【要請レポート】

第35回佐賀自治研集会
第5分科会 発信しよう地域の農(林水産)業 つながろう生産者(地)と消費者(地)

都市と農(食・みどり・水)
―― 農あるくらしを考える ――

東京都本部/公益社団法人東京自治研究センター・市町村政策研究会 藤岡 一昭

はじめに

 このレポートは東京多摩地域の三多摩メーデー・政策展の取り組みと野菜の摘み取り直売方式で新しい農業を模索する八王子の農業生産者の活動報告です。都市農業の持つ多面的な価値と農(業)をつうじた人と人のつながり、くらし方、行政のかかわりなど、それぞれ関連性を見据えながら考えていきます。

1. 2014三多摩メーデー政策展「農あるくらし-多摩の未来に夢を」

(1) 三多摩メーデー政策展について
 三多摩メーデーは連合東京三多摩ブロック地域協議会(組織人員約15万人、以下「連合三多摩」という)が中心となり、中央メーデーに合わせて毎年開催されています。
 連合三多摩は東京多摩地域の26市3町1村に所在する労働組合で構成され、主要な活動の一つに自治体への政策制度要求があります。また組合員の多くが「多摩地域で働きくらしている職住接近型」のライフスタイルにあることが大きな特長です。そのため、自治体への政策制度要求も、雇用・労働問題にとどまらず、福祉、教育、環境、交通、都市計画、男女平等など幅広いものとなります。そして「要求→回答→協議→政策づくり」といった流れの中、リアリティある街づくりの共同作業者的立ち位置にあります。
 こうした背景のもとで開催される三多摩メーデーには、組合員・家族約2万~3万人、多摩地域の各自治体首長、議員が多数参加することから、政策制度要求の骨子をアピールする絶好の機会となり連合三多摩政策展のブースを設置してきました。
 なお、この取り組みの企画実施に関しては連合三多摩政策プロジェクト、自治労東京都本部三多摩地域協議会とともに東京自治研究センター市町村政策研究会が協力する関係となっています。

(2) 2014三多摩メーデー政策展について
 これまでの政策展は、地球環境保護・循環型社会に向けたエコライフ、再生可能エネルギー、小水力発電の実験、炭焼きと里山体験、多摩産材の活用、企業参加による科学実験など、屋外のメーデー会場内ブースという状況に合わせて、分かりやすく、体験型の内容で実施してきました。
 2014三多摩メーデー政策展は、職住接近型の三多摩特性に踏まえ環境政策、地産地消、食の安全と食糧自給、防災・コミュニティづくり、地域文化の継承、子どもへの教育といった多面的な要素を持つ都市農業に注目し、「くらしと農」を基本に据えることとなりました。
 具体的には、多摩地域の農産品の展示・即売、農林業のPR、各自治体の(都市)農業政策の紹介となりました。この中でも各自治体の農業政策について、自治体自身の考え方(政策)をどのように具現化するのかという視点で、メーデー政策展への自治体自身の参加を強く働きかけました。
 なお、今回の自治体への参加要請は、羽村市、あきる野市、清瀬市、檜原村の4自治体とし、下記のとおり要請しました。
 その結果上記4自治体が、自治体として初めて三多摩メーデーに参加することになりました。

羽村市
 並木 心 様
 
                              2014連合三多摩メーデー実行委員会
                                     実行委員長 荒井 聡
 
2014三多摩メーデー自治体政策展への参加依頼
 
 日頃より連合三多摩の自治体政策活動へのご協力に感謝いたします。
 さて、連合三多摩では、表記の「2014三多摩メーデー」を来る4月26日(土)午前10時30分より立川市民運動場にて開催します。
 ついては、メーデー会場で毎年開催しております政策展について、今年は「農あるくらし-多摩の未来に夢を」というスローガンで、多摩地域の豊かな自然環境の中で、自治体の農業政策、環境政策全般について紹介することとしております。(別添企画概要書参照)
 そこで今回、貴自治体の農産品(林業も含む)の展示即売、農業政策の展示等による政策展へのご参加について是非ご検討、ご協力いただきたくお願い申し上げます。
 

(3) 政策展会場の各自治体ブース

【羽村市】
 キュウリ、キャベツ、トマト、レタス、いちご、かぼちゃとレモンの手作りシフォンケーキなどありましたが完売しました。  

【あきる野市】
   あきる野市は、瀬音の湯で販売している朝どれ野菜(白い野菜は葉つき玉ねぎ)や秋川牛のカレー(レトルト)、ゆずの濃縮ジュースなどです。(もちろん完売)

【清瀬市】
 清瀬市は、市内農家の多くが自宅前に直売所を設置し、とれたて野菜を毎日販売しています。
 メーデーでは特産のにんじんジャムなど販売しました。
 

【檜原村】
   檜原村の特産はジャガイモです。この日は、トウガラシ味噌や手作りの塩らっきょう(完売)など山間地ならではの加工品が販売されました。

(4) 政策展「農あるくらし-多摩の未来に夢を」のまとめ
 今回の政策展は連合三多摩政策プロジェクトが中心となり、東京自治研究センター・市町村政策研究会が協力する関係で実施されました。自治体への参加要請には連合三多摩とともに、自治労の各労働組合が同席し自治体内部からの動きを作ることができました。
 とりわけ「農あるくらし-多摩の未来に夢を」というテーマで、三多摩メーデーそのものに自治体が参加したことはこれまでにない取り組みであるとともに、職住接近の暮らしと森林・農地面積が50%を超える多摩地域の特性に踏まえた今後の都市農業政策を考えるきっかけとなりました。
 なお、三多摩メーデー実行委員会で確認されたメーデー政策展のまとめ全文と東京自治研センター・市町村政策研究会でまとめた政策展参加自治体のデーターについて掲載します。

【政策展「農あるくらし-多摩の未来に夢を」まとめ】
三多摩メーデー実行委員会

 今回は、政策展ブースに4自治体が参加することで、従来の政策展からより具体的に、より暮らしに密着した政策展として第一歩をしるした形になりました。
 連合三多摩の政策活動を組合員、家族に知ってもらうだけでなく、それが地域政策として自治体に反映されていくために、政策展の持つ意味は大きなものがあるといえます。
 そうした観点から、今回の政策展について下記のとおりまとめます。
1. 子ども広場について
 三多摩メーデー・子ども広場は、家族連れで参加する組合員が楽しめるとともに、たとえば親子の丸太切りなど遊びながら家族のコミュニケーションを得る機会になり、科学実験ショーや子ども棟上げ式など「遊びと学び」が融合する空間になりつつあります。しかもその取り組みが連合三多摩の労働組合、企業、自治体によって、身近な手作りスタイルで工夫してきました。
 日野自動車のパリダカラリー車、トラック展示、労金、全労済のゲーム、消防車、寄進者、煙体験者、各ゆるキャラなど、大人も楽しめるとともに暮らしに密着した内容もあり、今後盛り上がる要素が多くあります。大勢ではありませんが子どもを守るネットワーク活動のパネルをじっくり見ていたお年寄りが印象的でした。
 「子ども広場」と「多摩の未来に夢を」という言葉はイメージがつながります。そしてこのイメージと連合三多摩政策展のコンセプトが重なるような、暮らしに密着した政策展にしていきたいと考えております。
2. 自治体の参加について
 多摩地域の市町村各自治体はそれぞれ歴史があり、文化があり、特徴があります。
 職住接近型の連合三多摩にあって、事業所が立地する自治体、組合員の皆さんが暮らす自治体のどちらか或いは両方が多摩地域にあります。各自治体の歴史、文化、特徴(政策)を知ってもらうためにも、自治体が三多摩メーデーに参加することの意義は大きいと考えます。
 一方、自治体の側も最近「ゆるキャラ」など使いながらアッピールしていますが、企業や住民に対する発信に苦労しているのが現実です。具体的には子育て、医療、高齢・介護、教育、地域経済、地場産業、防災、都市計画……など多摩地域に共通する課題と自治体独自の課題があります。
 連合三多摩は各自治体政策要求(予算要求)という形でかかわりますが、同時に街づくりの共同作業者というスタンスで、メーデー政策展を位置づけることでより成熟した関係が作れると考えます。
 今後、各市町村の「お国自慢」といった形での積極的な自治体参加を求めていければと思います。
3. 企業・労働組合の参加について
 これまで、日野自動車、東芝、建設ユニオン、また子ども広場全体では労金、全労済などが参加しております。企業、労働組合ともに子ども広場や政策展へのかかわりにはばらつきがあるのが現状です。今後ともできる範囲で関連性を検討していただければと考えます。
4. 「農あるくらし-多摩の未来に夢を」について
 冒頭にも記しましたが、これまでの政策展は地球環境保護・循環型社会、エコライフといった主旨で実施してきました。
 多摩地域全体をみると環境資源は豊かかも知れませんが、400万を超える人口規模、隣接する区部900万人の超大都市東京の一部であることも事実です。
 そこで人間と環境の接点を考えた時、破壊か保護かという二択の発想ではなく、人間の営みと持続的な環境が交わる接点として、「農」を考えました。「農」とは林野をたがやす(耕)という意味です。たがやすということは、田畑を掘り返して植物を植える準備をすることですが、そこには自然と人間とのそれぞれの営みが、ぶつかり合うのではなく程よく混ざり合うという大原則が守られなければ成立しません。
 多摩地域は森林面積が45%、耕作地も37.5平方キロで立川市と国分寺市の総面積より広く、地産地消の先駆的な地域です。環境、食の確保と安全、コミュニティづくりと次世代教育など農にかかわる地域の資産は計り知れません。ここにこそ夢のある多摩の未来の原点がある―といった考え方で環境保護・循環型社会、エコライフの先にある各自治体の農業振興、都市農業政策について紹介することとしました。
5. 子ども広場、政策展、多摩の未来に夢を
 今後、子ども広場―政策展―多摩の未来に夢をという運動的、政策的な目標(縦軸)とともに、労働組合はもちろん、事業者、自治体の積極的な参加による共同の街づくり(横軸)を意識した政策展となるような工夫と準備が必要と思われます。
 そのために、連合三多摩政策プロジェクトと東京自治研究センターなど自治体情報が集中する協力機関との連携をベースとし、厚みのある連合三多摩の政策提言につなげられるよう三多摩メーデー政策展を活用すべきと考えます。


(5) 政策展参加自治体のデーターから読み取れる傾向

参加自治体の特徴、比較資料(参考)
  人口 面積 人口密度 高齢化率
(%)
平均
世帯
人数
昼夜間
人口比
(%)
第1次産業
従事者率
(%)
2010国勢 増加率 km2 人/km2
清瀬市 74,104 0.8% 10.19 7,268 25.3 2.40 83.4 1.8
羽村市 57,032 0.9% 9.91 5,776 21.0 2.44 93.3 0.7
あきる野市 80,868 1.6% 73.34 1,117 25.0 2.76 86.7 1.9
檜原村 2,558 △12.7 105.42 24 43.4 2.80 89.8 4.5
 
多摩地域 4,185,878 3.1% 1159.90 3,579 21.7 2.28 91.7 0.8
区部 8,945,695 5.4% 622.99 14,369 20.5 1.97 130.9 0.2
東京都計 13,159,388 4.6% 2188.67 5,999 20.4 2.06 118.4  
 
  耕地面積 森林面積 介護保険
被保険者
要介護者 要介護
比率(%)
予算規模
(百万円)
ha 比率 ha 比率
清瀬市 193.39 5.0% 18,593 3,239 17.47 26,496
羽村市 38.82 1.0% 5 0.5% 11,915 1,565 13.13    20,274
あきる野市 176.00 4.7% 4,413 60.2% 19,665 2,373 12.07 28,426
檜原村 6.68 0.1% 9,751 92.5% 2,210 189 8.55 3,538
 
多摩地域 3754.12 3.2% 52,872 45.6% 902,262 148,172 16.42  
区部 628.84 1.0% 1,855,982 329,906 17.78  
東京都計 5054.82 2.3% 78,566 35.9% 2,766,811 479,708 17.33  
 
  鉄道駅(市内) 最寄駅  
清瀬市 西武池袋線・清瀬駅 新秋津駅 池袋22分
羽村市 JR青梅線・羽村駅、小作駅 八高線・箱根ヶ崎駅、東福生駅 立川20分、新宿60分
あきる野市 JR五日市線・東秋留駅、秋川駅、武蔵引田駅、武蔵益子駅、武蔵五日市駅   立川20分、新宿64分
檜原村   武蔵五日市駅 立川29分、新宿73分
 
清瀬市  1970年市施行。市内の40%が緑地。黒土が深い特質でニンジン、ホウレンソウなど野菜、根菜類の栽培が盛ん。ニンジンの出荷額は都内出荷額の約半分。柳瀬川が流れる。
 戦前から国立の医療機関、病院が立地(医療の街)。交通は志木街道、小金井街道が幹線。西武バス。政策の軸は「みどりと水」「農のある風景」「大学と医療」
羽村市  1991年市施行。羽村取水堰、江戸時代からの「水元の街」。戦後の工場誘致で人口増。交通は国道16号、奥多摩街道、新奥多摩街道。西東京バス、立川バス。政策の軸に「自然との調和」「人と環境」「絆プロジェクト」
あきる野市  1995年9月、秋川市と五日市町が合併しあきる野市となる。圏央道あきる野インター、滝山街道、五日市街道、睦橋通り、秋川街道、檜原街道、西東京バス。政策の軸は「豊かな地域資源」「環境都市あきる野」「地域力」
檜原村  1889年(M22)町村制施行時に立村。90%以上が山林。豊富な森林資源を持つが林業は後退。山の斜面を利用したジャガイモ、こんにゃくの栽培。檜原街道、西東京バス。払沢の滝、神戸岩、数馬の湯などの観光資源。地域担当職員の配置。
調査/東京自治研究センター市町村政策研究会

 メーデー政策展に参加した4自治体は多摩地域の中でも比較的農林業が盛んな自治体といえますが、それぞれ特徴的な事情を抱えています。
 羽村市は日野自動車、東芝など大工場を誘致し、関連事業者も含め第2次産業の比率が近隣自治体より高くなっています。あきる野市は1995年に当時の秋川市と五日市町が合併して誕生しましたが、旧五日市町には広大な森林面積がありました。清瀬市は戦前から国立医療機関が集中し現在に至っているため、要介護入院者数がきわめて多い結果となっています。檜原村は島しょう部を除き東京で一つの村ですが、大半が森林で耕作地は少ない自然環境にあります。その上で、4自治体の一般的傾向を分析しました。
① 高齢化率は羽村市を除き多摩地域平均より高い。
② 平均世帯人数は、区部1.97人、多摩地域2.28人だが4団体とも多摩地域の平均を上回る。
③ 第一次産業従事者比率は、区部に比べて多摩地域は4倍だが、清瀬市、あきる野市は多摩地域平均の2倍以上となっている。(羽村市は東芝、日野自動車など大型企業を誘致しているため低くなっている)
④ 要介護比率は特殊事情を持つ清瀬市を除き多摩地域平均より低い。
⑤ 以上のデーターから、多摩地域の都市農業が比較的盛んな自治体は「第1次産業従事者比率が高い=高齢化率は高い=平均世帯人数が多い=要介護比率は低い」という一般的傾向が読み取れる。(これについては、都市農業面積は広いが行政区域、人口も多い八王子市、町田市などの地域分析も加え、さらに調査したい)

2. 新しい農業経営の模索(八王子市)

(1) 農家のマックさん

<農家のマックさん>

 人口58万人を超える八王子市は多摩地域最大の自治体で、2015年4月中核市に移行予定です。行政区域は約186km2、そのうち約80km2(42%)が山林、約660haが生産緑地面積も含む農地です。(八王子市基本計画資料より)
 八王子市は東京都内(島しょう部を除く)の経営耕作地面積にしめる占有率で7.8%と最も高く、東京都内で耕作面積を最も広く持つ自治体ということになります。しかし八王子市も毎年10ha~20haの耕作面積が減少しているのが現実です。
 さて「農家のマックさん」は、40歳代の専業農家・男性でJR八王子駅南口から車で10分ほどの住宅地に隣接する300年以上続く農家です。畑は約90アール。本年2月父親が他界。農家を引き継ぐことになりました。
 そこでマックさんは考え、そして悩みました。
 「父親の農業経営をただ引き継ぐだけでは、今後の日本社会で、農業で生き抜くことは難しいのではないか。商品野菜の品質、労働内容、収益、税金……。
 むしろ時代の変化に対応した農業を考えたい。時代に必要とされる、社会貢献を担える農業。生産から消費まで、それらに関わる人の心が満たされるような農業。……」
 マックさんは、「これからの日本にあったらいいな」という農家のモデルを模索し始めます。そこで始めてみたのは、収穫体験を合わせた直売方式や農業教室など参加型の新しい農業経営でした。(「農家のマックさん」でブログ検索して下さい)

(2) 人と人の結びつきを大切にした摘み取り野菜の直売所
 マックさんの特長は、住宅地にある畑、しかもその畑が都市公園に隣接しているという環境を活用して、公園に来た市民に畑を開放しその場で野菜を収穫してもらい直売するという点にあります。「新鮮野菜」というのぼりに目をとめる家族連れや高齢者など、興味を持った市民が畑に向かいます。もちろんはじめての市民もたくさんいます。足に感じる畑の土、野菜畑の匂い、その雰囲気に畑のあちこちで笑い声や歓声まであがることがあります。
 マックさんが声をかけ、成長したナスやキュウリ、ズッキーニなどを前に、即席農業教室が始まります。野菜の性質や育て方、収穫方法からレシピなど紹介します。この時期(7月)の畑にはニンジン、ピーマン、ゴボウ、赤カブ、白カブ、大根、小松菜、チンゲン菜、インゲン、オオバなど多品種の野菜が収穫期を迎え、話のタネは尽きません。

 

 マックさんの説明を聞きながら、気がつけば新鮮な野菜が籠にいっぱい入って一人500円から2,000円程度の売り上げになります。もちろん、キュウリ1本、ナス2コといった単品でも販売し、小銭がなければ次回清算といった具合に信頼関係を大切にしながら、結果的に固定客化していきます。
 マックさんは収穫期の野菜を市場に出荷するだけでなく、こうした摘み取り直売方式で販売しています。なぜこうした取り組みを始めたのか―。その理由は、「野菜の本当の姿形を知ってほしい、食べるということがとても大切なことを知ってほしい。とても楽しいことも知ってほしい。売る人買う人という関係以上の人と人のつながり、信頼関係が大切」という思いからでした。

(3) 摘み取り直売方式の困難性―農業の継続は可能か
 摘み取り直販方式には都市農業全般に共通するいくつかの困難性があります。
 まず第一に、経営が成り立つかどうかという問題です。市場に出荷せず、摘み取り方式の直売だけで生活を維持する収入が得られるかどうかは根本問題です。
 しかし農協を通じて市場に出荷される野菜は、形や成長度合いが微妙に違う野菜の中から統一規格品を選別し「商品化」することが普通です。また、収穫した野菜が出荷したあと誰がどう食べているのか、おいしかったかまずかったのか消費者の顔が見えないなど、農作物を市場に集約し消費者に届ける形ではどうしても越えられない問題です。
 また価格中心の経済競争が先行すると、消費者側の安全で高品質、少量、多品種といったニーズの変化に対応することも困難になります。やがて農家のメンタリティも弱くなり、結局農業そのものが縮小していく……。こうした背景もある中で、摘み取り直売方式の意味を考えていく必要があります。
 そこでマックさんは、摘み取り体験と同時に野菜の特長や育て方の工夫、いい野菜の見分け方、素材を行かした調理方法の説明など対話型の関係を持ち、消費者が収穫作業に参加する形での摘み取り直売対面関係をコツコツと積み上げることに重点を置きました。また、自身のブログを開設し、「散歩しながらその日食べる新鮮野菜を収穫する」という農業というよりは「農」の持つマルチ的な楽しみ方をPRしました。
 これらはリピーター効果も手伝い、販路の拡大につながっています。

 

(4) 人手不足を解消する「参加型農業」は可能か
 第二の困難性は人手不足です。畑で「対面直売」し、なおかつ90アールの畑仕事を一人でこなすことは不可能です。
 そこで、マックさんは東京都と八王子市の農業ボランティア制度を活用し、農業体験を希望する人を集めました。中山間地の農業移住とは違い、都市農業の場合は休日に通いで、場合によっては平日でも近所の住民が一定時間農作業に従事(参加)することは十分可能です。農業体験そのものが、ある種の癒しにつながり、そこから生まれる人間関係が新たなコミュニティになるケースが生まれてきました。<写真左>
 さらにマックさんは、摘み取り経験をした消費者自身にできる範囲で農作業に参加してもらい、収穫した野菜を持ち帰ってもらうスタイルも作り出そうとしています。

 
<写真右は「ねぎぼうず」。オリーブオイルで炒めると美味。流通にはのらない>

(5) 農が人と人を繋ぐ、農業者の新たな姿
 マックさんはブログや畑での対面関係を大切にする中で、収穫の楽しさ、野菜の育ち、食の安全、子ども達への教育、自然環境の価値などを伝え、それを実体験した消費者が、農への参加者へと変わっていく。こうした流れを農業そのものへ取り込むという、新たな姿の農業経営を模索しています。農家側にとっては多面的な都市農業の価値を収益に変えるとともに、消費者でもある都市住民は農地を所有したり借用したりせずに農業の多面的な価値を共有する。両者の価値がイコールとなるような都市における農業経営といえます。
 これは、相続税制や土地税制で農家に縛りをかけ、収益や人手の問題をボディーブローに都市農業を縮小させてきた都市政策に対して、消費と人口が集中している都市部の特長を逆に活用して乗り越えようとする試みとも言えます。

(6) 問われる自治体政策
 当該自治体の八王子市は、基本計画で都市型農業の確立をめざし、農産物の生産や安定供給の支援、後継者育成やボランティアの活用、遊休農地の貸し借り制度、市民農園や親子農業体験など推進するとしています。マックさんも農業ボランティアで「参加型農業」の足場づくりを進めています。八王子市の場合、農業振興の担当部署だけではなく、公園に隣接するマックさんの畑が公園利用者の目に留まるよう、公園と畑の境に高木を植えず、リンクしやすいような設計に公園担当も配慮しています。
 しかし、都市農業の持つ多面的な価値について行政内部の評価と優先順位は必ずしも高くありません。
 社会的共通資本の意味を、社会全体として再確認するとともに、それぞれの自治体の特性の中で、それぞれが再構築していく作業が問われています。

まとめ

 2012年8月、農水省は「都市農業の振興に関する検討会」で「都市において農業・農地は、新鮮で安全な農産物の供給など、住民の暮らしに深くかかわる多様な機能を果たすことが期待されている」との考え方を示しました。また同年9月、国交省は社会資本整備審議会小委員会の中間とりまとめで「農地についても消費地に近い食料生産地や避難地、レクリエーションの場等としての多様な役割を果たしているものとして都市内に一定程度の保全が図られることが重要であり、このような『都市と緑・農の共生』をめざすべきである」としています。
 1968年の都市計画法で市街化区域という概念が生まれ、市街化することでその区域内の農地は事実上消滅させる、あるいは消滅してかまわないという考え方から、40年以上たった今日、大きな転換期を迎えていると言えます。
 そしてこの転換の意味は、食糧供給や土地利用という枠組みだけではなく、環境、防災、コミュニティづくり、教育や文化、歴史といった人間社会そのものに不可欠な「価値」に基づくものとして考えられます。
 都市農業の在り方については、それぞれの地域環境の違いで一つのスタイルに収まるものではありません。しかし、従来の枠組みだけでなく、農業者、近隣住民、自治体、あるいは地域の産業が「農の持つ価値」をいかに共有するかという視点は、極めて今日的な地域課題と言えます。共有できる「価値」があるからこそ社会的共通資本となりえます。
 三多摩メーデーにおいて、労働組合と自治体は「農あるくらし」が共通の街づくり政策であることを発信しました。農家のマックさんは、八王子市の農業政策が環境、コミュニティ、防災、教育、歴史・文化などとどう繋がるのかという課題を投げかけています。
 東京自治研究センターでは本年3月から5月、3回に分けて都市農業に関するセミナーを開催し、具体的な都市農業の意味について基本論と実例から読み解く作業を開始しました。(詳しくは「とうきょうの自治」93号参照)
 戦後日本社会は都市への集中、とくに東京集中政策で経済発展を成し遂げたわけですが、その一方で「農業―農あるくらし」という根源的な価値=社会的共通資本を都市はもちろん地方でもないがしろにしてきました。食糧自給率40%(カロリーベース)がそれを物語っています。都市農業の役割は、そうした歴史的な総括をも包含するものです。
 都市周辺の農地と農業の活性化が進むことで「都市内部における集中から分散へ」の構造変化が生まれ、やがて国家社会のあり方として「集中から分散へ」、そして自治分権の流れにも通じるものと考えます。