【自主レポート】

平和ガイド事業について

 沖縄県本部/那覇市職員労働組合 平良 昌史

1. はじめに

 那覇市職労は、憲法擁護・反戦・反基地を基本に、結成当初から県内労働運動を引っ張ってきました。また、復帰前の3大選挙に勝利した後の革新市政は、同じく平和行政を推進し、基地内市有地の返還や、自衛隊施設の情報公開など先駆的な施策を次々打ち出しました。
 また、1995年度から、那覇市の職員を平和学習ガイドに任命し、研修を行ったあとに、市内宿泊の修学旅行生を対象とした、平和ガイド派遣事業を行うためのガイド養成事業を行ってきました。そのことが、職員への平和の理念を広げる一助となりました。
 しかし、翁長市政が誕生したあとに、平和ガイド事業は、存続させるためとはいえ、平和行政から観光行政へと位置づけが変わり、この間、平和ガイド事業担当者が1人配置されています。4年前に第6期のガイド養成事業を終了した後に、新たなガイド養成を行っていない状況が続いています。

 沖縄を平和学習の場として利用する、労働団体や修学旅行が増えており、沖縄の実情を正しく伝える平和ガイドの育成は、ますます、重要性を増しています。しかしながら、沖縄戦における軍命による住民の自決はなかったなどとする歴史修正主義者が、靖国神社参拝問題などと絡み、戦争美化、憲法改悪、戦争が出来る国づくりへと動いています。

2. 各組織の現状

 平和運動センターでは、ピースピクニックなどの若者対象としたフィールドワークを憲法月間の前段の取り組みとして行っています。また、連合沖縄では、ピースガイド養成講座を行っていますが、連合方針と平和センターの方針の違いなどがあり、講座の中身などが違っています。
 那覇市職労は、上部団体から要請された取り組みを行うほか、定期的に沖縄平和学習ツアーを行う本土の自治労単組を受け入れ、専従役員や執行委員が平和ガイドを行ってきました。保守市政に変わったあとの平和行政の後退に対し危機感を持つと同時に、活動家の育成を課題としています。
 私鉄については、バスガイドが、戦跡を案内するときに、職務として沖縄戦を語る会社の方針と、組合の運動方針との違いから、いろいろなジレンマを抱えています。
 沖教組・高教組については、学校教育の中で、慰霊の日などに行う平和教育について、子供たちにどう教えていいかわからない教師が増えている現状や、他県からの活動家や修学旅行などにて、平和ガイドの派遣要請があり、平和ガイド養成の重要性を認識していました。

3. 平和ガイド運営委員会立ち上げ

 そうしたことから、活動家同志が議論を重ねながら、平和運動センター総会などにて行動提起を行い、平和運動センターとして、活動家の育成と平和を希求する心を広げるために、平和運動センターの方針に基づく平和ガイドを養成する取り組みを行うことになりました。

 2005年3月に、自治労、沖教組、高教組、私鉄などから準備委員がおくりだされ、平和運動センター事務局次長を準備委員長とする準備会が立ち上がり、研修部会等の各部会も設置した上で、2005年6月に平和運動センター議長に対し、答申が行われました。
 そして、平和運動センター幹事会で、議論の上、正式な平和ガイド要請運営委員会が、2005年11月23日に発足されました。

4. 平和ガイド事業運営委員会の活動

 運営委員会では、まず、平和ガイドとしてすでに活動をしている組合員や単産・単組の役員を対象にし、第1回養成講座を2006年2月18日から開始し、30人が受講しました。戦前・戦後の歴史と沖縄戦の実情、米軍基地の現状や再編問題などの学習と、フィールドワークを行い、認定フィールドワークの結果、30人の平和ガイドが誕生しました。
 また、継続的な研究をするために、「語り継ぐ沖縄、平和の会」を6月4日に結成し、2~3月に一度自主的なガイド研究を行うこととしました。
 また、平和運動センター主催にて、7月12日から2回目の養成講座を行うこととなっています。

5. 今後の課題

 国民保護法制定や米軍基地の再編強化、教育基本法改悪や憲法9条改悪の動きなど、日本は、ますます、国民を抑圧し戦争が出来る国へと向かっています。それに立ち向かうためにも、歴史に学び、二度と同じ過ちを繰り返さない、運動体としての取り組みと、それを県や各自治体を含め、行政課題・政治課題として広める必要性があります。
 労働組合の現状は、退職不補充による組合員の減少に拍車がかかるとともに、未組織労働者が増えています。課題が山積する中、今こそ労働者の団結が求められているにもかかわらず、その担い手がなかなか育っていないのが現状です。
 活動者を育成するためにも、平和ガイド事業を継続し、地道に活動することが大切であります。