【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第13分科会 自治体からはじまる地域教育へのチャレンジ

 図書館は本を貸し出す役割だけでなく、地域の情報拠点・まちづくりの拠点としての役割も担いつつある。地域とともに生き、また地域を活性化する現在の図書館。その姿を具体例も交えながら説明する。



まちづくりの拠点としての図書館
―― 新たな図書館の役割とその可能性 ――

佐賀県本部/基山町職員労働組合・図書館係 江上真太郎

1. 図書館のイメージ

 皆さんは図書館という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか?
 たくさんの本、古びた本棚、張りつめた静寂の空間の中で、真剣な表情で黙々と本を読む大人や勉強する学生たち。40歳を過ぎた私にとってかつての図書館はそんなイメージだった。多少の違いはあれど、皆さんにとっても案外それに近い印象があるのではないだろう? しかしながら図書館は今、大きく変わり続けている。その現状を図書館に勤務して3年過ぎた今、元図書館利用者として、また今現場にいる職員として書いてみたいと思う。
 最初に書いた通り図書館は確かに多くの本が並ぶ所だ。そして倉庫一杯に古い本が保管されている。だが図書館は古い本だけでなく、運営する自治体によって多少差はあるとしても、毎週たくさんの新刊が入ってくる。それは図書館が地域の情報の拠点としての役目を持っているからだ。情報は長い期間に積み上げられ価値を持つが、それは量だけでなく鮮度も無ければ意味を成さない。ましてやインターネットという膨大な情報網が広がり、従来と比べ大量にそして速く情報が伝達される現在、図書館においても情報の鮮度は必要不可欠なものとなっている。そのため図書館は地域の住民の方に向けて、限られた予算の範囲内ではあるが、新刊を準備している。もししばらくの間図書館から足が遠のいている方がいれば、是非一度近くの図書館に足を運んでほしい。きっと驚くはずだ。図書館には新しい本が並んでいる。ただその変化が普段使わない人には目立たないだけだ。

2. インターネット時代の図書館

 極論だが、皆さんの中にはこのインターネットが普及した時代に、図書館は不要ではないかと考える方もおられるかもしれない。インターネットは確かに便利だ。特に検索に強く、グーグルやヤフーなどの検索サイトが充実してきた今、多くの若者は辞書を捨て、本を読むのを止め、大抵のことをネット検索で済ませるようになったと思う。しかし気づけば何もかもネットの情報で満足するようになってはいないだろうか? Wikipediaでのキーワード検索、検索サイトからの情報。情報収集の際、大抵はそれで事足りる(ように思える)。けれどよく考えると、あなたは先程検索した時間でどんな情報を得ただろうか? ニュースのトピック? エクセルの関数の情報? スマートフォンのアプリの情報? 料理のレシピ? あるいはアマゾンが薦める魅力的な商品? スマートフォンを片手に、手軽に素早く情報を収集しているようで、実は数時間も過ぎれば大して記憶に残らないような情報ばかり収集していることに、私は時々愕然とするところがある。ネットは確かに手軽だが、実は深みのない情報ばかり見ることも多いのである。それは何故か? 検索サイトでは情報の正確さや重要度ではなく、関係するリンクの数や検索サイト独特のルールに則ったものが優先的に上位に表示されるからだ。それは本のように編集者や出版社が、掲載される内容を厳しい目で磨き、選び抜いた上での情報とは違う。誰でも簡単にネットに情報を載せられるウェブの世界では、情報量が多すぎて、目にするものが本当に必要で的確な情報かどうかを選び判断をするのが難しくなっている。簡単に情報を見つけているようで、実は有用な情報の選択には思いのほか時間がかかっていることも多い。
 そしてもう1つ、インターネットでよく使う「キーワード検索」には大きなデメリットがある。それは自分が興味があること、あるいは知っている言葉しか検索できないことだ。書店や図書館の本棚を見て、ふと気になった本を手に取った経験はないだろうか? それは自分が興味があると気づかなかった分野であるかもしれない。気になるということは、実はあまり意識していないが、潜在的に自分が必要であると感じている情報であることが多い。本棚に並ぶ本はインターネットの情報に比べ、一見量が限られているように見えて、実はそれを目にする人にとって選択する幅を拡げている。意識しないニーズや新たな視点を拡げる働きがある。本が並ぶ棚にはそういった力がある。そしてその本棚を作る仕事が図書館職員の大きな役目でもある。

3. 図書館の力

 図書館職員は、図書館に大量にある本の構成を理解し、時代のニーズにあったものを偏りなく選別し、追加し、また長い目で考え、利用や価値の少なくなったものを削除し、価値ある本によって構成された知の情報網をつくり上げる。図書館を利用する人々は、その選び抜かれた情報を目にし、手に取り、自らの知識と能力を発展させていく。それが生涯学習施設としての図書館の大きな力である。幼き頃に読書の習慣を学び、何事にも不可欠な読解力と情報を収集する力を習得し、物語などに接することにより他人の気持ちに共感する力を育て、やがて社会に出てその力を図書館の本を読むことで更に成長させていく。それこそが図書館が求められている役目といっていいだろう。もちろんデジタルの情報も軽視している訳ではない。インターネットの情報も今や欠かすことのできない重要な情報源である。しかし先程書いたような問題もあること、また質の高い情報源は有料でなければ入手できないものも多いこと、そして誰もがコンピュータを利用できるわけではないことも無視はできない。図書館には今でも本を情報収集の主な手段として利用している人が数多く来られる。デジタル・本双方の活用が今後は求められる。そしてそのためにどんな情報や本を選び揃えていくかということは、図書館職員の力が大きく影響してくる。しかしながら今、その力に深刻な影響が出ている。

4. 図書館と指定管理者制度

 指定管理者制度導入により、図書館の民間委託が次第に進んでいる。佐賀県の隣にある福岡県では相当数の図書館がその全機能あるいはカウンター業務など一部の機能を委託している。そして佐賀県では今のところまだ導入はあまりないが、少しずつその波が押し寄せている。では指定管理者制度の何が問題なのか? そのことに少し触れてみたい。指定管理者制度は民間のノウハウを活用することで、公共機関が行うよりもよりよいサービスを実施できる場合に導入する意義があるということになっている。民間のノウハウ、その言葉だけ聞くと全てにおいて優れたもののように聞こえる。しかし現実はどうだろうか? 今まで図書館に精通した職員で構成されていたものが、短期間の臨時職員や原則5年が上限の嘱託職員に替わることになる。当然、長いスパンで図書館の情報の構成を考えることはできなくなる。私も実際に勤務してみてよくわかったことだが、小さな図書館でさえその中にある本の構成を把握することはとても数年でできることではない。そしてそれは図書館を使う地域の住民の知に大きく影響を与える。しかも民間のノウハウとは聞こえがいいものの、実際選ばれる業者というのは皆さんもご承知の通り、契約額を安く抑える業者である。それは結局のところ人件費の削減につながる。契約を請け負うところは契約を勝ち取るために人件費を今より安く、更に安くと押さえ込み、その差額で利益を得る。それはつまり働く者の環境を一層劣悪なものとし、結果優れた人材は長く留まらない、いや残ることのできない業界に変えていくことを意味する。そして更に深刻なのは、地域の知の拠点である図書館の質が下がることにつながることである。周知のとおり現在世界の苛烈な技術競争の中で、日本は厳しい状況に陥っており、それに太刀打ちできるためには一層の創造力や知の向上が求められている。しかし図書館の質の低下はその知に大きく影響をあたえる問題となる。想像していただきたい。選び抜かれた優れた本の集められた棚が、まるでどこかのコンビニで見かけるような味気ない本の並ぶ棚に置き換わる様を。佐賀県伊万里市の図書館や福岡県の苅田町の図書館は、選書に力を入れ、優れた本が本棚にまるで光り輝くように並んでいる。優れた図書館はそういった環境を提供できる。人は同じ能力を持っていればあとは置かれる環境がその成長を大きく左右する。図書館は今その優れた環境としての質を失いかねない危機に瀕している。

5. 現在の、そしてこれからの図書館

 指定管理制度の問題は他にもあるが、その前に現在の図書館の動きについて書いておきたい。
 図書館は今、単なる本の貸出施設という昔のイメージから大きく脱却しつつある。図書館は年齢を問わず老若男女全てが無料で利用できる施設であり、それはつまり誰もが気軽に足を踏み入れることができる場所ということになる。現在日本では核家族化、地域のつながりの断絶による人間関係の希薄化、そして急速に進む少子高齢化により世代間の交流も断絶し、孤独死や無縁社会とも言われる問題などが山積みとなっている。図書館はそれに対して一つの解を出すことができる。それは誰もが気軽に足を踏み入れ、様々な人と交流する公共空間を創りだすことである。
 これからの図書館は子どもたちが学校帰りに寄って、両親が家に戻ってくるまでの間、本を読んだり絵を描いたりし、また図書館にいる他の住民の方と交流することができる空間を創り出せる。また4人に1人が高齢者になると言われる程の超高齢化社会において、高齢者の方が図書館に来ることでいろんな人と出会い、やりたいことを一緒に見つけ行う、自己実現の場とも成りうる。特に退職後に社会との接点を見失った方や、様々な理由で家族を失い1人孤独になってしまった方にとっても、図書館は誰かと出会える場所になる。図書館で行われるイベントも、様々な個性を持つ地域の住民の方と一緒につくり上げることで、住民参加による自己実現・地域活性化につながるものとなる。このように図書館は「本を読む」という基本的な働き以外に、交流の場としての空間を用意することができる。考えていただきたい。何か箱物を用意し、さあ使ってくださいと行政が呼びかけたところで、一体どれだけの人が利用するだろうか? それはとても難しいことである。人々がそこに足を運ぶには何かのきっかけがいる。図書館で考えるとそれは本を借りにくることであり、本を読む場所であり、図書館で開催される様々なイベントであり、何かと忙しい家をしばしの間離れ、ゆっくりと一人の時間を持てるという空間でもある。図書館にはそういった力がある。つまりこれからの図書館は情報の拠点だけでなく、地域の人々が交わる拠点、それはつまりまちづくりの拠点としての機能を持っていくのである。そしてそのことを既に実現している図書館もある。長野県の小布施町にある図書館「まちとしょテラソ」、図書館の職員が地域とつながりまちづくりをサポートする「滋賀県の愛知川図書館」。そして世界でもデンマークをはじめとする北欧などの図書館は、人々の生活に密着し、人々が出会い交わる場所としての空間を作り出している。少子化による子どもたちのコミュニケーション能力の低下、高齢者の生きがいづくり、希薄化する人々の出会いの場の創出。優れた図書館を作ればそういった現代の深刻な課題を解決する大きな力となりうる。私の勤務する基山町立図書館でも2013年度に、住民の方と一緒に地域の歴史を紹介した地域歴史漫画を作成し、町内に全世帯配布を行った。この作品はとても行政だけで作ることは難しく、地域の歴史研究団体や地域のイラスト作家の方との協働であるからこそ完成したものだと思っている。地域の力をお借りし、また作っている人も読む人も楽しめる地域活性化の一手段だと思っているが、これは生きた情報が行き交う地域の図書館のカウンター越しの会話から生まれたものである。

6. 指定管理者と直営の意義

 さて指定管理者制度の話に戻ろう。指定管理者制度の何が問題か。1つは先程上げたコストカットだけに特化し、長い視点を持ち知的情報環境を作ることができなくなる点である。またそれとは別に、今書いたようなまちづくりの拠点としての図書館を作るには適さないといった点がある。まちづくりの拠点とするためには図書館政策のビジョンが不可欠である。地域の人のおかれた状態、それをどう把握し、つなげ、地域を活性化する空間を作っていくか。そのためには行政によくある、「契約したので、あとは予算内でうまく管理してください」という手法では行うことができない。地域を活性化するには地域の住民と直接つながることが不可欠である。図書館のカウンターで話す何気ない会話の中で、住民は自分が望んでいること、やってみたいこと、町に望むことを様々な形で表現する。図書館の職員はそれを敏感に察知し、今まちに求められていることは何か、どういったことをすればまちは活性化するのかを考え計画し、図書館の空間を作り上げる。そのためには普段から地域の人々と交流し、時にはイベントなどで力をお借りするためにあちこちを駆けまわる必要もあるだろう。そしてそうやって描いたビジョンを企画として提案し、必要に応じた予算と職員の協力を得て地域を活性化する。このことは現在の指定管理者制度ではほとんど不可能である。コスト面で考えても利益にはつながらないし、例え計画・立案しても契約に入っていないことは行うことはできない。意志のある主体的なまちづくりを行うにはやはり自治体職員が自ら現状を感じ、考え、動くことが必要となってくる。
 福岡県の小郡市立図書館では一度指定管理者制度に移行したが、結局直営に戻っている。指定管理者として提案してもなかなか承認されることはなく、手続きも時間がかかり、能動的に動くことが難しいということが理由の1つであったという。また指定管理者制度を導入したある図書館の職員の話では、切実に必要と思うことを行政部局に説明しても、契約に入っていない、予算がない、その範囲でどうにか問題ないようにやってくれという説明を繰り返し受けるだけだったという。これでは意志のまちづくりの拠点としての図書館の運営には程遠いように思われる。
 皆さんの中には、指定管理者制度、あるいは民間委託で成功している事例もあるのではないか? といった声もあるだろう。例えば今話題となっている佐賀県武雄市の図書館。カルチャア・コンビニエンス・クラブとの連携で、スターバックスを全面的に押し出し、お洒落な図書館として多くの注目を集めている。私自身も何度か足を運んだが、確かに今までなかったほどの利用者の数の多さに驚かされた。図書館に話題性を作り、今まであまり利用しなかった人にも行ってみたいといった空間を作ったということに関しては一定の評価があるだろう。特にどこの図書館でも悩みの種である若い世代の利用が多いことでは注目する点がある。学習室で学ぶ学生の姿も多い。ただしいくつかの疑問点がある。利用者の多くは武雄市外の方であり、図書館というものはまずそこに住む地域の人が読書したり、思索をしたり、学んだりする空間である。地域の方が毎日利用しやすい生涯教育施設としての働きはどうなのか、観光施設としての武雄市の活性化に重点が置かれすぎているのでないかという気もする。次にこれからますます増えていく高齢者の利用をあまり意識されていないのではないかという印象も受ける。どこの図書館でも平日の利用者は高齢者が圧倒的に多い。そしてこれからは4人に1人は高齢者である。その方たちにとって果たして本当に利用しやすい空間になっているのか? という気はする。とはいえあれほどの注目を惹きつけられた図書館のイメージ戦略としては、確かに学ぶ点は多々ある。従来の図書館は幅広い層へのPR活動はかなり不足しているように思えるからだ。しかし私が一番危惧しているのは、市長のビジョンゆえに完成できたあの武雄市立図書館だが、市長が変わればどうなるのか? そのビジョンを維持し続けられるのかということである。図書館は10年先、20年先を見据え、地域の人に役立つ情報を構成し、提供していく必要がある。そのためには結局のところ市長が誰であろうと変わらず、自ら考え地域のためにサービスを提供し運営していく職員の力が求められる。仮に図書館に関心のない方が組織のトップになった場合でも、図書館の役目、そしてそれが与えるまちへの影響、そういったものを職員が常に提示し、訴え、運営し続けることが何より不可欠である。そういったことは現状の指定管理者制度では相当に困難であると私は感じている。

7. 図書館そして行政の意識

 国、地方ともに置かれる厳しい財政状況、増大する社会保障費、進む少子高齢化、これから地方は国とともにますます困難な時代を迎える。しかし何もかもがコストカット優先ではなく、なぜその業務が大切なのか、なぜ必要なのかという将来のビジョンを踏まえ、常に提示し、共に考え続けていくことがこれからの自治体職員には求められると思われる。そしてそれは図書館だけではなくあらゆる行政についても同じではないだろうか。失われたものはあとでは取り返せない。そういう意味でも職員、つまり組合員一人一人の今いったような意識は重要であると感じる。