【レポート】

第39回静岡自治研集会
第3分科会 高齢者に優しい各自治体・地域の取り組み

 人口減少は様々な分野に影響を与えているが、公共交通も人口減少と同時に生ずる利用者の減少により経営の悪化という深刻な問題を抱えている。富山県においても同様の傾向があり、公共交通の利便性向上を図りながらサスティナブルな県民の足として定着させるためこの間様々な取り組みがされている。2015年北陸新幹線が金沢まで運行されることにより、並行在来線の存続が困難になり、第三セクター「あいの風とやま」鉄道として、県と沿線自治体が基金を組み存続させた。また、富山市のLRT事業はJR富山港線を軌道化したものである。現在は「あいの風とやま」鉄道の富山駅高架化事業が2020年に完成し、JR鉄道により分断されてきた富山市北部・南部の交通網が改善の流れにあり、東西に延びる新幹線と在来線の高架下をLRTが南北に縦断する未来的な交通体系を実現した。このように県民・市民・来訪者の移動手段を確保するため、利便性を向上させ、利用者の確保を図り持続性を持たせる政策を推進しているところである。今回ご紹介させて頂く「とやまロケーションシステム」は県内全域のバスの位置をスマートフォン等から知ることが可能なシステムを県が主導し構築した全国でも希少な事例であり、これは都会ではない一地方都市が、人口に見合った運行頻度で何とか利用者のサービス向上を図り、少しでも安心してバスを待ち・乗れるというサービスに着目して構築したシステムである。頻繁に運行されている大都市圏では、ある意味必要すら感じないものかもしれないが、通勤通学時間帯を除き1時間に1本程度しか運行する体力がない本県において、確実にバスに乗ることが可能なシステム構築はとても重要な選択肢になった。確実にというと不思議に思うかもしれないが、富山県は積雪地であり雪によるバスの定時性の乱れが頻繁に起こり、5分も遅れると、もしや乗り遅れたのではないかという不安が付きまとうのである。そして、バス停で真っ白になってバスを待つ利用者の姿が幾度となくみられる状態になる。こうした環境の下で何とか不安を解消し、県民生活に欠かせないバスという公共交通移動手段をより、使いやすく快適にしようという試みであることを冒頭ご紹介させていただきたい。



とやまロケーションシステム

富山県本部/富山県議会議員 岡﨑 信也

1. とやまロケーションシステムとは

 とやまロケーションシステムは、富山県が主導し2019年11月に本格稼働し、県内で運行される全てのバスの位置情報をPCやスマートフォンに提供しています。
 とやまロケーションシステムの効果を述べると以下の通りに集約できると考えています。
① バスの運行情報をリアルタイムで知ることができるため、降雪時などバスの運行が心配な場合も安心して待つことができる。また、バス経路の地図が示されるため、自分の目的地がどのバス経路にあるのか知ることが可能であり、安心して乗れるバスを実現しています。
② バスの運行状況が把握できることから、バス停で待つ必要が無くなります。お家やショッピングセンターなどでバスを待ち、バスが来る頃を見計らってバス停に向かう、そんな利用を可能にしました。これによりバス停に上屋などの余分な設備投資をする必要がなく、目印程度のバス停で済むことになります。この結果事業者の手により古びたバス停留所目印が一斉に事業者により更新されました。
③ 上記の結果、バス停を固定化しない、運行経路の変更が可能になります。街は年齢とともにニーズを変えていきます。最初は通勤する大人やその子どもたちが通学に使い、そして年齢とともに通学していた子どもたちが自宅を離れて生活するようになり、通勤していた大人達は退職し、余暇や買い物、通院へと使用目的が変化していきます。さらに年齢を重ねると、バス停までの距離を身近にという要求が高まってきます。つまり、バスの経路に自由度を持たせる必要があり、そのためにはバス停を固定化しないということが今後重要なテーマになりえると思います。
④ バス停のmapコードをオープンデータ化したことで、NAVIタイムなど様々な交通アプリにおいてバス停までの誘導が可能になりました。
⑤ バス位置情報の提供については、先進的な県内自治体が独自に企業と連携し運営していましたが、メンテナンスに多額の費用が掛かっていました。県が主導することで自治体の負担が軽減されました。このことは県議会において公共交通をテーマにした政策討論委員会に向けた県内自治体の視察と聞き取り調査により明らかになったことでもあります。
⑥ デジタルサイネージやケーブルTVへの情報提供で、病院などで屋外に出ることなくバスを待つことが可能になりました。
 私は、このシステムの導入を県内議員で唯一主張し、10年にわたる富山市議会、県議会活動の中で実現させました。同僚議員からは執念の成果と評価されていますが、私はこれからの交通インフラの基盤になりうるものとして確信を持って議会論戦してきた結果と受け止めています。情報社会が深化し近い将来に自動運転技術が確立されると考えますが、何らかの事象により公共交通の定時制に乱れが発生する可能性は否定できません。悪天候や災害時にも移動手段の情報を確実にサービス提供することは将来的にも変わらないと考えるからです。

2. システム稼働までの経過

 バスの位置情報のサービス提供を提案し実現にまで至る経過について報告いたします。
① 富山は雪国であり降雪によりバスの定時性の乱れが度々発生します。バスを頼りにしている高齢者は雪にまみれて真っ白になってバスを待っていました。何とかできないものか、これがきっかけでした。
② 停留所に上屋を作って欲しい、要望を受けて市や事業者に掛け合いましたが、費用や優先順位などでいつになるか見当もつかない状況でした。また、路肩にスペースが無く上屋を作ること事態が困難な立地でもありました。特に地元はともかく県内何カ所にバス停が存在するのか、上屋を作ることが解決策と言えるのか、そんな疑問もありました。さらに、現在1時間に1本のバス運行を30分に1本にして欲しいという要望もありました。このような中で利用者と話してみると、本音は、乗り遅れると1時間待ちという不安にあることがはっきりしてきました。そうであれば、乗り遅れないシステムを構築することが解決の糸口であると考えました。
③ でもどうしたら、乗り遅れない仕組みができるのだろうか、バスは一体どこを走っているかも分からないのに。そんな時に、国土交通省が2010~2012バスによる交通渋滞の発生調査を実施していることを知りました。バスにGPSを付け、簡易なバス位置情報を提供していました。これだ。目の前に明かりがさした気がしました。当初、スマートフォンも普及しておらず、バス停付近に市の施設がある場合は降雪時などに市の施設で待っていただき、職員がパソコンでバス位置情報を見て案内できないか富山市議会で提案しました。富山市内13カ所についてサービス提供させましたが、国土交通省の調査が終了したため、サービス提供も終了しました。
④ 2015年ステージが県議会となり、複数の自治体を跨ぐ広域交通整備を役割とする県に対して強く迫りました。当初、事業者の役割ではないかとして、議論がかみ合わないこともありましたが、バス位置情報を作ることによるメリットなどを毎回の議会で取り上げ迫ったところ、少しずつ県幹部の中に理解が広がる感触を得ました。そして、県に設置される地域交通活性化推進会議の分科会の中で議論を行うとの答弁を引き出し、実質的なシステム構築に向け動き始めることになりました。
⑤ 2019年1月に開催された地域交通活性化推進会議において知事がシステム構築に関する予算計上を表明し、念願のバス位置情報を提供するサービス、しかも全県下で運行される全てのバスの位置を網羅するシステムがスタートすることになりました。
⑥ 2019年4月県議会が改選され、2期目の議席を得ることができました。そして「とやまロケーションシステム」という正式な名称を得て、2次交通の中核的な役割を果たす、富山の新たな交通インフラの軸が発足することになりました。2021年度末には富山市内のLRTの位置情報の提供も始まるなど、今日まで数々の改良が加えられ現在の姿があります。2022年度には県立中央病院をはじめとした県有施設に「とやまロケーションシステム」に連動したデジタルサイネージが設置される予定であり、県内自治体や事業者にもデジタルサイネージを設置する際に県が支援する予算も確立されたところです。

3. 課 題

① 当初、高齢者向けに取り組んできた公共交通対策は、スマートフォン等を活用する「とやまロケーションシステム」で実現されることになりました。必ずしも高齢者はスマートフォンの扱いに慣れておらず、「とやまロケーションシステム」の利便性を知ることすらできない状態にあります。デジタルサイネージやケーブルTVなどで情報を発信し、バスという定時運行が困難な交通においても運行状態が一目瞭然にわかるシステムが確立されていることの認知と、安心感や利便性を実感していただき、この情報をスマートフォンでも見ることができるという誘導も必要であると感じています。また、そのためにも現在課題になっているアイコン選択で即座に利用可能なアプリ化が望まれるところでもあります。
② 富山県は人口に対する自家用車の所有率が全国第2位の県であり、移動手段は自家用車が主流です。このため、高齢化による自動車運転事故の高まりとともに運転免許返納が問題になっています。自家用車中心に生活してきた県民は、バスに乗る方法すら知らないのです。バスを利用した際に乗客の皆さんの様子をうかがっていると、現在はICカード化され、現金利用者は減少傾向にありますが、稀に現金支払いで両替をする方法も分からず、運転手さんの手ほどきを受けている姿を目にすることがあります。これはまだ良い部類で、ほとんどは免許返納後に公共交通を利用するという意欲すら持たず、移動する権利を手放す方が増加しています。ぎりぎりまでハンドルを握り、高齢者免許更新検査で不合格とされ、自治体が移動のメニューを用意しているにもかかわらず、受け取らない人が多いのです。今必要なのはハンドルをできるだけ長く握り続ける努力ではなくて、ハンドルを握れるうちからバスをはじめとした公共交通利用に慣れ親しむことです。NHKの報道番組で、山梨県が全国一人口に占める認知症発症者が少ないことをAIによって分析した結果、図書館数が人口割合に対して多いことが判明しました。そして図書館利用者はバスを使って図書館に向かい、図書館内でも歩行数が多いことが分かりました。公共交通は健康年齢の向上にも役立っています。乗り方や目的地の判断、自分でハンドルを握らないことからくる精神的な余裕と、バスならではの流れる風景を見ながらの移動は適度な緊張感と適度なリラックス感を、うまくブレンドし脳を刺激してくれるのではないでしょうか。そのことがハンドルをこれまでよりも少し長く握れることにもつながると考えています。
③ 富山県という地方都市において都会ほど便利な環境を望むことは困難ですが、ほどほどに便利で、年をとっても行きたいところに行ける、子どもたちが大人の手を借りずとも少し遠くの遊び場に行ける公共交通システムを実現するために引き続き解決の糸口を探っていきたいと考えています。主権者教育の一環で県内の私立高校で90分の授業を行った際に、充実させたい県の政策として公共交通を挙げたグループがありました。理由を聞いたところ、自分たちで好きなところに行きたい、また、料金が高いなどの声が聞かれました。高齢者に対する支援は数多くありますが、高校生以下の若者に対する公共交通利用促進策が少ない現状にあります。夏休みなどには低額で乗り放題にできる制度もありますが、子どもたちにすると割高感があるような気もします。スマホが得意な若い世代が公共交通を気軽に、そして身近な移動手段としていくために「とやまロケーション」とともに仕組みを作っていきたいと考えます。

4. 補足説明:富山県の地域交通の状況について

(1) 近年の地域交通の状況について(コロナ禍前) → 参考資料1
・2015年に開業した北陸新幹線の乗車人員は、開業前の3倍近い水準が続き、県内の入込客数も増加。北陸地域と首都圏の流動人口も、北陸新幹線開業後は約1.5倍と大幅に増加。
・また、北陸新幹線以外の県内交通機関についても、様々な利便性向上の取り組みがこれまで進められ、県内の地域交通の利用状況(県民1人当たりの県内鉄軌道・バスの年間利用回数)は、近年増加。

(2) 新型コロナウイルス感染症の影響について → 参考資料2
・新型コロナの影響を受けて、2020年度の県内の地域交通の利用者は大きく減少。
・2021年度も、依然として新型コロナの影響を受け、利用者は大きく減少し、コロナ前(2018年度)と比較すると、鉄軌道の利用者は60.3%、乗合バスの利用者は59.2%となった。
・こうした中、県内の交通事業者の事業継続等を支えるため、本県では、国の交付金(地方創生臨時交付金)を活用した支援を切れ目なく実施。
・また、新型コロナの影響が依然として続く中、最近では燃料価格の高騰の影響も大きく、先般の県6月補正では、県内交通機関の運行に係る燃料費に対する支援等を行うこととした(2億4,000万円)。

(3) 富山県地域交通戦略の策定について → 参考資料3、4
・新型コロナの影響だけでなく、人口減少・少子高齢化の本格化、コロナ禍で見られる暮らし方・働き方の変化(テレワークの普及等)など、県内の地域交通を取り巻く環境は近年大きく変化。
・他方、高齢者の運転免許返納数は年々増加しており、免許返納により、買い物や通院、趣味や娯楽、仕事などのための外出機会が減り、自分がしたいことができなくなることに不安を抱える者も多く、地域交通が果たす役割はこれまで以上に大きくなってきている。
・こうした中、本県では地域交通を取り巻く環境の変化に的確に対応し、持続可能な地域交通を確保するため、県全域を対象とする地域公共交通計画の策定に向けて「富山県地域交通戦略会議」を立ち上げた。
・今後、会議やその下に設置した4つの部会(①サービス連携高度化部会、②鉄軌道サービス部会、③地域モビリティ部会、④交通ワンチーム部会)等で議論を進め、2023年度末までに計画を策定する予定。