【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

 大分県自治研センター「地域活性化」専門部会では、2014年度の取り組みとして「食によるまちづくり」の取り組みを整理し、そのまちづくりにおける影響等を研究することとしている。本レポートでは、豊後高田そば、日田焼きそば、佐伯寿司、中津からあげ、「くにさき・銀タチ」(ぎんたち)、について報告する。



地域の食を活かした地域活性化(まちづくり)について


大分県本部/大分県地方自治研究センター・地域活性化専門部会

1. はじめに

 ご当地グルメは、郷土料理とは異なり地域振興運動の1つの手法である。戦後や高度経済成長期に発祥・定着したもの以外にも、近年新たに作られた比較的歴史が浅いものも多くある。また、地域振興の為に、団体を作り研究や活動を行うケースもある。さらに、ご当地グルメマップ・キャラクター・のぼり・テーマソングなどが作られるケースもある。ご当地グルメは、多くの場合は地元で良く知られており良く食べられている食品が多く、地域の人々や様々な団体と協力関係が築かれている。
 自治研センター「地域活性化」専門部会では、2014年度の取り組みとして「食によるまちづくり」の取り組みを整理し、そのまちづくりにおける影響等を研究することとしている。本レポートでは、豊後高田そば、日田焼きそば、佐伯寿司、中津からあげ、「くにさき・銀タチ」(ぎんたち)、について報告する。


2. 豊後高田そば

 豊後高田そばは、そばの振興を始めた2003年以来、自治体と他団体(豊後高田市そば生産組合、豊後高田そば株式会社)と連携し、官民一体となって取り組んでいる。
 取り組みを始めるきっかけと経過は、2002年に集落営農及び集団転作を進める中で夏作物として大豆を進めていたが、水田の湿害や梅雨の降雨により収穫量が少なく、病害虫防除の重労働などのことから、農家より大豆に代わる品目として「ソバ」を栽培したいとの打診があった。同時期に多くの観光客が訪れだした「昭和の町」や多くの寺院・磨崖仏が点在する「仏の里」に合う食材、そして、豊後高田の食材「合鴨」と合う食材として「そば」を検討している所でもあったことから、ソバの適地かどうかや販売ルートの確保などの課題もあったが、生産はもちろんPRや流通などを全面的にバックアップして産地化することをめざし、2003年3月3日に「豊後高田そば生産組合」を発足させ、作付を推進することとなった。
 ソバの生産は、初年度より40haを超え、県内一の産地となった。知名度が全くない「豊後高田そば」を市内外に広くPRするため、生産組合主催で「豊後高田そば祭」を毎年開催。今年で13回目となり、現在では、市を代表する祭の一つとなっている。栽培面積も順調に拡大し、2012年度には、春・秋併せて200haを超え、西日本有数の産地となり、特に「春そば」は、日本一の作付面積を誇る。また、近年の健康ブームを睨み、機能性成分「ルチン」が普通そばの約100倍多く含むと言われている「ダッタンソバ」を2012年度より導入を行うなど、新たな取り組みも始まっている。
 そばの6次産業化の取り組みは、乾麺(委託加工)からスタートして、毎年試行錯誤を繰り返し、加工・販売の取り組みを進めてきた。その中で、加工・販売が確立し、安定してきた2008年に、組織強化を図るため、生産者の出資により、「豊後高田そば株式会社」を設立し、現在では乾麺、生麺、そば茶など十数種類をラインナップできるようになった。
 ソバの生産地となった豊後高田には、肝心な「手打ちそば屋」がなかったことから、「そば打ち職人養成講座」を開講し、職人を養成したところ、3年間で延べ60人が受講した。その受講生の中から、2006年7月には第1号店が誕生し、2010年時点で9店舗が豊後高田そばを提供する「手打ちそば屋」として開業し、本市には欠かせないグルメとなったところである。しかし、この9店舗は十割そばが基本の同じ流派のそば屋であり、他の流派のそば屋があった方が魅力を増すだろうという結論になり、十割そばと人気を二分する二八そばを調べていく中で、そば打ち名人として名高い達磨の高橋邦弘氏の名前が挙がった。そば打ち職人養成講座開催にあたっては、市長自ら高橋名人と交渉し、2010~2011年の2年間、講座を開講することができ、のべ50人が受講した。受講生の中から、4軒の二八の手打ちそば屋が誕生し、合わせて13店舗が市内で手打ちそば屋を営むようになっている。
 また、高橋名人の指導により「そば道場(そば打ち段位認定制度)」も2013年7月に開設し、県内初のアマチュアを対象とした本格修行(そば打ち指導)はもちろん、グループでのそば打ち体験、製麺(手打ちそば)やお土産品の販売、さらに、市内手打ちそば屋の無料案内などの機能も有して、観光面の中核施設の1つにもなっている。このように、農業としてのソバ生産、そのソバを使った多彩なそば屋の開業、また、そば屋で食べるだけでなく、そば道場で打って楽しむという観光も加わり「そば」は豊後高田に欠かすことのできないものとなった。
 今後の課題としては、栽培面積、そば祭の開催、そば道場の開設、手打ちそば屋の誕生、各種土産品の開発等、本市において、豊後高田そばは、欠かすことのできない特産品となったが、知名度を見た場合、県内ではある程度浸透したと思う。しかし県外、九州外では、ほとんどないのが現状である。このため、日本一の面積を誇る「春そば」や「昭和の町」を始めとする観光資源、更には、昨年5月に認定されました「世界農業遺産」と併せて「豊後高田そば」を全国ブランド化できるよう、取り組んでいきたい。


3. 「日田やきそば研究会」

(1) 「日田やきそば研究会」
 焼きそばと聞くと、一般的にキャベツや人参などの野菜と麺がソースと絡み合った絵を想像するが、日田市のやきそばは一味違う。パリパリに焼かれた麺とシャキシャキ感たっぷりのモヤシが日田やきそばの特徴である。
 その日田独自のやきそばで、まちおこしをするため2006年に日田市観光協会と連携し市内13軒の店舗により「日田やきそば研究会」が設立。現在では12軒の店舗と、日田市と日田やきそばをこよなく愛する構成員(通称:麺バー)38人にて活動を行っている。

(2) 活動目的と内容
 日田やきそば研究会は、ご当地グルメ「日田やきそば」を通して日田市の魅力を伝え、地域の活性化、まちおこしをめざし大好きなふるさと「日田」ファンを一人でも増やす事を目的としている。
 活動当初は、一人でも多くの観光客にやきそばを食べに来て欲しい、地元の人達にも食べて欲しいとの思いが先行したことから、商売目的でやっていると研究会本来の目的を周囲に理解してもらえず、ボランティア団体として広がりに欠ける状況もあったが、現在は真のまちおこし団体として認められた団体のみが参加するB-1グランプリをはじめ、市内外のイベントへ出展し「日田やきそば」を通じて日田市をPRするだけではなく、出展ブース前で日田の特産品「日田下駄」を履きダンスパフォーマンスを行うなど、「日田やきそば」を売るのではなく「地域」を売るという考えの下で様々な活動を行っている。
 また、2012年には他県のご当地グルメでまちおこしを行っている団体と共に、タイのバンコクで行われた「ジャパン・フード・カルチャー・フェスティバル2013」にも参加し日本を、各地域をPRするなどの幅広い活動も行っている。
 「日田やきそば研究会」がこれまで行ってきた様々な活動はフェイスブックを通じて情報の発信も行っている。

(3) 行政との関わりと問題点
 上記に紹介した様々な活動は、日田やきそば研究会と日田市観光協会が相互に連携し主体となって行っており、福岡都市圏の旅行会社・メディアを対象に市が行ったヒアリング調査やGAP調査でも日田やきそばの認知度が高い事を見ると、その活動が大きく地域活性化への役割を行ってきたと言える。
 その活動の中で行政として関わって来た内容は、委託業務の中でのパンフレット作成や、B-1グランプリへの出展を機に、日田市発行の広報誌で今までの活動とこれからめざしていく活動内容等を大きく掲載し、共に活動してくれる応援スタッフの募集を行った。また、2013年9月に日田で行われた九州B-1グランプリ実行委員会への補助金交付(開催地として市、県から交付)及び広報でのボランティアの募集なども行ってきた。
 これからも行政として食を活かしたまちおこしに関わって行くには、各団体への補助金などの方法もあるが、交付については団体に所属しない店舗などを考えると公平ではないため難しい問題もあり、他の観光事業と合わせて今後どのような事ができるのか、どのように関わっていくのか考える必要がある。

4. 「佐伯寿司」~黒潮の極 佐伯寿司海道~

(1) これまでの経過
 佐伯市の主な漁場である豊後水道海域は、清冽で高温な黒潮分岐流と、富栄養で低温な瀬戸内海流がまじわる海流の交差点であり、大量に発生したプランクトンを求めて多くの水産生物が来遊する水産資源の宝庫である。沿岸部で水揚げされる豊富な水産物が町の経済を潤したことから、古来より「佐伯の殿様、浦でもつ」といわれるほど漁業が盛んな地域である。市内の漁業経営体数は684経営体であり、これは県全体の22.9%に相当する。2011年度の総生産量は42,754トンであり、県全体の65%を占めている。名実ともに県下一の産地である。漁船漁業部門においては、多獲性魚類を対象とした「まき網漁業」の基地として古くから栄えており、アジ、サバ、イワシなどが漁獲されている。また、リアス式海岸がおりなす魚類の回遊コースを利用して、「定置網漁業」が営まれており、ブリ、ウルメ、カマス、アオリイカなど多様な魚種が漁獲されている。
 養殖部門では、豊後水道の良好な水質を活かして、ブリ、カンパチ、ヒラマサ、マダイ、シマアジなどの大規模な海面養殖が営まれている。特にブリは広く全国の消費者に親しまれており、本市養殖生産のトップを占めている。また、リアス式海岸の静穏な入江を活用したヒオウギガイやイワガキなどの貝類養殖も盛んである。陸上養殖においては、ヒラメの生産量で日本一の地位を誇っており、大分県オリジナルブランドの「かぼすヒラメ」など、名産地ならではの高品質・高付加価値な商品を多く市場へ送り出している。
 佐伯市では、このように多種多様な魚が水揚げされることから、寿司・ごまだし・あつめし・海鮮丼など、古くから魚食文化が栄えており、それら水産物のご当地グルメを求めて、多くの観光客が訪れている。特に寿司については、「佐伯寿司」の名称で広く親しまれている。これまで、佐伯市商工会議所が主体となり「世界一佐伯寿司」と銘打って、国内はもとより、ドバイなど海外でも「佐伯寿司」を広めてきたが、2008年度からは、佐伯市観光協会が主体となり、観光とタイアップした着陸型の取り組みにシフトチェンジしている。その中でも、より質の高い「佐伯寿司」をめざそうと、寿司職人たちが契りを交わして始めた取り組みが、「黒潮の極 佐伯寿司海道」である。
 寿司職人が交わした契りは、佐伯の豊かな自然環境(海・山・川)で育まれた食資源を厳選し、旬の地物ネタを提供することや、お客様との出会いを大切にし、己の心意気の全霊をもって「おもてなしの心」を提供することなどである。
 このように、寿司職人たちが「契り」を交わし、各々がこだわりの「佐伯寿司」を提供しており、多くの観光客が"わざわざ佐伯に寿司を食べに来ている"。
 これからは、2代目・3代目の"若世代"が、新しい「佐伯寿司」を作っていくための、組織作り・仲間作りが重要となる。現在は、佐伯寿司の後継者が育っているようである。この後継者が、さらに新しい「佐伯寿司」そして、佐伯地域の活性化を担っていくのである。


5. 中津からあげ

 中津市内には、30店以上のからあげ専門店が店を構え、からあげを目当てに遠方から買い求めに来る客も多い。マスメディアでの露出が増えたことや、東京など都市圏への出店が相次いだこと、多くの企業で「中津からあげ」ブランドの商品開発・販売が進んだこともあり、現在ではご当地グルメとして全国的に知られる存在になっている。
 中津にからあげが根付いたのには諸説あり、「以前中津にたくさんの養鶏場があり鶏肉の入手が容易だった」、「旧満州からの引揚者が中国での食べ方を再現した」、「お惣菜店が揚げたてを提供したことが評判となり類似の店が増えた」などと言われているが、詳細は不明である。中津では、からあげは家で調理するよりも専門店の揚げたてを持ち帰ることが一般的で、多くの人は好みの味、ひいきの店を持っている。こうした独自のからあげ文化を広める取り組みは、中津耶馬渓観光協会が主体となり、専門店などと協力しながら行っている。近年では「からあげの聖地」と銘打ち、「からあげ専門店発祥の地」である宇佐との色分けを図るとともに、対決の構図を描くことで相乗効果を期待する動きも活発である。2010年8月には専門店を中心に「聖地・中津からあげの会」が発足し、からあげの味の向上、販売促進、PR活動を行い、地域の活性化と食の観光化に取り組んでいる。また、市としても、「中津市からあげMAP」を作成するなどして、観光に活かす取り組みを進めている。今年に入り、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の効果により、中津市を訪れる観光客も倍増し、市内のからあげ専門店も連日賑わいをみせている。主流となっているのは少量を購入し、数店舗を食べ歩くスタイル。観光客からは、昼食時などに、定食などからあげのセットメニューをゆっくり味わいたいという要望もあるが、からあげ専門店の多くは持ち帰り用の店頭販売しか行っていない。店内にイートインスペースを設ける店もあるが、今のところこうした要望に十分に対応できていないのが現状である。
 また、中津市には鱧料理や耶馬渓のそばなど、からあげ以外にも広く認知されたご当地グルメが存在する。こうしたグルメも巻き込み、市全体として食の観光化を進めることができるのか、専門店(事業者)および観光協会主体で進められてきた食を活かした取り組みを、どのように地域全体の活性化へとつなげるのか、今後の課題である。


6. 「くにさき・銀タチ」(ぎんたち)

 国東市のご当地グルメの代表格はなんといっても海の幸である 「くにさき・銀タチ」(ぎんたち)と「くにさき・姫タコ」(ひめだこ)である。かつては(1990年代以前)漁の手法や疑似餌の開発等により、国内でも有数の水揚げを誇った太刀魚(たちうお)は、庶民になじみの魚として消費されて来た。今日では水揚げ減少し、消費も含めた環境も変わってきたが、以前は地魚としてスーパーマーケットの鮮魚コーナー等で、おどろくほど安価で売られていた。
 太刀魚は釣り針によるはえ縄漁であるため魚が傷まず、地元くにさきでは、とれたての新鮮な食材を「さしみ」で食されることが多い。また、新鮮な食材の味覚を堪能する「塩焼き」も伝統的にポピュラーな家庭料理であった。その一方で、市民の間では、この太刀魚は比較的に下等な雑魚として位置づけられていた。
 そんな中、1990年代に入り、自治体の水産部局と観光部局が主導して、佐賀関の「関アジ」・「関サバ」のように国東独自の商標として「くにさき銀タチ」としてブランド化が図られた。このころには、市外の仲買業者の受注も定着し、地元ではやや希少な魚となっていた。また、2003年には、自治体の水産部局と地元漁協が協同してレストラン&鮮魚及び加工品販売所「銀タチの里」が竣工・開店し、ご当地グルメ(食材)の拠点が整備された。「銀タチの里」はその後、周辺に建設された施設と共に2004年8月「道の駅くにさき」となり現在に至っている。今では「くにさき銀タチ」は、食材を活かした創作料理も開発され、くにさきを代表するご当地グルメとして定着している。
  課題も残されている。その中心は、経年の漁獲量の減少であろう。天然資源であるため、環境の変化等さまざまな要因が考えられるが、広範な関連部局や関係者相互の調査研究により、資源の保護も視野に入れた総合的な検討と対策が必要であろう。
 なお、国東市のご当地グルメに海の幸である 「くにさき・銀タチ」と並び 「くにさき・姫タコ」(ひめだこ)がある。年間100t以上の漁獲量を誇る「くにさき・姫タコ」は太刀魚とともに国東を代表するご当地グルメ(食材)である。