【自主レポート】

矢田のまちづくり

 
    大阪府本部/特定非営利活動法人・共生と自立のまちづくり・
ふれあい・矢田地域労働組合 濱本  哲・袈裟丸未来

1. 矢田における運動の主な経過

 大阪市東住吉区矢田は大阪市の南に位置し、大和川を渡れば松原市、堺市があります。
東住吉区の人口は、約13万人、うち矢田地域(矢田、公園南矢田、住道矢田、照ヶ丘矢田)の人口は約3万人となっています。
 この4町のうちの「矢田」は、差別と劣悪な環境の中から、1958年9月に部落解放同盟矢田支部を創立し、1958年に結成された住宅要求活動により実現された公営住宅建設が始まりました。
 その後、1960年代から、矢田地域では「矢田はひとつ」を合言葉に「教育の町」「解放のまち」「住民自治の町」を目指す取り組みが進められてきました。
 まちづくり構想を企画・立案する専門機関として、1968年12月に部落解放矢田総合計画委員会が結成されました。1969年には「教育の町」と規定し、基本的人権を守り、「差別を撤廃する解放のまち」、「住民自治のまち」とすることを目標とする総合計画第一次試案が作成されました。
 具体的には1960年代初頭から豊かな教育を目指して、学校の建設や同和教育推進協議会の活動等進める中で差別のないまちづくりの取り組みが進められています。
 1980年代に入り「矢田はひとつ」の理念とともに人づくり「個人の豊かさから地域の豊かさへ」を目指し、運動体も地区内から外へと「町会型」の運動へとシフトし、「矢田はひとつ-人権・福祉・住民自治を具現化する-」方向を示しました。
 1990年代では、「矢田はひとつ」の理念のもとに具体的な事業展開を行い、1993年、身体障害者の自立支援策として「矢田障害者会館」が設立され、1995年、高齢者の自立支援策として「社会福祉法人ふれあい共生会 特別養護老人ホーム花嵐」の設立がされました。さらに同年4月「花嵐基本計画委員会」を立ち上げ、1997年にこの組織を引き継いで「矢田福祉ゾーン」計画委員会、2000年2月には「矢田福祉ゾーン」計画委員会の実務プロジェクトとして「矢田福祉推進委員会」を発足させ、取り組みを進めてきました。
 矢田福祉推進委員会の活動も「福祉施設整備」などを終え、また今後の方向性が示され一定の役割を終えました。しかし、矢田地域の実態の居住水準は一定向上したものの、若干中堅所得者層の地区外転出の状況・定住意向の格差などがあり、新たな問題点も浮き彫りにされてきました。
 このような中で公営住宅の如何によって地区内がスラム化する恐れがあり、改めてコミュニティの弱体化の対応が求められました。
 そのため、矢田における新しい地域社会の結成に向け、「まちづくり」の主役は「地域で生活している住民自身である」の観点から2003年7月NPO法人(特定非営利活動法人)を取得し、地域住民とともに、「豊かなまちづくり」の活動を展開するため「NPO法人 共生と自立のまちづくり・ふれあい」が発足しました。
 それを母体として、「東住吉矢田中住宅地区改良まちづくり協議会」を発足させ、自治労「矢田地域労働組合」とも連携し、幅広い活動を進めています。

【事業内容】

(1) 地域を担う人材の育成や発掘に向けた人材養成事業
  ① 訪問介護員2級養成講座、精神障害者ホームヘルパー養成特別研修講座
    住み慣れた地域で自立した生活を送るために、福祉サービスを連携して提供できるシステムづくりが必要になっています。そのため、地域のヘルパーとして今後の地域福祉活動を担う人材の育成を目標に講座を開講しました。受講生は地域住民、精神の障害を持った方、地域内施設職員等が、夜間コースに設定したため、5ヶ月間(訪問介護員2級養成講座のみ)という長期にわたる講座を受講し、就労へと繋げていくことができました。
    特にNPO法人いちごの会「リカバリハウスいちご」(アルコールを中心とした薬物依存症の作業所)との連携を進めています。
  ② 矢田パソコン講習会
    この事業は受託事業ですが、高齢者、障害を持った方を優先にパソコンというツールから新たな自信やパソコンの便利さや面白さを見出すために講習会を開催しました。
    また、講師はメイン講師とサブ講師の2人で講習を実施しました。サブ講師には、地域に住んでいるか又は地域の施設で働いている若い世代が中心となり行ないました。
  ③ 若気あいあいの会【わきあいあいのかい】
    地域に住んでいるか又は地域の施設で働いている若い世代が中心となり「遊び感覚でまちづくりを語らおう」という目的で始まったので、法人の事業だからといって押し付けて参加するのではなく、参加したい時に参加するといった参加者主体スタイルになっています。
    現在は、「地域で暮らす」といったテーマでワークショップやフィールドワークなどを行い、自分たちの目線から見た「矢田のまち」のマップを作成しています。その他に地域で開催されるイベントや祭りに「若気あいあいの会」としてお店を出店するなど積極的に活動をしています。
    その他、人材育成に関わる事業等も行っています。

(2) NPOとして推進するコミュニティ企画事業・まちづくり事業
  ① 高齢者・障害者支援事業
    大阪市の公共施設の指定管理者制度に伴う清掃業務を受託し、高齢者の就労の場として活用しています。
    障害を持った方の就労支援事業の第一歩として、地域内施設やボランティアの協力を得ながら「自動販売機の管理業務」を始めました。現在は、精神障害を持った方がボランティアで作業していただいていますが、今後はボランティアではなく仕事として作業を行う方向へ早急に進めていきます。
  ② 精神障害者グループホーム事業
    2006年3月に大阪市で初めて、大阪市営住宅を活用した精神障害者グループホーム(定員4人)を開設しました。このグループホームは、自立するためのひとつのステップとして、障害を持った方の社会復帰の促進と自立するためのサポートを行っています。
  ③ コミュニティカフェのプランニング事業
    若年層、中高年層の地区外への流出が増加することによって、旧来のコミュニティが崩壊しつつある今日、コミュニティの弱体化、人間関係(近所付き合い)の希薄化が進み、顕在化してきているため、地域住民の憩いの場づくり(青空市など)を計画しています。
    その他、まちづくり学習会、地域子育て支援事業等も随時行っています。

(3) まちづくり協議会事務局・コンサルタント受託事業
   地域住民の住まい、福祉、教育、仕事等様々な生活実態の観点から「住み続けられるまち」となるように2005年にまちづくり協議会が発足しました。
   まちづくり協議会から住み続けられるまちとなるために、住民のニーズ調査、ワークショップなどの調査研究を行うコンサルタント業務を受託しています。
   2005年から2006年の1年間をかけて地域住民や地域内施設職員を対象にまちづくりアンケート、ワークショップ、聞き取り調査等を行い矢田のまちづくり基本構想『矢田☆やったー!!』計画を提案しました。【別紙】
   現在は、矢田☆やったー!!計画に基づきながら、まちづくりを進めています。

2. これからの矢田のまちづくり

 差別と劣悪な環境の中から、1958年9月に部落解放同盟矢田支部を創立し、住宅要求既成同盟の住宅要求活動により実現された公営住宅建設にはじまり以後、同和対策事業に基づいて、教育・医療・福祉・就労など様々な方面での矢田のまちづくりも進められてきました。
 矢田は早くからハード面だけでなく、ソフト面の「ひとづくり」も不可欠だと認識していましたが、同和対策事業が行われている間、住宅整備等のハード面が先行し、また、何かあった時や困った時は、住民自らが動くのではなく、行政に依存したため行政主導型のまちに変わってしまいました。
 その結果、生活が安定し、すっきりとした町並みにはなりました。しかし、若年層や中高年層が地区外へ流出し、コミュニティの弱体化が進みました。
 そういった間に、2002年に同和対策事業の終焉に伴い、新たな矢田のまちづくりの方向性を示さなければなりませんでした。
 1年後の2003年にNPO法人「共生と自立のまちづくり・ふれあい」を設立し、「まちづくりの主役は地域住民」の視点に立ち、以前と違うまちづくり活動を始めました。
 「若気あいあいの会」を例に挙げてみると、前に述べたとおり若い世代が「遊び感覚でまちづくりを語らおう」を目的に始まりました。自主参加で活動内容も自分たちで決めるという参加者自らが活動を担っています。現在は、矢田に引越ししてきた人、今矢田に住んでいる人たちに自分たちの目線から見た矢田のまちを知ってもらおう、又自分たちもマップというツールを使ってもう一度矢田のまちを見ようという思いでマップを作り始めました。
 マップはまだ完成していませんが、矢田のまちを歩いたり、歴史を調べたりすることによって若気あいあいの会の参加者(社会福祉法人ふれあい共生会、矢田地域労働組合、矢田支部など)が矢田のまちがどういったまちかを知ることができました。この活動によって今後、自分たちが矢田のまちとどのように向き合うかを考え始めるキッカケになったので成果が出たと思います。
 なぜ、自分たちがまちづくりをしようと思ったのか。なぜ、自分たちの目線から見た矢田のまちを知ってもらおうと思ったか。知ってもらうためにどうしてマップを作ろうと考えたのか。マップを作るためになぜフィールドワークをするのか……このひとつひとつの思いや考え、行動のすべてがまちづくり自身だと思います。
 人はどうしても結果や見えるもので物事を判断してしまいがちなため、まちに大きなモノを作ったり、盛大なイベントを開催することが、まちづくりだと考える人が多いです。確かに、モノを作ることやイベントを行うことひとつもまちづくりです。しかし、本当のまちづくりは、結果や見えるものではなくてプロセスが重要だと若気あいあいの会の活動を通じて実感しました。
 このことを重点において考えていないと、いくら「まちづくりの主役は地域住民」と謳っていても自分たちが考えている理想のまちづくりは絵に描いたもちにしかならないと思います。
 部落解放同盟矢田支部、財団法人結愛ネットワーク矢田、東住吉矢田人権協会、矢田生活協同組合、社会福祉法人ふれあい共生会、株式会社ヒューマンコミュニティやた、東住吉矢田中住宅地区改良まちづくり協議会、矢田地域労働組合、NPO法人共生と自立のまちづくり・ふれあいなどの矢田地域内の全ての団体と地域住民と一緒になって「みんなのまち・矢田」を目指し、活動を進めていきたいと思います。


参考文献:「みんなのまち・矢田」(東住吉矢田中住宅地区改良まちづくり協議会)