【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

『かぬち(頭貫)』役は自治体職員と住民を結ぶ


沖縄県本部/那覇市職員労働組合・前委員長 嘉数  真

はじめに

 このレポートは、那覇市職員労働組合(以下「市職労」という。)が、那覇市で毎年10月の体育の日の前日(今年は10月12日の日曜日)に行われる地域の伝統行事である『那覇大綱挽(なはおおづなひき)』に『かぬち(頭貫)』役として参加してきた8年間の活動の経緯を報告するものです。
 伝統行事を守り、伝統文化を継承していく活動は即ち地域における自治の根幹であり、活動をとおして地域、住民と連携していく自治体労働者の労働組合の一あり方を示していると考えています。


1. 那覇市と市職労の紹介

(1) 那覇市の紹介
 沖縄県は、北緯24度から28度、東経122度から133度の南北約400km、東西約1,000kmの海上に弧を描いて連なる160余の島嶼(その内有人島39)からなっています。
 その中で那覇市は、最大の島・沖縄本島の南部に位置しています。本市は鹿児島と台北のほとんど中間にあり、那覇を中心とする1,500kmの円周域には、東京、ピョンヤン、香港、ソウル、北京、マニラなどの主要な都市があります。交通、通信機能の上からも東南アジアの各都市を結ぶ要衝の地点であり、わが国の南の玄関として地理的に好条件の位置にあります。

 那覇市は、面積39.24km2(推計)。県都として、人口322,344人(2014年5月末現在)を有する沖縄県の政治、経済、文化の中心地です。首里台地(標高165m)から東シナ海に面して、ゆるやかに傾斜した平野部を背景にして港が整備され、古くは海外との交流を国是とした琉球王国、その文化が華開いた町です。
 気候は亜熱帯に属し、夏は強烈な太陽の下で暑い日が多く、冬は黒潮の影響もあって暖かく、年間としては平均気温差が少ない、過ごしやすい土地といえます。
 沖縄への観光者数は、2013年は658万人と過去最高を記録しました。その内の62万人が外国人観光者であることから、沖縄での受け入れ態勢の整備が急がれるところです。
 沖縄は、沖縄戦により住民94,000人、軍人・軍属28,228人(沖縄県全体)が犠牲となりました。那覇市は、まったくの焦土と化しました。1972年の日本復帰を経て、多くの県民・市民の努力によって、現在の那覇市へと発展してきました。21世紀をむかえ、那覇市は、恒久の平和を希求し、市民との協働のまちづくりをめざしています。

(2) 市職労の紹介
① 低下傾向の組織率
  那覇市の職員は、2012年度時点で定数職員が2,335人、臨時・非常勤職員が1,559人です。定数職員の組織率は、67%、臨時・非常勤職員の組織率は10%未満と低迷の傾向にあります。加入率の回復と、適正な組織運営を工夫していかなければなりません。
② 市職労の構成組織
  職員団体としての市職労、清掃現場や学校給食現場の現業職で構成される現業評議会、公営企業の職員で構成される上下水道労働組合、独立行政法人化された市立病院の職員で構成される那覇市立病院労働組合、臨時職員と非常勤職員で構成される臨時・非常勤職員労働組合、そして消防職員協議会で構成されています。
③ 苦難の14年
  市職労が支え、長期に渡った革新政権が2000年に倒れました。当時から進んでいた公務員バッシングの社会風潮と新市長の反動的市政運営の中で、全国をはるかに上回る人員削減が行われ、職員攻撃が行われました。その結果、メンタル不調を訴える職員が全国平均を数倍も上回るほど増大しました。
  市職労は、公務員バッシング、新市長の労使関係軽視の反動的行政運営の中での組合員攻撃に対して組合員の団結で立ち向っています。2012年の退職金大幅カット攻撃での大幅勝利、翌2013年の給与7.8%特例カットの完全阻止、組織内県議・市議の全員当選等を勝ち取ってきました。
  来る11月には、市長選挙が実施されるであろうことを踏まえ、これを苦難の14年を取り戻すための千載一遇の好機として準備を進めていきます。


2. 伝統行事を守り伝統文化を継承していく労働組合

(1) 『那覇大綱挽』の復活
 那覇大綱挽は、琉球王国時代の那覇四町綱の伝統を引き継ぐ長い歴史を有する沖縄最大の伝統文化催事です(1713年の『琉球国由来記』に綱引の記述があるのでそれ以前から行われていたと推測できる)。地方の農村行事としての綱引きが、稲作のための雨乞い、五穀豊穣、御願綱を起源とするのに対し、町方(都市)の綱として、交易都市那覇を象徴する大綱挽です。沖縄の稲作文化を基礎に、中国、日本の文化を取り入れた沖縄独特の大綱挽と発展しました。
 『みーんな(女綱)』、『をぅーんな(男綱)』を『かぬち(頭貫)棒』で結合させて、西東に分かれて挽きあう綱は、陰と陽の結合を意味し、人類繁栄を願う神話的行事です。古文書に「綱挽の儀は、国家平穏、海上安全の祈祷として挽き来たれ」とあります。那覇四町綱として、例年6月ごろ挽かれていました。ところが、1935年(昭和10年)を最後に途絶えていました。
 戦後、那覇市は、首里市・小禄村・真和志村を合併して大那覇市となったことを契機として、沖縄の祖国復帰の前年1971年、当時の平良良松(たいらりょうしょう)市長により、市制50周年記念事業として「10・10那覇大空襲」の日に復活しました。以来、年々盛況となって、1995年ギネスブックによって「世界一の藁綱」と認定されるに至って、世界一の綱挽として、市民・県民の誇りとなっています。沖縄、那覇の観光振興に大きく貢献しつつ、伝統行事として力強く定着しています。

(2) 大綱挽きの復活と市職労の参加
 那覇大綱挽には、毎年多くの組合員が交通整理、保安員等で動員参加してきました。2006年、那覇大綱挽保存会から市職労に対しての『かぬち(頭貫)』役としての参加要請を受けました。その年をスタートとして8年間にわたり大綱挽に『かぬち(頭貫)』役として参加しています。


3. 市職労の役目

(1) 『かぬち(頭貫)』役とは
 伝統行事としての大綱挽には色々の役目があります(別図参照)。中でも、『かぬち(頭貫)』役は、女綱100m、男綱100m、総重量43トンの巨大な綱を引き寄せ、『かぬち(頭貫)棒』で結合させるときの重要な役目です。棒突(ぼうつき)といって、先がとがった六尺棒で大綱を突きながら綱のバランスを保ち、女綱、男綱両方の輪を十字に交差させ、そこにできた輪に『かぬち(頭貫)棒』を差し込む作業です(別図左上参照)。

(2) 豪快だが危険な棒突
 『棒突(ぼうつき)』とは、先端が尖った直径5、6cmの六尺棒で、重量43トンの綱のバランスを支え合う豪快な役です。女綱と男綱が結合する場面『かぬちちじ』での重要な役なので臨場感があります。
 女綱と男綱を結合させるには30分くらい時間がかかります。その間は棒突で綱を支えていなければなりません。腕から力が抜けてしまうほど疲れますし、その分危険も伴います。打身や擦り傷、骨折する事故も起きています。

(3) 準備作業と参加者の募集
① 大綱挽保存会との調整
  大綱挽への役としての参加者は、年により増減があるので、大綱挽保存会と役割、必要人員等の確認、調整を行います。近年、色々の団体のボランティア参加が広がりました。
② 市職労は、恒例の行事なので、これまでの参加経験者を中心として青年層に参加の呼びかけを行います。女性組合員にも呼び掛けます。ただし、女性には危険のないバリケードの役をつけます。10月の開催なので、8月には準備会を持ち、市職労の教宣紙(毎週火金発行)等での呼びかけ、各支部からの参加テコ入れを行います。
③ 例年40人~50人の参加
  年によって変動しますが、例年40人から50人の組合員の参加があります。男性に限定せず、女性組合員の参加もあります。また、家族での参加希望も受け入れています。かぬち役の衣装はめったに着ることができないので、人気があるようです。
④ スポーツ保険
  前述しましたが、行事におけるけがへの対応としてスポーツ保険を全員にかけています。これまでは、適用の例はありませんでした。

(4) 組合員の交流と拡大の場としても
 大綱挽が終わったら、参加者全員が参加して慰労会、交流会を開きます。この取り組みは、組合員の交流、新たな組合員加入の契機にもなっています。
 2011年には、長年にわたっての大綱挽への市職労のたくさんの組合員の参加・貢献が認められ感謝状を受けることができました。


4. まとめとして―伝統文化の継承と住民との連携

 市職労が那覇大綱挽に参加することは、伝統文化を継承し、地域住民と連携する場を広げて行くよい機会です。
 地域を支える自治体職員の労働組合として、伝統行事に参加することは伝統文化を理解することに他なりません。祖先が培ってきた文化は、時代を経た現代にあってもその地域のエキスを含んだものです。その文化を理解し、そして参加し、継承していこうと考えています。
 また、大綱挽をとおしての住民との連携を忘れてはいけません。いつの時代からか公務員バッシングが当たり前の雰囲気になりました。そこには、自治体職員と地域住民との問題意識の共有を疎かにした側面がなかったでしょうか。一朝一夕にできることではないけれど、伝統文化を協働で継承していく過程で、少しずつ自治体職員と住民とが連携していく姿を取り戻していきたい、と考えています。
 来る10月12日、日曜日は那覇大綱挽です。世界一の大綱挽です。全国の仲間の皆さんのお越しをお待ちしています。