31日現在)
[2] 自治基本条例等が策定済である基礎的自治体のうち、条例中に「ワークショップ」を明示しているもの

(2) 抽出方法および抽出結果
   抽出作業[1]として文献調査およびインターネット閲覧調査を行った。文献調査では地方自治職員研修編集部(2002)とイマジン自治情報センター(2004)を利用、インターネット閲覧調査では神奈川県大和市および東京都練馬区のホームページ(注7)をもとに自治基本条例等の先行事例集を入手のうえ併せて参考にした。抽出作業[1]の結果、基礎的自治体の自治基本条例等の先行事例として53自治体/61事例が確認された。内訳としては自治基本条例14例、まちづくり条例16例、市民参加条例17例、その他14例となっている。
 次に抽出作業[2]については、抽出[1]より自治基本条例等として53自治体/61事例を抽出できたことから、53自治体のホームページにアクセスして例規集を閲覧、各条文の見出しをまとめ、自治基本条例等の先行事例一覧を作成した。その結果、53自治体/61事例のうち、条例でWSを明確に位置づける自治体は「多摩市」「西東京市」「京都市」「下関市」「鹿児島市」の5団体であった。
 以上[1][2]の作業の結果、5つの自治体が抽出されたのでこれを調査対象とし、ワークショップの運用実態およびその課題を把握するために11問から成る調査票を作成した。
なお、質問構成は図表4に示す内容となっている。

◆参照 → 図表4 調査票の質問構成について

図表4 調査票の質問構成について

質 問
質 問 内 容
回答方式
質問1
条例でWSを位置づけることとなった「きっかけ」について
記述式
質問2
過去のWSの実施回数
記述式
質問3
いつWSを開催するか。また発案・決定は誰が行うか
記述式
質問4
WSの利用範囲は組織のどこまでと想定しているか
記述式
質問5
WSの運営は主に誰が行うか
選択式
質問6
WSへの参加範囲の決定方法、決定権者
記述式
質問7
WSへの参加者をどのように集めるか
記述式
質問8
WSのファシリテーターは誰が行うか
選択式
質問9
WSのファシリテーター養成の研修を行っているか
選択式
質問10
WSファシリテーター研修の内容
記述式
質問11
WS開催に関連して抱える最大の課題とは何か
記述式
(出所)筆者作成

4. 調査結果から得られる示唆

 先進自治体におけるワークショップ(WS)手法の運用実態と課題に関わるアンケート調査の結果は、図表5-1~4に示す通りである(別添の資料を参照)。
 然るに、本調査から得られる知見ないし示唆とは何であるのか、またそれらをどのように評価したらよいのだろうか。これに関して、我々は以下に掲げる3点を指摘したい。
 第1に、WS手法は、先進自治体の運用実態を見る限り(その必要性の判断は各担当課の裁量事項に留まるものの)、条例化の効果も手伝って住民参加手法として日常的に活用されていること。また委託業者のみならず、市職員や参加市民によるWS運営も行われるなど、限られた世界で実施されるものではなく、すでに一般的な手法になりつつあること。
 第2に、WS手法の導入・実施にあたっては、(実施しないケースもあるものの)WSファシリテーター研修やパートナーシップ講座を実施することで、その実効性を高めていること。また、それ故にWS手法の習得にむけた効果的な研修が望まれること。
 第3に、「実施が目的となるようなWSの形骸化の懸念」(京都市)や「WSの効能と限界を意識する必要性」(多摩市)、「ファシリテーターの手腕」(鹿児島市)、或いはそもそも「WSへの参加者が少ない場合の対応」(西東京市、下関市)などの指摘に見られるように、WS手法は決して万能ではなく、常に「実践」と「改善」を繰り返す必要があること。
◆参照 → 図表5-1~4 WS調査とりまとめ結果

図表5-1 WS調査とりまとめ結果(質問1・2)
(出所)調査結果をもとに筆者作成

図表5-2 WS調査とりまとめ結果(質問3・4)
(出所)調査結果をもとに筆者作成

図表5-3 WS調査とりまとめ結果(質問5・6・7・8)
(注1)質問5回答欄の数字①②は、あてはまる順番を意味する。同じ数字は同順位の意味。
(出所)調査結果をもとに筆者作成

図表5-4 WS調査とりまとめ結果(質問9・10・11)
(出所)調査結果をもとに筆者作成

5. まとめ

 先進的な自治体では市民参加を確保する手段として、すでに条例等において「ワークショップ手法」を明確に位置づけているが、仮に条例等がなくても、市民と行政とをつなぐ「触媒役」の存在は、「支持される公務員」の創出に貢献できるものと思われる。
 確かに、先進自治体の実務担当者が指摘するように、WS手法は決して万能ではなく、多くの留意点や課題があるのも事実である。しかしながら、先に触れたArnsteinの「市民参加の梯子」に照らすと、WS手法はより上位の段階(=678レベル)に位置する参加手法として活用できる可能性を内包しているのもまた事実である。それ故、公務員市民がまちづくりへ参加する際のスキルとしてワークショップ手法は有効であると思われる。
以上の議論を踏まえ、本研究のまとめとして、県内職員労組に対して(また全国の職員労組に対して)、組合員のワークショップ手法習得に関する人的・財政的支援を要望したい。
 各地の職員労組がワークショップ手法に長けたまちづくり人材を育成・創出することにより、地域の活力は向上するものと思われる。そう遠くない将来、ワークショップ手法を習得した自治体職員が「公務員市民」として、それぞれの地域社会で有為と評価される日が来ることを願うばかりである。


注 記
1 黒川和美「<自治体破綻制度>議論と国民のモラル」、笹川平和財団『日本人のちからVol.32』、2006年、pp.8-9
2 http://eco.goo.ne.jp/business/keiei/planner/29.html
3 国土交通省社会資本整備審議会資料http://www.mlit.go.jp/singikai/infra/city_history/city_planning/jisedai/1/030415.pdf
4 Arnstein Sherry. R. (1969) ‘A Ladder of Citizen Participation’, Journal of the American Institute of Planners, Vol.35, pp.216-224
5 世古一穂『協働のデザイン』、学芸出版社、2001年、pp.37-39
6 本研究では「ワークショップ」の定義を「参加者が自ら参加・体験して協同で何か学びあったり創り出したりする学びと創造のスタイル」(中野民夫『ワークショップ-新しい学びと創造の場』、岩波新書、2001年、p11)とする。
7 地方自治職員研修編集部(2002)『自治基本条例・参加条例の考え方・作り方』、公職研、pp.196-197
イマジン自治情報センター(2004)『地方自治体新条例解説集2004年版』、公職研pp.49-63,151-183
大和市http://www.city.yamato.lg.jp/bunken/jyourei/020827link.html
練馬区http://www.city.nerima.tokyo.jp/kikaku/jichi/houkoku.html