【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第9分科会 平和と共生のために、自治体は……

 石狩市は、全国の市町村で初めてとなる手話基本条例を制定した。条例の制定は、人が生きていく上で欠くことのできない言語について、手話という言語を使って日常生活を送るろう者が、当たり前に自分達の言語を使って地域で暮らすことができるということをめざした、地域におけるまちづくりへの挑戦である。住民が暮らすまちにおいて、地方自治体だからこそ取り組むことができることを提言する。



手話基本条例の制定
―― これからめざすもの ――

北海道本部/自治労石狩市職員労働組合 鈴木 昌裕

1. 全国市町村初の手話基本条例可決

 2013年12月16日、全国の市町村で初となる「石狩市手話に関する基本条例」が石狩市議会で可決された。手話に関する条例は、2013年10月に鳥取県が全国の自治体で初めて制定した。石狩市は、全国の市町村では初ということで、この日の様子は、地方テレビ局各局と主要な新聞社全社で取り上げられるなど、報道機関にもその動きは大きく注目された。報道機関による注目は、「手話条例」というめずらしさに対する関心だけではなく、手話を母語としているろう者が、耳が聞こえないことにより、「おし、つんぼ」という人間として差別を受けてきた時代があること、また、手話が言語として認められず、一昔前まで、ろう者が通う学校である、ろう学校の中ですら「手話を使うことが禁止されていた」という歴史に話を触れると、多くの記者が石狩市がこれから始めようとしている取り組みに共感をしてくれ、今後も応援していますという声をいただいたことが心に残っている。そこには、私たちが社会の中でこれまで知る機会がなかった、「手話」そして「ろう者」に対する社会意識への変革を期待しているようでもあった。

  全国市町村初となる手話基本条例の成立したその瞬間を多くのみんなが歓喜した。

2. 始まりは

 「手話の条例」をつくりたい。今から数年前、現在の石狩市長である田岡市長の想いが職員へ伝えられた。しかし、その当時は、手話に関する法律や条例などはなく、市長に対する職員の反応は、「手話について、条例を制定することはなじまない。○○宣言にとどめるべきではないか」とその考えに共感する者は誰もいなかった。
 そして市長に強い決意を思わせる出来事が起こる。これまで十数年市長は、ろう者と交流を続けてきているが、2011年12月に石狩聴力障害者協会の会長から「みんなでつくる手話言語法」という一冊の冊子が手渡された。それは、財団法人全日本ろうあ連盟が手話言語法の制定をめざして作成されたものであった。市長はこの時、手話に関する条例をつくりたいという思いをさらに強くした。市聴力障害者協会の新年会や全道ろうあ者大会において「条例制定をめざしたい」と言い続け、2013年3月の市議会において、手話に関する条例を同年9月の議会に提案したいと表明をした。

3. 条例づくりの検討会

(1) 混迷する議論
 前例のない条例づくりに向けて、2013年5月に条例の検討会が設置され、市聴力障害者協会、市内の手話・要約筆記サークル団体、市身体障害者福祉協会、北海道ろうあ連盟、学識経験者の計9人のメンバーによる検討がスタートする。この時点において、検討会の事務局を担当した障がい支援課の職員には、どんな条例をつくりたいかの理念を持ち合わせていなかった。何の理念も持たない中で事務局は、第1回目の検討会に2つの柱を検討会の委員へ説明する。一つは「手話は言語であることの認知」そしてもう一つは、「聴覚障害者の社会参加の環境づくり」である。しかし、このことが混迷した議論の始まりとなる。2つの柱について、検討会の委員から「手話は言語であるということと聴覚障害者の社会参加ということを一つの条例で取り上げることに無理がある。」「この条例は誰のための条例なのか、ろう者、聴覚障害者、それとも市民全体?」「事務局は手話が言語であるということをしっかり理解していないのではないか?」こんな委員からの質問に事務局は、何の回答もできなく、また、条例が示すまちづくりの方向性を示すこともこの時点ではできなかった。

(2) 全日本ろうあ連盟
 こんな前例のない石狩市の取り組みに対して応援してくれる人たちがいた。それは、全日本ろうあ連盟と日本財団である。全日本ろうあ連盟は、1947年に設立され、ろうあ運動を通じて、これまでろう者に対する様々な社会環境の問題の提起、法律の改正を働きかけるなど、ろう者にとって大きな役割を果たしてきた団体で、現在は、手話言語法を制定するための取り組みをしており、日本財団はその取り組みの支援をしている。そんな2つの団体が、2013年5月に市長を表敬訪問し、石狩市の条例が全国のモデルとなるようになることを期待しており、石狩市を全面的に支援してくれることを約束してくれていた。
 検討会の行き詰まりを感じた検討会のメンバーと市長の両方から、事務局職員が全日本ろうあ連盟へ行くように指示がある。

(3) 誰のための条例
 検討会の宿題を持って、事務局職員は、全日本ろうあ連盟を訪れる。その宿題とは、「誰のために条例をつくるのか」ということである。事務局職員は、これまで検討会の議論の中で、メンバーから「手話はろう者の母語であり、これまでの長い歴史の中で、手話を使うことを禁じられ、また、手話やろう者に対して差別的に見られてきた時代もあり、手話を認められることは、自分達の人権が認められることである」ということを聞いてきた。「誰のために条例をつくるのか」という問いに対して、ろう者の社会環境を良くするために運動をしてきた全日本ろうあ連盟からは、「もちろん手話はろう者のものであり、ろう者のために条例をつくるべきですよ」というアドバイスがなされることを予想していた。しかし、宿題に対するアドバイスは、「手話は言語として認知して、ろう者のために条例をつくるのであれば、条例は非常に限られた対象に向けられるものとなってしまう。手話や手話を母語としているろう者の理解を広げるためには、手話を今使っている人だけではなく、これから必要になるかもしれない人、そしてそのことを石狩というまちの中で使いやすい環境をつくっていくためには、市民みんなの理解が必要であり、市民全体の条例になることが必要では」というものであった。このアドバイスがなければ、条例づくりの検討は頓挫していたかもしれない。

(4) 議論から生まれた条例の理念
 全日本ろうあ連盟のアドバイスは、検討会のメンバーにとっても自分達の進むべき小さな光を見出すことができた。そして検討会の議論をさらに進める中で、手話基本条例の大切な理念を見出すことになる。それは、ろう者を聴覚障がい者という身体的な機能の障がいを持つ人として捉え、福祉的な救済をするという従前の考え方から、障がいを個人の問題ではなく、社会の仕組みに問題があるという考え方である。車イスの利用者にとってのエレベーター、目の見えない方にとっての点字ブロックは、社会が環境として用意しているものである。そして、ろう者にとっては、手話言語が使える環境があれば、ろう者は聴覚障がい者ではなくなる。現にろう者同士が手話で会話する時に、そこになんのバリア(障壁)もないのである。

4. 条例制定後

 手話基本条例の制定後、石狩のまちには、今、予想をはるかに上回る動きがおきている。市内のスーパーからは、手話で接客できるようになりたい、消防の救急隊からは119番で現場に駆けつけた際に手話でコミュニケーションに取り組みたいと手話講習会の依頼が寄せられている。市内の小中学校からは、総合的な学習の時間を使って手話の授業でろう者と接する機会をつくりたい。その声から見えてくるものは、ただ単に手話を学習したいということではなく、手話を使って生活しているろう者のことを知りたいというこれまでにはなかった声である。条例がなければこんなにも多くの声が起きることは想像できない。そして、そんな声に対し、ろう者からは、これまで手話を使うことが禁止されてきた時代を考えると「心が生き返ったようだ」と感慨深い言葉が聞こえてくる。

小学校でも総合学習の時間を活用して手話授業が始まった。  

5. これからめざすもの

(1) 障がい者をめぐる環境
 障がい者に関する日本における法整備は、今、めまぐるしく変化をしている。障害者権利条約を批准するために、障害者基本法の改正、障害者総合支援法、障害者虐待防止法、障害者差別解消法と色々な法律が成立した。
 これらの条約の批准や法整備は、共生社会を実現するために現在、国が進めているものである。しかし、手話言語法の制定に向けての動きは、日本では言語を法律で定めた法律が存在しないなど、法制化するにあたり様々な難しさがあり、検討のスタートラインにも至っていないようである。

(2) 条例の視点
 手話基本条例は、「障がい者福祉救済条例」ではなく、手話という言語を話す市民にとっても暮らしやすいまちをめざす「まちづくり条例」と考えている。そして、条例の大切な視点は、「人は言語なしに生きていくことはできない。」そして「ろう者にとっての母語は手話である」ということである。この短い言葉から私たちは、何を想像できるかということである。耳の聞こえる日本人にとって、日本語という話し言葉は、この世に生を受けてから、両親などからたくさんの言葉のシャワーを浴びながら成長し、自然に話し言葉を習得してきた。母語である言語とはそういうものなので、言語の大切さを改めて考えることはないかもしれない。しかし、言語がなければ、物事を考え、文化を創造し、意思を伝え合うこともできないのである。そして、「ろう者にとって手話は母語である」という言葉には、手話なしに生きていくことはできないということを意味する。日本人であれば誰しも日本語で話をしてあたり前、多くの人が日本語で暮らす環境や固定観念が邪魔をして、他の言語、それも有声言語ではなく、独自の言語体系を有し、視覚言語の手話で生活をしている人がいるということを理解するには、しっかりした情報や丁寧な説明が必要になるかもしれない。

(3) これからめざすもの
 手話基本条例の制定後、始まった手話研修会や講習会に参加している方から見えてきたことがある。ろう者の講師の話を聞くみんなの眼差しに、聴覚障がい者だからかわいそう、障がい者との共生などの考えはない。そこにあるのは、手話という違う言語を話す人を自然に受け止め、新たな言葉を学ぶことによってお互いがコミュニケーションを取ることができるようになるという喜びである。私たちは、これまでろう者と出会い、ろう者から話を聞く機会がなかっただけかもしれない。そこには、「共生」という言葉を越える自然な形での人と人の繋がりが生まれている。地域で暮らす色々な人たちにとって住みやすいまちをつくっていくことは、市の責務である。石狩というこのまちにおいて、手話という言語を話す人が暮らしやすいまちをつくっていくという地方からの挑戦が始まった。そして、手話という言語を通じて、垣根のないあたり前の社会が実現できた時、この条例は役割を終えているだろう。そんな社会をめざしてその取り組みがスタートした。

資 料

平成25年12月19日
条例第36号
 
石狩市手話に関する基本条例
 

 言語は、お互いの感情を分かり合い、知識を蓄え、文化を創造する上で不可欠なものであり、人類の発展に大きく寄与してきた。
 手話は、音声言語である日本語と異なる言語であり、耳が聞こえない、聞こえづらいろう者が、物事を考え会話をする時に使うものとして育まれてきた。
 障害者の権利に関する条約や障害者基本法において、言語として位置付けられた手話を、市民が使いやすい環境にしていくことは、市の責務であり、今こそ、その取組を進めていくことが必要である。
 ここに、手話を言語として認知し、市民が手話の理解の広がりを実感できる石狩市を目指し、この条例を制定する。
(目的)
第1条 この条例は、市民の手話への理解の促進を図ることにより、地域における手話の使いやすい環境を構築することで、手話を使用する市民が、手話により、自立した日常生活を営み、社会参加をし、及び心豊かに暮らすことができる地域社会の実現に寄与することを目的とする。
(手話により意思を伝え合う権利の尊重)
第2条 市民は、手話により相互に意思を伝え合う権利を有し、その権利は尊重されなければならない。
(市の責務)
第3条 市は、市民の手話に対する理解を広げ、手話を使いやすい環境にするための施策を推進するものとする。
(市民の役割)
第4条 市民は、手話の理解を深め、市が推進する施策に協力するよう努めるものとする。
(施策の推進方針の策定)
第5条 市は、施策を推進するための方針(以下「施策の推進方針」という。)を策定するものとする。
 2 施策の推進方針は、市が別に定める障害者に関する計画との調和が保たれたものでなければならない。
 3 施策の推進方針においては、次の事項を定めるものとする。
   (1) 手話の普及啓発に関する事項
   (2) 手話による情報取得及び手話の使いやすい環境づくりに関する事項
   (3) 手話による意思疎通支援の拡充に関する事項
   (4) 前3号に掲げるもののほか、市長が必要と認める事項
 4 市は、施策の推進方針を定め、又はこれを変更する時は、あらかじめ、手話を使用する市民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。
 5 施策の推進方針は、これを公表するものとする。
(財政上の措置)
第6条 市は、手話に関する施策を推進するため、必要な財政上の措置を講ずるよう努めるものとする。
(委任)
第7条 この条例の施行に関し必要な事項は、市長が別に定める。
 附 則
(施行期日)
1 この条例は、平成26年4月1日から施行する。
(検討)
2 市は、この条例の施行後3年を目途として、この条例の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて、必要な見直しを行うものとする。