【自主レポート】
農地耕作放棄地解消の取り組み
~あか牛と仲間たちで守る農地~
熊本県本部/熊本県職員労働組合 馬場 功世
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1. 地域の概況
熊本県のほぼ中央に位置する美里町は、熊本市から南東へ約30km、車で約40分程度の距離にある自然豊かな地域である。
東に九州山地が広がり、さらに甲佐岳、雁俣山、白山等に囲まれ、釈迦院川、津留川、筒川、柏川、緑川水系の河川が流れ、その恵まれた自然を活かし人々が連携しながら農林業を中心に営み、石橋、里山、棚田等地域資源を保持し、日本一の3,333段の石段、日本一の石橋里山文化を形成している。
畜産部門では、有数の肉用牛繁殖地帯としての歴史があり、熊本県で活躍している優秀な種雄牛褐毛和種(あか牛)を輩出している。
しかし、町内の総面積144.03k㎡、その74,7%が山林、里山に囲まれた地域であリ、農業生産面においては、これと言った地域産物も少なく、構造改善事業等で行われたミカン等の生産開発地は、時代の流れと共に遊休化し、中山間地農業の衰退の縮図とも言える地域であるが、肉用牛(褐毛和種)や山羊を利用し、耕作放棄地解消の取り組みを紹介する。
2. 放牧の取り組み
1996年度から始まった熊本型放牧事業(平坦地飼養牛の阿蘇地域での休止牧野活用方式)に大きな関心があり、この限られた立地条件のもとでの飼養規模拡大と低コスト促進するためにはこの方式は大変有効な手段であると認識を深めた。しかし畜舎飼養牛の直接放牧には相当抵抗感があった。平坦地では、放牧の習慣が無く「雨の降る日などは風邪をひかないだろうか」「牛がかわいそう」など心配する声があった。その解決策の1つとして、本県で先進的に取り組まれている水田放牧に1996年3頭からチャレンジした。「放牧すれば、草を切って食わせなくてすむ。糞掃除をしなくてすむ。全部牛が自分でする。こんなに楽なことはない」今では一番心配していた人が真っ先に放牧している。
なお、繁殖牛の水田放牧頭数の推移は表のとおりとなっている。
表1 繁殖牛の水田放牧頭数の推移 |
上段 明石良生分:下段 グループ全体 |
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1996 |
1999 |
2000 |
2001 |
2002 |
2003 |
2004 |
水田放牧 |
57 |
57 |
57 |
57 |
57 |
57 |
57 |
面 積 |
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125 |
310 |
390 |
475 |
475 |
475 |
放 牧 |
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420 |
1,080 |
1,380 |
1,820 |
1,820 |
1,820 |
延 頭 数 |
120 |
120 |
120 |
120 |
120 |
120 |
120 |
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3. 耕作放棄地等での放牧
水田放牧の取り組みによって、放牧の優位性を体験し、また天草地域で行われている耕作放棄地におけるシバ放牧地研修から、荒廃の進む地域内の耕作放棄地を活用した放牧方式は出来ないものかと考え、放牧グループの立ち上げと共に指導機関の支援も受けながら、1997年にみかん廃園地を放牧地に転換するシバ型草種の放牧地造成に着手した。その後地域内の耕作放棄地等を繁殖牛放牧のための有限資源として活用することとし、地主等の理解を得ながら造成を進めてきた。
なお、この大きな事業の取り組みは繁殖牛飼養仲間(美里町中央地区和牛生産改良組合)42人の共同意識が大きく貢献したことは言うまでもない。
4. まきばの会の取り組み
放牧地における、草地の早期定着化を図るため、山羊による草地管理が有効とされている。中山間地の耕作放棄地を造成する場合、機械による草地造成が困難なため、定着まで4年~5年かかるのが現状である。
牧草と雑草が混在する草地では放牧地の掃除刈り、追肥等必要であるが傾斜地が多く人間の労力では非常に重労働のため、山羊を利用して掃除刈りを実施した。また肉用牛の放牧の先発隊として(雑草が生い茂り地形のわからないところに牛を放牧して、牛に事故があれば経済損失が大きいため)山羊を1年間放牧しその後に牛を放牧した。現在、高齢で傾斜地の草払いが出来ない所や耕作放棄地に1日1頭70円で山羊のレンタルを実施しており、10a当たり山羊1頭が50日できれいに食べてくれる。
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集落の入り口に立て看板を設置して、地域の理解と協力を図った。
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5. シバ草地造成と放牧利用
繁殖、肥育の一貫経営が軌道に乗り始めた1996年には、「美里町中央地区和牛生産改良組合」の若手グループ(中央町あか牛研究会)が核となって繁殖部門の低コスト化のための水田放牧(60aに3頭入牧)、1997年にはみかん廃園地にシバ草地造成を見越して60aに3頭を入牧して放牧を開始した。その後地域内外での遊休農地の増加と荒廃・竹林浸食の拡大・人工林地の荒廃・高齢化、後継者不足による農村の衰退が深刻な時期とも重なり、放牧によってその課題を解決していくとの決意のもと、2005年には17箇所で635.3aの造成地を保有するまでになり、延2,180日の放牧実績を上げ繁殖牛低コスト化を図っている。
6. その取り組みを支えた外部支援(協力組織)
自給粗飼料の増産と低コスト化を図るためのコントラクター、放牧による飼養管理作業の軽減化のため牛及び山羊の放牧、堆肥処理の円滑化を図るため堆肥利用組合の設立等、現在では組織の連携なくしては、個人の経営は持続できないほど、相互共存体制が確立している。また主な協力組織は以下のとおりである。
① 中央町あか牛研究会
② 美里町中央地区和牛生産改良組合
③ 中央町堆肥利用組合
④ 中央町コントラクター
⑤ 緑川流域まきばの会
⑥ 飼料用稲生産利用組合
⑦ 中央町中部営農組合

7. 今後の地域づくりに対しての考え方

(1) 自給率向上と肥育素牛の低コスト生産
① 地域における土地の流動化促進のための耕種農家等との連携促進
② 既存コントラクターの充実……畜産以外も含む地域総合コントラクターへの発展
③ 耕種農家と連携した大型稲ワラ収納庫の建設
(2) 耕作放棄地を活用した放牧の推進
① 地域内での肉用牛増頭手段としての放牧方式が定着しつつあるため、更にこの方式を促進する取り組みを行う。……シバ草地の造成と放牧
② 放牧地造成には山羊の放牧が有効であるとの経験を生かして、更にこの方式を進めていく……開拓、除草、掃除刈での山羊の活用。
③ 放牧によって集落の里山がよみがえりつつあり、住民からの理解も大きく前進してきた。今後も地域景観づくりも兼ねてこれを進める。
(3) 良質堆肥づくりと耕畜連携
畜産農家が核となった耕畜連携体制づくりを模索中であるが、現在の良質堆肥づくりは継続しながら販売方式を見直し、地域資源循環型の耕畜連携を考えている。
なお、その中核となる施設として共同利用堆肥センター、活動する組織としてのコントラクター、水田転作飼料イネの栽培拡大、堆肥施用によるブランド米作り等を考えている。
(4) 畜産の振興
低コスト化と効率化を促進するため、地域で可能な肉用牛生産方式を確立する努力を行ってきた、この生産方式をさらに充実するため、①やる気と技術を持ったシルバー人材の活用、②新農政(担い手確保)の推進事務を補完するための退職者の活用、③活き活きとした地域づくりを進める中での後継者づくり等も検討中である。
(5) 繁殖経営継続のための預かり牛舎(キャトルステーション)の建設
経営者の高齢化、不慮の事故、病気等によって肉用牛繁殖経営が廃業、規模縮小につながるケースが予測されるため、放牧と組み合わせたキャトルステーションの建設によって肉用牛繁殖経営を存続させる取り組みを検討中である。
8. 今後の行政の役割
行政としても、耕作放棄地の情報提供、利用斡旋、隔障物の助成(鉄条網、電気牧柵)、水飲み場の助成が、今後必要である。
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