【論文】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

行財政改革から生まれた公契約条例


福岡県本部/直方市職員労働組合 熊井 康之

1. 出口の見えない行政改革

 1994年、当時の自治省からの「地方公共団体における行政改革推進のための指針」をうけ、翌年、直方市においても、民間有識者、住民代表、市議会代表などによる「行政改革推進委員会」と、労使代表による「行政改革推進本部」が設置された。
 1996年には「直方市行政改革大綱」が、その翌年には「組織の見直し及び定員管理計画(1998年度~2002年度)」が策定されるとともに実施され、2005年度まで延長される結果となった。
 各種手当を中心とした給与の削減、事務事業の改善を徹底的に推し進める一方で、現業職場では、三期休暇中の学童保育所への給食提供やリサイクル事業、祝日収集の取り組みなどを組合のほうから提案し、公共サービスの向上にも努めてきた。
 コスト削減、定数削減をしても、住民のための行財政改革であることを忘れずに。それでも、一般会計が約240億円の財政規模の直方市において、2005年以後5年間で約43億円の累積赤字が予測されたため、2010年度の単年度実質収支黒字化を目標に、組織の見直しによる総人件費削減や事務事業の見直しによる投資的経費の削減を、労使一体となり推し進めた。2007年度、黒字化に向け明るい兆しが見えてきた矢先、三位一体改革により地方交付税は約9億円も減少し、「財政健全化法」による「財政再生団体」になることからの回避にも迫られることにもなった。
 行財政改革の目標年度を2012年度単年度実質収支の黒字化に修正し、総人件費の削減と、「事業仕分け」といった手法による事務事業の見直しを進めた。2004年度、562人であった職員は、2009年度には452人となり、5年間で100人を超す職員の削減を実施した。新規事業は抑制しつつも、職員削減に見合った事業削減は行えず、それまでの行政改革で絞られ空雑巾となった組織を、さらに絞りあげていった。組合員から「どちらが人事かわからん」と大変な反発をかった取り組みだったが、当たり前となったのか、仕方ないとのひらきなおりなのか、いつしか反発の声は上がらなくなっていた。この状態を善しとしたのが間違いであったのかもしれないが、なりふり構わずすすめたコストカットにより、2010年度から2012年度までの単年度収支黒字化を達成することはできた(早くも、2013年度以降は赤字の見通しなのだが。)。
 「黒字化、職員削減」というわかりやすい目標に向かって労使で努力し、本当に大きな成果を生み出してきたことは誇りにすべきであり、その努力が議会から市民まで伝わっていることも事実である。合わせて、比較的高い給与水準も確保してきたが、出口の見えない取り組みは組織=職員を消耗させてしまったことも事実である。休暇取得が罪のような雰囲気が蔓延し、毎日のように夜10時くらいまで残業をしなくてはならない妊娠中の女性職員(臨時職員一人の配置すら労使で止めていた。)。
 若手職員からの一言で、翌日から休みだし、退職していった障がいを持つベテラン職員。年功の賃金体系は全て悪のような風潮の中、経理や窓口業務しか経験がないにもかかわらず高度な職務に就くことになった職員の年度中途退職、自己都合退職は後を絶たなかった。女性職員の割合は3割にも満たないのだが、定年前の自己都合退職の半数は女性職員であった。給料があがらなくても、働き続けたかったはずだが、組合に相談もできず、また、相談を受けた組合役員も、目をつぶってやり過ごすしかなかった。職員削減により一人の職員が抱える仕事は多くなり、管理職を含めて、日々の業務をこなすことで精一杯の殺伐とした状況下、メンタルになる職員も多くでた。
 2006年度、国家公務員でメンタルによって1ヵ月以上休んだ職員の割合は、1.28%。地方公務員はこれより低いのが一般的だが、当時の直方市役所では、2%近い職員が休んでいる。病休者を1人だせば、医療費負担、法定給付金、代替職員の人件費、担当職員の業務コストなどが年収の倍近くなるため、努力してだした財政効果など飛んでしまうのだが……。
 退職までただ出勤しているようにしか見えない職員に対する若手職員の不満はたまるばかりで、そういった職員がポストについていようものなら中堅職員の不満も高まった。また、職員全体で行う福利厚生事業を、市民の目があるからと無くしたことは、職員間のコミュニケーション不足に拍車をかける結果となった。なんでも「削減」するだけの手法をとり続けたことで、結局、また削減するしかない状況に自ら陥らせてしまった。
 「職員のレベルがまちづくりのレベルを決める」ともいえる時代、自分たちで考え、実践し、改革するという自立心と行動力が求められている。しかし、新たな分野に手を出すのはコストがかかる、面倒くさいという風土が生まれ、時には、行革を、やらないこと、できないことの言い訳としてしまう組織になっていた。
 もう一つの問題は、「役所のこと=自分たちのこと」のみが大事で、生活に困るのはその市民自らの責任であるという自己責任主義、新自由主義(的)が根付いてしまったことだ。職員も人間である以上、多少なりとそういった気持ちになって当たり前だろうが、公務員の仕事、その目的とはなにかを見失っていた。労働組合もまた、職員削減(=お金)によって黒字化を達成することを目的としてしまっていた。現場で起きていること、その課題の解決、まちづくりといったことに、全く目が行かなくなっていた。
 自己防衛、内輪の満足に終わることなく、「仕事」をとおして社会に貢献できているかを自らに問いなおす必要があった。結局、地域が疲弊し、夕張市や阿久根市のようになってしまえば、職員の賃金・労働条件は下がっていくのみである。
 「地方公共団体は、住民の福祉(幸福、生活の安定、充足)の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」と、地方自治法第1条の2にある。行政は、どんなに能率的、節約的な組織であっても、市民の生活、生命を守ることができないようでは、存在意義がない。そこで、2009年度に「市民が豊かで安心して暮らせる地域社会の実現」をめざし、市民や納税者(企業その他の法人)が必要とすることを、高い質を保ち、最小限の費用で提供していくことができるプロフェッショナル(組織)になることを目標にして、行政改革を進める方針を打ち出した。
 「民でできるものは民へ、市民に任すことができるものは極力任せ、行政は自らがしなくてはならないことをする」を行政改革の理念とし、その実現にむけて、政策、事業、事務にいたるまで「選択と集中(特化戦略)」を行っていくことで、出口の見えない行革からの脱却を図ることとした。
 企業経営戦略にはめ込むと、選択と集中すべきは「特定の顧客層」である。行政=公務員が答えなくてはならない顧客層、ニーズ、それは、所得や生活において切実な課題を抱える人たち、社会的弱者である。そこに潜むニーズ(福祉の分野でいえば、一定の基準からかい離し、その状態の解決が社会的に必要であるとみなされる状態を指す。)にこたえることが求められる。いわばこの「社会的正義の実現」は、いうまでもなく労働組合の使命でもあり、自治労組合員の仕事は、その使命をはたすことともいえる。
 職員として、そして組合員として、その使命、あるべき姿に立ち返る必要があるのだが、取り組みの方向転換には、労働組合にとってのタブーであるアウトソーシングに相対していくことになる。労働組合は自分たちの生活を守るためにある、自分たちの賃金を守るために身を削ってきたとの意識(そのとおりなのだが)が役員間にも強く、きれいな言葉を並べるだけでは、10年以上使ってきた行政改革の手法(前例踏襲主義)からの脱却は進むものではなかった。


2. 行政改革の方針変換

 行政改革の考え方が変わる一つの大きなきっかけとなったのが、市立保育園の民営化であった。市立保育園の民営化は、行政改革推進計画に掲げられてはいたが、職員の努力により入所児童数を増やすことで議論には上がらず、直営を維持していた。
 しかし、皮肉なことに、児童数は増えても正規職員は一教室に1人(全体で6人)の配置から増やされることはなく、あとは15人程度の臨時・非常勤職員で運営されていた。当然、責任は正規職員に重くのしかかり、年休もまともに取れないというまさに「蛇の生殺し状態」であった。
 とにかくこの状況から解放してほしいとの切実な声にこたえるには、民営化せざるを得ないことにだれもが内心気が付いていただろう。
 保育所を所管する課も同様の状態で、一人の課長が受け持つ6係の業務範囲は、保育、母子保健、児童虐待、各種手当、子育て支援センター、保健予防、民生委員等々と、あまりにも幅広く、職員も日々の業務をこなすことで精いっぱいであった。そんな出口の見えない日々のなかでも、使命感に燃え頑張り続けた職員の行動が、この状況を変える原動力となった。
 ちょうどこの時期にマスタープラン作成が行われており、その会議の中で、子育て支援や障害者支援団体の代表者から、保育園や幼稚園から学校への連携の重要性、特別な支援を要する子どもの課題解決のため、縦割りを超えて対応する体制の必要性が訴えられていた。現場の教員の方からは、「自分は今まで、福祉と教育は相容れないものと考えてきた。しかし、時代が大きく変わり、子どもを取り巻く課題の多様化、複雑化が進んでいる。教育問題を解決するためには、家庭の問題を解決しなくてはならない。教育部門だけでは解決できない課題がたくさんでてきており、かなりの頻度で福祉部署を尋ねているのが実情だ。」という報告もあった。
 そういった市民や現場職員の思いが市長を動かし、こども育成課を設置するとともに、教育委員会、健康福祉課、保護課の連携をより充実させるためのフロア統一という縦割り行政の改革が行われた。
 次世代育成支援行動計画の実施、虐待、子育て不安など時代のニーズに対応した新たな子育て支援策の拡大、充実を行う一方で、そのための費用は、公立保育所の民間移管で生み出そうというものであった。
 市長は、こども育成課を設置するとともに一気に教育委員会に組織統合を行ったが、反発が激しく、涙を流しながら説得したとの話も聞いた。しかし、この時の「まちづくりのために決めたらやる」という市長の姿勢は、公契約条例制定においても欠かせないものとなる。
 市民生活、現場に視点を置いた行政改革への理解は、まだ役員間でも温度差があり、闘争期の要求書からは、予算が膨らむとの理由で「公契約条例」の文言を削除していた時期である。


3. 公契約改革の必要性

 行政のみが公共サービスの担い手であることは、質的にも量的にも限界である。どこの自治体でも、電算システム構築・管理、コンサルへの調査業務委託、業者への工事発注など、ちょっと見渡せば委託業務はたくさんあり、アウトソーシングしなければ行政運営は成り立たないといっても過言でもない。
 たしかに、安易なアウトソーシングにより悲惨な事故がおきているが、「独占」がイノベーションを拒み、すぐれた方法を見出す障壁となる場合が多いことも事実である。多様化、専門化する市民ニーズに対応しながら私たち公務員の仕事、使命を果たしていくにはアウトソーシングは欠かせない。直営業務の選択と集中とともに、民間や地域に任せることができることは極力任せて、スリムで効率的な組織づくりと、質と経済効率性が最も良い形での公共サービス提供の仕組みを作ることが求められている。
 労働条件に対してあまりにも低い私立保育所の保育士の処遇改善と、保育の質の向上のための人員配置基準の引上げが必須であることは言うまでもないが、そのうえで、公立と私立の保育所を比較すると、一般的に公立保育所の運営コストは私立保育所の約2割高(人件費だけをみると3割高)で、加えて基準以上の人員配置をしているところも多い。それゆえに子どもをあずける安心感があり、保護者の人気が高いが、その恩恵を受けるのは一部の市民だけである。認可外はともかく、多くは社会福祉法人が運営する私立保育所の保育の質は、むしろ高いという調査結果も多い。
 前述の公立保育所民営化の議論のなかでも、特別な施設や人材が必要となる「病後時保育、障害児保育」などに特化することで直営としての役割を果たすべきだという若手保育士と、現在の保育の理想と直営を守ろうというベテラン保育士間で意見が分かれたところである。結果、単なる民営化という(最低な)結果となったが、子ども・子育て支援制度が大きく変わるなか、あらためて公の役割を見直す必要が出てきている。
 特別な支援を要する子どもを受入れる施設がなくなっていくことが懸念されるなか、行政も組合も、民営化の可否の議論に終始するのではなく、この時の若手保育士の意見にもっと耳を傾けるべきだった。時代の変化、現場の課題に気が付かず、本当にエネルギーを必要とする変革には取り組まないのが、むしろ普通の公務員である(労働組合も同様かもしれない)。
 自分たち自身と組織の維持・発展には、変化を新たなチャンスと捕らえ、自分たちの労働、仕事とは何かを見つめなおし、先んじて改革をする必要がある。行政も、労働組合も。といいながらも、三位一体改革の影響はあまりに大きく、多くの職場においてアウトソーシングありきの行政改革が行われた。環境職場の収集業務、水道の浄水施設、市民課の住民票等の発行業務、そして学校給食の調理業務を民間委託するとともに、非常勤職員の削減も合わせて進めた。
 非常勤職員削減については、職員がしなくてはならない職務に非常勤職員を配置することをやめ(保育所の民営化のようにならないよう)、その専門性を職員が身に付けていこうというものである。まちづくりと同様に、人材育成がないと行政改革はない。組織の価値はそこにいる人材が決める。
 公務員という身分の枠を超えた人材活用(民間との人事交流)や、公務員以外の公共サービス供給者へのアウトソーシングを進めるには、職員は、自らの能力(実力)・技能を向上させ、よりレベル(質)の高い仕事ができることが求められる。受託業者職員や非常勤職員と同じ仕事(同種という捉え方だけでなく)をして給料が大きく違うことは、同一価値労働・同一賃金に反する。
 ここで、人材育成と行政サービスの維持・向上という観点からも、有期雇用の問題を解決するための公契約改革の必要性に迫られることになるのだが、それが、公契約条例制定の芽となる。受託業者が変わることで雇用止めになる委託先職員や、いくら能力を上げても一定の年数で雇用が切れる非常勤職員では、投資したコストが無駄になるとともに、再度、その育成にコストをかけなければならない。ダンピングも大きな問題であり、「安かろう、よかろう」では公共サービスの質が下がるとともに、保険や年金の確保もできない労働者を生み出すこととなり、結果、扶助費の増加につながっていく。
 また、同じ調達をしても、支払いが地域の外へいってしまうのではなく、その地域で循環することで更なる効果を生み出すようにすることも必要である。公共サービスの多くは比較的人件費割合が高いことから、地元雇用、地元調達の推進は、地域活性化のための重要な課題である。


4. 公契約条例制定へ

 2011年、現職市長3期目の推薦決定にあたり、雇用継続、地元雇用・地元調達、労務報酬下限額設定、各労働法規の遵守といった公契約条例に係る部分と、公共サービスの評価と中長期的な財政計画に必要な公会計、そして、これらの実効性の確保のための情報公開、住民参加という自治基本条例に係る内容について、政策協定を締結することとした。
 自治基本条例や公会計制度導入は、夕張市や阿久根市のようにならないために、自治体についての正確な情報を市民に周知し、事業の選択をより多くの市民参加のもとで決めていくためである。
 公契約改革については、自分たちの身を切り、職場をアウトソーシングする以上、それを無駄にすることなく、しっかりと意味あるものにしたいという強い思いからのものである。(公契約条例より、公共調達条例の効果をめざしていた。)
 最終的には、「しっかりとした行財政運営をして、自治体経営をして、結果的に、自分達の生活を守っていく」ためである。

政策協定書
1.日本国憲法の理念と精神を尊重し、情報公開と市民参画による公正・公平な市政運営と住民自治の確立に努め、地方自治を堅持していく。
2.人口減少、少子高齢化社会、グローバル化、経済の低成長時代において、市民生活を守り、持続可能な地域社会をつくるための政策立案と行財政運営のため、新たな有識者や専門家による政策ブレーンを設立する。
   ~ 中略 ~
3.直方市が発注する事業においては公契約の重要性を認識し、総合評価方式や公契約条例の導入をすすめ、市内居住者や障害者の雇用と権利を確保していくとともに、労働を中心とした福祉型社会の構築を推進していく。
4. ~ 以下、略 ~

 (選対事務所の判断により大きく変わってしまったが)組合がマニフェスト作成を任され挑んだ選挙は、東日本大震災の影響もあって投票率が下がり、現職には大変厳しいものとなったが、なんとか推薦候補が当選することができた。そして、方針を新たに行政改革に取り組もうとしたものの、だれもがこのままではいけないとは思っていても、当局はもとより、組合も慣れた10年来の方法を手放すことができなかった。
 庁内の行政改革の組織は、市長から部長クラス、組合の4役で構成された行政改革本部会議と、その下に、企画、人事部門と組合の書記長、事務局長クラスで構成される行政改革研究会により構成されていた。この行政改革研究会が実質的に権限を持ち、物事を決めていたのだが、職員・組合員から見れば、労使談合の場以外のなにものでもない組織であった。
 組合役員も、行政の権限を与えられた状態により、その権限を振りかざすことで組合組織を統制していた。組合員だけでなく、管理職の多くも蚊帳の外といえる状態で行財政改革は行われてきたため、この時期に行った今後の行政改革についての職場オルグでは、組合員から非常に厳しい意見をもらうことになる。
 「今までの行革のあり方が不透明すぎた。ほとんどの職員は組合の広報で結果を知らされるだけだ。課長も最終的に決まるまで知らない。労使一体、職員一丸でなどと言いながら、一部の者だけで決めているじゃないか」、「組合の代表が新しい組織、要員を了承してくる構図がおかしい。人減らしに加担しているだけではないか」、「きつい思いを我慢して頑張っているのは、直方市(職場)を潰さないためであり、自分達の生活を守るためである。職員や行政組織はどう変わらなければならないのか、組合役員もビジョンを示してほしい」、「職員には身を切らせている一方で、意味のないお金を使っているじゃないか」等々……。
 もはやこの手法による行政改革はいい結果に繋がらないことは明白であり、比較的若い組合役員や公営企業評議会からの強い意見におされ、組合側は、足掛け15年にもわたる行政改革の手法からの脱却を決めた。それは、交渉ですべてを決めていくというやり方にもどることであり、「制度・政策要求」という形で、行政改革、自治体経営を推進することを選択したということである。
 しかし、そのおかげで「政策協定の思い」に立ち返ることができ、情報共有と市民参画によるまちづくりを進めるための自治基本条例、中長期的な財政状況を職員だけではなく市民にも知らせるための公会計制度、そして、民間委託を無駄にしないための公契約条例の3点の実施を団体交渉で求めることとなった。
 自治基本条例は横においておく結果になったものの、公会計制度の導入、公契約条例の制定は、担当職員を配置して取り組むという回答を得た。交渉では、「よし、やろう」という市長の力強い言葉もあり、以後、お互いぶれることなく公契約条例制定に向け進むこととなる。


5. 新たな気づき~人材の流出・地域の疲弊

 公契約条例審議会は5回開催されたが、そのなかで、使用者側委員の建設会社社長から、「このままでは、10年もすれば市内に建設業の技術者はいなくなり、隣のまちから高いお金を払って連れてこなくてはならなくなる。まちづくりができなくなることをあなたたち(市役所)はわかっておかないと。」との発言があった。
 一方で、その翌日に開催された事務事業評価の会議では、市道の草刈りの入札方式を変えたことで落札額が大きく下がったことを、会議の座長が高評価していた。しかし、業者は、仕事が減る中、従業員を休ませておくこともできず、赤字とわかっていて入札しているのだ。また保育所の話になるが、市内の保育園では、保育士の確保に苦慮している。その過酷な労働から、ただでさえ少ない新卒者は、少しでも条件のいい大都市部に流れてしまうためだ。
 公共サービスの質の低下は、人材の流出に拍車をかけ、それはまた人口の減少につながってしまう。静かに、そのようなことが起きていることを、まちづくりが仕事の行政側は認識がなく、建設会社社長が心配している、ちょっと悲しくなるが、現場にいるからこそ地域の実情が見えているのだろう。
 条例制定の担当部署は、審議会では使用者側と労働者側が火花を散らすのではと心配していたとのことだが、ふたを開けると、両者対事務局という構図になった。「なぜもっと早く取り組まなかったのか」「条例を適用する工事、業務の範囲をもっと広げるべきだ」との意見を、事務局側が何とか抑えながら会議は進行していった。公共工事の予定価格は、一定の利潤を含んだうえで、世間相場を考慮した適正単価として設定されている。しかし、重層的な下請け構造が形成されている建設業では、落札率が下がるほど下請事業者の請負価格が切り下げられるということが起こりやすく、工事の質の低下と賃金・労働条件の引き下げや未払いにつながる。また、労務の提供が多くを占める委託業務は、当然に人件費がその多くを占めており、落札価格の低下は、労働者の賃金・労働条件の低下に直結する。
 特に、行政が発注する委託契約では、公共工事労務単価のような積算の根拠がないため、前年実績から予定価格を出すことが多い(最初に公契約条例を制定した野田市では、独自に職種別の労務単価を設定している)。それでは、特に地場の中小事業者は、適正価格より著しく低く落札せざるを得ない状況に追い込まれ、結果、自治体が発注する公契約により貧困が生み出されることになる。安全安心で、市民満足度の高い公共サービスの提供という目的を達成するどころか、地域に悪影響を及ぼすことにすらなりかねない。公的年金や健康保険料の支払いもないうえ、生活保護基準以下の賃金なら働かなくても同じとなってしまっては、結果的に社会保障・福祉の需要を増やすだけである。
 反対に、賃金を守っても公共サービスの質を下げてしまうと、ふじみ野市のプールでの悲惨な事故のようなことが起きてしまう(委託に出した市の担当課長と係長は刑事罰に問われ失職している)。これまでの行政改革と同様に、ただ職員を減らすだけでは、一人の担当業務の範疇が広くなりすぎ、目が届かない部分がどうしてもでてくる。多少価格が高くなっても、公正な労働を保証することが、質の高い公共サービスの提供とともに、安心して働き暮らせる地域づくりには必要である。
 また、地元の事業者や住民に適正な価格で発注することは、地場中小の経営の安定、税収の確保や地域経済の活性化に少なからず寄与することも忘れてはならない。契約には、税を投資することに見合った価値(バリューフォーマネー)が求められる。自治体経営の観点から何が重要なのか、それを発注者側が正しく理解し、最も良い仕事をしてもらう仕組みをつくる、そのための公契約改革が求められている。


6. 同一価値労働・同一賃金の確立

 公契約の関係する分野は、建設・土木、印刷、清掃、給食調理、福祉、教育など幅広く、公共交通や水道の分野でも多くの人が働いており、その市場規模は7兆円を超えるといわれる。業務内容は、継続して必要とされる役務の提供が多いため、安定した雇用による熟練と専門性の維持が求められる。その雇用を一定期間で途切らすということは、育成に投資したお金を無駄にし、また一から人材育成を行うことになるため、決して効率的とは言えない。
 しかし、自治体の業務のアウトソーシングや、非正規労働者の増加という大きな流れは、すぐに変わるような状況ではない(改定労働契約法も5年の期限の枠をはめてしまうことになりかねない。)。特に、行政機関における臨時・非常勤職員の任用は、行政処分として法律や条例に定められるものであり、私法上の雇用契約とは異なるため、解雇法理の適用や救済はほぼない状況で、雇用の継続は困難である。
 現在、雇用労働者の3分の1が非正規労働者(女性は、2人に1人が非正規労働者)という状況であり、フリーターも300万人(雇用者全体の5.5%)を超えるといわれる。公務職場においても、非正規職員の割合が3割以上を占め、自治体によっては半数を超えているところもある。7割を占めるといわれる非正規のハローワーク職員は、人の就労よりまず自分の仕事をといった気持ちではないだろうか。非正規労働者にとって正規労働者は既得権益者に見え、自分達の状況が変わらないなら労働市場の流動化政策に賛成するのも無理はなく、それは、労働者間の分断に拍車をかけることになる。
 現時点で、日本には、EUの営業譲渡指令のように、雇用関係から生じる使用者の権利や義務(労働協約の継承)が新しい使用者に移転する制度はない。しかし、義務化はできなくても、総合評価方式や仕様書次第で継続雇用の確保は可能である。
 直方市においても、受託業者が変わった職場で、希望者全員の継続雇用を確保することができた(5年という有期期間を超えていくことになる)。水道局や学校給食、環境業務などの委託職場での雇用継続の可能性を、努力義務規定ではあるが、公契約条例がさらに高めることになる。完全ではないものの、公共サービスを担う非常勤職員や委託事業労働者の有期雇用という壁(法律)を何とか超えていくための具体化的な取り組みの結果である。組合として、アウトソーシングを認めざるを得ない状況をむしろ前向きにとらえ、比較的専門性の低い業務や臨時職員が恒常的に行っている業務を民間事業者に委託し、公契約そのものの見直しによる継続雇用=実質的な非正規労働者の削減と、人材に蓄積された技能、能力を継承することで行政サービスの質の維持・向上を図ってきた。
 職員削減の圧力は増し、反面、自治体の業務が増えるなか、コアな部分、非常勤職員が担う高い専門性が必要な職務は正規職員が担い、真に臨時的業務(初任給格付けの時給826円)は恒常的にアウトソーシングする。また、残業部分をワークシェアリングすることで、職員のワークライフバランスの確保を図る取り組みも始まった。「民でできることは民で、市民ができることはできるだけ市民に返し、自治体職員としてしなければならないことをやる」を理念とした行政改革の取り組みである。
 大きな課題として、職種や職務に合った賃金設定がある。客観的に評価、比較された職務に対する労働対価を保証する同一価値労働・同一賃金制度が必要である。非常勤職員は特定の仕事で、臨時職員は比較的専門性の低い仕事で、職務の高まりがそれほど求められない条件で雇用されている。むしろ問われているのは、正規職員としての仕事であり、正規職員が非正規職員と同程度の仕事をしていては、非常勤職員はもとより世間的にも理解が得られない。正規職員という身分によって、年功的に高い給料をもらうようでは、どこかで低い方へ引っ張られることになる。賃金・労働条件に格差がある以上、仕事(職務)にも相応の格差があることが適正であり、組織としてまとまるためにも必要なことである。この部分については、「トータル人事制度」にて、「仕事、賃金、職員の実力」のバランスをとる取り組みを推進しており、7年間で少しずつ成果を出している。


7. 周りの人を引下げる平等でなく、全体を引上げる平等を

 2013年12月、公契約条例は議会で可決され、2014年4月より施行された。公契約条例とともに進めた公会計制度も2014年度に導入されるが、まだまだ、組合員どころか役員間でも、そのツールを使って達成していく「目標」の共有ができているとは言い難い。
 労使一体となった行政改革により、2010年度から3年間にわたり達成した財政の黒字化だが、今後の見通しは厳しい。自らの身を削り達成した結果だったからこそ、今後、「法律による最賃があるではないか」「無駄な事務をさせて」と、公契約条例に対して組合員から反発がでる可能性は高い。公契約の範囲において、取り組みの中で見えてきた課題をどう具体的に解決するかを模索した一つの結果であるが、条例施行の手続きの周知もままならない状況で条例が制定された後に、「目的」や「目標」を組合員に浸透させていくには、かなりの労力を要するだろう。
 単組としては、まずは、増やした予算の適正な労働者への分配確保と地域への波及効果のモニタリングを行うことを目標としている。これは、本市を含めて、公契約条例賛同者を他自治体に増やしていくための重要な取り組みとなる。
 もうひとつが、私法上の雇用契約であるアウトソーシングした職場の労働者の組合組織化と、労働協約締結からリビング・ウェイジを確保していくことである。また内輪の取り組みで終わらせるのではなく、組合員・自治体職員として、公契約の在り方から税金の使い方の問題を考え、貧困の連鎖や人材の流失を防ぐための政策課題や財政問題などについて市民と共有し、地域の発展と豊かさの実現につなげなければならない。それが、公契約条例を大きく育てていくことであり、単に条例の対象事業を増やすことや、対象事業費を下げることではない。
 いわば、ここからが本番であり、市民や地域社会の役に立ちたいという熱い情熱、「公平や正義、社会共通の価値」を達成しようという強い使命感を持ち続け、組織として粘り強く取り組まなければならない。そのためには組合員(職員)が気づく必要がある。ダンピングで赤字とわかっていても落札せざるをえない事業者の現実、同一価値労働にもかかわらず生活できるかどうかの賃金しかもらえない非正規労働者や、いくつかの仕事をこなしたうえで子育てまでする母子家庭の現状にである。
 富む者(本市では公務員はこちら側)は、わが子を市外の私立学校やレベルの高い学校に入れ、残された市内の学校には、ほかに選択肢のない子どもが通う。本市の近隣自治体では、クラスの3割以上の子どもが生活保護家庭という学校もあり、全国的な問題になっている(政府の社会保障にかかわる調査団が視察に来るほどである。)。多様な課題を抱える子どもが多くなり、教室があれると勉強に集中できない子どもが増え、それが全体の教育に影響し、学力が下がり、多くの人がこの地域から離れていくことになる。ある世代だけですむならまだよいが、貧困は次の世代(子)へと受け継がれてしまう。生活において切実な課題を抱える人達のセーフティネットを、制度・政策で作り出すことが公務員の使命であり、自治労組合員は、それができる立場にある。


8. 労働運動と自治研活動を両輪で

 働く時間は正社員並みでも賃金は著しく低く、各種手当、社会保障等も手薄といった劣悪な環境におかれる労働者が、地場中小企業、若年・女性層を中心に増え続けている。
 最低賃金法により、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるように最低賃金は定められているが、正社員雇用が中心の時代の1970年代に広まったパートタイム、アルバイトの賃金がベースとなっている。年収では200万円ほどにしかならず、場合によっては生活保護の方が高いという内容では、貧困状態からぬけだすことはできない。この正規雇用を前提とする日本式パートタイム労働は、労働行政、労働組合双方が認め、確立されてきたことを忘れてはならない。
 公共サービス基本法により、国及び地方公共団体は、公共サービスに従事する者の適正な労働条件を確保しなくてはならないが、状況は変わっていない。労働者の公正な賃金の確保のためには、公契約条例などの法整備とともに、連合が示す基準「リビング・ウェイジ」までの産業別最低賃金引上げが必要であり、そのためには、労働組合が未組織を含む労働者全体の、労働協約締結の活動を行っていくことが求められる。
 産業別の賃金が確立されていない日本は企業別の賃金格差が大きく、労働者は、当然、より低い賃金が広がった地域から条件のよい地域(どちらかというと都市部)に移動し、地方はさらに疲弊していくことになる。民間との比較で水準が決まる私たちの賃金・労働条件が、今後、一層地域の賃金・労働条件を反映されることになるなら、非正規労働、貧困、地域の疲弊、人(材)の流出は他人ごとではない。自分たちの権益(政治的利益)や組織を守るためだけではなく、生活者や市民の基本的人権を守る姿を見せることは、労働組合がかつて持っていた道徳的権威を取り戻すことになる。そしてまた、自治労が、「安心して暮らせる地域社会を守る」「市民のために」という理念に基づく団結と行動は、自治体職員の存在意義を地域社会に示すとともに、その価値を認識させることにもなる。
 繰り返すが、それは、疲弊する地域や貧困家庭などの切実な現実を感じるところからはじまる。
 そのためには、「まず、現場へ」である。