【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

 食を通したまちおこしが盛んななか、昔から学校給食で出されていた津市独自の給食の献立、「津ぎょうざ」をまちおこしボランティアグループと学校給食調理員が一体となって家庭やお店で食べられるような取り組みを進め、懐かしい給食の味を親と子どもが一緒に楽しめる食事の場の提供をめざし、そのことが津市の中心市街地の活性化と手作り給食の必要性の再認識につなげようとする取り組みを報告します。



「津ぎょうざ」と津市のまちおこし
―― 学校給食の大切さと市民の記憶 ――

三重県本部/津市職員組合 渡辺 公隆

1. 「津ぎょうざ」の発祥

 津市の学校給食において、今なお子どもたちに人気のある献立に「津ぎょうざ」があります。皮が大きいギョウザです。今から20数年前の1990年ごろから旧津市の献立に加わり今も続いている献立です。
 当時、何故「津ぎょうざ」が出来上がったのか。
 津市の栄養士が、地元「津」の名前の入った献立をつくりたい、それも手作りで作れるものを、との思いからギョウザを大きくして独自性を出そうと考えて、その調理法も試行錯誤ののちに今のような揚げるギョウザとなりました。ギョウザを大きくすると普通に焼いたのでは中の具まで火が通らず、給食で出せるものにはなりませんでした。揚げてみたら、香ばしく美味しく仕上がり、また他にはない献立として津市の給食のメニューとしてデビューを果たしました。それ以来、市町村合併が行われてからも「津ぎょうざ」は子どもたちが喜ぶ献立として、学校給食が直営自校方式の公立学校だけで食べられていました。

2. まちおこしのパーツとして「津ぎょうざ」

 津市の中心市街地については、シャッター通りとまでは言わないまでも私が中学校の時に比べて非常にさみしい状況となっています。どうしたら中心市街地が活性化するのか、誰が活性化への舵を切るのか、これは非常に難しい問題です。そうしたなか、津市の職員を含めた有志が活動をしている津市げんき大学というグループがあり、「津市を元気にしたい」と2006年にプロジェクトを立ち上げました。その中で学校給食の「津ぎょうざ」の人気を利用しよう と、まちおこしのパーツとして「津ぎょうざ」の活用の取り組みが始まりました。
 ここで、津市の活性化に向けた取り組みのなかに、なぜ「津ぎょうざ」が選ばれたのか振り返ってみると、津市げんき大学に参加する職員と学校給食調理員とが世間話しをする機会がありました。自治労三重県本部から参加した沖縄平和行進の時でした。昼間は行進するだけですので、歩いている最中に何となく交わした会話、
男性:
  「子どもたちが喜ぶ給食の献立はなんなの?」
調理員:(即答で)
  「そりゃ、津ぎょうざが一番人気!!
男性:(きょとんとして)
  「津ぎょうざって何?」
 これは津市げんき大学に参加する職員が津市内出身ではなく県外から津市へ就職した人だったからです。それからその職員は津市げんき大学において、いろいろの人に「給食の津ぎょうざってどんなん?」、「その津ぎょうざにキャパシティはあるの?」など質問攻めを行い、まちづくりのヒントとなるのか模索、検討が始まりました。津市の学校給食で食べたことのある人からは「もう一度食べたい」や「今でもあるんや」などの意見がでて、津市職員組合で試食用の津ぎょうざを給食調理員に作ってもらって食べた人は「この味や やっぱ美味しい」などもっと食べられる機会がほしいと言った意見がたくさん集まりました。
 このような経過を経て、商品化することで一般の方も口にすることが出来るようになったのです。ひょんな事から商品化された「津ぎょうざ」は、まちづくりの一つのパーツとなっていきました。

 

  津ぎょうざプロジェクトは、まず「津ぎょうざ」とは何なのか? ということから始まり、具体的に、直径15cmのギョウザの皮を使ったものを「津ぎょうざ」という規格として作りました。
 また、2008年の津まつりにおいて一般販売を津市げんき大学で行いました。大盛況で市内のお店からも問い合わせがたくさんあり、そのレシピなどを提供するとともに、「直径15cmの皮を使用」することと「油で揚げる」、この2点を「津ぎょうざ」の定義とし、具材については提供する個店の個性を尊重することとしました。それぞれのお店でオリジナルの「津ぎょうざ」を販売できるようにしたのでした。

3. 民間活力によるまちおこし

 「津ぎょうざ」がいくら美味しく大人になってから食べたくても、給食でしか食べられないものであり、大人になったほとんどの人は、再び口にすることは出来ないものでした。しかし、商品化されたことで大人も食べることが可能になり、また各飲食店でのオリジナリティも昔に食べたことのある人や、津市外から評判を聞いて食べに来てくれるなど、津市への集客効果がありました。直径15cmのギョウザの皮を使い、揚げギョウザという定義はありますが、海老を入れるお店など味に工夫するお店がいろいろ出てきて、好みにより味が選べるようになったことも良い結果に繋がりました。今では津市内外の23店舗(施設)で販売されています。
 津市のまちおこしとしての津ぎょうざ効果は、B級グルメとして売り出すことでもっと大きなものとなりました。折しも、全国餃子サミットが開かれた時期でもあり、宇都宮と浜松のギョウザ消費量のバトルなど、餃子に対する報道や関心が高まったことと相まって、「津ぎょうざ」も活動の場を全国規模へと展開がなされました。
 津ぎょうざがメジャーデビューした代表的なものが、B-1グランプリへの出展でした。B-1へは2011年の兵庫・姫路大会から参加しています。スタッフは60人を超え、大学生から津市の個店のスタッフさんも参加しています。当然、学校給食調理員も毎年参加をしています。各飲食店での「津ぎょうざ」の味についてはまちまちですが、B-1などで出展するものは、オーソドックスな具材のものを使用しています。これは給食の味に一番近いものです。
 B-1グランプリでは津ぎょうざを売り出すのが目的ではなく、津市を売り出す、活性化のための取り組みをしています。ですから「食を売る」ことが目的ではなく、「食を通じてまちを売る」事を目的とした、日常的なまちおこし活動のお披露目の場として、全国に情報発信をするPRの場と考えられています。ちなみに、B-1グランプリにおいては必ず「出展」という表現を使用します。出展の意味は、「B-1グランプリは日常的な食のまちおこし活動をしている団体が、年に一回一堂に会して全国に情報発信するお披露目の場である」という考え方から「展示会」的な位置づけのイベントであるということです。
 また活動している団体を「津ぎょうざ小学校」と位置付けて、校歌を作成して啓発活動を行ったり、小学生の体操服やピアニカを使ってPR活動を行ったりして、学校給食が発祥の「津ぎょうざ」を全面にだして取り組んでいます。

 

 

4. 給食調理員の参画

 B-1グランプリに出展するまでは、学校給食調理員の参画はありませんでした。津市げんき大学の関係者や飲食店が中心で、行政としては市民活動を担当する部局から業務としての手助けがあった程度でした。2011年の姫路B-1グランプリへ参加するにあたって、先に述べたような日常的なまちおこし活動として、津ぎょうざの発祥である給食調理員に声がかかったのでした。給食調理員がB-1グランプリの会場で、直接調理をしている姿は、日常的な食を活用したまちおこしを会場で実践することであり、一つのインパクトとして津市のPRに貢献することとなっています。
 給食を通じたまち起こしに調理員が参加することで、津市の学校給食のすばらしさや給食の大切さを広く伝えることができ、学校給食の直営堅持のための活動として効果がありました。
 実際、イベントへ参加してみると調理員も津市のまちおこしに関心が出てきたり、普段自分たちが給食で作る津ぎょうざと比べたり、いろいろと批評や感想が語り合われ、学校給食へフィードバックされるものもたくさんありました。「津ぎょうざ小学校校歌」を、それぞれの小学校で流してもらうなど、食育の面でも給食の付加価値の部分でも津市民へ還元がされました。
 またB-1グランプリへ参加したことで飲食店と仲良くなり、津ぎょうざ以外で今は出されていない幻の給食、「チキンロール」が商品化されてお店が活性化されるなど、まちづくりの副産物もありました。

 

  まちおこしの取り組み以外にも、2013年12月には東日本大震災で被災され、今なお仮設住宅で生活を余儀なくされている女川町、気仙沼市、釜石市の方々を、慰問を目的に現地の集会所で「津ぎょうざ料理教室」を開催しました。一緒に「津ぎょうざ」をつくり、一緒にケーキなどを食べたり、一緒に踊ったりして、辛い現状を一時でも忘れて楽しんでいただきました。被災者の方のペースや雰囲気に合わせながらの教室は、教室というよりコミュニケーションの場となりました。「盆と正月が一緒にきたなぁ」や「久しぶりに笑いながらご飯たべたわ」などの言葉をいただくと自分を見つめ直すいい機会になったとともに、「津ぎょうざ」というアイテムがあってよかったと思った瞬間でした。

 

 

5. まちおこしに参加して

 津市職員組合としては、「学校給食の直営堅持」、特に小学校給食については食の安全、児童への食育ということから、市民のためにも直営堅持が大切だと考え活動、取り組みを進めています。「津ぎょうざ」は、合併当初は旧津市のみの学校でしか出されていませんでしたが、2013年度には全津市内の公立小中学校で年間2~3回出される献立となり、津市教育委員会も「津ぎょうざ」によるまちおこしの取り組みに協力をしてくれています。人件費の削減や行財政改革という名のもとで給食職場が民営化される時代になってきています。
 手作りの「津ぎょうざ」を給食で提供し続け、「津ぎょうざ」にステータスが付くことにより、小学校給食の直営による食育という付加価値も出てきます。また、子どもたちが大人になった時に好きだった献立が、まちの飲食店で販売され、食べながらお酒が飲めることは、津市の独自の発展・活性化へ貢献することとなるでしょう。さらに、その味が調理職場から飲食店へと受け継ぐことが出来れば、津市としての体力が付いてくるでしょう。
 しかし、その活動の継続には時間と気力、そしてお金も必要であります。今後はもう一歩踏み出す取り組みを行い、安全安心な学校給食の直営方式を守りながら、市民活動と協働、個店との共存が果たせるよう給食調理員の一人ひとりが認識を持ち、津市の商店街に活気と人が溢れることを夢見て行きたいと考えています。