【要請レポート】

ブルーツーリズム(観光型体験漁業)による漁村活性化推進

三重県本部/熊野市職員労働組合 和田 全史

1. はじめに

 熊野市は紀伊半島の南東部に位置し、名古屋市から約200キロメートル、大阪市から約180キロメートルの三重県南部にあり、北西部は、標高500メートルを越える山々が縦横に連なり、奈良県及び尾鷲市に接しています。東南部は黒潮踊る熊野灘に面し、リアス式海岸と白砂青松の変化に富んだ景観に恵まれています。また、南西部は和歌山県、奈良県と接しています。
 産業は、一次産業が中心で、市の面積の87パーセントが山林という地形から、木材生産地と知られており、農業では温暖な気候にはぐくまれたみかんの栽培が盛んで、この地域の特産品となっています。また天然の良港と漁場に恵まれ、浅海養殖漁業や定置網漁業、敷網漁業なども盛んに行われています。
 観光面においても、2004年7月に「紀伊山地の霊場と参詣道」として、市の歴史文化遺産である"松本峠"“大吹峠"などの熊野古道が世界遺産として登録されました。また、高低差100メートルの中に1,300余枚の水田が並ぶ日本最大規模の棚田"丸山千枚田"、美しい砂浜と透きとおった遠浅の海が自慢で、快水浴場百選にも選ばれている"新鹿海水浴場"、玉砂利が約22キロメートルも続く日本で一番長い砂礫海岸"七里御浜"など自然に満ち溢れた環境にあり、集客数も増加傾向となっています。

世界遺産"松本峠"より七里御浜の展望

 近年、グリーンツーリズムという言葉が普通に聞かれるようになりました。この自然や文化を体験し、地域住民との交流を楽しむといった風潮は、新しい誘客と地域の活性化方策として全国各地で推進されています。自然体験や農林漁業などの産業体験、勤労体験、スポーツ体験、社会・生活・文化・食体験など多種多様なプログラムが、地域の独自性を生かしながら実施されています。今では、ほとんどの市町村のホームページの中に、体験交流の情報が見られるようにもなりました。
 ブルーツーリズムとは、漁村に滞在し、漁業体験や生活体験など地域との交流を深めながら、魅力的で充実したマリンライフの体験を通じて、心と体をリフレッシュさせる余暇活動の総称であり、グリーンツーリズムの中の漁村版を表現した言葉です。
 このブルーツーリズムによる漁村活性化への取り組みについて、熊野市遊木地区の事例を紹介します。

2. ブルーツーリズムへの取り組みのきっかけ

 ブルーツーリズムを実践している漁村"遊木地区"は、サンマ敷網漁業の基地で、この地域特産の"サンマ丸干し"“サンマ姿寿し"の材料として、紀伊半島一の水揚げを誇っており、同地区の主幹漁業となっています。このほか小型の定置網漁、小型漁船による一本釣りや刺網漁など、多様な漁業が営まれています。しかしながら魚価の下落、漁獲高の低下、担い手の高齢化により慢性的な不振に陥っており、最近の原油価格の高騰も重なったことから、漁業の廃業、住民の流出に歯止めがかからず、深刻な状況が続いています。
 妙策も見つからない状況の中で、ブルーツーリズムによる活性化は、行政側としてもハード面の整備が特に必要ないことや、熊野古道が世界遺産に認定され、観光客も増加傾向にある中で、通過型の観光客を滞在型へ促進するための観光メニュー開発として、濡れ手に粟でした。また、地区においても、サンマ漁や伊勢エビ漁など季節による漁業を中心としている漁師が多く、休漁期の収入のため土木現場の日雇い作業員や出稼ぎなど苦労しており、「漁業副収入の増」として、期待されるものでした。
 行政と地区の考察が一致したことにより、その内容について検討した結果、若手漁業者が中心となり、この方策に賛同した漁業者や住民による、体験漁業を考え、実践するグループ"遊木海と自然のクラブ"(以下クラブと記述)を結成しました。行政も積極的に地区を応援する体制を整えました。

3. 体験漁業の活動経過と内容

 ブルーツーリズムといっても、いったい何ができるのか。地域の漁業資源や観光資源、施設など条件を把握したうえ検討しました。結果、近隣に宿泊施設もほとんどないことや、近隣に海水浴場があることから、利益率の高い修学旅行や臨海学校など団体の対象とはせず、家族連れや小規模グループを対象とすることにしました。また、魚網を引き上げたりするような本格的な漁業体験でなく、気軽に漁業や漁村を体験できる"観光型体験漁業(以下体験と記述)"を実施していくことになりました。
 ブルーツーリズムの方向性が決まったところで、次は漁業者のインストラクターとしての養成でした。漁業者には話し下手や人づきあいが苦手な人が多く、お客をきちんと受け入れできるか不安がる漁業者もいました。しかしながら体験させる内容については、漁業者であるスタッフが最も熟知していることであり、心がこもった対応ができれば問題ないであろうとの考えから、まずは行政職員がモニターとなって体験のシミュレーションを行いました。そのとき分かった問題点について修正した後、すぐに県外からのモニターを受け入れしました。結果、まったく問題なく対応でき、モニターの意見も好評でした。
 以降もまったくトラブルも起きず、自信を持ってお客を受け入れ続けています。
 
(1) 体験の具体的な内容
  ① ケンケン漁体験
    小型の疑似餌(ルアー)を船で引っ張り、魚を釣り上げる一種のトローリングです。主にソーダガツオやツバス(ブリの幼魚)を釣りあげます。壮大なリアス式海岸や白砂美しい海水浴場を眺め、のんびりクルージングしながら魚を釣ることができるこの体験は、家族連れだけでなく、若者から壮年層まで人気があり、クラブの看板メニューとなっています。
  ② タコ籠漁体験
    餌を入れた特殊な網を仕掛け、入ってきたタコやカサゴ、カワハギなどの魚をとります。なかなか生きたタコを見ることはないようで、籠を上げるごとにお客から歓声があがります。この体験は漁獲率も高く、いろいろな種類の獲物が入るため、好奇心が旺盛な子どもに人気があります。
  ③ トビウオすくい体験
    夜、集魚灯にあつまってくるトビウオを、玉網ですくい上げます。この体験はマスコミの問い合わせも多々あり、注目度は高いです。しかしながら、最盛期が9月からであり、夏休みから外れていることと、実施時間が夜であるため、なかなか予約が入らない状態となっています。

   このほかに、"定置網漁体験"や地元海産物を食材とした"海鮮バーベキュー"などの食体験も実施しています。 

ケンケン漁、タコ籠漁体験の様子

4. ブルーツーリズム推進理念

 今までの地域活性化は、"人をよぶ"ことが重点に置かれていた傾向があり、イベントを実施し、住民は、ボランティアで運営に参加してお客を歓迎するといったものが大部分でした。このやり方は、その日その期間だけ地域は賑わいますが、一過性のものであり、特に住民にはかなりの負担となります。「地域のことだから、仕方なく手伝っている」といったイベント疲れも発生し、住民の参加は減少の一途をたどり、イベント自体の意義が薄れ、最終的にはなくなってしまうパターンも多々あります。今回のブルーツーリズムによる活性化では、同じ轍を踏まぬよう次の理念を持って実施しました。

(1) ブルーツーリズムはビジネスである。
   ブルーツーリズムをきっかけとした地域活性化の目標・手法は、取り組み漁村によってさまざまです。採算を度外視して、地域の住民や漁業者が訪れた人たちとふれあうことで元気になることや、子どもたちの歓声により、過疎と高齢化の進む漁村に活気をもたらせるといったことも可能です。また、新しい就業の場や所得機会を作り出すなど、経済的効果を積極的に求める場合もあります。
   目的はさまざまであっても活性化を成功させるためには、やり続けることが重要であり、そのためには活動してくれる漁業者に対し負担を求めないことです。さらには、その活動に対する正当な対価が得られるようなシステムが必要であると考えられます。
   クラブでは、「ブルーツーリズムはビジネスである」という考えから、体験費(人件費、漁船漁具使用料)はもちろんのこと、クラブの運営費まで細かく計算し、その金額を体験客に請求して収益を上げ、漁業者に活動費を支払っています。体験に係る漁具についても、漁業者個人のものを使用するのではなく、クラブが用意したものを貸し出しする形をとっているため、漁業者に金銭的な負担をまったくかけていません。
   また漁業者は、お客に対し「せっかく来てくれたのだから、いい思いをさせてあげたい」「うまいものを食わせてやりたい」など、よい意味での"漁師根性"を発揮する人が多く見られます。しかしながら体験はあくまでも商売であり、体験内容以上のサービスをすることは収益を減らしてしまうこと、すなわち損益です。クラブでは、必要以上のサービスは出さないようにし、お客が望んだ場合にのみ、安い金額で提供することにしています。(たとえば、海産物について安値で販売しています。)

(2) 無理な受け入れはしない。
   体験を実施していると、予約に対応するため、本業である漁業を後回しとしてしまわなければならない可能性があります。体験による収入はあくまでも副収入であり、本業の漁業に減益が出てしまえば、意味がありません。
   クラブでは漁業者から操業日程が報告されており、可能な受け入れ数を常に把握しています。受け入れ許容範囲を超えた予約については、協力してくれる漁業者を探してまで受けることはせず、お断りしています。

5. ブルーツーリズム実施による成果、課題、今後の展望

(1) 成 果
   体験の一般客受け入れは、本格的に開始したのが2006年4月からと日も浅く、主だった営業活動もしていませんが、8月末までの全体収入が50万円を超えようとしています。海水浴シーズンの天候不良を考慮すると、上々な客入りと判断しています。また地場産の海産物が、お客であった都市部の飲食店関係者の目に留まり、漁業者と直接取引を行うようになるなど、副産物的な効果も出ています。
   何よりもの成果が、地区住民が自主的に活動を開始したことです。海水浴と観光型体験漁業をセットでの集客を図ろうと、地元観光協会と協力関係を結び、パンフレットの作成、配布を始めました。さらには釣り船の営業を始め、釣り大会を企画するなど、行政抜きでの企画運営が実施されています。

(2) 課 題
   活気付き始めた状態を、さらに盛り上げていくためには、安定した集客が必要となります。しかしながら、ブルーツーリズム単独での情報発信ではインパクトが弱く、思ったような集客効果は得られません。地域の観光資源や宿泊施設、農林業体験などのほか分野とタイアップした形での総合的な情報発信が必要です。実施のためには、行政が各分野のとりまとめを行い、ひとつにまとめたうえで情報を発信することが必要でしょう。
   また、体験メニューをさらに充実させる必要があります。いつまでも内容に変化がなければ、お客に飽きられてしまうことと、漁業者もなれ合いになることから、クラブの士気低下にも繋がる可能性もあります。

6. おわりに

 グリーンツーリズムに関するアンケートなどを見てみると、「施設が十分に整備されていない」「地域資源を生かした、魅力のある体験メニュー作りが難しい」等、数々の問題が羅列されています。このように回答する方々は、最初から難しく考えすぎているのではないでしょうか。農林漁村は地域独特の文化や遊び、食事があります。少し視点を変えて見直してみると、自分が住んでいる地域に魅力的なアイテムが沢山あることに気がつくでしょう。そのアイテムを分析すれば、その地域にあったグリーンツーリズムが発見できると思います。