【論文】

産官学の連携による環境改善プロジェクト
(有害物質に汚染された地下水対策)

東京都本部/西東京市職員労働組合・西東京市環境防災部環境保全課 高井  譲

1. はじめに

 地下水は、生活用水や災害用だけでなく、飲用にもまだまだ使用されています。しかしながら市民生活に身近な地下水が、テトラクロロエチレン・トリクロロエチレンなどの有害物質の一種である揮発性有機化合物(VOC)によって汚染されている事が判明しています。
 「VOCによる地下水汚染は全国2,043調査市区町村のうち約20%の市区町村で環境基準を超過しています。(1995年度調査)」(「事業者のための地下水汚染対策」より 環境庁監修発行)
 2004年度国・地方自治体が実施した、概況調査・汚染井戸周辺調査・定期モニタリング調査では、テトラクロロエチレン7,675本中617本、トリクロロエチレン7,613本中280本に環境基準の超過がみられ、沖縄他6県をのぞく40都道府県でVOCの汚染は確認されています。概況調査の超過率は若干減少していますが、汚染は現在も全国的な問題として継続し、新たな汚染も発見されています。東京都の調査結果(2004年度)でも71調査地点中10地点で環境基準を超過しています。
 有害物質による環境汚染は重大な健康被害を引き起こす場合があります。この地下水汚染は代表的な有害物質による環境問題です。しかし、その改善には膨大な費用と時間がかかるため、すみやかな対策が行政にもとめられています。

2. 環境行政の基本は解りやすい環境調査データーの提供

 西東京市においても合併を機会にあらたに調査内容を整理し、毎年関係セクションと連携して市内全域の防災井戸のうち40箇所程度を抽出して調査をすることによって地下水の現況を監視しています。有害物質であるVOCのうち汚染が懸念される代表的な3物質であるテトラクロロエチレン・トリクロロエチレン・1,1,1-トリクロロエタンを調査しています。2004年度の調査では45件のうちテトラクロロエチレン11件が環境基準をわずかに超過してしましました。
 この結果により直ちに健康被害が発生する訳ではありませんが、市は調査結果の提供方法も工夫し、基準を超えた井戸所有者だけでなく、環境測定データー全般にわたり難しい数字の羅列だけでなく、概要の解りやすい情報の提供につとめています。
 地下水の調査結果をはじめ大気・水質などの測定した環境データーと解りやすい解説を載せた環境副教材「西東京市の環境」を作成し、小学4年生全員と市民の希望者に毎年配布し、同様の内容をインターネットホームページに公開し、解りやすい環境測定データーの提供に心がけています。
 それにより議会関係者、市民から反響や疑問、質問もたしかにありますが、できるだけ丁寧にあるがままに環境の実情と環境改善に対する取り組みを説明するようにしています。
 環境行政の基本は、まずダイオキシン・二酸化窒素など大気測定データーや河川・地下水の水質測定データーなどを市民に解りやすく積極的に提供することです。

「西東京市の環境」ホームページアドレス 
  http://www.city.nishitokyo.lg.jp/kids/n_kankyo/index.html

図1 平成16年度地下水調査結果(テトラクロロエチレン)

 

3. 有害物質(揮発性有機化合物<略称VOC>)による地下水汚染の原因とそのしくみ

 有害物質の一種であるVOCは、頭痛・めまい・肝臓障害の原因となり、発ガン物質の可能性があるといわれています。揮発性と低粘着性があり、水より重く分解されにくく土壌深く浸透し、液状やガス状で土壌中に存在し容易に地下水にまで達し長期に亘って広範囲に汚染を引き起こします。 工場等での溶剤の使用・処理過程の不適切な取り扱い、漏出、廃溶剤等の埋め立て処分、不法投棄など有害物質を取扱う事業者が化学物質を適正に取り扱っていなかったことが原因です。

図2 地下水汚染のしくみ

 

「地下水をきれいするために」より抜粋   
環境省環境管理局水環境部編

4. 有害物質による地下水汚染原因究明と事業所一斉調査

 VOCによる地下水汚染の原因のほとんどは、やはり事業所の有害物質の不適正な管理にあると思われます。上流部分である工場等の汚染が敷地内土壌を汚染し下流部分である地下水を汚染します。
 そのため、有害物質を取扱う工場などの詳細な把握が必須となりますので、緊急雇用対策事業を活用して2002年度より3年計画で事業所調査等を実施しました。
 2002年度は、現状の工場・指定作業場台帳の整備、受付台帳の点検及び工場台帳の電子化を行い、調査対象のリストアップなど準備作業を行いました。
 2003年度は、市内事業所一斉調査を実施しました。印刷業・クリーニング・ガソリンスタンドなど事業種類別に調査票を作成し、調査内容と位置情報を電子化しました。2004年度においては、市内事業所一斉調査の結果をもとに条例にもとづいた工場・指定作業場の認可届出の促進整理と化学物質の適正管理の届出の促進を実施しました。

2003年度事業所調査の回答結果

 
調 査
件 数
有効
回答
未回収
廃 止
宛先
不明
転居先
不明
拒 否
廃 業
移 転
転 業
 
印 刷
50
26
3
5
4
0
9
9
2
1
52.0%
6.0%
10.0%
8.0%
0.0%
18.0%
18.0%
4.0%
2.0%
ガソリンスタンド
34
15
2
3
0
0
3
9
5
0
44.1%
5.9%
8.8%
0.0%
0.0%
8.8%
26.5%
14.7%
0.0%
クリーニング
153
105
4
19
0
0
19
18
5
2
68.6%
2.6%
12.4%
0.0%
0.0%
12.4%
11.8%
3.3%
1.3%
自動車整備・板金塗装
58
42
2
1
2
0
3
7
2
2
72.4%
3.4%
1.7%
3.4%
0.0%
5.1%
12.1%
3.4%
3.4%
塗 装
73
42
12
7
2
0
9
5
4
1
57.5%
16.4%
9.6%
2.7%
0.0%
12.3%
6.8%
5.5%
1.4%
上記以外の事業所
769
330
36
127
22
3
152
179
47
25
42.9%
4.7%
16.5%
2.9%
0.4%
19.8%
23.3%
6.1%
3.3%
駐車場
728
621
67
16
1
0
17
1
0
22
85.3%
9.2%
2.2%
0.1%
0.0%
2.3%
0.1%
0.0%
3.0%
防災井戸
202
201
0
0
0
0
0
0
0
1
99.5%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.5%
全 体
2,067
1,382
126
198
31
3
232
228
65
54
66.9%
6.1%
9.6%
1.5%
0.1%
11.2%
11.0%
3.1%
2.6%
 上段:件数(件)
 下段:業種等別ごとの回答の割合(%)

5. 東京都と連携した対策会議の設置

 VOCの地下水汚染対策を実施する場合、市は東京都との連携が必須です。西東京市・東京都環境局多摩環境事務所・東京都福祉保健局多摩小平保健所の3者で対策会議を設置し、測定データーの情報交換・歩調を合わせた立入調査や原因究明調査の実施及び検討を行いました。

6. 産官学が連携した安価な土壌汚染対策の研究協力

 地下水汚染の原因である土壌汚染が判明しても、対策には莫大な浄化費用が必要とされ零細企業が負担することは極めて困難です。
 その問題を解決するには、安価な土壌浄化技術の普及が求められています。
 西東京市では、東京大学先端科学技術研究センターと共同研究契約を締結し、自然光で汚染物質を分解できる光触媒を利用した、低価格な土壌浄化方法を共同で調査研究しました。 
 東京大学先端科学技術研究センター橋本研究室が研究している、酸化チタンによる光触媒技術はセルフクリーニング機能として外壁や窓ガラスなどで既に実用化されています。
 紫外線があたると酸化チタンは有機物に対して強力な酸化分解機能をもっています。その機能を活用すれば、効果的に有害物質を分解することができます。
 従来であれば、活性炭など吸着材は有害物質を吸着し飽和した後は、廃棄するしかありませんでした。
 そのため活性炭などを利用したオンサイト浄化方法の場合、VOC汚染土壌の浄化後は大量の産業廃棄物が発生してしまいました。ところが、橋本研究室が研究している酸化チタンと吸着材を組み合わせた光触媒シートは、紫外線を含んでいる自然の光をあてると、有害物質は分解され何度でも吸着材が再生し、浄化できます。そのため、産業廃棄物も発生せず、廃棄処理費用も不要です。
 この方法は廃棄物が出ず、環境に優しい安価な土壌浄化方法として注目されています。

(光触媒による土壌浄化のしくみと実験現場)

図3 図4
   

図5

  

 

7. 産官学の連携による環境改善対策

 地下水汚染は行政の区域を越えた広範囲な環境問題です。
 土壌・地下水汚染対策について法律・条例も整備され、問題がより一層クローズアップされています。法律・条例にもとづく土壌汚染調査及び対策過程でのリスクコミュニケーションやプレス発表などにより周辺井戸水(地下水)の汚染問題が全国的に顕在化しました。
 今後、土壌汚染調査・対策を契機にますます有害物質による地下水汚染問題は顕在化し、汚染原因を作ってしまった有害物質取扱事業者は社会的責任を追及され、行政の役割も問われます。
 しかし、法令に定められている事業廃止後の対策では、期間的にも余裕のない場合が多く、対策費用も莫大となるため資本力のない中小零細事業者が対応するにはきわめて困難です。
 今後は地下水調査と並行して、有害物取扱事業者の的確な把握と化学物質適正管理を指導する中、都や各市が連携しながら原因究明調査を実施し、汚染の可能性があれば操業中であっても、先手をうって自主調査・自主浄化を推進する必要があります。また行政と大学等研究機関や民間企業等と連携してそれをささえる政策や低価格な調査・浄化のしくみをつくる必要があります。
 廃止時に短期間で土壌汚染対策を実施するよりも、多少の困難があるとはいえ、最新の環境改善技術を活用すれば、操業中に行う汚染土壌浄化の方が長い時間を掛けられるため、はるかに低価格で出来る可能性もあります。
 2006年5月、東京大学先端科学技術研究センター橋本研究室と協力し、業界団体や東京都・三多摩各市と連携して操業中の土壌汚染対策の促進に寄与するために、産官学がもって最新の環境改善技術である光触媒を活用した土壌浄化の研究会を立ち上げました。
 そこでは今までの研究成果を業界関係者と行政関係者、民間企業等に研究会として発表し、また7月には業界団体・東京都と共に操業中の汚染浄化サイトの視察と検討会も行いました。
 以上のような活動を行う中、最新の科学技術の成果を活用した環境改善技術の研究を通じ、安価な環境改善方法の研究開発と中小零細事業者の環境に対する意識の向上をはかりながら、行政の壁を乗り越え東京都と各市が連携してその問題解決にあたろうとしています。
 将来的には、各市と大学等研究機関が連携統一して最新の科学技術の成果と現場での環境改善の取り組みを背景に国への政策提言が必要になる場合もあります。