【自主レポート】

実効ある雇用対策にむけて~ハローワークの現場から

自治労国費評議会・労働部会連絡協議会

1. 国と自治体の労働行政

 ハローワーク・職業安定行政の分岐点とも言える法改正は、1999年(平成11年)の職業安定法改正により「民営職業紹介事業が取り扱える職業を原則自由化、許可の有効期間延長」と労働者派遣法改正による「労働者派遣事業の対象となる業務を原則自由化」となったことが極めて大きい影響を及ぼしている。
 翌年の2000年(平成12年)には「地方分権一括法」の施行は、地方分権と逆行した職業安定行政機構の中央集権化「国より一元化」となった。このことにより都道府県労働行政と遮断され、地域における産業雇用施策の総合的対策が著しく阻害されたとの指摘がある。
 同時に、雇用対策法の改正(第3条の2)により雇用に対する行政の責務に基礎自治体が位置づけられた。地域雇用対策の実施主体を確立する産別政策が必要であり、同時に地方政府の担い手である自治労の課題ともなった。

2. 雇用労働分野の現状

 雇用・労働分野の規制緩和は不安定雇用の増大と格差の拡大をもたらしている。いま、中高年労働者を直撃するリストラの嵐、新規採用の縮小による若年失業の拡大、依然として高い失業率、日本社会は雇用の危機にある。リストラで正社員は300万人減少。パートタイマーや派遣社員などが増え約1,300万人に達し、非典型労働者の割合は30%を超える。359万人が失業し非自発的失業者は1993年の4倍。倒産による失業は20万人超。年間80万件の労働相談と個別紛争の増大。住宅ローン破綻増大。自己破産21万超。生活保護87万世帯超。また、DV、離婚、自殺、精神疾患、犯罪などの増大。経済が上向きと言われていても、雇用は規模、地域、就業形態によって格差が拡大している。
 また、追い討ちをかけている労働諸法制の改悪がある。労働者派遣法の「改正」は、通常派遣の期間を一年から三年に延長、対象業務に「物の製造」を追加、紹介予定派遣を法的に定義し、事前面接を解禁した。労働基準法「改正」は、解雇権乱用法理の法制化や就業規則の必要記載事項に「解雇の事由」を含めること、有期労働契約の上限を原則一年から三年に延長し、特例措置については、現行三年以内を五年に引き上げた。現行法の規制を緩和し、労働者保護を後退させる一連の労働法制の改悪は何をもたらすか。
 ハローワークの現場では求人の約3割が派遣、請負の求人であり、求職者から求人者の募集・面接・選考・採用にかかる苦情が寄せられている。
 2007年には、人口が減少に転じ、団塊の世代が60歳代に到達するなど、我が国の経済社会が大きな転換点を迎えることとなり、それに的確に対応した雇用・労働政策が求められている。しかし、典型労働者・正規雇用労働者の絶対数の減少とパート、契約社員、派遣などの非典型・非正規労働者の増大は雇用の格差である。特に、非典型・非正規労働者は①長期安定雇用、②職業技能向上訓練の機会、③社会保険制度の適用、から排除される構造にある。
 ハローワークの受ける新規求人数917,542人の内、正社員は391,061人、非正社員は526,481人であり非正社員の占める割合は57.4%まで占め、有効求人倍率は1.04であるが正社員の有効求人倍率は0.67である。
 東京の新規求人のうち請負・派遣求人は26.6%(ハローワーク飯田橋では36.7%)
 大阪の新規求人のうち請負・派遣求人は22.1%(ハローワーク梅田では39.6%)
 また、東京局の2005年度労働者派遣事業の是正指導件数は1,402件、職業紹介事業の是正指導件数は261件にのぼっている。

3. 職業安定行政=ハローワークの窓口から

(1) 偽装請負・違法派遣の多発
   東京都内のハローワークでは今年に入り「実際の派遣先が求人票に記された企業と違った」などの苦情が多くあり、調査の結果、大半のハローワークで派遣先や発注元を偽る求人票が発見された。都内に本社があり複数のハローワークに大量求人をしていた業者6社で3月から8月にかけて計500件以上の不正求人をしていたことが分かった。派遣業者からの労働者の受け入れを「請負」の偽るケースが全国で発覚している。

(2) 求職者から寄せられる苦情
   リストラは当然のことであるような風潮は便乗解雇を生み出し、経営者のモラルハザードと言える事例は少なくない。ハローワークの職員が紹介しても不採用となるケースや「ミスマッチ」の原因は求職者側のみにあるのではない。
   以下【 】内は不採用理由、その後は「職員の苦悩の声」
  ① 【即戦力が必要で経験不足】
    「人材確保にあたっては企業内の育成もある程度必要ではないか」
  ② 【書類選考のみで不採用を繰り返す(30人~40人が応募)】
    「応募期限を定めるよう説得」
  ③ 【語学力不足】
    「外国人求職者の増加により語学力(日本語)の要求が過度に高まっている」
  ④ 【業種・職種に不向き】
    「生活上の理由で賃金を重視して応募せざるを得ない」
  ⑤ 【勤労意欲が見えない】
    「面接時の緊張緩和策がない。求職者の良い面を見ようとしていないのではないか」
  ⑥ 【(暗に)年齢を理由に不採用】
    「女性は35歳で、男性は45歳を堺に極端に状況が悪くなる。能力と適正で判断してほしい」
   以上は一部の事例である。
   また、ハローワークには、求職者からの「苦情」という名の連絡があってから対応せざるを得ない問題も増加している。「強制貯金、月3万円」「保証人、戸籍謄本、住民票の提出を求められた」「年齢不問だが応募拒否された」「完全週休2日が土曜祝日出勤あり」「賃金条件が異なる」「試用期間3ヶ月、契約社員1年、その後に正社員」「社会保険に加入していない」「親会社の派遣会社に登録された」「面接で個人事業主としての契約を勧められた」などさまざまである。
   現場では、求人者・求職者の努力を求めるサポートにより、効果が期待されると信じて職員の努力が続けられている。
   年齢や性別による実質的な門前払いなど労働市場におけるアンフェアーな企業行動はミスマッチ解消の大きな障害である。「労働法は守られず、労働市場のルールは悪化」し、労働法の「改正」が追い討ちをかけている。

4. ハローワークを「民営化」=民間開放できない理由

 職業安定行政は、全国ネットワークで職業紹介と雇用保険・雇用対策を一体的に実施している。
 公平な働き方を可能とするためには、女性、高齢者、若者、障害者をはじめ、全ての個人について、働く機会が公平に提供されなければならない。労働市場のゆがみを是正し、雇用保険・無料の職業紹介、失業者訓練等のセーフティーネットの整備は引き続き図っていかなければならない。以上の立場から、ハローワークの無原則な民間開放は、労働行政の解体につながるもので反対である。また、市場化テスト(官民競争入札制度)の論議にあたっては、①求職者の個人情報の保護に基づく公正な採用選考、②エイジフリー社会実現に向けた高齢者雇用の促進、③障害者に対する雇用差別を防止し、障害者雇用の促進、④男女共同参画社会の実現に向けた雇用機会の平等、⑤公契約として公正労働基準の実現、以上の事項が制度的に担保されない場合は、公共職業紹介事業への導入は認められるものではない。
 総務省発表の「求職活動手段別転職者割合」によれば、公共職業安定所等公共的機関40.4%、民間の職業紹介機関5.7%、求人情報専門誌等23.6%、インターネット1.6%、新聞・チラシ等25.9%、企業訪問3.8%、出向・前の会社の斡旋6.0%、縁故(知人、友人等)35.0%、その他8.5%となっている。
 資料≪行政減量・効率化有識者会議、連合委員に提出より≫

ハローワークのセーフティネットとしての役割について

(1) ハローワークは、憲法が規定する「勤労権の保障」を具現化するための、セーフティネットです。
   規制緩和が進展し、民間人材ビジネス(民営職業紹介所)が急激に増加していますが、民営紹介所は、国民の勤労権を守るために事業をやっているわけではなく、自らの事業により営利を生み出すことを目的としています。したがって、民営事業所は、紹介手数料を払ってくれる事業所に対してのみサービスを提供し、結果的に、対象とする求職者もそれら事業所の求人案件に合致する人材に限定されます。
   民営紹介所を利用したい求人者や求職者は、民間企業を利用すればよく、その結果よりよい就職ができる方々がいることは喜ばしいことです。しかし一方で、多くの民営紹介所が乱立する大都市部においても、民営紹介所の職業紹介の対象とならない求人者・求職者が多数存在するのが現実です。こうした方々は、セーフティネットであるハローワークを頼らざるを得ない実情にあります。
   このような、民間事業者の求人案件にマッチしない、他の方法に頼ることができない多くの求職者を、国の責任で助けることが、憲法に規定した勤労権の保障を確保することであると考えます。
(2) また、有識者会議の提言の中には、ハローワーク業務について、民間参入の拡大や包括的な民間委託が掲げられていますが、ハローワークが担っているセーフティネットの部分に、国民の税金を投入してまで民間企業を受け入れるのは理解しがたいものです。
   そもそも日本政府は、ILO88号条約を批准しており、セーフティネットとしての職業紹介等を民間企業に委託することは認められないはずであります。
   ハローワークは、すでに極めて低いコストで運営されており、一件当たり高額の成功報酬が払われる民営紹介所の職業紹介とは、事業の在り方もモデルも全く異なっているのです。
   民間企業は、自ら自由に事業を展開し「儲ける」のが本分であり、その本分に則り事業が発展し、ハローワークの業務量が減ることがあるならば、その時はハローワークの組織規模を縮小すれば良いのであって、現時点で、ハローワークのセーフティネットに上乗せして民間企業にお金を払うのは無駄遣い以外の何ものでもありません。
   なお、入職経路割合では、まだハローワークが20%以上を維持しているのに対して、民営紹介所は1.6%にすぎません。また、ハローワークと民営紹介所とでは対象者も全く異なる。民営紹介所が、ハローワークにとって代わるという状況ではまったくありません。
(3) また、ハローワークは、全ての求職者及び求人者に対し、公平・公正に対応しています。民間企業にハローワークの一部を担わせることとなると、その民営紹介所の系列企業や顧客企業の影響を受けて職業紹介したり求人・求職情報が利用されたりといった可能性も否定できず、果たしてセーフティネットとしての資格を満たすのかはなはだ疑問です。
(4) さらに、民間企業では、コスト面にばかり関心が置かれる結果、コストのかかる、本来手をさしのべるべき就職困難者への支援が後回しにされるといったことが起こりかねず、セーフティネットとしての役割を真に果たせない恐れが十分にあります。

4. 雇用保険制度の見直し議論

 雇用に関わるセーフティネットとして機能してきた雇用保険は、日本の終身雇用制度に支えられ、財政的に安定した運営が行われてきた。しかし、近年では単年度で年間保険料収入に匹敵する赤字が見込まれ急速に赤字幅が拡大している。雇用保険法の制度設計は、失業率4%程度を最大限の前提としていると言われている。したがって、現在の失業率が5%超では財政的に破綻するのは必然と言わざるを得ない。「構造改革」により、すなわち政策的に作られた失業に対しては一般会計を投入して社会的セーフティネットを安定的に維持するのが当然の政府の責務であろう。
 2000年の雇用保険法改正は、雇用保険の給付体系に「自発的失業」と「非自発的失業」という区分が設けられるなど大きな改正であった。その理由は、この雇用保険法改正以前に行われた「職業安定法」と「労働者派遣事業法」の二法の改正、わが国の雇用システムの転換の上で大きなテーマを持った法改正を受けて見直しが行われたことによるものである。雇用にかかわるセーフティネットの役割を雇用保険制度にどのように持たせていくのか、このことが中心的な政策議論となるべき社会的課題であろう。しかし、現実には差し迫った雇用保険財政の危機回避を図るために、給付と負担がいかにあるべきかをめぐるものになっているのではないだろうか。
 連合は2002年の審議会の論議時から「雇用保険制度は労使連帯に基づく失業に備える保険制度であるとともに、国民の勤労権の保障と完全雇用の実現という国家目標を達成するセーフティネットの性格を持っており、わが国が現在置かれている高失業状況の下でその役割はますます高まっている。政府は雇用保険制度の維持・安定について基本的な性格を有しており、現在雇用保険が有している危機的な事態に対し、雇用保険財政安定化基金の創設など一般財政の投入を直ちに行い、その責任を果たすべきである。ましてや、構造調整、不良債権処理をすすめるもとで失業が増大することは既定の事実であり、政府自らもセーフティネットが必要であると言及している。しかし、今回のたたき台はこれに逆行するものであり、構造調整期間において時限的にでも大幅なてこ入れを行うべきである。これに手を拱いていれば、わが国社会の安定は根本から崩壊しかねない」と警鐘を鳴らしてきた。
 給付の削減と、ハローワークの職員に「早期再就職の促進」をさらに強めても、雇用情勢は雇用保険行政の範疇を超えている事態にあると言える。現在、厚生労働省は8月の労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会に「雇用保険制度の見直し(中間報告)」を発表している。

5. ハローワークにおける就労支援

 本来国民生活のセーフティネットとして機能すべき社会福祉施策すら、コスト削減や市場化の対象とされ、競争主義の中に晒されている。こうした社会状況を背景に、社会保障全般の見直し作業の一環として、生活保護制度の見直しが進められようとしている。このなかで、国民年金との比較論や最低賃金制見直しと関連させた「生活保護基準の引き下げ」を主張する声や「運用適正化による受給抑制」動向が強まりつつある。一方、2000年の社会福祉制度改革以降、各福祉施策改革の共通の政策目標として「自立支援」が掲げられ、その「自立支援」の大きな柱として、「就労支援施策」が位置付けられてきた。
 この間の福祉制度改革における自立支援=就労支援策として、母子福祉施策における各種就業支援事業やマザーズハローワーク事業、障害者施策における障害者促進事業、地域障害者職業センターや就業・生活支援センター、地域障害者就業支援事業、生活保護施策の一環としての「生活保護受給者等就労支援事業」や各種の自立支援プログラムへの連携など、就業支援という側面から多様な取り組みがハローワークを中心に展開されてきました。今後、就労支援施策の位置付けや役割は一層大きくなっていくことが想定され、日本のセーフティーネット機能のあり方について、金銭給付のあり方だけでなく、就労支援を含めた積極的な生活支援としてのセーフティーネットの構築について、第一線の職員が実態に即した政策検討する必要が重要となっている。

6. 労働部会の具体的取り組み

 最後に、自治労国費評議会労働部会は厚生労働省職業安定局に対し予算要求時期と査定期に「雇用労働施策・職業安定行政の充実強化を求める要請書」提出交渉を取り組んでいる。また、自治労職業訓練協議会および自治労労政・労委連絡会との連携を進めてきた。
【参考】2006年7月28日、自治労国費評議会(労働部会)による厚生労働省(職業安定局長)交渉にて提出した「2007年度予算編成にあたり雇用労働施策・職業安定行政の充実強化を求める要請書」より抜粋

2006年7月28日

厚生労働省
 職業安定局長 鈴木 直和 様

全日本自治団体労働組合
国費評議会議長 高端 照和
〃 労働部会長 山本 和要

2007年度予算編成にあたり雇用労働施策・職業安定行政の充実強化を求める要請書

 貴職の職業安定行政諸施策の推進に対して敬意を表します。
<略>
 2007年度予算編成にあたり雇用労働施策、職業安定行政の充実強化のため下記のとおり要請します。

1. 職業安定行政・ハローワークの無原則な民間開放となる「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(市場化テスト法)」は、労働行政及び雇用労働施策の解体につながるものであり、「対象公共サービス」としないこと。
2. 市場化テスト(官民競争入札制度)の制度設計論議にあたっては、次の事項が制度的に担保されるべきであることを主張してきた。
 (1) 求職者の個人情報の保護に基づく公正な採用選考に向けた方策について
 (2) エイジフリー社会実現に向けた高齢者雇用の促進に向けた方策について
 (3) 障害者に対する雇用差別を防止し、障害者雇用の促進に向けた方策について
 (4) 男女共同参画社会の実現に向けた雇用機会の平等に向けた方策について
 (5) 公契約として公正労働基準の実現に向けた方策について
 以上について、今後の運用にあたって、考え方を明らかにされたい。
<以下略>

 


≪参考資料≫
□ 平成18年版労働経済白書 労働経済の分析
□ 連合 2006~2007年度『政策・制度 要求と提言』
□ ゼミナール「日本の雇用戦略」(高梨昌・連合総研 共編著)
□ 厚労省雇用政策研究会「人口減少下における雇用・労働政策の課題」2005年7月
□ 平成18年度行政運営方針(東京労働局・大阪労働局・沖縄労働局)
□ 東京の産業と雇用就業2006(東京都産業労働局)
□ 雇用・就業支援プログラム/平成18年度版(大阪雇用対策会議)
□ 第2次沖縄県職業安定計画/平成17年3月(沖縄県)

 

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