【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第13分科会 自治体からはじまる地域教育へのチャレンジ

 初等・中等教育で使用される教科用図書は4年ごとに決められる。石垣市、竹富町、与那国町で構成する八重山地区においても、八重山地区採択協議会が検定に合格した教科書を調査研究し、地区全体で一教科一種目につき一種に絞って、答申する作業が進められたが、協議会の会長を務めた石垣市教育長の恣意的な協議会運営に端を発し、八重山地区内の教科書採択は分裂状態に陥った。その経過と問題点を報告し、今後教育問題にどのように向き合っていくのか、考える一助にして頂きたい。



沖縄・八重山の教科書問題
―― 狙われる教育 ――

沖縄県本部/石垣市職員労働組合

1. 八重山教科書問題の概要

 初等・中等教育で使用される教科用図書は4年ごとに決められる。2011年は翌年から使用する中学校の教科書を選ぶ年であった。石垣市、竹富町、与那国町で構成する八重山地区においても、八重山地区採択協議会(以下、「協議会」。)が検定に合格した教科書を調査研究し、地区全体で一教科一種目につき一種に絞って、答申する作業が進められた。
 しかし、6月からはじまった協議会の選定作業は、協議会の会長をつとめた玉津博克・石垣市教育長が、独断で協議会規約の大幅な改訂、協議会委員の入れ替え、さらに規約に違反する運営を進めた。教科内容に精通した現場教師(調査員)による調査研究の結果を無視し、教科書内容についての実質的な議論を阻止し、会議そのものを非公開とするなど、徹底して教育現場や市民に背を向けたのである。8月23日、8人の協議会委員のうち5人の賛成により育鵬社出版の公民教科書が採択され、各教育委員会に答申された。
 石垣市と与那国町の教育委員会はこの答申にしたがって育鵬社版に決定したが、協議会の選定方法や協議内容を疑問視した竹富町教育委員会(以下、「竹富町教委」。)は、独自に教科書の調査を行い、結果として育鵬社版を否決し、調査員の評価が高かった東京書籍版に決定した。このことにより、八重山地区は分裂状態に陥った。
 9月8日、沖縄県教育委員会の指導助言により、八重山地区の全教育委員が協議して公民教科書の一本化が図られ、東京書籍版の採択が決定した。しかし、文部科学省はこれを認めず、竹富町教委に対し、東京書籍版の無償配布を拒否した。

2. 教科書の採択制度について

 教科書の採択とは、学校で使用する教科書を決定することであり、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」で、その権限は、公立学校については市町村や都道府県の教育委員会に、国・私立学校については採択の権限は校長にあると定めている。
 同時に「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」(以下、「無償措置法」という。)にも採択に関する定めがあり、都道府県教育委員会は、採択の対象となる教科書について教科用図書選定審査会を設置し、科目ごとに調査・研究し、選定資料を作成し、それを採択権者(市町村教育委員会)に送付する。
 単独採択地区の市町村教育委員会は、都道府県の選定資料を参考にするほか、独自に調査・研究したうえで一種目につき一種類の教科書を採択する。複数市町村で構成する共同採択地区については、採択地区内の市町村教育委員会は協議して種目ごとに同一の教科書を採択しなければならないと定めている。
 共同採択地区では採択地区協議会を設け、教員などから成る調査員に調査・研究を委嘱し、その調査・研究結果を選定の参考にしながら、協議会で採択のための教科書を選定し、各市町村に答申として報告する。各市町村教育委員会は、この答申に基づいて使用する教科書を採択することとなる。

3. 八重山教科書問題の経緯

(1) 準備された「つくる会」系自由社・育鵬社教科書採択運動
 2010年12月、自民党は地方議員に対し、翌年の2月議会に向け、教科書採択について通達を出し、「つくる会」系教科書の採択運動をすすめた。同時に、侵略戦争美化の「新しい歴史教科書をつくる会」から分裂した「日本教育再生機構」が育鵬社公民教科書をつくり、自民党と一体に採択運動を展開した。

(2) 八重山の政治社会状況
 八重山地区は、米軍基地や自衛隊駐屯地などの施設がなく、また先の大戦で凄惨を極めた沖縄戦においても、沖縄本島と比べ、厳しい地上戦の歴史がない。そのため、基地問題等への意識は、沖縄本島住民より希薄と言える一面がある。
 2010年3月、石垣市は16年間続いた革新市政から自民・保守市政に変わり、加えて同年に改選された石垣市議会で与党が圧倒的多数を占めた。そのような政治情勢下で、保守首長を支持すると明言する玉津博克氏が教育長に就任した。その後、教科書採択を巡り、数々の問題が指摘された同教育長であるが、与党多数を下支えに、二転三転する議会答弁さえをも、厳しい追及を受けることなく現在に至る。
 さらには、同年9月には尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起き、大々的に繰り返される全国的なテレビ・新聞報道により、住民生活とは何の関わりもなく、そればかりか意識さえもされていなかった尖閣諸島が、住民にも国境と意識されるようになってきた。
 また、八重山の一つである与那国町は、過疎化対策として自衛隊部隊配備の誘致を進め、住民間で意見が対立している地域である。
 自衛隊の活動を評価し、国防意識を育て、憲法改悪をすすめる教科書、教育を狙う政治勢力の動きが今回の騒動の背景にある。

(3) 2011年八重山採択地区の異変
 八重山教科書問題の起因は、協議会会長である石垣市教育長らが育鵬社選定のため恣意的に規約改正をし、協議会委員から教員関係者を排除し、選定の方法を変更したことにある。その結果、調査員の調査結果では、マイナス評価が最も多い最低評価の育鵬社教科書が、十分な審議もなく選定・答申されたことになった。石垣市教育委員会(以下、「石垣市教委」。)は多数決により、そして与那国町教育委員会(以下、「与那国町教委」。)も答申に沿って、育鵬社を採択した。
 一方、竹富町教委は選定・答申に疑義を持ち、育鵬社を不採択、調査員の評価が高い東京書籍を採択した。この結果をうけて、協議会規約に則り再協議するも変わらず、三市町教委で異なる採択となった。
 そこで、2011年9月8日、文科省、県教委の指導助言のもと、三市町教委合意の上、教育委員全員による協議(以下、「9・8協議」。)が行われ、育鵬社を不採択、東京書籍を採択した。ところが「石垣市の採択は変えない」とする石垣市教育長と9・8協議を途中退席した与那国町教育長は、9・8協議は無効との「通知」を文科省に送付した。
 文科省はこの「通知」を根拠に「協議は整っていない」(9月13日)「石垣市、与那国町は無償給付の対象、竹富町は対象外」(10月27日)との判断を示した。
 この判断の裏には、当時野党であった自民党文部科学部会の下村博文、義家弘介議員らの圧力があった。この文科省の対応が、協議を拒否する石垣市教育長や与那国町教育長にお墨付きを与え、三市町教委の主体的な一本化の協議を阻害し続ける結果となっている。

(4) 安倍政権下での不当な指導、是正要求
 安倍政権発足後、文科省は「竹富町教委は無償措置法に違反している」と2013年3月の義家政務官による不当な指導を行い、さらには10月18日、県教委に対し「是正要求指示」を行った。県教委は、竹富町教委の判断を尊重し、三市町教育委員会の主体的解決を求めて「是正指示」を出さずに静観した。それに業を煮やした文科省は、2014年3月14日、竹富町教委に対して地方自治法に基づく「是正要求」を行った。
 文科省はこの間、竹富町教委に対し、「協議会の答申と規約に従ってまとめられた協議の結果」に従うよう求めてきたが、この「協議の結果」は、あくまで答申として育鵬社を選定したことにあり、答申に拘束力がないことは、2011年10月26日、衆議院文部科学委員会の山中政府参考人による、「これは拘束するということではなくて、……採択地区協議会の出した答申とは別の教科書というものを市町村教育委員会が協議して採択するということはあり得る。」との答弁からも明らかである。
 現に、2009年には愛媛県今治採択地区で、二市町教育委員会が歴史、公民は答申(東京書籍)と異なる同一の教科書(扶桑社版)を採択している。2011年度には神奈川県藤沢市、横浜市、広島県尾道市、大阪府東大阪市、愛媛県今治市が答申と異なる採択を行ったがいずれの場合も無償給付されている。
 文科省はこれまで、教科書の採択権限は各教育委員会にあるとの立場に立っており、竹富町教委の教科書採択についても、「地方公共団体が自ら教科書を購入し、生徒に無償供与することまで法令上禁止されていない」(2011年10月26日、中川正春文科大臣の衆院文部科学委員会での答弁)と、竹富町教委の教科書採択行為に違法な点や不適正な点がないことを自ら認めていた。現在、竹富町では住民らの寄贈による東京書籍が生徒に無償で配布されており、何ら混乱も不都合も起きておらず、この是正要求こそが教育現場に混乱を引き起こすことになる。
 文科省が是正要求を出す根拠はどこにもなく、文科省の不当な政治介入、地方教育行政への強権的介入でしかない。竹富町教委が無償措置法に違反しているというなら、石垣市教委、与那国町教委も違反である、9・8協議が無効というなら、改めて同一の教科書を採択するために協議を行うことが法の求める解決方法である。文科省の「石垣市、与那国町は無償給付の対象、竹富町は対象外」という措置こそ無償措置法、義務教育の無償を謳う憲法に反しており是正すべきものである。

4. 教育・教科書の危機

(1) 法改正で問題は解決するのか
 文科省は無償措置法の一部改正を行い、共同採択地区内の市町村教育委員会は、規約を定めて採択地区協議会(現在の採択地区協議会とは別次元の組織)を設け、その協議の結果に基づいて種目ごとの同一の教科書を採択しなければならないとし、その組織運営については政令で定めるとした。2015年の中学校の採択時から適用され、採択地区の設定と採択理由の公開については2014年4月16日の公布と同時に施行された。
 この法改正をうけ、竹富町は八重山採択地区から離脱し、単独採択地区となり意向を固め、県教委と調整の結果単独採択が認められた。しかし、法律は遡及適用されることは無く、今回の八重山教科書問題は未解決のままである。また、改正後の共同採択地区では、政令の内容いかんでは、採択地区協議会の協議・選定が各教育委員会の採択を拘束し、採択権を侵害するという問題もはらんでおりその動向を注視する必要がある。

(2) 教科書はだれが選ぶのか
 現在の法律では、教育委員会に採択権があるとされているが、アメリカ、ドイツでは学校、イギリス、フランスでは教師、フィンランドでは学校と教師に教科書採択の権限がある。国際的には、1966年、日本政府代表も賛成して採択されたユネスコの教員の地位に関する勧告61項で、「教員は、……教材の選択および使用、教科書の選択ならびに教育方法の適用にあたって、不可欠の役割を与えられるものとする」と示されている。
 日本では、1997年と2009年の閣議決定で、「適正かつ公正な採択を確保しつつ、学校教育の自主性、多様性を確保することの重要性も踏まえ、将来的には学校単位での教科書採択の可能性も視野に入れて、教科書採択地区の小規模化を検討する」としている。採択単位が小規模・学校単位になった場合も、それ以前であっても大事なことは「適正かつ公正な採択」がなされ、「学校教育の自主性、多様性を確保」されることが重要である。教員が自主的に子どもたちに適した教科書を選ぶ力を磨き、地域社会は適正・公正に採択が行われているかを見守る役割を果たす。これが八重山教科書問題から、学ぶべき課題である。
 現在、安倍内閣がすすめる教科書検定の変更、道徳の教科化など侵略戦争美化の「愛国心」教育の押しつけと教育委員会の独立性を奪う法改正が強行されようとしている。教育委員会制度が変えられると、首長が国の方針をもとに「教育大綱」を決定し、教育委員会を従属させるようになってしまい、憲法に保障された教育の自由と自主性を侵害する恐れがある。

5. まとめ

(1) 住民運動が問題点を暴き出した
 八重山教科書問題では、協議会の規約改正や杜撰な運営が表面化すると同時に、労働組合、元教育長や教員を中心とする「子どもと教科書を考える八重山地区住民の会」が発足し、学習会の開催、要請行動、協議会傍聴、署名活動、情報収集等に大きな力を発揮し、石垣市教委では協議会の規約改正や委員の選任について、正式な議論がなされていないこと、規約で定める協議会への諮問がなされていないこと等を暴き出した。さらに竹富町においては「竹富町の子どもに真理を教える教科書採択を求める町民の会」が発足し、東京書籍の無償給付を求める署名1,916筆を集めた。これは、5つの島々に分かれてくらす竹富町の人口の半数にのぼる数を、わずか5日間で集めたことになり、特筆すべきものである。
 住民運動が果たす役割は、とき、場所、テーマなどにより、多種多様であろうが、共通して言えることは、世論形成に最も大きな力を発揮するのではないだろうか。

(2) 政治と教育
 2014年6月には小学校の、2015年には中学校の使用教科書の採択が行われる。
 2015年4月から使用される小学校社会の教科書は、4社すべての出版社が尖閣諸島と竹島をめぐる問題を記述した。「日本固有の領土」との表現も初めて登場した。これは、表向きは出版社側の自主的な動きと言うことだが、愛国心育成を重視する安倍政権への配慮とみるべきだろう。
 政権の思惑で教育環境が変化する状況は異様だ。安倍政権の教育への介入は、歴史認識の問題とも相まって、中国や韓国との間で不協和音を招く要因になっており、直ちに教育への政治介入に終止符を打つべきである。
 教科書採択、特に歴史や公民と言った、思想や個人思想に影響を及ぼす可能性の高い教科については、より中立性が高く、歴史に忠実なものが選定されるべきであることは当然ながら、選定過程においては、教室で生徒たちと向かい合い、授業を行う教員の意見も反映されるべきである。現場教員の自由で充実した教科書・教材研究を奨励し、政治的圧力や行政権力による介入を排して、透明性の高い民主的な採択方法によるべきである。
 石垣市及び竹富町の住民の会の活動は継続し、採択の状況を注視していく必要がある。

(3) 最後に
 先に述べたように、八重山教科書問題の主因は、革新市政から保守市政に変わった時点にまでさかのぼる。さらに、米軍基地や防衛問題に対し、沖縄本島住民の感覚とは一線を画す八重山地区が舞台となった。
 沖縄本島から約500km離れた島々も沖縄県であり、その沖縄県の自治体で育鵬社版の教科書を採択するインパクトの大きさは計り知れないだろう。
 その視点から、この教科書問題で住民運動に取り組んだ人々は、「狙われた」という意識を強く抱いている。教科書採択や教育問題に限らず、政府・国が企図する政策を推し進めようとするとき、その狡猾さ、周到さに立ち向かうことは、並大抵のことではない。
 その時、労働組合はどうあるべきなのか。どのように住民と向き合い、連携を深めていくのか。労働組合、そして組合員は、真摯に取り組む必要がある。