【自主レポート】
仕事と育児の両立を通した
「ワーク・ライフ・バランス」の構築 |
沖縄県本部/石垣市職員労働組合 吉村 安史
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1. はじめに
出生率の低下は5年連続の更新で、05年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの平均値)は1.25と過去最低である。政府による少子化対策が空振りに終わったことを物語っている。
2005年少子化社会白書などによると育休取得率は女性の70.6%に対し男性は0.56%で30代男性の11.7%が週60時間以上働く。午後8時以降に帰宅する男性の割合はフランスで27%だが、日本では61%にも上る。
少子化対策として、06年「骨太の方針」により、今後、出産入院時に一時金が支払われることや乳幼児期に児童手当が増えることは喜ばしい。しかし、男性の長時間労働の実態も改善されないままでは、実効性はさほど期待できない。
また、国立社会保障・人口問題研究所が今年初めて夫の育児参加と子どもの数の関連についての全国家庭動向調査(用語解説1)結果(右表)においても、夫が育児をする家庭ほど、子どもをもっと欲しいと考えていることが明らかになった。
さらに、子育て世代の80%前後が育児の8割以上を妻が担う「妻集中型」となるなど、妻の育児や家事の負担が依然大きい実態も判明した。
歯止めがかからない少子化の進行を食い止める1つの鍵が「夫の育児参加」にあり、そのためには、今までの働き方の見直しが大きく求められている。
本市においても慢性的な過重労働の実態があるなか、家族的責任を有する夫による仕事と育児の両立に向けた取り組みを検証し少子化対策を考えるだけでなく、他国では常識化されつつある仕事と家庭生活の充実を図る「ワーク・ライフ・バランス」の構築をさぐってみたい。
2. 少子化対策の現状
政府による少子化対策としては、94年のエンゼルブラン(用語解説2)に始まり、99年の新エンゼルプラン(用語解説3)、昨年は次世代育成支援対策推進法(用語解説4)を制定。
各都道府県においても、乳幼児の医療費助成の拡充から、出産で一時退職した女性の再就職支援、男女の出会いの場提供や九州5県共同では未就学児をもつ家庭が食料品割引きサービスなど、あの手この手の支援策を打ち出している。
子育て支援の財源を税金などで賄うことは最後の手段だが、千葉県市川市では希望者を対象に市民税の一部を子育て支援のNPOボランティアヘの助成に回す「1%支援制度を実施している。さらには、佐賀県では昨年12月「育児保険構想試案1(詳細内容)をまとめた。国の施策に自治体が詳細な具体案を示すのは異例だが、医療や介護のように一定の育児費用も国民全体で負担し合うという内容である。
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が6月9日発表した「全国家庭動向調査」では、夫が家事や育児を分担してくれない限り、これ以上は産めないという本音が読み取られ、政府や企業は男性の育児参加を促すような働き方の見直しに、一層取り組む必要がある。
政府が05年度から推進している「子ども・子育て応援プラン」では、育児休業の取得率アップや就業時間短縮によって、男性が子育てに取り組む時間を確保することを柱のひとつにうたっている。社会全体の意識変革を促し、女性を支援するだけでなくパートナーの男性も支える環境が整わない限り、出生率が上昇に転じるのは難しい。
3. なぜ男性は育児休業をとらないか
まず、「男性」の育児休業取得を考える際に、制度の対象範囲、休業取得の柔軟性、休業中の所得保障という点から、現行育児休業法の内容を確認しておく必要がある。
制度の対象範囲として、「妻が専業主婦であったり、あるいは育児休業を取得して育児に専念している場合には、夫である男性労働者は育児休業を取得できない」という規程を労使協定があれば就業規則等に盛り込むことができるとされている。実際に、「配偶者が常態として子を養育することができる者」を育児休業制度利用の対象とする事業所は22.5%、残る77.4%の事業所では、専業主婦の妻をもつ男性等は制度対象外である。(厚生労働省「平成14年度女性雇用管理基本調査」事業規模5人以上)
ただし、妻が専業主婦の場合でも、妻の出産後8週間については必ず育児休業が取得できる期間として保障されている。産後8週間は母親にとっては回復の期間である「産後休業」期間であり、育児休業期間でないため、全ての男性労働者が育児休業を取得できる期間となっている。
次に、休業取得の柔軟性について、現行法では休業申し出の回数は、特別の事情がない限り1人の子につき1回で、育児休業を「連続したひとまとまりの期間」と規程されています。もちろん、法律は制度の最低限の基準を定めているものであるから、企業や自治体が任意に法律を上回るかたちで柔軟な制度内容にすることは可能であります。
最後に、「育児休業中の所得保障」は雇用保険制度において1995年から施行されており、育児休業給付には、2種類あります。育児休業期間中に支給される「育児休業基本給付金」(休業開始時賃金月額の30%相当額)と育児休業後に職場復帰して、引き続き雇用保険の被保険者として6ヶ月以上雇用された場合に支給される「育児休業者職場復帰給付金」(休業開始時賃金月額の10%相当額)の2つを合わせて休業前賃金の40%が保障されます。
また、社会保険料の支払いについては、1歳未満の子を養育する労働者を使用する事業主が保険者に申し出することにより、育児休業を取得している被保険者負担分及びその事業主負担分が免除となります。
ここで、前述した柔軟性に欠け、少ない所得保障となっている現行育児休業法の課題以外に、男性の育児休業取得が進まない要因にふれてみます。
わが国においても、1999年に男女共同参画社会基本法(用語解説5)が施行されているものの、前述の全国家庭動向調査や女性の年齢階級別にみた就業率がM字型力ーブ(用語解説6)を描くという事実から、育児責任を女性に期待する男性意識と女性がその役割を受け入れている現状がみえてきます。出産を機に妻が退職すると、夫は「その分しっかり稼ごう」という夫の稼ぎ手役割が強化されていきます。
男性は基幹的な仕事を任され、忙しい職場では女性のように産休や育休の取得が「お互いさま」という意識にはなりにくく、「自分だけが迷惑をかける」という意識になりがちである。女性の育児休業は、妊娠、出産を経過して育児休業へと段階的に進んでいくのに対して、男性が取得する場合はそうした段階がないために、職場として緊急の対応を迫られ誰もが休暇取得しやすい職場環境づくりが求められます。
また、休職時の少ない保障制度や退職金算定の不利益はもとより、「人並み程度には」出世したいと思う人が多いなか、査定昇給制度の導入による昇進等への影響を懸念する現実的問題も切実な理由です。
基本的な問題ですが、育児休業の申し出、取得による不利益取扱いの禁止が育児・介護休業法第10条でうたわれているものの、知らないあるいは実践できない労働者権利意識の低さも指摘されます。
4. 休業取得により期待される効果
育児休業を取得した男性からは、子どもと一緒に濃密な時間を過ごした期間を高く評価する声が多くよせられている。(以下は、声から)
育児休業取得の効果は、一定期間仕事を離れることのリフレッシュ効果以外に、特に、取得した期間中よりも、その後にあらわれるようである。
育児休業を取得した男性は、たとえ1、2ヶ月と短期の休業制度であっても、子どもの成長に主体的にかかわったという思いから、休業後も子どもとの時間をつくるために時間管理に厳格になり、効率的に業務をこなすという仕事面の効果があげられる。
社会の見方にも幅が出てくる。例えば、デパートや駅などの男性トイレにもベビーベッドが必要など顧客サービスの改善や、ベビーカーを利用する機会を通して、施設や道路の段差も少なくなり、ハード面における「まちづくり」が早くなったという声もある。
また、自然と家事や子育てをシェアする姿勢が身につき、それが妻の時間的・精神的ゆとりを生み、夫婦関係にも好影響を及ぼすという報告もあげられています。
5. 仕事と育児の両立に向けて
2006年6月13日厚生労働省は、残業時間を減らし、子育て時間の確保により、少子化や健康管理につなげるため、「月に30時間を超えた分の残業代の割増率を現行の25%から50%の引き上げや残業時間が月40時間を超えた労働者には追加的な有給休暇を与える」という素案を労働政策審議会に示した。
現在、企業のリストラや行革による公務員定数削減による人員不足から、労働者一人一人が過重負担を強いられているなか、夫の育児参加による仕事と育児の両立に向けて、われわれ労働者が制度や働き方を柔軟なものに変えていく幾つかの取り組みを考えてみたい。
次世代育成支援対策推進法に基づき301人以上の労働者を常時雇用する事業主は、事業主行動計画の策定義務付けがされていることにより、現在ではほとんど計画は策定されているが、計画策定後の取り組みが成されていないのが現状でしょう。
そこで、まずは、人事担当者による制度周知はもとより、育児・介護休業法で規定されている「職業家庭両立推進者の選任」により、会社(自治体)の雇用管理方針で仕事と家庭との両立を図るための取り組みを企画・実施することです。ここで、各会社(自治体)における仕事と家庭の両立支援対策の進展度合や不足している点を客観的に評価するため、(財)21世紀職業財団(用語解説7)作成の両立指標(61設問)等を参考に行い、その結果を社員(自治体職員)に公表し仕事と家庭の両立支援状況を把握することも必要です。
次に、幅広い男女意見交換会等を活用し、妻が望む効果的な時期に夫が休業取得できるような現行育児休業制度の柔軟な規則見直しや男性の子育て参加の多様なモデル提示があげられます。
例えば、現行育児・介護休業法では、右の①、②で示す通り、育児休業は1回の連続した期間を原則としている。
労働者がひとりの子の育児のために休業を分けて取得することができない制度となっている企業・自治体がほとんどである。
③、④のような分割した育児休業だけでなく、妻が職場復帰する時期や保育所入所時期である「ならし保育」時期等の男性の子育て参加の多様なモデル(まずは短期間から始める)提示が考えられます。
また、夫が現行の育児休業を取得すれば、現実的な生活給の問題が必ず生じてきます。そこで、男性育児休暇取得促進のため、まず昇給昇任制度や退職金制度も含め「所得保障の不利益」の改善に向けた声を労働者が一丸となってあげる必要があります。
3つ目には、出産を理由とした女性退職者にとって、働きたい気持ちがあるにもかかわらず再就職が難しい現状があることから、前述した「夫の稼ぎ手役割の強化」は改善されず、夫の育児参加は進みません。
そこで、男性の育児参加促進には、出産・育児による退職奨励をなくす女性支援体制づくりや女性就業促進の取り組みだけでなく、女性管理職登用の「効果」も必要となってきます。
あらゆる分野に男女が対等に参画して築き上げる社会では、女性の視点が活かされ、平和で生き生きとした新しい価値観をもつ社会をつくりだしていくことでしょう。
4つ目に、人員不足の職場では、育児休業を理由とする休暇だけでなく、みんなが休暇取得しやすい職場環境づくりがやはり求められます。介護、自己啓発、社会貢献等のあらゆる休暇をみんなが取得しやすい職場環境づくりであり、連続した夏季休暇の取得すら困難な職場も多いなか、まずは取得したい時期に連続した夏季休暇をしっかり取得することから始めてもいいでしょう。これは、前述した制度改善の取り組みと違って、職場でのコミュニケーション力がポイントとなるため簡単ではありません。
しかし、この休暇取得を、仕事の見直し・効率化や情報共有化の仕組みづくり、そして、人材育成の絶好の機会と捉えて取り組むならば、予測できないリスクを回避できる「高生産性職場」となり得るでしょう。これには、各職場における管理者のかかわりが大きく影響します。つまりは、人員不足のなか、労働者の楽しみでもある「(有給)休暇」を誰もが取得したい時に取得できる全員参加型の管理制度と職場環境づくりに取り組めるかがポイントです。
5つ目として、慢性的な過重労働実態のなか、休暇取得したい時に取得するに至るには、今までの仕事優先ではなく、仕事と私生活のバランスを考え、個人が主役となる働き方が求められます。有限であるたった1度きりの人生をどのように生きるのかという「生き方」を賢く選択する力が必要となってきます。
「自分はどのような生き方をしたいのか。自分にとって一番大切なものは何なのか。大切な人は誰なのか。自分が本当にやりたいことは何なのか。どうすれば、納得いく生き方ができるのか。」を自問自答しなければなりません。
そのための1つのとらえ方として、右図のシンプルな安定した三角形のように「仕事」、「家庭」、「自分」のバランスをとり、心のなかに平安を持てるように心がけることも大切です。
安定する三角形の頂点は、ほかの2つの頂点から支えてもらっています。私たち自身を形成し、進歩成長させる(そして喜ばせる)方法は仕事や家庭を通してもたらされます。
同様に、仕事は私たちの家族のため、そして、自分自身の満足感に貢献するためにあり、家庭も私たちや仕事にやりがいを与えてくれます。
また、情報の洪水で多様な価値観がある社会のなか、大切にしたいもの(価値観)がいくつもあったときは、どうすればいいか。その場合、参考になるのが、「80/20ルール」である。自分の人生に大事だと思う価値がいくつもあるとき、どれにでも手をつけようと思わないで、このルールを適用すればいい。実現したい価値観が10個あったとき、特に大切な2個に時間とエネルギーを注ぎ込めば、80%の満足が得られるのだから。
6. ワーク・ライフ・バランス
アメリカでは、1980年代には、子育て支援を中心とするファミリーフレンドリー施策の導入が進められていたが、1990年代初めにリストラが行われ従業員のモラルが低下した。
そこで、子どものいない従業員のニーズにも応えていく必要があるのではないかという課題が浮上し、子育て支援、ファミリーフレンドリー施策から、従業員のプライベートな生活全般に配慮する「ワーク・ライフ・バランス」へと施策の幅が広がるようになりました。
仕事優先、家庭二の次の時代は終わり、勝ち組企業では、人材確保のために、福利厚生としてではなく、ビジネス戦略としてワーク・ライフ・バランスを取り入れている。自分の生活、家族、生きる目的を大切にしている社員ほど、業績に貢献しているという統計があるからです。
EU諸国でも、労働組合が労働時間の短縮、柔軟化を要求する動きが強まっている。子育てはもちろん、仕事と家庭(ワーク・ファミリー)のバランスヘ、さらに仕事と個人の生活(ワーク・ライフ)のバランスヘと移行しています。
「ワーク・ライフ・バランス」を進める上で重要なポイントは、労働時間の短縮、柔軟化、勤務場所の柔軟化といった働き方のフレキシビリティーの確保です。
アメリカやイギリスの「ワーク・ライフ・バランス」と同じように、働き方の見直しとして、イタリアでは、「スローフード」「スローライフ」、ドイツやオランダでは低経済成長による「ワークシェアリング」が実践されています。
7. 最後に
今レポートでは、今注目されている少子化対策としての仕事と育児における両立支援の実践だけでなく、これを通した人員不足の職場における慢性的な過重労働に対する心構えにもふれてきました。
人員不足の職場で過重労働を縮減し、夫の育児参加を促すための取り組みとして、事業主行動計画策定とその実践と検証、現行育児休業法制度の課題改善、女性就業促進の取り組みだけでなく、職場や各々における「働き方の見直し」が必要です。
家族的責任を有する労働者にとって、仕事と育児の両立に向けた取り組みを進めていくなかで、今までの「あたり前の働き方」を見直し、「人生において一番大切なもの」に気づくことが、ワーク・ライフ・バランスの真の享受者につながり「豊かな人生」を手にすることでしょう。
用語解説
全国家庭動向調査(用語解説1)
厚生労働省付属の研究機関、国立社会保障・人口問題研究所(東京)が1993年から5年ごとに全国の夫のいる妻を対象に実施している。近年の出生率の低下や高齢化、共働き家庭の増加なとにより、家庭の機能が変化するなか、子育てや介護、家族関係に関する実態や意識を把握するのが狙い。
エンゼルプラン(用語解説2)
子育てに対する公的な支援強化の声を受け、1994年文部・厚生・労働・建設の4大臣の合意による「今後の子育て支援のための基本的総合計画」のこと。
新エンゼルプラン(用語解説3)
エンゼルプランにより少子化傾向は歯止めがかからず、1999年少子化対策推進関係閣僚会議における少子化対策推進基本方針のなかの「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実践計画」のこと。
次世代育成支援対策推進法(用語解説4)
少子化対策を促すため、国や自治体、民間企業などに行動計画をつくったうえでの取り組みを求める。2005年4月から10年間の時限立法。行動計画は期間を定め、育児休業取得率などの目標や、達成するための対策などを盛り込むことが求められる。従業員301人以上の企業が労働局に計画を届けない場合、行政指導の対象となる。
男女共同参画社会基本法(用語解説5)
1999年6月、男女共同参画社会の実現に向け、基本的な理念や行政と国民それぞれが果たすべき役割を定めた「男女共同参画社会基本法」が公布・施行されました。この法律では、あらゆる分野において、男女共同参画社会の形成促進に関する施策の推進を図っていくことが重要であるとしています。また、2001年1月からの中央省庁等改革においては、内閣府(旧総理府)に男女共同参画審議会を改正した「男女共同参画会議」が設置されました。
M字型カーブ(用語解説6)
女性の年齢層毎にみた就業者割合のことで、20代、40代が突出し、間に挟まれた30代前半が落ち込んでいる状況で、出産・育児のために30歳から34歳の女性が仕事から離れざるをえなくなっているからである。このM字型カーブは他の先進国には見られない現象で、欧米諸国では「逆U字状カーブ」
(財)21世紀職業財団(用語解説7)
1986年4月の男女雇用機会均等法の施行を機に設立され、男女がともに誇りをもって職業に従事し、人間らしいゆとりある生活を享受し得るような雇用関係の確立と福祉の増進のために、「女性の能力発揮促進事業」「両立支援事業」「短時間労働援助事業」の3つを主要事業としています。
詳細内容
佐賀県「育児保険構想試案」
子どもも産まない世帯も、次の世代から恩恵は必ず受けるので、一定の負担は必要との立場から、試案によると、20歳以上の国民から月1,800円の保険料を集め、総額2兆2千億円を確保。児童手当など現行の育児支援費用をまとめた財源2兆2千億円も加えた計4兆4干億円を原資として、子どもの数に応じて市町村に分配する仕組み。給付は17歳までの子どもがいる家庭が対象で、現金と保育費補助の2本立て。子どもの年齢や親の所得で異なるが、2歳児をもつモデルケースでは月7万円までの給付が可能と見込む。月5千円の国の児童手当に比べると格段に手厚い。
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