【要請レポート】
青少年の居場所づくり
~大阪市における課題を抱えた青少年のための事業展開から~
大阪府本部/大阪市職員労働組合・教育支部 村上 哲也
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1. はじめに
この間の社会の変化のうち、大きなものの一つとして、青少年をとりまく環境の変化があげられます。児童虐待、問題行動の低年齢化、子どもを狙った犯罪の頻発、不登校、ひきこもりなど、青少年に関するさまざまな状況が取りざたされており、またそれぞれがその深刻度を深めています。こうした状況の背景には、社会構造の変化のほか、家庭の教育力の低下とともに、「地域の教育力」の低下が大きく関係していると考えられます。今日、青少年が安全かつ健康に成長するとともに、ひとりの人間として自立して歩めるよう、学校や家庭だけでなく、地域社会の中での「居場所づくり」や体験学習の機会、世代間の交流等による「地域の教育力」の向上がますます必要となってきています。
本稿では、子どもを育む「居場所づくり」や地域の教育力向上に関して、大阪市における課題を抱えた青少年に対する具体的な事業の報告を通して考えるとともに、今後の施策の方向性について、どのようなスタンスで関わっていくのかについて考えてみたいと思います。
2. 大阪市の社会教育・生涯学習を取り巻く状況
(1) 新「生涯学習大阪計画」
大阪市では、市民のさまざまな生涯学習活動を支援するため、生涯学習推進の基本的な考え方と方向性を示すものとして、「生涯学習大阪計画」を1992年に策定し、それに基づいて関連施策の推進を図り、効果をあげてきました。しかし、当初の計画策定から14年を経て、少子・高齢化、高度情報化の急速な進展など、社会全般の状況は大きく変化し、新たな課題に対応していく必要性が出てきました。そこで、新たに社会の変化に対応した形で今後の生涯学習施策形成の枠組みとなる新「生涯学習大阪計画」を2006年1月に策定しました。
新たな「生涯学習大阪計画」においては、市民一人ひとりが主体となって「自立と協働の社会」をつくることを基本理念として、その実現のためのさまざまな施策の体系が示されています。青少年に対する施策体系としては、『青少年の「生きる力」の育成』を掲げ、生涯学習施策の柱のひとつとして位置づけています。そこでは、具体的な施策の方向性として、①自分の人生を切り開けるような基礎教育力を身につけるための学習を支援する「青少年の基礎教育の充実」と②社会的・経済的に課題を抱える子どもに対する「生きる力」の育成、の2点をあげています。これに基づき、大阪市では関連施設等において事業実施を行っています。
(2) 指定管理者制度
地方自治法改正により導入された指定管理者制度の移行期間切れを前に、大阪市においても、多くの社会教育施設において移行手続きが行われ、2006年度より指定管理者による施設の管理運営がはじまっています。大阪市では、委託施設だけでなく直営施設についても施設の管理運営のあり方が検討された結果、いくつかの直営施設についても指定管理者制度が導入されました。指定管理者の選定については、その多くについて公募形式によって行われ、現在では、外郭団体や民間事業者が指定管理者として施設の管理運営に携わっています。また、いくつかの施設においては制度導入にあたり、事業改編や業務執行体制の変更が行われました。これらの施設が、コスト論のみでなく、施設の設置目的を達成するために効果的な事業展開が行われているかや、果たすべき役割、機能が十分に果たされているかについての検証を行う必要があります。
3. 大阪市の青少年教育事業~具体的事例を通して~
ここからは、大阪市における青少年対象の教育事業について、不登校、ひきこもりなど、課題を抱える青少年に対する事業の具体的事例を通して報告していきます。
(1) 青少年会館「ほっとスペース事業」
① 施設の概要
大阪市内に12館ある青少年会館は、当初は同和地区青少年の健全育成のための施設として、建設され事業展開してきた施設です。2002年3月の「地対財特法」の期限切れを前に、1999年4月には条例改正が行われ、「基本的人権尊重の精神に基づき、青少年の教養を高めるとともに健康の増進を図り、その健全な育成に資する」(青少年会館条例第2条)ことを目的とする施設として、一般施策としての青少年の健全育成に関する事業を行う施設となりました。2004年4月には、青少年会館事業の事業改編が行われるとともに、指定管理者制度を導入し、指名により、大阪市の監理団体である財団法人が施設の管理運営業務を代行することとなりました。
② 事業の概要
2004年度の青少年会館の事業改編により、課題を抱えた青少年に対する事業「ほっとスペース事業」が新たな青少年会館事業として位置づけられ、現在、下記の2つの柱立てのもとで事業展開しています。
ア 青少年育成相談事業
不登校をはじめとするさまざまな課題を抱えた青少年やその保護者等を対象に、学校や関係機関等の地域のネットワークを通じた課題の早期発見や相談を行う。
イ 青少年サポート事業(居場所づくり事業)
課題を抱えた青少年に安心できる居場所を設け、継続的な支援を行うとともに、体験学習や仲間づくりの機会を提供することを通して、青少年の社会参加を図る。
青少年育成相談事業では、月~土曜日(10時~17時)の電話受付を窓口として、週2回の専門相談日での面接相談を行うといった形を基本に、青少年のさまざまな課題に対応しています。この事業においては、相談専門職員(契約職員)が、実際の面談、聞き取り調査、家庭訪問などの業務について主に担い、青少年会館の担当職員が学校・関係機関との連携や、それぞれのケースの把握および対応、事業評価などを通して、事業全体のコーディネートを担うという形をとっており、それぞれの役割分担と連携によって事業を行っています。
一方、青少年サポート事業では、課題を抱えた青少年の居場所として、青少年会館の1室を利用して、体験学習や学力向上のための活動など、参加者の課題に即したさまざまなプログラムを提供しています。この事業においても、不登校、ひきこもりなどに対する支援活動を行っているNPOなどとの協働により運営しており、居場所づくりの企画、運営、プログラム作成などを行うコーディネーター(NPO等より派遣)、日常的に青少年と関わるとともに、プログラムの提供や学習活動の推進などを行うメンタルフレンド(NPO等より派遣)、コーディネーターとの日常的な連携に基づき、事業全体の推進や課題発見のための連携構築を担う青少年会館担当者(市職員)の3者の連携のもとで事業が進められています。
また、2004年度には、青年層を対象に自立や社会参加などをテーマとしたさまざまな事業を展開している中央青年センターと連携し、課題を抱えた青少年を対象に自然体験や生活体験の活動を行うキャンプ事業を実施しました。この事業では、中央青年センターの担当者とほっとスペース事業のコーディネーターとが企画段階からともに関わり、キャンプのプログラムや宿泊を伴う事業での留意点などについて検討をすすめたり、青少年会館の居場所づくり事業に参加している青少年がキャンプに参加する場合、普段ともに活動しているメンタルフレンドも参加してもらうようにしたりするなど、できるだけキャンプ参加者がストレスを感じることなく積極的に活動に参加できる態勢づくりを行いました。
③ 事業の成果と課題
青少年に関するさまざまな課題に対する相談窓口として、現在、各青少年会館には多くの相談が寄せられています。2004年度実績としては、相談事業への相談件数が述べ525件あり、その相談内容も、不登校、いじめ、ひきこもりなどの相談をはじめ、障害を持った子どもや外国籍の子どもに関する相談など多岐にわたっています。また、サポート事業においては、述べ2,763人(2004年度実績)の青少年が参加しており、継続的な支援を行う場として機能しています。
ただ、2004年度から開始の事業であり、市民に対して事業の周知度が低い部分もあるため、広報等によりより広い周知を図ることや、今後予想される相談件数等の増加に対して、相談事業、サポート事業ともに、いかに対応できる態勢を整えていくかが今後の課題となっています。
4. 今後の施策の展開に向けて
青少年会館の「ほっとスペース事業」は、2004年度から開始されたばかりのまだ新しい事業であり、事業効果等について検証しながら、今後の施策の充実に向けて取り組んでいく必要があります。ここでは、今後の施策の展開に向けた視点について3点の提言を行います。
① 全市での展開
課題を抱えた青少年に対する相談や居場所づくりの事業については、長期的(継続的)な関わりが必要であり、それぞれの利用者がアクセスしやすい場所で行われているということも重要な要素です。新「生涯学習大阪計画」においても、めざすべき方向性として、「ほっとスペース事業」の全市展開に向けた検討を掲げており、最低1区に1つは事業展開している場所があることが必要だと考えます。しかし、現在、ほっとスペース事業を実施しているのは市内に12館の青少年会館のみであり、この青少年会館も、同区に複数館あるケースもあり、8区に設置されているのみです。今後の本施策の全市展開に向けたビジョンの構築、および具体化に向けた態勢の整備について検討をすすめていくことが重要です。
② ソフト面の整備
課題を抱えた青少年に対する支援事業を行うためには、居場所の確保をはじめとしたハード面の整備だけでなく、相談への対応や日常のかかわりなどを継続して行いうるソフト面の整備が必要不可欠です。特に青少年の課題については、学齢期-青少年期-青年期と成長の過程をたどる中で、それぞれの年齢層に対応して課題の形も変わっていきます。一方で「ひきこもり」の高年齢化や、「不登校」からそのまま「ひきこもり」へ移行するケースも多く見られるなど、それぞれの世代の課題を切り離して考えることも難しくなってきています。これら多様な課題を抱える青少年を支援するためには、継続的に子どもや保護者等と関わりながら、まず相互に信頼関係を築いていくことや、さまざまなケースに対応するためのネットワーク(学校や社会教育施設、医療・福祉・勤労などの各機関など)を構築することが必要不可欠です。これらは一朝一夕にできることではありません。さまざまな事例についての研究やノウハウの蓄積はもとより、コーディネートにあたる職員や、協働する専門的な知識・技術を持った関連団体やNPOの方々を含めたスタッフ体制等があってはじめて実施しうるものです。事業展開を行う上では、これらのソフト面の充実・整備を行うと言う視点なくしては、中途半端な事業となり、かえって市民サービスの低下を招くことになります。ソフト面の充実に向けた具体的な研修や関連機関とのネットワークの構築について、総合的に推進していくことが必要だと考えます。
③ 一般的な青少年施策の充実
ここまで課題を抱えた青少年に対する事業について青少年会館の「ほっとスペース事業」を中心に考えてきましたが、その一方でもちろん「課題を抱えない」ようにするための施策も必要です。病気にたとえて考えるならば、病気の人を少なくするには、病気になっている人に適切な治療を施すことに加えて、病気になりにくくする為の予防や環境改善を行っていくことが必要です。また、治療に要するコストに比べて、その予防に関するコストの方がはるかに少額ですむと言われています。これを青少年施策にあてはめると、課題を抱えた青少年に対する相談・支援事業とともに、それぞれの青少年が健康かつ安全に生活していくための事業展開も必要だと言うことになります。現在、各青少年会館や、中央青年センターなどの青少年対象施設において、自己実現や職業観の育成など、青少年が現代社会を主体的に生きるための基礎的な力を身につけていくための事業展開を実施しています。これらの事業の継続的な実施や充実をどのように行っていくかも今後必要な視点です。
5. 最後に
これまで、大阪市職教育支部(以下「支部」)においては、政策協議事項についても、支部・局で労使協議会を設置・開催し、施策の方向性を確立してきました。しかし、この間の大阪市の問題に端を発する市側と組合との関係の見直しにより、政策に関する事項は「交渉事項ではない」との局認識のもと、2005年9月以降、労使協議会は開催されないままになっています。また、その他の意見交換についても必要最低限のものにとどまっている現状にあり、支部として政策の充実や課題解決に向けて、局に対してアプローチする窓口が大きく制限されています。しかし、支部では、これまで施策推進や事業展開の方向性について、各職場での自治研活動の積み上げを基礎として、市民の視点に立ちながら主体的に考え、教育政策の充実に努めてきたという自負があります。現在おかれた状況の中で、今後の教育政策の充実に向けて局に対してどのように意見反映を行っていくのかが、支部が考えるべき大きな課題です。これまで同様の自治研活動や各職場との意見交換をより充実させながら、新しい運動スタイルについて模索しているところです。
6. 追 記
本年8月31日、「大阪市地対財特法期限後の事業等の調査・監理委員会」が、いわゆる同和対策事業の今後の方向性について報告をまとめました。そこには、「ほっとスペース事業」をはじめとしたいくつかの青少年会館事業について、施策の内容そのものは評価し、全市展開するべき事業として位置付けながらも、青少年会館が特定地域に偏在しており、一般利用者にとって利便性が高いとは言えないということを理由に、青少年会館の条例廃止について言及しました。
青少年会館は、先に述べたように、そのルーツは同和地区青少年の健全育成のための施設として設置されたものですが、現在では条例改正や事業改編などを通して一般施策化した施設として位置付けられています。また、ほっとスペース事業をはじめとして、一人ひとりの子どもたちと向き合いながら課題解決を図ってきた青少年会館の施策は高い評価を受けています。現在も多くの青少年が青少年会館を「居場所」としてとらえ、日々利用しているのです。
全市展開すべき事業であると位置づけながら、一方でこれまでその事業を行い、実績を積み重ねてきた施設を廃止するという方針について、支部は無責任なものであるととらえています。加えて、この報告の中では、来年度以降の全市展開に向けた具体的な施策の展望やその実施体制などについて一切触れられておらず、現場職員や利用している子どもたち、その保護者などに大きな不安を与えているとともに、課題を抱えた青少年に対する施策が後退しかねない状況となっています。
青少年にとっての居場所は、人間関係の構築や日々の活動の中で培われた安心感など、ながい時間をかけた中でつくりあげられるものだと考えます。そのような居場所をどのような形でつくりあげていくのか、今後の施策の位置づけを明確にするとともに、その具体的かつ現実的な実施体制が早急に確立される必要があると考えています。支部では現在、今回の報告の問題点や青少年施策の必要性などについて、ビラの配布などを行い、市民のみなさんに訴えかける運動を展開し、大阪市当局に訴えつづける決意を固めています。
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