【論文】
命を大切にするまちⅢ
奈良県本部/奈良県職員労働組合・南和支部・内吉野保健所分会・獣医師 藤井 敬子
桜井保健所分会 江端 資雄
奈良県職員労働組合 泉 幸宏
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1. はじめに
我々は、第29・30回地方自治研究会全国集会において、身近な動物たちの命と尊厳を守ることを大切にする暮らしの中で、子どもたちの共感を育む、動物にも人にもやさしいまちづくりを提案してきた。これは、人の生き方のロールモデルとして、もの言わぬ動物に対しても、きちんとその責任を果たしていくこと、そして地域社会がそれらをつなぎ合わせるしくみを作り上げることで、その実現を目指したものである。
本年6月に改正された、動物の愛護および管理に関する法律では、国が動物愛護及び管理に関する施策の推進に関する「基本指針」を示し、これに応じる形で各自治体が「推進計画」を、2008年度までに定めることが規定された。
これは文字どおり、"命を大切にするまちづくり"の目標設定が法で担保されたということであり、我々は現場を担う行政獣医師として、これを空念仏に終わらせることなく、実効を伴うものにしなくてはならないと考えている。
しかしながら現実には、人と飼育動物の間には、まだまだ多くの克服すべき課題や問題が山積していることもまた事実であり、今回もこの地方自治研の場において、その一端を問題提起していきたい。
2. 人と飼育動物との関わり方
現在、日本全国で推定、1,200万頭の犬と1,300万匹のネコが飼育されているといわれている。(日本ペットフード工業界の数字)これが果たして健常な数字なのだろうか。
地球上のアジアやアフリカ等の開発途上国では、今なお数多くの人たちが、飢えに苦しんでいる現実がある。一方、そこで飼育されている動物の肉が、彼等の食用に供されることもなく、ペットフードとして日本や欧米で消費されているのも事実である。
本来、動物を飼育するということは、自然の状態から切り離して、人社会の中で管理することで、そこには生態系の機能は働かない。どこにも天敵はおらず、生存競争も存在しない。必要十分な餌が与えられ、疾病さえも予防される。動物たちは守られた一定の環境の中で、驚異的な繁殖力を見せつけることとなる。
本来、自然の生態系の中では、すべての命はつながっていて、一つの種だけが爆発的に増えることはなく、見事に調和を保っている。飼育動物の数的コントロールの責任は、人が負っており、これが欠如すると、生活環境や動物の福祉に支障をきたすこととなる。
我々は、この部分を放置したままで、本当に良いのだろうか。一般の飼育者の繁殖制限手術の実施率は依然として低く、望まれずに生まれる動物の数には限りがない。一方で、まるでブロイラーのようにずらりとケージを並べ、人気犬種のチワワやプードルを続々と生産するブリーダー達。何の制御装置をもたないペット産業は、今日も洪水のように大量の命を生み出し続けている。 果たして人間の生活に、これだけの動物が必要なのだろうか。全国の自治体が引き受けている膨大な数の飼育放棄動物、様々な苦情や、心痛む遺棄・虐待事例の背景には、不必要な飼育、飼ってはいけない人の飼育が、数多く混在している。
下の図は人と動物の絆の強さを横軸に、その関係の方向性を縦軸にとったもので、動物の飼育は本来、右上の部分にのみ限定されるべきであろう。"命を大切にするまち"づくりには、従来の動物への対症療法的な対応だけではなく、ネガティブな飼育、人のみの利益を求める飼育を排除するとともに、不必要な命を生み出さないで、数をコントロールできる何らかの"しかけ"が必要なのではないだろうか。
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図1 人と動物の「絆の強さ」(横軸)・「方向性」(縦軸)に関する動物の扱われ方の範囲(Patonek.in preparation) |
動物の飼育は、些細なことやプライベートなことなどではなく、厳正な命の信託であり、社会的な側面を合わせ持つ。これに対して、現状の飼い犬の登録手数料3,000円はあまりにも低額に過ぎる。動物の飼育に課税(自動車税と同等程度の)し、動物行政の財源とすることは合理的で、魅力的な"しかけ"ではあるが、意見の分かれるところであろう。 |
3. 命の軽視、多頭飼育 =悪夢のような不衛生な暮らし=
命を大切にするまちⅠ・Ⅱでは、少年凶悪犯罪、暴力と動物虐待の関係について触れたが、今回は動物へのもう一つの不適切な対処である「多頭飼育」について考えてみたい。
先日、神戸市内で純血種18頭が遺棄され、容疑者の男女が逮捕された。(別添記事)
彼等はペットショップの開業を考えていたらしいが、餌代を払えないことと臭気の苦情で飼育を断念、飼い始めてわずか2月で遺棄したというお粗末。あまりにも軽薄、浅はかな行為でスピード逮捕、犬たちは譲渡される方向で決着しそうである。しかしこの男女が、もっと動物好きだったらどうだろうか。苦情を言われて反発し、社会的なつながりを拒絶していったら……。きっと立派な?多頭飼育者になっていただろう。
多頭飼育の多くは、動物の日常的なケアも、清掃等の管理もなされない。散乱、蓄積するゴミと糞尿により、想像を絶する不衛生な状態に陥り、動物たちの健康状態は悪化していく。解決を図るにも、行為者は心を閉ざし、指導や助言を聞き入れない。動物を収容するにも所有権を放棄しない。収容ができたとしても、譲渡を前提とした保管が求められる。等々の理由で、多くは解決困難あるいは不能事例として放置され、その分類や分析はおろか、体系だった調査すら行われたことはない。
今回、奈良県職員労働組合では、動物虐待および多頭飼育に造詣の深い、米国ユタ州立大学心理学部教授F・アシオーン博士を招き、恐らく日本では初めての試みである不適正多頭飼育シンポジウムを開催した(2006.5)。このシンポジウムでは、これまでに経験した5事例の概略の報告と、これを基に帝京科学大学と多頭飼育調査票(別紙)を作成した。これがきっかけとなって、このやっかいな案件への調査・分析が進み、将来的にこのアプローチ法、解決への道すじをつけていければと考えている
(1) 天理市の事例A(F氏) 行政が介入、終結 |
期 間: |
1980~1993 |
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行為者: |
男性 独身 |
年 齢: |
60~72才 |
職 業: |
無職(元ミシンの販売営業) |
動物数: |
犬60~100頭・猫5~20匹 |
経過等: |
保健所を批判、飼育放棄動物の受入れ→犬捨て場化
糞尿の汚泥とゴミの山、疥癬寄生虫症蔓延、死体の放置
本人は真菌性肺炎に感染
ワイドショー放映、「天理の地獄穴」と海外から非難殺到
県がシェルター建設
全頭を譲渡 |
(2) 天理市の事例B(Tさん) 本人死亡、終結 |
期 間: |
1980~2001 |
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行為者: |
女性 独身(夫と離別) |
年 齢: |
60~81才 |
職 業: |
無職(元日本舞踊のお師匠さん) |
動物数: |
犬40~50頭 |
経過等: |
苦情により奈良市内を転出
転居をくり返し県内を放浪
重度の寄生虫と疥癬の蔓延
本人も疥癬に感染
周辺の圧力を迫害と受け止め、宗教的色彩を帯びる
県の収容、譲渡提案を拒否
犬の飼育場所で死亡 |
(3) 三宅町の事例(K氏) 説得成功、終結 |
期 間: |
1996~2004 |
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行為者: |
男性 独身(軽度の知的障害) |
年 齢: |
37~45才 |
職 業: |
無職(生活保護受給) |
動物数: |
犬2~20頭 |
経過等: |
工場経営の父親の死、隣家の伯母の死
廃工場内に閉じこめて飼育
自家繁殖により20頭に
世話、清掃は絶無、餌を窓から投げ入れるだけの飼育
保健所の説得を受諾
所有権放棄、本人施設入所 |
(4) 五條市の事例(Kさん) 継続中
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期 間: |
1990~ |
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行為者: |
女性 独身(夫とは死別) |
年 齢: |
66~82才 |
職 業: |
無職 |
動物数: |
犬2~20頭 |
経過等: |
夫の死、子どもとの別れ
独居の番犬として飼育開始
自家繁殖により20頭に
不衛生な環境、栄養失調、疾病の蔓延を、犬にとって自然なこととの独自の考えに固執、行政の引取を拒否 |
(5) 天理・御所市の事例(Yさん) 本人逮捕、終結
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期 間: |
1992~1996 |
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行為者: |
女性 独身 |
年 齢: |
48~52才 |
職 業: |
無職(元ウエイトレス) |
動物数: |
犬10~100頭 |
経過等: |
群馬県生れ、家出し大阪へ
野犬の餌やりで行政と対立
愛護団体の安楽死提案拒否
天理の農地に10頭を保管
自家繁殖により、頭数増加
御所に大規模飼育場を設置
借金の借主を殺害、逮捕
所有権放棄 |
4. まとめ(「多頭飼育」の克服に向けて)
今回の検討は、あくまで5例に限局されたもので、断定的なことは言えないものの、共通した一定の傾向等はうかがえた。今回、作成した調査票を用いて、今後できるだけ多くの事例を検証することで、分類、分析を進め、この克服への道を探る必要がある。
(1) 多頭飼育者の傾向
① 当事者の孤立
当然のことながら、鳴き声、臭気、衛生害虫の発生等々の生活環境の侵害による苦情で当事者は社会的に孤立する。この対立が強いほど、孤立は深まり、人間不信から動物にのめりこむ傾向がある。中には宗教的傾斜や、精神病理的な様相を呈する場合もある。
何らかの喪失体験がきっかけとなって、動物収集への傾斜が強まったことを感じさせる例もままあり、「孤立」は多頭飼育の一つのキーワードかも知れない。
② 周りへの関心、配慮の欠如
周りに迷惑をかけていることを認めない。自分の生活の場が汚れていることに気がつかない。動物の健康状態の悪さや、病死、衰弱死を自然なこととしてかたづけてしまう。死体をそのまま放置することもままある。
周辺への視野の狭窄、共感の欠如は、方向性が違うだけで、根底の部分で動物虐待ともつながっているのかも知れない。
(2) 克服へのアプローチ
F・アシオーン博士によると近年、米国では「多頭飼育」について心理学の分野での研究が進み、動物を不必要に集めて手放せない状態、病理学的な収集[Hoarding]と分類されるようになった。今後、この分野での分析はさらに進むものと期待される。
これらは米国のあらゆる都市で存在し、日本でも全く同様であるが、有効な対応策がないことから、行政的には放置されてきた感が否めない。しかしながら、これらは明らかな地域社会の脅威であり、当事者の人権の擁護の面からも、動物の最低限の福祉を守るためにも、地域社会が本腰を入れて対応することが必要である。
深刻な事態に立ち至っている多頭飼育への対応に、動物行政の部局単独であたることは、あまり意味がない。米国においては、当事者や動物、周辺環境に関連するすべての行政部局(警察、消防も含め)が、協議の場を持ちながら包括的に対応している州もあり、それは一定の成果を上げているとのこと。
今回の報告の事例(3)でも、当初からの社会福祉事務所との連携の中で、ようやく説得に成功したものである。
(3) アプローチに必要な三つの視点
① 当事者の孤立からのレスキュー
当事者の精神病理のリスクも含め、劣悪な環境下で健康を害している場合も多い。社会福祉、医療の分野との連携を図りつつ、円滑に動物と切り離すことが重要。
② 動物のレスキュー
感染、衰弱のリスクを持つものも多く、手厚いケアが求められる。社会復帰を望む声が上がることも当然のことで、この部分では獣医師会、動物愛護団体・ボランティアとの連携が必要不可欠。
③ 生活環境の復元
多くの場合、大量のゴミと糞尿の堆積がある。これらの除去、清掃には、清掃部局、地域住民、ボランティアとの連携が求められる。
全ての項目は複数回答可
1)公的機関の注意を引くことになったことについて
A)誰からの通報か?
近隣者 社会福祉関係者 警察 家政婦 匿名 友人 大家 動物愛護関係
親戚 家族 獣医師 本人 その他( ) 不明
B)苦情内容
不衛生な状態 過剰な動物の数 動物の病気 悪臭 動物に餌をやっていない
ゴミの蓄積 人間の行動の奇異 動物の放し飼い 建物の傷み 騒音
その他( ) 不明
2)多頭飼育をしている中心人物について
A)性別 男性・女性・不明
B)年齢 10代・20代・30代・40代・50代・60代・70代・80代・不明
C)結婚状況 既婚・未婚 離婚・死別 不明
D)家族 一人暮らし・他の家族( )人と暮らしている・不明
他の家族とは、子ども・配偶者・親
(子どもの場合は年齢を 歳)
E)職歴 自営業・サラリーマン・無職・その他( )
F)住み家 一戸建て(持ち家・借家)・アパート(持ち家・賃貸)・その他( )
G)地域 都会・少し都会・少し田舎・田舎
H)住居年数 半年以内・1年以内・3年以内・5年以内・10年以内・20年以内
30年以内・30年以上・転々としている(いた)ため短い
I)多頭飼育期間 住居年数と等しい・( )年間ぐらい・不明
J)仕事 定職(現在・以前: )・無職・その他( )
K)社会性 近所づきあい 多い・普通・少ない・ない
親戚肉親との交流 多い・普通・少ない・ない
L)多頭飼育を始めたきっかけはあるか? ある・ない・不明
あるとすれば ( )との死別・( )との離別・離婚
その他( )・不明
M)行為の自己評価 動物愛護家を自称 正しい事をしている 好きだからしている
深く考えていない その他
N) 犬の位置付け 愛玩対象 弱々しいもの 番犬 特になし
O) 経済的には 豊か 普通 その他( )
P) 動物にお金を掛けているか 掛けている( ) 掛けていない
Q)行政等の介入について 快諾している しかたなく快諾している 拒否している その他
R)当事者は現在疾病が ある( )ない 不明
3) 多頭飼育をされている動物について
A)動物種 犬・猫・兎・ハムスター・鳥・その他( )
B)合計の動物の数 約( )匹・不明
C)ここまで数が増えた理由
計画的に増やした・無計画に増やした・買った・拾った
頼まれて引き取った・頼まれずに引き取った・不明・その他( )
D)敷地内に死んでいる動物が いる・いない・不明
E)敷地内に病気の動物が いる・いない・不明
栄養不足・汚れた毛・はっきりした病気・怪我・その他( )
F)動物の病気
治療する ・ 放置(故意・気づいていない) その他
G)動物に名前はついているか
ついていない・ついている(全て・半数以上・少数)・不明
H)飼い主は動物の名前を覚えているか
覚えていない・覚えている(全て・半数以上・少数)・不明
J)飼い主が動物を増やした動機
動物が好きだから・子どもの代わり・他の人が世話をしないから
保健所に連れて行くと殺されるから・理由はない
その他( )・不明
I)善意で飼育を手伝っているボランティアの関わり ある・ない・不明
J)動物を飼っている場所
住居エリア内・住居エリア外・両方・不明
その他( )
K)飼育形態 繋留 ケージ内(全て 半数以上 少数)
敷地内放し飼い(全て 半数以上 少数)
屋内放し飼い(全て 半数以上 少数)
その他( )
L)登録 有り(全て 半数 少数) 無し 不明 その他( )
M)疾病 有り(全て 半数 少数) 無し 不明
ある場合は 皮膚病・寄生虫・その他
N)動物を置いておくための場所 ある( かしょ) ない 不明
4) 人間の住居エリアについて
A)全体的状況
a)問題なく清潔
b)ゴミが少し堆積しているが、住居エリアや台所に糞尿はない
c)住居エリアや台所にゴミが山積。臭いもある。糞尿は動物のケージの中
d)住居エリアや台所にゴミが山積。臭いも酷い。新鮮な糞尿が住居エリアにある
e)住居エリアや台所にゴミが山積。大量の尿便が住居エリアを汚染
f)その他( )
g)不明
B)部分的状況
ア)衛生状況 極度に不衛生・少し不衛生・まあ清潔・不明
イ)人間の住居エリアにあるもの
動物の糞尿・動物の死体・不明・なし
ウ)堆積しているもの
新聞雑誌・食器・ペットフード・ゴミ・その他( )
不明・なし
エ)堆積や不衛生のために使えないものがある
トイレ・台所・風呂場・家具・冷暖房・電気・ベット・不明・なし
C)住人の意識
不衛生な場合、本人は不衛生な状況を
完全に理解している・少し理解している・理解していない・不明
本人の弁明( )
動物が死んでいる場合、本人はそれを
完全に理解している・少し理解している・理解していない・不明
本人の弁明( )
わかる場合死亡数/ 年
死体処置 放置( ) 火葬 焼却(ごみと一緒に出す)
埋葬(主に個別・主に合同)
動物が病気の場合、本人はそれを
完全に意識している・少し理解している・理解していない・不明
本人の弁明( )
5)人間の住居エリア外(庭など)について (あり・なし・不明)
あ)衛生状況 極度に不衛生・少し不衛生・まあ清潔・不明
い)人間の住居エリア外にあるもの
動物の糞尿・動物の死体・不明・なし
う)堆積しているもの
新聞雑誌・食器・ペットフード・ゴミ・その他( )
不明・なし
6)対策状況
A)実際に立ち退きなどの行政処分を受けたことが ある・ない・不明
その時の行為者の反応 ( )
B)行政からの勧告などの注意を受けたことが ある・ない・不明
その時の行為者の反応 ( )
C)行政はその問題について
非常に苦慮している・少し苦慮している・苦慮はしていない・不明
過去の事例の場合
D) 行政の介入は何年間だったか ( )年間
疾病 有った(全て 半数 少数) 無し 不明
あった場合は 皮膚病( )寄生虫( )その他( )
経済的には 豊か 普通 その他( )
動物にお金を掛けていたか 掛けていた(具体的に )
掛けていなかった
動物を置いておくための場所 あった( かしょ) ない 不明
その場所の立地 都会・住宅街・田舎・その他( )
動物の数の増減 激しい(自家繁殖・疾病・新たに飼う・その他 )・数頭・なし・不明
7)その他気づいたこと
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無計画飼育「餌代なし」 |